カウンセラーterubo86

カウンセラーterubo86

カウンセリングを通して、日々感じることなどをお伝えします。
実は私「キャンサーサバイバー」でもあります。治療を通して感じたことなどもお伝えしていければと思っています。

 

自宅療養になったものの、

抗がん剤が体の隅々までしみこんでいる感覚があり、

中々調子が戻りませんでした。

 

吐く息や汗から、クスリのにおいがしていました。

 

「家事くらいこなせるようになりたい。」と思うけれど、

中々体力が戻りません。

 

掃除機を使うだけでも息が切れ、

寝たり起きたりしながら家事に取り組む有様。

 

情けなくやるせない思いが押し寄せ、

「こんな調子じゃ、職場復帰もままならない。」

と、気持ちは焦るばかりでした。

 

月に一度職場に顔を出し近況報告をしていましたが、

職域病院である職場では、仕事の合間に同僚と話をすることも

ままなりませんでした。

 

「仕事の役に立つかも・・・」と、病気のことや身体状況を

話そうとしますが、同僚(私)ががん患者になってしまったことで、

みんな「どう接したものか」と、戸惑っているようでもありました。

 

何となく温度差を感じながら、定期報告に足を運んだなと振り返ります。

 

職場まで片道1時間。

当時の私にとっては、運転するのも大仕事でした。

 

抗がん剤の影響で味覚が変わってしまい、

「美味しく楽しく」食事をすることもできませんでした。

 

何を口に入れても塩味が強く感じられ、舌にヒリヒリとした刺激を感じました。

食事が進まないので必然的に体重が増えず、筋肉も落ちたまま。

どうしたものかと困り果てました。

 

そんな中、フと思いついたことがありました。

「そうだ!まず身体の中のクスリを排出しよう。」

「身体中に、抗がん剤は十分しみている。

がん細胞にも正常な細胞にもたまっている。

余分なクスリをからだの外に早く出してしまおう。

そうすれば、楽になるはず。」

 

私は水分摂取を強化し、クスリの成分を

尿として排出することを考え、

毎日3L以上の水分をとるようにしました。

 

その結果、トイレに通う回数が増えました。

そして尿と一緒にクスリも排出され始めたようで、

身体が少しずつ楽になるのを感じました。

 

トイレの往復は50歩弱ほどですが、

頻回にトイレ通いすることが、

下肢の筋力を改善する結果になりました。

 

そうするうちに、過敏になっていた味覚も少しずつ元に戻り、

食事の量も少しずつ増え始めました。

 

退院後一カ月頃には、掃除機も楽にかけられるようになり、

昼寝はしますが頻繁に横になって休むことはなくなりました。

 

「人間の身体って凄いな」と体の変化を楽しみながら、

日々過ごせるようになりました。

 

そうなると、ジタバタteruboが動き出します。

 

職場復帰するには、3Km走れる体力が必要!!

「よし、まずは散歩から始めよう!!」

 

久しぶりに近所を歩くことにしました。

「先ずは1Km 歩こう」と、張り切って外に出ました。

 

ところがなんと、300mほどでギブアップ。

ハアハア言いながら、もと来た道を引き返すことになりました。

 

何とも情けない・・・。でも仕方ありません。

先ずは庭を歩き回ることにしました。

 

1週間ほどすると体も慣れてきて、足取りも軽くなりました。

距離も少しづつ伸び、庭を出て近所を歩けるようになりました。

 

少しずつ距離を伸ばし、1時間くらい歩けるようになった頃

「ちょっと走ってみなさいよ。」と、誰かが耳元でささやきました。

 

マラソン好きで、毎日昼休みに30分のランニングをしていた私。

自信満々に走り出しました。気持ちは…。

 

脚が上がらない。体感的にも、走っているとは感じない。

転びそう…。まさかの事態に、ショックを受けました。

 

忘れていました。

ウォーキングに使う筋肉と、ランニングで使う筋肉は違うことを。

 

そして筋肉に「走り方」を思い出してもらうために、

超短距離の「小走り」から始めることにしました。

 

最初は小走りも思うようにできませんでしたが、

回数を重ねると動きは良くなっていきました。

 

季節は秋を過ぎ、近所を走り回れるようになり、

「職場復帰」を考え始めた頃、事件が起こりました。

 

続きは

第13章まさかの美人薄命・・・   でお伝えします。

 

Terubo86、まだまだジタバタしていきます。お楽しみに。

 

🕊️ teruboのひとこと

 この章を書きながら「当時の感情」を再確認しました。

 その時は、必死にもがいているだけで気づきませんでしたが、

 「どうにかして生きたい。生き延びたい。」「まだ死にたくない。」 

 という気持ちが、せめぎ合っていたと感じます。

 

 こうやって振り返ると、当時見えなかったものがはっきり見えて

 きます。そして改めて「わたし、頑張って生きてきたんだな。」

 と思います。

 

 15年目の振り返りは、私にとって必要なことだったのです。

 

 そして今、私は「あの日のジタバタは正しかったし、必要なジタ 

 バタだった。」と思っています。

 

 不安や迷いの中にいるあなたへ。

 「ジタバタしている自分も悪くない」そう思ってください。

 そのジタバタこそ、あなたが“生きようとしている”証です。

 

 ジタバタしながらでも「自分の思いを口にして、周りや自分に

 伝えていくこと」そして何よりも「それを自分自身が受け止める 

 こと」が、とても大事なことだと思います。

 

 生命力を改善する方法

 自分の気持ちを言葉に出して、からだの外に出しましょう。

 そして、そっと自分を抱きしめて「よく頑張ってきたね」と声を

 かけてください。

 

📖これまでの記事
🩺 第1章:告知の日、心が止まったあの日
💧 第2章:手術に向けて、涙と覚悟のあいだで
🌸 第3章:退院の日、思わぬ“自由”の重さ
🔥 第4章:抗がん剤治療に向かうジタバタな日々
🌈 第5章:抗がん剤治療開始の日。心の中で起きた小さな変化

おねがい  第6章:抗がん剤治療が始まる カーテンの向こうから聞 こえ 

        たエール

びっくり  第7章:抗がん剤治療中、隔離される

照れ  第8章:つかのまの休息

ショボーン  第9章:2回目以降の抗がん剤治療で砕かれた自信

ガーン  第10章:家に帰っても続く戦い

ゲッソリ  第11章:予想もしなかった治療最終日の出来事「予期嘔吐」

 滝汗 第12章 家庭復帰と職場復帰に向けたジタバタ

     (↑今ここ)

 

私が受けていた治療は

「1カ月1クールで、2剤を1週間おきに投与する」

ものでした。

 

いよいよ、抗がん剤治療の最終日の朝を迎えました。

 

朝5時前に目を覚まし、「今日で4クール終わり・・・」

と思いながら、家事を進めました。

 

子どもたちを送り出し、朝ドラを観たら出発準備!

