お宝映画・番組私的見聞録 -136ページ目

水の江瀧子伝 その2

前回の続きであるが、水の江瀧子の「ターキー放談 笑った、泣いた」を参考に書いているので、一般的に伝わっている話とは多少違う点もあるかも。
浅丘ルリ子は、「緑はるかに」(55年)のヒロイン役応募で三千人の中から選ばれたわけだが、実はこの一作だけの予定だったという。日活としては、まだ14歳だし、次の適役もない状態だったからこれで終わりと考えていたわけだが、それをターキーが「後何年かすれば絶対に会社を儲けさせるようになる」と日活側を説得したのである。その間に彼女の父親がヤクザに騙され、借金を背負ってしまったという事件などもあったようだが、ターキーの奮闘によりなんとか解決したという。
和泉雅子は、13歳にして何故か柳家金語楼の劇団に参加していたのを、「こっち(日活)の方が合っている」からと金語楼から譲ってもらっている。日活側は「まだ子供じゃないか」と文句を言っていたが、ターキーは会社に黙って和泉を「七人の挑戦者」(61年)に出演させて、その可能性を認めさせている。
津川雅彦も、最初に声をかけたのはターキーだったらしい。この時は「狂った果実」での裕次郎の弟役を探しており、津川が長門裕之の弟だとか、子役として活動していたことは知らずにである。津川はその時点(当時16才)では、早大付属の高校生で役者になる気はなかったというが、「夏休みに一本だけ」と説得して、出演にこぎつけたという。「津川雅彦」という芸名をつけたのは石原慎太郎だが、説得などはターキーがやったようだ。
あっという間に人気の出た津川が、二年程度で日活を去ることになったのは、彼の人気に反比例して兄である長門の影が薄くなるという状態になり、それを憂慮した叔父であるマキノ光雄(東映専務)などの入れ知恵により松竹に移ることになったということらしい。もっとも、この移籍が五社協定に触れると問題になってしまうのだが。
裕次郎のことは、公私ともに面倒を見ていたターキーだが、慎太郎についてはあまり快く思っていなかったようだ。自分の作品が大映や東宝で映画化されることになった時、その都度裕次郎を引き抜きに来たりとか、とにかく冷たい人だと思っていたらしい。裕次郎の妻となった北原三枝についても、彼女の母が亡くなった時から態度がおかしくなって、「お悔やみに伺います」とターキーがいったら、「来てもらわなくても結構です」と冷たく言われたという。それから、お互いに避けるような感じになったとか。つまり、裕次郎のごく近しい人間とはぎくしゃくしていたようである。

水の江瀧子伝

日活の話が続いているが、日活のプロデューサーとして知られるのが、水の江瀧子。彼女が28年ほど前に出した本「ターキー放談 笑った、泣いた」を古本屋で見つけた。
そこには、SKDで「男装の麗人」と言われた水の江がプロデュサーになった経緯も書かれていた。
52年に彼女のマネジャー(兼恋人)である兼松廉吉が映画のプロダクションである「新生プロ」を作った。看板スターは、当然水の江と松竹から独立した鶴田浩二であった。第1作は鶴田と岸恵子主演の「弥太郎笠」である。
53年、水の江が25年在籍したSKDを引退(当時38歳)。新生プロの2作目である「ハワイの夜」が公開される。主演は前作と同じ鶴田浩二、岸恵子に三橋達也、水島道太郎など。ちなみに、これを書いている一昨日のCSで放送されている。
映画はまずまずヒットしたらしいが、兼松は大きな借金を背負うことになったという。ターキーいわく、鶴田はなにかと金のかかる役者だったといい、弱小の独立プロでは採算がとれなかったのだろうという。
新生プロの映画はこの二本で終了。何故なら、翌54年兼松が服毒自殺してしまったからである。しかも、水の江の家や家具なども本人の知らないうちに担保に入っており、彼女が多額の負債を背負い込むことになってしまったのであった。
彼女と親しかった報知新聞の深見和夫(後に社長となる)は、その事実を知り、この54年に新発足した日活の堀久作社長に、日本で最初の女性プロデューサーを誕生させてみないかと持ちかけたのだという。こうして、日活プロデューサー水の江瀧子が誕生した。
しかし、入社したのはいいが何をしていいのかわからず、9ヶ月もの間、ただ出社していただけだったという。さすがに、上から注意され、ようやく仕事がスタート。当時の状況から、役者は自分で見つけてくるしかなく、そこで発見したのが岡田真澄であり、フランキー堺であった。
岡田には日劇ミュージックホールに出演しているところに、声をかけている。既に東宝ニューフェースにも合格していたが、岡田は日活を選択している。フランキーは既に新東宝の映画などに出演していたのだが、それを知らずに声をかけ、日活と専属契約を結ぶことになった。
翌55年の年明けに、水の江プロデュース第1号作品である「初恋カナリヤ娘」が公開された。主演は歌手の神楽坂浮子、スカウトした岡田真澄がその相手役。小林桂樹、そしてフランキー堺は特別出演扱いだが、フランキーは実質的な主演といえるようだ。他に清水金一、後に「独占!女の60分」で司会をともに

