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Ternod Official blog

哲学思想研究、文人画。 反緊縮行動(Anti-Austerity Action)〔生ー政治(Bio-politique)に抵抗する自律労働者(Autonomia Operaia)〕。 ブラック・ミュージックをこよなく愛す。レコード/CD店、古本屋、美術館などで出没することが多いです。

東日本大震災から5年目の今日、
14時46分、黙祷をしました。

震災と津波で亡くなられた方々に追悼の意を表し、福島第一原発事故での避難や移住をされた方々に思いを寄せ、何が何でも生きて行くことを呼びかけました。

あの日の出来事は、つい昨日のことのように覚えています。

徒歩帰宅で混雑する道を、Hanna HaïsやI.A.M.などを聴きながらひたすら歩き続け、
その翌日には、福島第一原発事故の炉心溶融と放射性プルームに覆われることへの不安と隣り合わせの日々の始まりでした。

灯りが消え、商店の棚はがら空きで、ゴーストタウンのような東京の街をひたすら生き続けたこと、
嘘と虚飾で塗り固められた「復興」に背を向け、
殺伐とした街の中で、ひたすら安全な食べ物だけを選んで手に入れるという、
まさに「戦時下」のような日々を過ごしていたことは、
忘れるはずがありません。

そして「復興」が現実に始まりかけた震災4年目、
私はその街を抜け出し、
新たな地で生きて行くことにしました。

 「トロイアは、その名とともに亡んだし、亡んだことにしておくよう、
  お願いしたいと思います」。
      ウェルギリウス『アエネーイス(下巻)』泉井久之助訳、岩波文庫、397ページ。

二度と帰ることできない旅路を、
ひたすら前に向かって進んで行きます。
今日は、時間があったので斑鳩と奈良に行ってきました。
奈良は昨年、鹿で有名な奈良公園周辺(元興寺、奈良国立博物館、東大寺、春日神社)と奈良町、橿原神宮と畝傍山周辺(神武天皇御陵、藤原京跡)を散策したことがあります。そして大和文華館にて、《明清の夢》という中国山水画の主要作品が揃った展覧会を前期・後期とも観賞してきました。
今回は、まずは斑鳩にある法隆寺に行こうと決めていました。金堂の壁に描かれた仏画を見たいと思っていたからです。

だが、JR大和路線に乗り、法隆寺に着いて目に入った光景が、これです。

法隆寺西院伽藍


金堂は改修工事中です。
しかも、法隆寺の拝観料は1,500円と高めです。
したがって、今回は拝観せず、機会を改めることにしました。

法隆寺_東院伽藍夢殿


一応、東院伽藍の夢殿は拝観してきました。

お札_聖徳太子と夢殿


このことを知っている人は、いまではかなり上の年代になりましたが、法隆寺の夢殿とは、聖徳太子ともにお札に描かれていた建物です。

薬師寺白鳳伽藍


次に、薬師寺に行ってきました。
こちらも東塔が解体修理中、食堂(じきどう)が復元工事中でしたが、拝観料を払って見てきました。
国宝に指定されている薬師三尊像(薬師如来、日光菩薩、月光菩薩)は、日本美術史でも重要な作品です。
飛鳥時代に造られたにも関わらず、古さを感じさせない、いま造られたかのような鮮烈な美を放っていました。

そして大宝蔵殿では《仏教と刀》という特別展示が行われていました。
私としては、真田信繁(幸村)が豊臣秀頼より賜った正宗の刀、そして“妖刀”村正の刀と短刀をいくつも見ることが出来ましたので、特別拝観券を選んで正解でした。
私にとってはツボです(笑)

薬師寺玄奘三蔵伽藍


玄奘三蔵伽藍では、平山郁夫さんによるシルクロードの風景を描いた《大唐西域壁画》を見てきました。

唐招提寺01


さらに、薬師寺から10分ほど歩いて唐招提寺に行きました。
唐招提寺の金堂は、列柱の並んだ造りが、古代ギリシアの神殿建築の技法がシルクロードを超えて伝わったとされています。

唐招提寺02


唐招提寺03


このアングルで見ると、ギリシア神殿の影響を感じることができます。

平城宮跡朱雀門


さらに唐招提寺から北へ歩いて、復原された平城京朱雀門にたどり着きました。
儀礼的空間です。

平城宮跡太極殿


こちらは復原された太極殿です。
政務の場というより、使節を迎えたり官吏を集めて儀礼を行う空間と施設です。
北京の紫禁城のようです。

平城宮跡歴史公園整備図


平城京跡地は、まだ周辺整備の工事中です。
あまりにだだっ広いので、ここに東京の中央官庁を移転すれば良いのに、と思ったりしました(笑)
機能的には、この地はかつての日本の首都であり、現在の霞ヶ関の官庁街がここにあったといっても差し支えないでしょう。