そう決めて動いていたのに、「あれっ・・・」

 

朝ドラが終わっても、「身体が動かな~~~い!」

「準備しなきゃ」という気も、ない。

ある意味「無の境地・・・」

 

「どうしたんだ、わたし・・・ 動かないと・・・」

動かない身体を無理やり動かしながら身支度し、

車に乗り込みました。

 

車に乗るとからだは普通に動き出し、

気持ちも穏やかに一路病院へ。

 

ところが、病院まであと1Kmというところで、

異変がおきました。

胸騒ぎの様な、不安とも何とも言えないものが湧き上がり、

こみ上げてきたのです。

 

「えっ、どうした・・・」「気持ち悪い・・・」

「止まるか・・・、いや止まったら動けなくなりそう・・・」

 

思いもかけない非常事態発生。

 

それでも車を操り、無事駐車場にIN!!

受診に必要なバッグをひっつかみ、車を降りました。

 

病院まで数百メートル。足取りはフラフラ、トボトボ。

信号機が一つある。

 

横断歩道を渡り切れるかどうか、自信がない。

「あ・・・っ、赤信号・・・・・」

「今倒れたら、だれか目の前の病院に運んでくれるのだろうか・・・。」

そう思いながら青信号を待ち、ふらふらと受付を目指しました。

 

病院に着くと、受付に診察券その他を放り投げ

「トイレにいきます!!」と叫びました。

 

それからしばらくトイレにこもり、落着くのを待ちました。

そしてその後、万が一に備えトイレに近い待合席に陣取り

呼び出しを待つあいだ、あることを考えていました。

 

ほどなく、診察室に呼ばれました。

きっと受付の人が通報したのでしょう。

 

「どうですか。」と、主治医。

 私は、朝の一連のできごとを伝えました。

 

「そうでしたか。それは『予期嘔吐』というものですね。」

「それほど治療がつらいということですね。」

 

先生の言葉を聞いて、私は思いを伝えてみようと思いました。

・今日は、治療をしたくないこと。

・治療したら死にそうな気がすること。

・もし、治療を先延ばしできるなら、猶予はどのくらいあるのか。

 

先生は黙って話を聴き「治療は、今日以降にずらせない」と、静かに言いました。

 

私の気持ちは、決まりました。

「今日は治療しません。できません。もし再発しても先生のせいではありません。決めたのは私です。だから治療中止でお願いします。」

 

主治医は静かにうなずき、こう言いました。

「分かりました。大変な治療でしたね。ここまで頑張ったのです。

治療の効果はあると思います。あとは経過を見ていきましょう。」

 

この言葉を聞いたとき、涙があふれ出て止まりませんでした。

先生に、私の気持ちを受け止めてもらえたように感じたのです。

 

涙が止まったころ、吐き気や胸の震え、手の震えがピタリと止まりました。

 

私にとっては「良くなるための治療ではあるけれど、とてつもないストレス」だったのだと、思い知りました。

 

帰りの気分は、少し晴れやかでした。

でも、家族には治療を中止したことは言えませんでした。

 

次回は「治療中断後の家庭生活と職場復帰に向けた生活」について書いていきます。

Terubo86、まだまだジタバタしていきます。お楽しみに。

 

🕊️ teruboのひとこと

 この章を書きながら「当時の感情」を再確認しました。

 自分の中では「その都度、当時の感情を処理して来たつもり」 

 でしたが、そうではなかったことに気づきました。

 心のどこかで、治療中断をした事への「不安や罪悪感」のような 

 ものを、持ち続けてきたことにも気づきました。

 

 15年目の振り返りは、私にとって必要で重要なことだったのだ 

 と実感しています。

 

 そして今、私は「あの日の決断は正しかったし、必要な選択だっ 

 た。」と思っています。

 

 不安や迷いの中にいるあなたへ。

 「ジタバタしている自分も悪くない」そう思ってください。

 そのジタバタこそ、あなたが“生きようとしている”証です。

 

 ジタバタしながらでも「自分の思いを口にして、周りや自分に

 伝えていくこと」そして何よりも「それを自分自身が受け止める 

 こと」が、とても大事なことだと思います。

 

 生命力を改善する方法

 自分の気持ちを言葉に出して、からだの外に出しましょう。

 そして、そっと自分を抱きしめて「よく頑張ってきたね」と声を

 かけてください。

 

📖これまでの記事
🩺 第1章:告知の日、心が止まったあの日
💧 第2章:手術に向けて、涙と覚悟のあいだで
🌸 第3章:退院の日、思わぬ“自由”の重さ
🔥 第4章:抗がん剤治療に向かうジタバタな日々
🌈 第5章:抗がん剤治療開始の日。心の中で起きた小さな変化

おねがい  第6章:抗がん剤治療が始まる カーテンの向こうから聞 こえ 

        たエール

びっくり  第7章:抗がん剤治療中、隔離される

照れ  第8章:つかのまの休息

ショボーン  第9章:2回目以降の抗がん剤治療で砕かれた自信

ガーン  第10章:家に帰っても続く戦い

ゲッソリ  第11章:予想もしなかった治療最終日の出来事「予期嘔吐」 

     (↑今ここ)

 

2回目の抗がん剤治療の後、無事に退院できた私。

「よっしゃ~!家庭復帰だ~!!」と

意気込んでいました。

 

「入院中も洗濯や散歩もしていたから、家事は大丈夫。」

そう思っていました。

 

その一方で「きつい時は横になって休もう!」と、

帰宅後すぐに寝床を茶の間に移動させました。

 

これは、大正解でした。

 