することになる丹下キヨ子など。
加えて当時、フランキーのバンドであるシティ・スリッカーズに在籍していた植木等、桜井センリの姿が確認できるという(谷啓も在籍していたはずだが?)。

花の恋人たち(テレビ版)

日活制作のドラマから「花の恋人たち」(68年)を取り上げてみたい。これは、今回CSで放送されたわけではないので、大ざっぱなことしかわからんが。
この年の日活正月映画で「花の恋人たち」が公開されているので、てっきりそれのドラマ版かと思いきや、実は違うのである。ドラマ「花の恋人たち」は、65年の「四つの恋の物語」のリメイクなのである。
しかも映画版の両作品は吉永小百合、十朱幸代、和泉雅子、浜川智子、浜田光夫といった出演者がかぶっているため、余計にややこしい。
映画「四つの恋の物語」=ドラマ「花の恋人たち」の原作は源氏鶏太。とにかく日活作品は源氏と石坂洋次郎原作というのが多い。
ストーリーは定年退職した父親が、その四人の娘に分け与え、それぞれに使い道を考えさせるというもので、ドラマ版も基本のストーリーは一緒のようだ。
映画版では父親役が笠智衆、四姉妹は上から芦川いづみ、十朱幸代、吉永小百合、和泉雅子で、姉妹に絡む男たちには、藤竜也、浜田光夫、関口宏など。
テレビ版では父親役が信欣三、四姉妹は上から芦川いづみ、夏圭子、山本陽子、川口晶で、他の出演者は和田浩治、長谷川明男、岡崎二朗、小林千登勢、黛ジュン、山川ワタル、二谷英明などである。
つまり、芦川のみ同じ役を演じていることになる。芦川はこのドラマを最後に藤竜也と結婚し、女優を引退している。
夏圭子は俳優座の出身であり、映画は松竹作品が中心で日活の映画には出演していなかった。ちなみに夫は竜雷太。次女役だが、三女役の山本陽子(当時26歳)より1つ年下である。川口晶は当時18歳で、他のキャストとは年齢の開きがある。ちなみにギャンブル好きという設定だ。
映画版では、やはり吉永小百合が主役扱いだが、こちらはやはり同じ三女役の山本陽子ということになるのだろうか。相手役は映画で浜田光夫がやった役を演じる和田浩治ということになる。ちなみに、藤竜也の役は長谷川明男が演じている。関口宏の役は未確認だが顔ぶれからして岡崎二朗になるのではないだろうか。