長屋王跡碑


長屋王邸の跡地です。
イトーヨーカドーが建っています。

JR奈良駅舎


JR奈良駅に着きました。
薬師寺と唐招提寺の最寄り駅である、近鉄西ノ京駅を降りてから、ずっと徒歩でここまで来ました(笑)

ヤマトポークのチャーシュー丼


夕食は、奈良県の農作物や県産品を扱ったアンテナショップ「奈良のうまいもの」にて、ヤマトポークのチャーシュー丼を食べました。
肉の味がしっかりして、脂身に甘味がありました。野菜も存在感があり、食べごたえのある食事でした。
JR奈良駅1階の飲食店が並ぶエリアにあります。

柿の葉寿司


さて、帰りに買ったものです。
奈良名物といえば、柿の葉寿司です。
家で飲みながらつまもうと買いました。
大阪でもスーパーマーケットや駅の売店でよく見かけますが、やはり奈良に行った時に買うものというイメージがあります。

古代の蘇


こちらは「古代の蘇」です。
飛鳥時代、中央アジアからシルクロード経由でチーズの製法が日本にも伝わり、日本でも作られて貴族や高級官吏らの嗜好品として嗜まれていたとの記録をもとに再現された乳製品です。
「醍醐」とは、発酵乳の美味を意味する言葉とされています。
「古代の蘇」は、後日開封することにします。
《Ground Zero #002》
カンヴァスに油彩
M20号(727mm×500mm)
2016年。
50,000円

Ground Zero #002


この作品の制作意識は《Ground Zero #001》とほぼ同じですが、こちらは渋谷駅東口広場全体の大規模工事の光景です。解体された施設は、東急東横店、東急東横線渋谷駅ターミナルと、子供の頃から慣れ親しんだ風景がすべて跡形もなく消え去りました。
「Ground Zero」とは、本来は広島の原爆投下による爆心地に対して呼ばれていましたが、2001年9月11日、アメリカ・ニューヨーク市のワールド・トレード・センターがテロによって崩壊して以降、9-11事件の爆心地に対して呼ばれるようになりました。
この作品のタイトルの「Ground Zero」も、9-11の方から連想して付けました。

この光景は、数年後には超高層ビルが建ち並ぶ光景になるのでしょう。

私がこの間思ってきたこととして、福島第一原発事故による放射性物質の拡散の問題もさることながら、地震国である日本において、首都機能の極端な一極集中というのはリスクマネジメントの点から危険きわまりないと思います。
たとえば、もし東京首都圏で震度6~7クラスの大地震が起きれば、その時点で、日本全体の政治・行政・経済機能がパニックに陥ります。
また東京の様々な施設や公園等のキャパシティから考えて、大災害が起きても、避難施設に入れる人たちは限られてくるでしょう。とくに成人の単身者は、どこの避難所にも入れないどころか食料の配給すら受けられず、棄民されるおそれがあります。

そう考えれば、東京中心の「復興」など、砂上の楼閣を築いているようなものでしょう。
今すぐは難しくとも、準備が整い次第、西日本に移住すべきである。
そして、新たな地で活動をし、積極的に発信していくべきである。

「トロイアは、その名とともに亡んだし、亡んだことにしておくよう、
お願いしたいと思います」。
ウェルギリウス『アエネーイス(下巻)』泉井久之助訳、岩波文庫、397ページ。

そのようなことを考えながら描いた作品です。
《Ground Zero #001》
カンヴァスに油彩
F20号(727mm×606mm)
2015年。
50,000円

Ground Zero #001


この作品は、東京・渋谷の東急東横店が解体され、渋谷駅周辺が大きく再開発される光景を描いています。

2011年3月11日の東日本大震災と福島第一原発事故により東京の都市機能もパニックに陥り、知人友人の避難・移住が相次ぎ、そして東京中心の「復興」や渋谷再開発を見てきた末に、私自身も西日本に移住しました。
つまり、3・11後の5年間を東京で生活してきましたが、まさに「戦時下」の感覚でした。
そしてその「戦時下」の感覚は、関西にいる今でも続いています。
東京を離れたことにより、政治や経済から文化芸術に至るまで、すべてが東京中心に動き、「復興」の名の下に、東京一極集中が加速する、そうした歪んだ流れを強く感じます。
そうした言葉では表現しにくい問題意識を絵画でどう表現するか考えていた時、戦前に建てられ、私自身も物心ついた時から慣れ親しんだ風景である、東急東横店が解体されてクレーが並び立つ風景と、水蒸気爆発により鉄骨がむき出しになった福島第一原発の建屋が、私自身の中では重ね合わせて見えました。