退院当日は帰りに総菜などを買いこんだので、

夕食はそれらを皿に盛り付けるだけ…。

食事が済んだら、食器を洗って明日の米を研ぐだけ…。

「ぬかりないわ~、私!」

 

翌朝は定刻5時に起き、朝の準備と子どもの弁当作り。

合間を縫って洗濯機を回し、干す。

入院前と同じルーチンワーク。

 

「さすが、私!今まで通りやれるじゃん!!」

 

家族で慌ただしくもにぎやかに朝食をとり、

「行ってらっしゃ~い!気を付けてね~!!」

とみんなを送り出した直後、異変が起こりました。

 

急に体が重くなり「万が一のための寝床」に倒れ込みました。

「どうした?」と「?」はつくけれど考える力はありません。

 

気づいたら、そのまま眠り込んでいました。

 

退院はしたけれど「抗がん剤の影響」は、

ちゃんと家までついてきていたのです…。

 

目が覚めたのは、午後3時頃。

 

我が家は田舎のど真ん中。

今でも「有線放送」が健在です。

「まもなく子供たちが下校します。

地域の皆さん、見守りをお願いします。」

の声で目が覚めました。

 

「みんなが帰ってくる!!」と思った瞬間、

「母ちゃんスイッチ」オン!!

 

夕飯の準備などの家事を進めていると

「ただいま~!!」の声。

 

シャッキ~ン!!と背筋が伸び、

さらに母ちゃんパワーが、一気に入ります。

 

何食わぬ顔で夕食の準備やお風呂の準備をし、

子どもたちの話に耳を傾けました。

 

でも内心は「また倒れるんじゃないか」と、

ひやひやしていました。

 

こんな感じでウィークデーを乗り切りましたが、

土日は家族が家にいるので気が抜けません。

 

「弱っているところを見せてはならぬ」と、

テンション高めに調整して、しのぎました。

 

そんなこんなで、3回目の抗がん剤治療の後も含めて約2カ月。

元気な母ちゃんを演じながら「大丈夫…大丈夫‥…」

と自分に言い聞かせ、必死に過ごしていました。

 

そして迎えた4回目の最終治療の日・・・。

 

第11章でお話ししますね。

 

 

🕊️ teruboのひとこと

今、不安や迷いの中にいるあなたへ。

どうか自分を責めずに、
「ジタバタしている自分も悪くない」
そう思ってください。

そのジタバタこそ、あなたが“生きようとしている”証です🌈

 

生命力を改善する方法

 晴れ太陽の光を浴びる。

  朝起きたら3分間窓際で、朝日を浴び深呼吸しましょう。

  曇っていてもカーテンを開け、朝の光を感じましょう!

 爆  笑1日3回以上笑いましょう。

  できれば、声を上げて笑いましょう。

  笑えない時は、鏡を見ながら笑顔を作ってみてください!

 

📖これまでの記事
🩺 第1章:告知の日、心が止まったあの日
💧 第2章:手術に向けて、涙と覚悟のあいだで
🌸 第3章:退院の日、思わぬ“自由”の重さ
🔥 第4章:抗がん剤治療に向かうジタバタな日々
🌈 第5章:抗がん剤治療開始の日。心の中で起きた小さな変化

おねがい  第6章:抗がん剤治療が始まる  カーテンの向こうから聞 こ  

         えたエール

びっくり  第7章:抗がん剤治療中、隔離される

照れ  第8章:つかのまの休息

ショボーン  第9章:2回目以降の抗がん剤治療で砕かれた自信

ガーン  第10章 家に帰っても続く戦い(←今ここ)

 

 

 


 

次回は
👉「抗がん剤治療最終日のジタバタteruboのお話」をお届けします。

    どうぞお楽しみに💖

 

 

2回目の抗がん剤治療の日「気力も体力も戻って来た」と感じていた私は、前のめりの気持ちで朝を迎えました。

いつものように楽しく朝食をとり、定刻を待ちました。

 

私は心の中で思っていました。

「2回目だから要領も分かっているし、楽勝じゃな~い!?」

 

ところが、抗がん剤の点滴が始まり数秒。

いきなり突き上げてくる吐き気を感じました。

そして、内臓がひっくり返るような感覚の嘔吐…。

 

「前回よりも早い…きつい…。心が折れる…。」

今更引き返せない…逃げ出すわけにはいかない…。

 

本当に大誤算でした。

 

同室の人たちは、カーテンの向こうから「がんばれ!頑張れ!」「大丈夫!」とエールを送ってくれます。

「やるしかない」「耐えないと…」冗談を返す余裕などありません。自分を保つのに必死でした。

 

夜中近くまで、吐き気と嘔吐が続きました。

朝食はもちろん、見る気もしません。

匂いも吐き気を誘発しそうで「タオルで鼻と口を覆いながら」みんなの食事が終わる迄耐えました。

 

治療後の3日ほどは、自信喪失・・・。

「回復できるのだろうか」と不安でした。

それでもクリーンルームに隔離されることなく、退院することが出来ました。

 

3回目の抗がん剤治療は、さらに強力に副反応が出ました。

その頃には、お姉さま方は退院してしまっていたので、

カーテンの向こうからのエールはありませんでした。

 

波のように襲い掛かる吐き気と嘔吐に、一人でたち向かわなければならない困難さを強く感じました。

 

 

 

🕊️ teruboのひとこと

今、不安や迷いの中にいるあなたへ。

どうか自分を責めずに、
「ジタバタしている自分も悪くない」
そう思ってください。

そのジタバタこそ、あなたが“生きようとしている”証です🌈

 

生命力を改善する方法

 晴れ太陽の光を浴びる。

  朝起きたら3分間窓際で、朝日を浴び深呼吸しましょう。

  曇っていてもカーテンを開け、朝の光を感じましょう!

 爆  笑1日3回以上笑いましょう。

  できれば、声を上げて笑いましょう。

  笑えない時は、鏡を見ながら笑顔を作ってみてください!