愛妻くんこんばんは その2

前回の続きである。「愛妻くんこんばんは」(67~68年)の中で個人的に気になる出演者を挙げてみたい。
まず第8話の栗原玲児。役者ではなく、レポーター・司会者という感じの人であった。こういったドラマの出演(しかも主役)は非常に珍しかったと思われる。73年に料理家の栗原はるみと結婚し、何故か芸能界を退いた。ちなみに、この回の相手役は高千穂ひづる。「月光仮面」大瀬康一の妻である。
第11話のアイ・ジョージ。80年代半ばまで活躍していた歌手である。イメージ的には日本育ちの外国人という感じだが、本名は石松譲治といい混血だが日本人である。意外と映画出演も多く、流しとかヤクザの役が多かった。「アイ・ジョージ物語 太陽の子」(62年)という本人主演の自伝映画もあったりする。度々金銭トラブルを起こし表舞台から遠のいたようである。
第15話の山川ワタル。かつての「少年ケニヤ」も、当時は21~22歳。ここでは夫役としての主演だったようである。相手役は松島トモ子。当時23歳だが、4歳でデビューし子役として活躍していたベテランである。ケニアでライオンとヒョウに相次いで噛まれた事件は有名であろう。
山川は30話にも主演しており、こちらの相手役は田村寿子。俳優座、民芸の出身で「東芝日曜劇場」などに良く出ていた女優さんのようだ。
第23話は前作でも登場した南原宏治。その相手役は中村メイコというとてもミスマッチなペアである。
第31話の長谷川明男と悠木千帆(後の樹木希林)というのもミスマッチな感じがする。
あと、おそらくヒロイン(つまり妻役)と思われるが、よくわからないのが1話の佐々木裕子と26話の佐々木久子の両佐々木である。どちらも、少数のドラマ出演経歴が検索されるが、それ以外のことは不明である。久子のほうでは、当時有名だった同名の評論家(編集者)がいるが、別人ではないかと思われる。ちなみに、北斗晶の本名が佐々木久子だ。
17話で杉良太郎の相手役と思われるのが一の木真弓。60年代に活躍していた女優ということぐらしかわからなかった。ちなみに、「GOGOチアガール」(80年)での三原順子の役名が一ノ木真弓であった。彼女の名を使ったのだろうか。
最終話は根上淳と河内桃子の映画スターコンビ。根上は大映、河内は東宝と何故か日活の役者ではない。本シリーズでの共に日活俳優ペアというのは10話の葉山良二、山本陽子くらいと思われる。ちなみに、最終話では前述の「少年ケニヤ」でケイトを演じていた関みどりが出演しているようだ。

愛妻くんこんばんは

「愛妻くん」終了のあと、引き続き始まったのが「愛妻くんこんばんは」(67~68年)である。「愛妻くん」が好評だったのか、基本同じフォーマットの番組が放送されたようである。
放送回数は前作の52回に対し、こちらは40回である。放送期間は丁度1年だが、日曜21時からの30分番組なため、野球中継(20時~21時半)により休止が多々あったようだ。自分の記憶では、当時はまだ試合の途中だろうと21時前には中継は終わっていた気がする(北海道地方の話だが)。記憶違いかもしれんが。
さて、前作との違いだが、内容についてはわかるはずもないが、出演者の違いであろうか。もちろん、前シリーズにも登場している役者も多いのだが、第1話の長門勇、2話の西田佐知子、待田京介、3話の池部良、4話の二谷英明、緑魔子、5話の伊丹十三、6話の長内美那子というように前シリーズには未登場(と思われる)役者が続いているのだ。ちなみに、第7話は芦川いづみ、犬塚弘という前作第1話と同じカップリングだったりする。
あと、実の夫婦(後の夫婦)が別々の回に結構登場していたりする。前述の西田佐知子の夫・関口宏が25話に、伊丹十三の妻・宮本信子は39話?に、長内美那子の夫・宗方勝巳が36話?にそれぞれ登場している。前作にも出演組では山本耕一(33話)と小林千登勢(16、24話)というのもある。ちなみに、山本・小林は65年に結婚、宗方・長内は67年の結婚ということで新婚ホヤホヤであった。伊丹・宮本は69年、関口・西田は71年の結婚である。
39話と36話に?をつけているのは、正確がどうかわからないからである。全40話といいながら、「テレビドラマデータベース」上で検索できたのは39話分しかない。1~33話と40話は確定しているようなので、34話~39話の中で1話抜けているということになる。前述のとおり、野球中継などで結構放送が飛んでいる時期なので、判断が難しいので仮の話数をふらせてもらった。
前述以外で、新顔をあげると、男優では杉良太郎、山内賢、小山田宗徳、石浜朗、露口茂、塚本信夫、大木実など、女優では大原麗子、高千穂ひづる、本間千代子、根岸明美などである。