また、上記のような問題意識もさることながら、自身の絵画制作において、油彩画、それも現代絵画と南画の融合という考えも含んでいます。

ちなみにフリーハンドで直線を引くことができたのは、水墨画教室での訓練の賜物です(笑)
無念無想で筆を走らせる感覚で描きます。
先週になりますが、京都に行ってきました。
関西に来てから、月に1回は京都に行っています。

阪急京都線で京都に着いた頃には、すでに午後になっていました。
そこで、まずは腹ごしらえから。
四条烏丸で降りて、大丸地下、錦市場、高島屋地下にて総菜の買い物です。

京都_錦市場


鴨川べりにて、弁当を広げました。
自宅でつくってきた、戎橋をぐらやの塩昆布を入れたおにぎりと、京都高島屋の地下で購入した、おばんざいのお惣菜です。

京都_鴨川べり弁当


だが2つめのおにぎりを食べている途中、おかずに目を向けていたら、トンビにおにぎりを取られました(笑)
おにぎりを手で持っていたのに、です。
ネットで調べてみると、鴨川べりはよくトンビが飛んでいるそうですが、まさか京都の街中にトンビが飛んでいるなど、想像もしませんでした(笑) また、トンビが雑食であることを初めて知りました。

京都_志津屋カルネ


そういうわけで、食べ足りない分の食事の買い足しです。
祗園のパン屋「志津屋」のカルネです。丸いフランスパンにハムとたまねぎが挟んであります。
さらに、コンビニで豚まんも買い食いしました(笑)

京都_細見美術館


細見美術館にて、春画展を見てきました。
平日にもかかわらず混雑していました。

同展を見に行って分かったことですが、江戸時代には狩野派や土佐派の大和絵師や、谷文晁などの南画家らも、手描きの筆写による春画を描いており、つまり当時の主な画家の多くが春画を描いていたということです。
つまり日本絵画の題材のひとつであり、今日では日本美術史のジャンルのひとつだったといってもよいでしょう。
一般的に春画というと、浮世絵師による江戸時代後期の多色刷木版画のイメージがありますが、それは一面的すぎるということです。

次に、これも一般的な見方として、「欧米の性表現は明るくあけすけなのに対して、日本の性表現は陰湿、それこそが日本独特のエロスだ」という見方がありますが、これは近代以降の性道徳によるものだと思います。
春画はどれも、明るくあけすけな表現でした。
展示解説では、性器表現とカマナラ信仰の関連が指摘されており、そういう面もあるとは思いますが、そもそも近代以前の日本では、性器タブーもなく、性に対して淫猥なものとする見方はなかったのでしょう。

京都_大徳寺金毛閣


まだ時間があったので、大徳寺も回ってきました。
写真は金毛閣です。
二階に千利休の木像が置かれて豊臣秀吉が激怒したという話があります。
また大徳寺では、有名な大徳寺納豆を買おうと思いましたが、試食してみたところ、ちょっと口に合わないので止めました。
大徳寺納豆は、味や香りが豆鼓に似ていると思いました。
あとで調べてみると、大徳寺納豆は中国伝来で、やはり豆鼓が起源のようです。
中華料理での、牛肉や魚介類などの豆鼓炒めは好きでよく食べていますが、豆鼓をそのまま食べたりはしません。

再び祗園に戻り、大安で漬け物を数種類と、花見小路にある「不老庵」の「究極の山椒ちりめん」を買いました。
どちらも東京在住時から京都に行った時には買っていました。ちりめん山椒といっても、山椒の味も香りも感じられないものがほとんどですが、同店の「究極の山椒ちりめん」は、山椒の実のパンチが効いていて美味しいです

京都_赤田屋牛すじカレー


京都では、いつもは飲んでから帰りますが、今回は用事があるので、早めに帰宅することにしました。
夕食は阪急河原町駅に直結する、赤田屋の牛すじカレーとシーザーサラダ。
キャベツのピクルスが美味しかったです。

京都へは、また近々訪れる予定です。