 

📖これまでの記事
🩺 第1章:告知の日、心が止まったあの日
💧 第2章:手術に向けて、涙と覚悟のあいだで
🌸 第3章:退院の日、思わぬ“自由”の重さ
🔥 第4章:抗がん剤治療に向かうジタバタな日々
🌈 第5章:抗がん剤治療開始の日。心の中で起きた小さな変化

おねがい  第6章:抗がん剤治療が始まる  カーテンの向こうから聞 こ  

         えたエール

びっくり  第7章:抗がん剤治療中、隔離される

照れ  第8章:つかのまの休息

ショボーン  第9章:2回目以降の抗がん剤治療で砕かれた自信今ここ)

 

 

 


 

次回は
👉「退院後の家でのジタバタteruboのお話」をお届けします。

    どうぞお楽しみに💖

 

血液データが改善し、クリーンルームを出られることになりました。「よかった~!!」と、私はいそいそと荷造りをし、もとの部屋に向かいました。

 

部屋に着くとお姉さま方お揃いで「おかえり~!!」とお出迎え。

皆さんの顔を見たら、ホッとすると同時にじんわり暖かいものが

胸に拡がりました。

 

美味しいとは言えない病院食を、皆で文句を言いながら食べました。それだけで、心も体も「少しずつ戻っている」と感じました。

 

そんな中Aさんがそばに来て、小声で言いました。

「私こんどね、外泊しようと思うの。ちょっといい服を着て、お出かけするのよ。人に会うのよ。でもね‥…、頭がこれでしょ?」と、かぶっているニット帽を指さしました。

 

一瞬「??」と思いましたが、「わかっていますよ~、姐さん!

例のブツ‥…ですな?」と、私は白い箱を取り出しました。

 

Aさんの目が、一瞬輝きました。

「姐さんにはお世話になっているんでね‥…安くしておきますぜ…へっへっへ…」

皆が何ごとかと様子を見ています。

 

そこでカーテンを引き箱を開け、‥…コソコソ・‥‥ゴソゴソ‥…

皆が息をひそめて、私たちの様子をうかがっているのが分かります。

 

Aさんは「まだ開けんで~!」と叫びましたが、私はカーテンを開けてしまいました。すると皆の驚いたような、嬉しそうな、羨ましそうな顔が広がりました。

 

「どこの奥様~?」「よかばい!!におうとる!」「だれかて思うた~~」とお姉さま方。

「もう恥ずかしい~~!」とAさん。

 

ショートヘアのウィッグを身につけたAさんは、照れくさそうな恥ずかしそうな表情で、病室のランウェイを歩きました。

それからしばらく「代わりばんこのウィッグ体験会」を開催し、楽しい一時を過ごしました。

 

私はこの時、こんな時間がずっと続くと思っていました。

 

 

🕊️ teruboのひとこと

今、不安や迷いの中にいるあなたへ。

どうか自分を責めずに、
「ジタバタしている自分も悪くない」
そう思ってください。

そのジタバタこそ、あなたが“生きようとしている”証です🌈

 

生命力を改善する方法

 晴れ太陽の光を浴びる。

  朝起きたら3分間窓際で、朝日を浴び深呼吸しましょう。

  曇っていてもカーテンを開け、朝の光を感じましょう!

 爆  笑1日3回以上笑いましょう。

  できれば、声を上げて笑いましょう。

  笑えない時は、鏡を見ながら笑顔を作ってみてください!

 


📖これまでの記事
🩺 第1章:告知の日、心が止まったあの日
💧 第2章:手術に向けて、涙と覚悟のあいだで
🌸 第3章:退院の日、思わぬ“自由”の重さ
🔥 第4章:抗がん剤治療に向かうジタバタな日々
🌈 第5章:抗がん剤治療開始の日。心の中で起きた小さな変 

        化

おばけくん  第6章:抗がん剤治療が始まる     カーテンの向こうから聞  

       こえたエール

びっくり  第7章:抗がん剤治療中、隔離される

爆  笑  第8章:つかのまの休息(←今ここ)


 

次回は
👉「抗がん剤治療2回戦~第3回戦までの、ジタバタteruboの 

   お話」をお届けします。どうぞお楽しみに💖

 

今日は、抗がん剤治療の影響で清潔隔離されたときのことを

書いていきます。
terubo86の、なかなか情けないジタバタぶりをお楽しみください。

 

第1回目の抗がん剤治療は、比較的順調に進んでいました。
吐き気も少しずつ落ち着き、食事もようやく口にできるようになってきた、治療開始から3週目のことです。

 

その日の血液検査の結果を見た主治医が、

淡々とこう言いました。

「teruboさん、白血球が基準値を下回っています。

感染しやすい状態なので、今からクリーンルームに

移動してもらいます」

 

元気になってきた実感があっただけに、

頭の中は「え?」でいっぱいでした。

 

数分後、「部屋の準備ができました」と、

看護師さんが数人やってきました。

入院道具一式が台に乗せられ、私もろとも移動です。

 

案内されたのは、クリーンルームと呼ばれる個室。
トイレ、バス、空調完備。
ベッドは頭元から清浄な風が吹き出す、ちょっと大きめサイズ。
……寝相が悪くても、さすがに落ちそうにありません。

 

荷物を適材適所に配置すると、看護師さんたちは一斉に

部屋を出ていきました。

 

広い病室に、私ひとり。

さっきまで感じていた病室の温かさは、どこにもありません。
ポツンと取り残された感覚でした。

 

「体は回復してるし、元気なんだけどな……」

そんな、いかにも素人なことを考えていると、

担当の看護師さんがやってきました。

マスク、帽子、手袋、エプロン。完全装備です。

 

「あ……本当に隔離されたんだ」

 

そう思った瞬間、じわっと寂しさが押し寄せました。

 

入室したのは10時過ぎ。

検温が終わると、看護師さんは必要な時以外入ってきません。
病棟の端にある部屋なので、人の気配もなく、とにかく静か。

 

「誰か来ないかな……」

少し期待してみましたが、誰も来ません。


じゃあ昼寝でも、と思うのですが、静かすぎて眠れない。
落ち着かない時間だけが過ぎていきます。

 

昼食の時間になり、配膳されました。
ごはんに煮物、そして――

「あっ! フルーツ付きだ!!」

リンゴです。


どれから食べようかと考え、「リンゴは最後のお楽しみ」

と決めて箸を進めていると、

 

ガラッ。

 

「teruboさん! よかった~! まだ食べていませんでしたね」

看護師さんがそう言うなり、リンゴの皿をスッと持ち上げました。

 