愛妻くん その2

前回に続き「愛妻くん」(66~67年)である。前回、書いた以外にも珍しいキャストがあるので、付け加えておきたい。
まずは、第6話「妻とは女なり」の南原宏治。悪役イメージが強くこういうドラマでの姿が想像しにくい。しかし、南原伸二名義だった頃など元々は二枚目役の人である。東映ニューフェースでは同期の山本麟一や一期後の今井健二も最初は二枚目路線からスタートしている。ちなみに妻役は横山道代(中山昭二の妻)であった。この回は、ゲストに野末陳平が出演している。まだ議員になる前で放送作家の頃である。タレント的な活動はしていたが、ドラマは珍しいかもしれない。
第14話「妻はなんでも知りたがる」の藤山寛美。イメージよりもドラマには多く出ているのだが、やはり関西のテレビ局がキー局になっているものが多いので、TBS系だと珍しい気がする。この回は日本テレフィルム技術賞の受賞作品だそうである。ちなみに妻役は姫ゆり子。寛美といえば松竹新喜劇だが、姫ゆり子は松竹歌劇団(SKD)出身である。「怪奇大作戦」(68年)の欠番エピソード「狂鬼人間」で「狂わせ屋」を演じたのが彼女である。
第21話「再婚のすすめ」の久我美子と中村竹弥。おそらく、中村は等シリーズの男優陣の中では最年長(当時48歳)だと思われる。久我も当時35歳だが女優陣ではかなり上の方である。タイトルから中村の再婚話と予想するが、逆のケースもありうる。久我は東宝ニューフェース1期生で、久我家は公家の名門であり、父は侯爵であった。夫は平田昭彦である。
第50話「女房ほど安いものはない」の岡田真澄と河内桃子。この二人は共に東宝ニューフェース6期生である。しかし、岡田はすぐに日活に移籍したため、ここまで共演はなかったかもしれない。宝田明も同期で、岡田の葬儀で弔辞を読んでいたのは宝田であった。河内も久我美子同様、名家の出である。
後、気になるカップリングとしては第46話「ホームバー女房」の由利徹と真理明美。真理は松竹で主演デビューをはたしているが、やはり人気を得たのは「プレイガール」(69年~74年)であった。
ゲストでは、33話に山崎唯、久里千春という本当の夫婦コンビ(この回の主演は朝丘雪路、瑳川哲朗)が揃って出演している。29話には引田天功(もちろん初代)の名がある。ドラマ出演はこれが初かもしれない。あの大脱出イリュージョンの放送は68年からである。

愛妻くん

さて、続けて日活ドラマだが、今回は「愛妻くん」(66~67年)である。今月取り上げた3つは全て60分ものだが、本作は30分で、毎回登場人物(夫婦)が違うオムニバス方式である。
CSで放送された第1話「男らしさ」は妻役が日活人気女優の1人芦川いづみ、夫役はクレージーキャッツ最後の1人となってしまった犬塚弘である。映画ではクレージーはほぼ東宝で、個人ではハナ肇は松竹で、犬塚自身は大映で主演をやったこともあるが、クレージーは日活とはほとんど関わりはなかった。他にも関口宏の父・佐野周二、加山雄三の母・小桜葉子など中々豪華な布陣である。
前述のとおり、毎回違う夫婦が登場するのだが、もちろん未見なので、資料からの抜粋になる。第2話「見栄っぱり」は宍戸錠と富士真奈美、第3話「あなた時間よ」は葉山良二と扇千景、第4話「勝つと思うな」は川地民夫と山本陽子、第5話「昔のあなた」は和田浩治と松尾嘉代というふうに、どちらか(4話は両方)は日活の役者になっているが、二人とも違う回もある。
全52回で、誰が一番(夫婦役として)出演しているのか数えてみると、男優部門第1位に輝いたのは宍戸錠で5回である。以下、2位が和田浩治で4回、3位は四人いて、川地民夫、青山恭二、長谷川明男、佐藤英夫で3回である。宍戸、和田、川地は言わずと知れた日活スターだが、青山も日活のSP(ショートプログラム)では主役をやっていた。しかし、長谷川は大映、佐藤は「七人の刑事」などテレビ中心の俳優である。
他にも津川雅彦、安井昌二、瑳川哲朗、入川保則、吉田輝雄、園井啓介、沢本忠雄、根上淳、岡田真澄といったところが夫役を演じたようだ。
女性部門で第1位に輝いたのは山本陽子で5回である。以下、2位は富士真奈美で4回、3位は円山栄子で3回である。富士と円山は日活女優ではない。富士真奈美は、NHKのドラマでデビューし、当初はNHK専属であった(第一号らしい)。今でこそ太ったおばちゃんだが、若い頃は文句なしに美人であった。円山栄子は東映時代劇で活躍したお姫様女優である。56~62年にかけて70本近い映画に出演している。東映時代劇の衰退とともに、テレビの方に活動の場を移しており、69年頃には引退しているようだ。日活では浅丘ルリ子も2回出演しており、最初の相手は青島幸男だったようだ。
他にも河内桃子、野川由美子、野際陽子、光本幸子、横山道代、小林千登勢、馬渕晴子、中原ひとみ、朝丘雪路といったところが妻役を演じたようだ。

