十五年前の春、私は一枚の紹介状を手に、
○○医療センターの外来受付に立っていました。
「この検査データを持っていけば、すぐに診断がつく」と思っていた私は、どこか落ち着いた気持ちで呼び出しを待っていました。
まさか、この日から自分の人生が大きく変わるとは、まだ思いもしませんでした。
診察室に入ると、S先生は紹介状を読みながら穏やかにうなずき、「詳しく調べましょう」と言いました。
血液検査、CT、気管支鏡検査──。
検査日程が次々に決まっていきます。
私は内心、「もう結果は出ているはずなのに」と、少し拍子抜けしていました。
そして数日後、すべての結果が出揃った日。
S先生はやわらかい声で、まるで「春風が吹いたね~」というように言いました。
「肺がんだねえ。」
あまりに穏やかだったその言葉に、私は一瞬「大したことはないのかな」と錯覚しました。
しかし、先生の口から続いた説明は現実そのものでした。
「右下葉S6の原発の肺腺癌です。手術と抗がん剤の併用で治療を行いましょう。」
転移の可能性についても話されましたが、頭にはほとんど入ってきませんでした。
耳で聞いているのに、頭に入ってこない。心がついてこない──そんな感覚でした。
会計を待っている時、S先生がパンフレットを持って足早にやってきました。
「これ、読んでおいてね。病気のこと、治療の事しっかり書いてあるから。びっくりしたよね。でも大丈夫。ぼくに任せて。」
告知後の私の反応のなさに、心配されたのかもしれません。
その言葉に、私は少しだけ心が緩みました。
帰り道今日の出来事を振り返り、考えました。
どうやって家族に伝えようか。特に子どもたちに。
「事実を淡々と、できるだけ分かりやすく伝えよう。質問には全部答えよう。」
そう決めて家に帰りました。
夕食後、家族を前に話を切り出しました。
「今日、肺がんだと診断されました。」
少しの沈黙のあと、長男が言いました。
「お母さん、タバコ吸いよったと?」
「吸ってないよ。タバコ吸わなくてもなるんだって。」
「へえ~、そうなんだ・・・。」と長男。
長女が小さな声で続けました。
「治療すれば治るんだよね。なら大丈夫だね。」
子どもたちなりに受け止めようとしているのが伝わり、私は胸がいっぱいになりました。
その夜、私はようやく「母親として強くあらねば」と思い始めました。そして、二週間後の手術を前に、私は家の片づけをし、体力を維持するために散歩をし、子どもたちの動揺を和らげるよう努めました。
表面上は前向きに見えたかもしれません。
けれど本当は、心の中でずっと問い続けていました。
「本当に治るのだろうか。これからどうなるのだろう。」
答えのない不安を抱えたまま、私は日々を整えることで気持ちを保っていました。
今振り返ると、あのときの私はまだ「生命力」という言葉の意味を知りませんでした。
ただ、“生きるために動く”ことしかできなかったのです。
けれど、あの不安な二週間があったからこそ、私は後に「心の力」「生命力」という概念に出会うことになります。
次章では、手術の日の出来事、そして“生きる”という言葉の重みを描いていきたいと思います。
私が「生命力カウンセリング」という考えに出会ったのは、
この経験を経た後のことでした。
この方法が、あなたや大切な方の“生きる力”を取り戻すきっかけになれば──そう願っています。
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病気を通して見えてきた“人の強さ”と“あたたかさ”を、これからも綴っていきます。
どうぞ見守ってくださいね。
カウンセラーterubo86 (園田照子)