「あ……やっぱりね」
「先に食べときゃよかった……」

 

そう。
白血球が下がり、感染しやすい状態の私は、生もの禁止。

 

運び出されていくリンゴを見送りながら、心の中でつぶやきました。

「せめて、コンポートとか……ないのか?」

 

楽しみを一つ奪われ、ひとりで食べる昼食は、いつも以上に味気なく感じました。

 

そこから夕食までの時間が、とにかく長い。
いつもなら、あーだこうだと他愛もない話をして笑っていた

先輩方がいません。

 

昼寝しようとしても、やっぱり眠れない。
静かすぎるのです。

 

「誰かが一緒にいる」

それが、どれだけありがたいことかを、しみじみ感じました。

 

ところでこのクリーンベッド、頭元から足元に向かって

清浄な空気が流れる仕組みなのですが、これがまた冷たい。


最初は「気持ちいいな」と思ったのですが、横になると体温を奪われる感じがします。

頭が冷える。肩も冷える。寒い~!

 

午後の検温時に看護師さんに相談しましたが、

特にこれといった解決策はありませんでした。

 

こうして迎えた、隔離初日の午後。
人とほとんど会うこともなく、心細さだけが募っていきます。

「これが1週間続くのか……」

正直、気が萎えました。

 

やがて夕食の時間。
ガラガラと配膳車の音が近づきます。

 

トントントン。

「お食事です」

 

……あれ?
どこかで聞いたことのある声。

くすくすと笑い声も聞こえます。

 

ドアが開くと、そこにはお膳を持った看護師さん。
 

その後ろに――複数の人影。

先輩方が、看護師さんの後ろで手を振っていました。

 

「うれしい」

 

そう思った瞬間、視界がにじみました。

 

看護師さんが言いました。

「直接お話ししない、という約束で、皆さんをお連れしました。
しっかり食べて、血液データ改善しましょうね」

 

看護師さんが退室し、ドアが閉まるまで、

先輩方は無言で手を振ってくれていました。


そして、ドアが閉まった瞬間、

「頑張って!」
「早く戻ってきて!」

口々にエールが飛んできます。

 

それまで「一人で耐えられるかな……」と

弱気になっていた気持ちが、一気に吹き飛びました。

 

元気と勇気が、胸の奥から湧いてくるのを感じました。

「早く戻ろう」

そう、心に決めました。

 

そして三日後。
血液データは改善し、無事に元の部屋へ戻ることができました。

 

先輩方が「おかえり~!」「はやく帰れたね。」と声をかけてくれました。

私の心と体は、一瞬にして温かさに包まれました。

 

隔離生活は短いものでしたが、

「一人になることのつらさ」と「人の存在のありがたさ」が、

強く心に残る出来事でした。

 

___とはいえ、これはまだ始まりにすぎません。

 

抗がん剤治療は、この後第2回戦、第3回戦と続きます。

そして、心も体も想像していなかった展開を見せていくことになります。

 

第8章では「第2回戦から第3回戦」のできごとについて、書いていきます。

 

 

🕊️ teruboのひとこと

今、不安や迷いの中にいるあなたへ。

どうか自分を責めずに、
「ジタバタしている自分も悪くない」
そう思ってください。

そのジタバタこそ、あなたが“生きようとしている”証です🌈

 

生命力を改善する方法

 晴れ太陽の光を浴びる。

  朝起きたら3分間窓際で、朝日を浴び深呼吸しましょう。

  曇っていてもカーテンを開け、朝の光を感じましょう!

 爆  笑1日3回以上笑いましょう。

  できれば、声を上げて笑いましょう。

  笑えない時は、鏡を見ながら笑顔を作ってみてください!

 


📖これまでの記事
🩺 第1章:告知の日、心が止まったあの日
💧 第2章:手術に向けて、涙と覚悟のあいだで
🌸 第3章:退院の日、思わぬ“自由”の重さ
🔥 第4章:抗がん剤治療に向かうジタバタな日々
🌈 第5章:抗がん剤治療開始の日。心の中で起きた小さな変 

        化

おばけくん  第6章:抗がん剤治療が始まる     カーテンの向こうから聞  

       こえたエール

びっくり  第7章抗がん剤治療中、隔離される(←今ここ)

 


 

次回は
👉
「2回戦から第3回戦までの、ジタバタteruboのお話

  をお届けします。どうぞお楽しみに💖

第6章では、私が抗がん剤治療の中で経験した “心の変化”について書いていきます。

 


治療開始までのカウントダウン

ついに、初めての抗がん剤治療の日がやってきました。
これから1回/月 × 4セット の治療が始まります。

いつものように洗面をして、朝ごはんを待つ。
けれど緊張のせいか、ご飯粒が喉に引っかかりそう。

「帰りたい…」と内心ジタバタしているところへ、

お姉さん(同室の先輩患者さん)が近づいてきました。

 

「teruboさん、朝はしっかり食べるのよ!」
そう言って自家製の梅干しをくれたのです。
思いがけないその優しさが、胸にしみました。

 

食事を終え歯磨きをして日課の朝ドラを見るが、

話が頭に入ってこない。


ぼーっと画面を眺めていると、

主治医と看護師さんがやってきました。

 

「逃げ損ねたわ…」と思った瞬間、
お姉さんがカーテンをスッと引きながら言いました。


「今日はteruboさん笑えないからね。みんなで静かに笑うわよ。」

 

「アッ、わたしだけ隔離された・・・。」
なんだか少し、心細い気持ちになりました。

 

バイタルチェックが済み、まずは普通の点滴から。
ここまではいつも通り。


そしていよいよ、主治医が抗がん剤のビンをセットしました。

カーテンの向こうから、小さな声で
「がんばって。」
と聞こえました。

 


 

◆“7秒後”に起きたこと

 

薬が入って、ほんの7秒ほど。
突然、身体の奥からせり上がるような吐き気が襲ってきました。

 

「?!」「うわ〜〜💦気持ち悪い…!」

我慢しようとしてもどうにもならない。
嘔吐が止まらず、声にならない唸りが漏れる。

 

カーテンの向こうで、みんなが小さく
「がんばれ…」
とつぶやいているのが聞こえる。

 