喧嘩太郎(テレビ版) その3

前回の続きになるのだが、西恵子の映画デビュー作は「BG・ある19才の日記 あげてよかった!」で、しかも主演である。公開は69年11月なので、ひょっとしたら10月スタートの「喧嘩太郎」の方が登場が早くて、こちらがメディアデビューだった可能性もある。当時日活では西恵子、長谷川照子、丘みつ子、そして沖雅也を「エメラルドライン」と位置づけ期待していたようだが、西恵子の主演作は結局、この一作だけであった。丘や沖のその後の活躍はいうまでもないが、西で知られるのは、やはり「ウルトラマンA」の美川隊員ということになるだろう。ちなみに、共演した山中隊員役の沖田駿一は日活ニューフェース出身である。
吉沢京子のデビューは67年の東宝映画「燃えろ太陽」だが、テレビデビューはこちらも微妙で、「フルーツポンチ3対3」が11月スタートということで、「喧嘩太郎」の方が先だった可能性がある。ちなみに、彼女の人気を広めた「柔道一直線」は69年6月のスタートである。
そして、山川ワタル。「少年ケニヤ」(61~62年)のイメージしかない人も多いかもしれないが、間をおいて65年頃から活動を再開しており、「黄金バット」(66年)など年一回ペースで映画に出演しており、68年も日活作品「恋人と呼んでみたい」で杉良と共演している。ドラマの方も「あいつと私」(67年)や、直前まで放送されていた「花の恋人たち」(68年)など日活制作ドラマに出演していたのである。しかし、彼の活動記録はここで途切れている。実は69年頃彼は亡くなったという書き込みもある。「ケニヤ」の時、中学二年生だったということで、当時22歳くらいだったはずで、突然引退もありえなくはないのだが不自然な気もする。しかし、引退して何年も経っているならともかく、その直前まで活動していて死亡情報が40年経ったとはいえ、全くといっていいほどないというのも不自然である。この時期(69年3月)には、子役から活躍していた小柳徹(当時20歳)が交通事故死しているので、ごっちゃになっているのでは、とも考えられなくはない。
話がそれたが、ゲストに目を向けるとまずは西尾三枝子。元々日活ニューフェースだが、66年に退社していた。「プレイガール」への出演は70年からである。
そして、当時のスター選手だったキックボクサーの沢村忠。ドラマや映画数本に顔を出しており、自身をアニメ化した「キックの鬼」(70年)では自ら主題歌を歌っていた。実は日大芸術学部映画学科出身なので、元々興味もあったのではと思われる。現在は、車の修理販売業を営んでいるという。

喧嘩太郎(テレビ版) その2

前回の続きである。第1話において、杉良太郎演じる大太の父役として登場するのが笠智衆である。寺の住職というピタリの役どころである。岡山にいる設定なのであまり登場しないと思われる。
鬼平建設の会長である鬼平を演じるのは進藤英太郎だ。当時は「おやじ太鼓」などで人気があった。その孫娘を演じるのが橘和子である。日活期待の新人ではあったが、活動期間は三年ほどで、日活に詳しい人でなければ知らない人も多いかもしれない。映画出演は八本ほどで、一番の大役は「星よ嘆くな 勝利の男」(67年)で、渡哲也の恋人役であろう。和田浩治演じる島津は彼女の姉のことを気にしていたが、以後登場予定で和田の相手といえば、「ある日わたしは」と同様、やはり松原智恵子ではないだろうか。オリジナル設定もあるようなので、あくまでも予想だけれども。
で、橘和子の実姉は大映で活躍した姿美千子である。橘は芸名っぽいが本名だったようだ。橘和子は本作が終了後まもなく結婚して引退してしまうが、その相手が巨人V9時代で左のエースといわれた高橋一三である(右は堀内恒夫)。結婚した69年は22勝している。ちなみに姉の姿美千子もその二年後、その同僚でやはり主力投手だった倉田誠と結婚して引退した。姉妹揃って巨人ファンだったのだろうか。義兄弟となった高橋と倉田は共に46年6月生まれである。
会社の同僚として登場するのが浜川智子(浜かおる)、杉江廣太郎、杉山俊夫といった日活映画ではお馴染みの面々である。杉江はこの68年に杉江弘から改名している。他にも「文吾捕物絵図」でも杉と共演していた磯野洋子がクラブのママ役で出ている。
第1話に出ていないキャストでは、前述の松原以外にも宍戸錠、久里千春、上田吉二郎、沢村貞子、牟田悌三、西恵子、吉沢京子、山川ワタルなどがネット上の資料ではレギュラー扱いになっている。
西恵子は当時19歳、吉沢京子は14歳。西恵子はデビューしたてで、これが初テレビドラマで、吉沢京子も何話から登場するかで初テレビドラマの可能性がある。詳しくは次回へ。

喧嘩太郎(テレビ版)

日活制作のドラマシリーズ。今回は「喧嘩太郎」(68年)である。このドラマも六年ほど前に未見のまま等ブログで取り上げているのだが、今回第1話を見ることができたので改めて。
原作は源氏鶏太の小説だが、60年に石原裕次郎主演で映画化されているが、テレビドラマ化はこれが4回目だったようである。
1回目は58年、KRテレビ(TBS)。主演は舟橋元で、他に高田稔、田代百合子、佐山俊二など。全2回。
2回目は59年、NHK。主演はフランキー堺で、他に馬渕晴子、庄司永建、常田富士男、柴田秀勝など。単発。
3回目は61年、KRテレビ(TBS)。主演は天知茂で、他に小山明子、佐山俊二、三原浩など。単発。
とまあ、四年連続で映像化されているくらいだから、非常に人気のコンテンツだったわけである。
主役の宇野太郎を演じたのが、ガッチリ系という感じの舟橋にフランキー、二枚目系の裕次郎に天知と違ったタイプだが、ケンカが強そうではある。
で、今回の主役となるのは当時は日活所属の杉良太郎。NHKドラマ「文吾捕物絵図」で人気を得た杉が時代劇オファーが殺到していたなかでの連続現代劇ドラマ初挑戦であった。
役名は宇野太郎ではなく大門大太に変更されている。どこかで聞いたことがあるなあと思ったらキレンジャーが大岩大太だった。実は原作は40ページ程度の短編なのだが、今回は放送期間が半年ということで、同じ源氏鶏太の「天下を取る」も原作扱いとなっており、そこからも登場人物の名やエピソードを引用しているようだ。大門大太も「天下を取る」の主人公の名で、他の登場人物もそこからの引用が多い。映画「天下を取る」(60年)の大門は、やはり裕次郎が演じている。
第1話は鬼平建設の新入社員杉良が岡山支社から東京本社に移動してくるところから始まる。同様に北海道からやってきたのが和田浩治で、成績は抜群だがどこか陰のある男。二人は共に営業部に配属されることになる。
その営業部でヒロインとなるのが山本陽子で、人事課長・大坂志郎の姪である。お調子者の先輩が砂塚秀夫。東宝か東映を中心に活動しており、ここまで日活にはほとんど縁がなかったと思われる。新しく課長に就任する西野を演じるの藤村有弘だが、藤村は映画「天下を取る」でも同じ西野の役をやっていた。
長くなったので、次回に続く。