お姉さんは落ち着いた声で言いました。
「大丈夫、大丈夫。死にはしないからね。」


そしてもう一言。


「今日はteruboさんの分まで、みんなで笑うよ。

みんなで免疫力上げていこうね!」

 

くすくすとした笑い声が、カーテン越しに広がる。
「みんないてくれてるんだ・・・。」
その声は、不思議なほど優しく、心地よく耳に届きました。

 

予定通りその日の投与は終了しましたが、吐き気はなかなか

おさまらず。
夜中もえずき続け、その状態が数日続きました。

 


 

後半戦、そして“気づき”

 

ようやく落ち着いた頃、1回目の後半戦がやってきました。


薬の種類は違い、量も少なめ。

それなら少しは楽かも…と思っていましたが、

その威力は想像以上でした。

 

「あと3回、これをやるのか…」
そう思うと、気が重くて仕方ない。
とても耐えられないように感じました。

 

そんな私の様子を見て、諸先輩方が声をかけてくれました。

「大丈夫よ。治るからね。」
「みんなも通ってきた道だよ。一緒に頑張ろうね。」

 

そのとき、私は初めて気づいたのです。

私は“病気を治すのは自分自身だ”とどこかで思い込んでいました。


でも実際は——
患者自身の生命力だけではなく、周りにいる人たちの生命力も、

同じように大切だったのだ と。

 

あのカーテンの向こうからの小さな声、

くすくす笑いながら応援してくれた人たち。
あの人たちの存在が、どれほど自分を支えてくれていたのか。
今になって、胸がじんわり温かくなるほど感じています。

 

 

💬 読者の皆さまへ

今日も読んでくださって、本当にありがとうございます🍀

もしあなたにも、
「初めての治療の日」「怖かったけれど前に進めた日」
そんな思い出があれば、ぜひコメント欄で教えてください。

あなたの一言が、きっと誰かの勇気になります🌈
一緒に“ジタバタ”しながら、少しずつ前へ進んでいきましょう🌷

 


🕊️ teruboのひとこと

今、不安や迷いの中にいるあなたへ。

どうか自分を責めずに、
「ジタバタしている自分も悪くない」
そう思ってください。

そのジタバタこそ、あなたが“生きようとしている”証です🌈

 

生命力を改善する方法

 晴れ太陽の光を浴びる。

  朝起きたら3分間窓際で、朝日を浴び深呼吸しましょう。

  曇っていてもカーテンを開け、朝の光を感じましょう!

 爆  笑1日3回以上笑いましょう。

   声を上げて笑いましょう。

  笑えない時は、鏡を見ながら作り笑顔をしてみましょう!

 


📖これまでの記事
🩺 第1章:告知の日、心が止まったあの日
💧 第2章:手術に向けて、涙と覚悟のあいだで
🌸 第3章:退院の日、思わぬ“自由”の重さ
🔥 第4章:抗がん剤治療に向かうジタバタな日々
🌈 第5章:抗がん剤治療開始の日。心の中で起きた小さな変 

        化

おばけくん  第6章:抗がん剤治療が始まる     カーテンの向こうから聞  

       こえたエール(←今ここ)


次回は
👉「本当に隔離されてしまった、ジタバタteruboのお話」
  をお届けします。どうぞお楽しみに💖

 

今日も読みに来てくださって、ありがとうございます。
あなたは「初めて治療に向かった日」のこと、覚えていますか?
怖かったり、不安だったり、それでも前に進もうとしていた自分――。

今日の第5章では、私が抗がん剤治療を前に感じた
“小さな心の変化”について書いていきます。

 

 

入院初日――閉ざしていた私の心

抗がん剤治療のために入院するその日、私はひとつ決めていました。

「自分のことは誰にも話さない。治療が終わったら、すぐ前に進む。」

そんな思いで病棟に案内され、「お世話になります」とだけ言い、荷物をほどきました。

一息つこうとしたそのとき、ひとりの女性が勢いよく近づいてきました。

 


突然の問い――“死”を突きつける声

 

彼女は開口一番、切羽詰まったような声で言いました。

「あなた、何の病気? ガンよね? どこのガン?」

あまりに突然の質問に、私は返事ができませんでした。

その後の3日間、彼女は新しい患者が来るたび、同じ質問を繰り返していました。
怒っているような、悲しんでいるような――複雑な目で。

そしてまた新しい患者が来たとき、彼女が同じ質問を浴びせかけた瞬間。
私の中で、張りつめていた糸が切れました。

 


抑えていた感情があふれた瞬間

 

気づけば私は声を荒らげていました。

「ガンだからって、必ず死ぬとは限りません!
“死ぬ、死ぬ”と言っていたら、本当に死んでしまいますよ!
私は生きて帰りたいから、もうやめてください!」

言い終えた瞬間、彼女の目がきらりと光り、
私は胸の奥で「しまった」と息をのみました。

 


「生きたい」――初めて聞いた彼女の本音

 

「あなた、なんでそんなこと言うの? 私たち……死ぬのよ。あなたもね!」

彼女の言葉には、強さと同時に、押し殺された不安がにじんでいました。

「私はまだ死にません。生きるために治療に来たんです。
治療して元気になった人は、たくさんいます。」

そう伝えると、彼女の表情が少しやわらかくなりました。

「本当なの……? あなた、どうしてそんなふうに言えるの?」

「私は看護師です。そういう人たちをたくさん見てきました。」

いつの間にか彼女は、私の目の前に立っていました。

そして震える声で言ったのです。

「どうしたらいいの……?
教えて……。
私、まだ死にたくない。生きたいの。」

その言葉に、私は思わず息をのみました。

 


病室に広がった“光”

私が知っていることを静かに話し始めると、
いつの間にか同室の皆さんが耳を傾けていました。

すると彼女が突然、皆を見渡して宣言しました。

「いい? 今日から免疫力上げるわよ!
1日3回は笑うの! ご飯もしっかり食べるのよ!」

皆が「そうしよう」とうなずいているのがわかりました。

あのとき初めて気づいたのです。
――みんな、がんと告げられてから“死に向かって生きていた”のだ、と。

病室の空気は、まるで光が差し込んだように明るくなりました。

 


私の中で芽生えた“小さな変化”

翌朝の治療を控えていた私に、彼女は言いました。

「明日の朝までに、しっかり食べておくのよ。
治療のあとしばらくは食べられなくなるから。頑張ってね。」

その言葉を聞いた瞬間、
これで私は生き延びられる”――そう直感しました。

振り返れば、あのときの私は
「自分だけでも生きたい」
そんな必死の思いを抱えていたのかもしれません。

けれどその日から、私たちの入院生活は一変しました。

くだらないことで笑い合い、しっかり食事をとり、
お互いを励まし合う毎日。

一人で闘っているつもりだった私は、
気づけば「みんなで支え合う」場所の中にいました。

そして私の心の中でも、小さなけれど確かな変化が芽生えていたのです。

 


💬 読者の皆さまへ

今日も読んでくださって、本当にありがとうございます🍀

もしあなたにも、
「初めての治療の日」「怖かったけれど前に進めた日」
そんな思い出があれば、ぜひコメント欄で教えてください。

あなたの一言が、きっと誰かの勇気になります🌈
一緒に“ジタバタ”しながら、少しずつ前へ進んでいきましょう🌷

 


🕊️ teruboのひとこと

今、不安や迷いの中にいるあなたへ。

どうか自分を責めずに、
「ジタバタしている自分も悪くない」
そう思ってください。

そのジタバタこそ、あなたが“生きようとしている”証です🌈

 


📖これまでの記事
🩺 第1章:告知の日、心が止まったあの日
💧 第2章:手術に向けて、涙と覚悟のあいだで
🌸 第3章:退院の日、思わぬ“自由”の重さ
🔥 第4章:抗がん剤治療に向かうジタバタな日々
🌈 第5章:抗がん剤治療開始の日。心の中で起きた小さな変化(←今ここ)


次回は
👉「副作用との付き合い方。そして“私らしい日常”を取り戻すまで」
をお届けします。どうぞお楽しみに💖

 

第4章「抗がん剤治療 に向かうジタバタな日々」

 

1.抗がん剤治療に向けて心が揺れ動く時間

 

  手術を終え少しホッとしたのも束の間。

  私は次に待ち受けている“抗がん剤治療”に、静かにおびえてい 

  ました。

  

  子ども達の前では冷静さを装っていましたが、内心ジタバタ。  

  どうしても落ち着けない自分がいました。

 

  terubo流リハビリ計画・第2弾!発動!!

  目 標:体力を温存、もしくはできれば増強して、抗がん剤治 

      療の副作用を最小限に抑えること

  日々のスケジュール

  ・今まで通り家事をする

  ・一日一回、一時間外を歩く

  ・タンパク質と野菜類中心に三食しっかり食べる

  ・八時間以上の睡眠。足りない時は昼寝で補う

  ・オーバーワークにならないよう気を付ける

 

  完璧にこなしていたつもりでした。

  でも、気づかないうちに「ジタバタterubo」が目を覚まして

  いたのです。

 

  手術後の経過はすこぶる順調で、少し早めに退院した私。               

  ところが、退院と同時に次のステップ“抗がん剤治療”への不安 

  が押し寄せました。

  これまで、抗がん剤治療を受けた患者さんと接してきた経験が

  あったため、その効果も副作用の厳しさも知っていました。

 

  「強い吐き気、嘔吐、体力の消耗、脱毛・・・・・どうするどう 

  する・・・・・」

 

  元々注射嫌いの私は、点滴と聞くだけでも気が萎えてしまう。

  退院前からすでにソワソワ。

  退院してからは、ますます気持ちが落ち着かなくなっていきま

  した。

 

  「高濃度ビタミンC療法」にすがってみた私

  *ここに書くのはあくまで個人の体験です。 治療法を推奨する  

  ものではありません。

 

  そんな時、以前から気になっていた「高濃度ビタミンC療法」を  

  思い出しました。

 

  なんと運のいいことに、車で行ける所にそのクリニックはあり 

  ました。

 

  待合室には、がんや難病と闘う患者さんたちの姿がありまし 

  た。

 

  問診の後

  「副作用はなく、抗がん剤の副作用も軽減できるでしょう。」と 

  説明を受け、10回の投与計画が立てられました。

  「これで副作用も半減できるかも!」

  そんな希望を胸に、私は治療をスタートさせました。

 

  点滴が入り始めて間もなく鼻の奥に薬品臭を感じましたが、

  「いつものこと。大丈夫。これくらいなら耐えられる・・・。」 

  と前のめりでした。

 

  ところが、5回目の投与を受けている時「体が拒否しているよ  

  うな感覚」が。

 

  それでも「あと少し…」と自分に言い聞かせて臨んだ6回目。

  点滴が始まりいつもの薬品臭を感じていたら、突然吐き気が襲 

  ってきました。

 

  点滴架台をひっ掴みトイレめがけて突進。籠ること15分。

 

  少し落ち着いたのでベッドに戻りましたが、吐き気は収まら 

  ず・・・。

 

  点滴はまだ半分以上残っていました。

  「もったいない・・・高額なのに・・・」そんな思いもよぎりま 

  したが、意を決して伝えました。

 

  「点滴、抜いてください。」

 

  治療は中断。

  帰り際に「少し考えて連絡します。」と告げましたが、

  数日後「治療の再開は難しいです」と電話を入れました。

 

  期待して受けた治療を中断したことで、私は途方に暮れまし 

  た。

 

  そして「どうするどうする・・・そうだ!!・・・ウィッグを 

  買わなきゃ!!」

  「ジタバタterubo」は、地元の有名百貨店でウィッグを調達し、 

  迫りくる入院の日に備えました。

 

  今、振り返って思うこと

 

  あの時の私は「できることは全部やりたい!!やらなきゃ!!」 

  という思いでいっぱいでした。

  それはがんや抗がん剤治療への「恐れ」であると同時に、“生き 

  たい。生き延びるぞ”という強い思いの表れだったと思います。

 

  「思い通りにならないことがあっても、それでいい。

  試して、失敗して、気づいて、また次に進めばいい。」

 

  あのジタバタな日々は、そう教えてくれました。

  そして私を少しだけ強くしてくれて、今の私も支えてくれている 

  と感じます。

 

 

  次回予告

 

  次回は、抗がん剤治療の日々のジタバタについて書いていきま  

  す。Teruboのジタバタぶりをお楽しみに💖

 

  ~お読みくださったあなたへ~

 

  ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

 

  もしあなたにも似たような経験や思いがあれば、ぜひコメント 

  欄で教えてください。

 

  「私もそうだった。」「こんな時どうしたの?」そんな一言でも構 

  いません。

  お一人お一人の言葉が、このブログを通して誰かの力になると 

  思っています。

 

              では、また次回お会いしましょう。

第3章 手術直後のハリキリ

 

手術が終わった直後、私は“生きている実感”よりも、
「ここはどこ?」というぼんやりした感覚に包まれていました。
けれど、家族の声、温かさ、そして医療の力に支えられながら、
次第に「もう一度立ち上がれる」と感じ始めます。

痛みに弱い私が、なぜ“ハリキリ患者”になれたのか。
そこには、身体の回復だけでなく――
生命力”という心のエネルギーが、静かに動き出した瞬間がありました。

 

麻酔からの覚醒

なんだか、まわりがざわついている。
誰かが呼んでいる……ここはどこ?

「teruboさ~ん、手術終わりましたよ~。お部屋に帰ってきましたよ~。家族の方も来られていますよ~。」

……えっ? 何? 何だっけ?
頭がボーっとして、現実感がつかめない。

「teruboさ~ん、目を開けてくださ~い。」

その声にうながされ、ゆっくり目を開けた瞬間、
「うわっ、まぶしい!」

光の向こうに、ぼんやりと人の顔らしきもの。
数回まばたきをすると、
「母ちゃん、目をぱちぱちしよる!」と夫の声。

子どもたちが、手を握ってくれている。
「お母さん分かる? 痛くない?」「大丈夫?」
やっと、終わったんだ……。
言葉にはならなかったけれど、笑ったつもりだった。

身体はベッドと一体化したように重く、
「私は元気だから、もう帰っていいよ」と心で念じながら目を閉じた。

 

 

術後の回復に向けて

翌朝9時前、主治医が病室に現れた。
「経過良好だね。もう歩いていいからね。おしっこの管もすぐ抜けるよ。」

「えっ、本当に?!」
運動も行けるんじゃ……と聞くと、
「今日はまだ用心して歩いてくださいね。」と。

 

まもなくおしっこの管が抜かれた。

痛かった!!ものすごく…
でも――あれ? 手術したところ、痛くない。
違和感はあるけれど、“痛み”がない。

「手術したよね…」

胸腔ドレーン(肺切除術後「胸腔にたまる血液や水を体外に排出する」ための処置)の管を入れているところも、違和感はあるけれど“痛み”がない。

 

そうだった!!

手術直前に背中から入れた“硬膜外麻酔(エピ)”が効いているのだ。
「エピ、すごい! これなら動ける!」

トイレ歩行を皮切りに、私は“terubo流リハビリ計画”を始動した。

 

terubo流リハビリ計画

目的:早期家庭復帰と抗がん剤治療へ備える

〈1日目〉
・トイレ歩行
・病棟内の廊下を往復(数回)

〈2日目〉
・午前:屋上の偵察
・午後:屋上を数周回る

〈3日目以降〉
・体調に合わせて屋上ウォーキング

 

 

手術後2日目、「散歩してきまーす」と看護師に伝え、
吸引機の台をヨッコラショと抱えて屋上へ出た。

「うわ〜気持ちいい! 風が吹いてる!」

周りには誰もいない。
日焼け防止に帽子をかぶり、ゆっくり1周。

屋上のコンクリート床から吸引機台を押す手に、

ゴロゴロガタガタと振動が伝わる。
「よし、これならいける。」

その日、屋上を5周。

翌日は、午前午後各10周。
午後は反対回りも追加。完全に“ハリキリ患者”だった。

午後、屋上を歩いていると、後ろから声がした。
「teruboさん! 何してるんですか?!」

振り向くと主治医が目を丸くして立っている。
「運動です……。」
笑いをこらえた先生が一言。
「まさか屋上までとは。転ばないように気をつけてくださいね。」

病棟に戻ると看護師さんたちにも、「何周したんですか?」と笑われた。
でも私は得意げだった。
「エピ」のおかげで、痛みがなく動ける――それが嬉しかった。

 

痛みのないリハビリ、そして感謝

翌日、麻酔科医から「明日エピを抜きます」と告げられた。
心の中で「困ったなぁ」と思いつつ、
「午後にしてもらっていいですか?」とお願いすると、
「屋上の運動ですね?」とニヤリ。交渉成立!

 

3日目も快適にリハビリを続けられ、夕方エピと一緒に吸引用のチューブも抜けた。

リハビリに拍車がかかったが、
痛みが出ることなく、予定より早く退院できた。

 

ハリキリ”の裏にあった想い

麻酔から覚めたとき、私はもっと冷静に家族と話せると思っていた。
でも、麻酔の力にはかなわず、ただ微笑むことしかできなかった。

そして私は改めて気づいた。
痛みに弱い自分だからこそ、「痛みのない時間」の尊さが分かるということ。

「エピ」に助けられた私は、
医療の進歩と、支えてくれた人たちに心から感謝した。

“痛みゼロのハリキリ患者”terubo――
この瞬間から、私の中の生命力が静かに動き出した。

 

 

次回予告

第4章「抗がん剤治療 ― ジタバタな日々再び」へ続く。
身体の回復とともに、心が揺れ動く時間。
「生命力カウンセリング」の原点が、少しずつ形を取り始めます。

🌿あとがき:生命力カウンセリングのはじまり

この「ハリキリ体験」は、私にとって単なる術後リハビリではなく、
自分の中の生命力”を自覚した最初の瞬間でした。

痛みを恐れながらも、前へ進もうとする心。
支えてくれた家族・医療スタッフへの感謝。
――それらすべてが、後に「生命力カウンセリング」を生み出す原動力になりました。

これから書き進める章では、治療、回復、そして心の再生を通して、
“人はどんな状況からでも、もう一度立ち上がれる”という確信をお伝えしていきます。

🌼 あなたの中にも、きっと眠っている「生命力」。
その力を思い出すためのヒントを、今後の章で少しずつお届けします。