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考える道具を考える

The instrument which I think

amazonでの本購入比率が高まっています。
これは私自身の話ですが、気になる書籍があると、まずはamazon(その他ビーケーワンや出版社そのもののサイトも含めて)にアクセスするというのが習慣になってしまいました。アクセスすると、二回に一回は注文してしまいます。

3日もしないうちに宅急便で届けられますが、到着してから何故か直ぐに読み始めることはなく、しばらく「ツンドク」状態になります。そのまま、忘れてしまって、本の整理をしている時に「ああっ、こんな本も買っていたんだ!」と気がつくことさえあります。

これがネットで本を購入する時のパターンですね。

一方、書店に立ち寄って自分の関心のあるコーナーに向かい、タイトルを見ながらパラパラと内容を見て購入する書籍は、その日のうちに大半は読んでしまう。書店からの帰り道に、喫茶店に立ち寄って読み出す場合が多い。

これが書店で本を購入する時のパターンですね。

‥‥

本を買う行為は、いわば「資料」として確保する場合と、書店で時間を過ごす時に偶然出会うことで潜在意識を喚起されたことによる「必要」として確保する場合があるような気がします。

amazonで購入する本は、購入と配達のタイムラグがどうしてもあるので、その「待ち時間」の存在によって、必要性の濃度が薄まってしまうことが多いということでしょうか? 本を衝動買いする場合は、その「衝動」が働いた瞬間に「読む」という行為が実現されなければあまり意味がないということでもあるようですね。

ネットでの衝動買いとは‥‥注文した時に、そのニーズが達成されてしまうからかもしれませんが、僅か数日の時間のズレは、自分の心の在り処を随分と変化させてしまうものだと‥つくづく思います。


「不確実な真実」と題するスライドプレゼンテーションを全世界で1000回以上実施しているアル・ゴアさん。アメリカのクリントン政権時代の民主党副大統領だった彼は、地球環境問題に対する警鐘を鳴らすために、何度も何度も「不確実な真実」を訴求し続けていますね。

ゴアさんのこの活動はノーベル平和賞につながり、地球環境問題はいよいよ世界的な関心の的になってきました。


このゴアさんのスライドプレゼンテーションは、「事実」の積み重ねをベースに、地球に今起きている「真実」について語り合おうとしているのですが、これを単なる政治的プロパカンダと揶揄する反対派を何するものぞ‥‥今でも、依然としての多くの共感を呼んでいることは確かですね。

このプレゼンテーションの最後に、ゴアさんは、かえるの例えを上げて、自然環境の破壊について警鐘を鳴らしています。熱湯に投げ込まれたかえるは、その熱さでお湯から飛び出します。しかし、冷たい水に入れられて、少しずつ少しずつ熱を上げていくガラスの中に入れられたかえるは、熱さを感じずに茹で上がってしまいます。

地球環境は、少しずつ熱せらるように地球を温め続けていて、人間はその中に入れられたかえるのようになってはいけないという例えです。

しかし、どうやら、今や熱湯に放り込まれる「急変」に私達は遭遇するようになっていますね。知らず知らずではなく、急激な変化。

    ‥毎日、夕方になると突然やってくる雷雨、豪雨。
     瞬間的に降る雨の量は観測史上最高を記録し続ける一方で、
     四国地方などの圧倒的な水不足‥。

こんな日本の現象に遭遇する私達は、ゴアさんの指摘がもっともっと早くやってきているのを「急変」として感じ初めていますね。

私達が、今、この地球を守るためにできることは何か‥私も、一人の人間としてやっていきたいと思います。

最近、プレゼンテーションを受ける立場に置かれることが多くなってきた。

自分がプレゼンをする時と異なり、相手の話を聞く立場にたつと、様々なことに気づく。

日本人はプレゼンが下手だといわれる場合が多いが、それは、どうやら、大方、当たっている。
聞く側から言うと、プレゼンの上手下手は、以下の5点に絞られるように思える。


 1 最初に、プレゼンの目的を明確に伝える。

 2 次に、説明は、数字を上手に使って、分かりやすく簡潔に伝える。

 3 パワーポイントのフォントの大きさは、24ポイント以下にしない。
   書ききれなければ、枚数を増やす。
 
 4 プレゼンで伝えることは、全て暗記して、紙を見ないで説明する。

 5 どんなことがあっても、笑顔で明瞭な声で。

これが、私の感想です。

プレゼンの内容より、プレゼンの方法で失敗するのでは、
本末転倒ではないか‥‥そんなことを思います。



   ‥いつも発言が他人事のようだが‥

という記者の質問に対して、

   ‥私は、自分を客観的に表現することができる。
    あなたとは違うんだよ!

と答えた福田元首相。辞任の記者会見の席上では、時々、マスコミの記者に対して「最後っぺ」をする時の首相がいることがあるが、この言葉は、妙に頭に残って仕方がない。

自分の考え方を伝えるのに、客観的な言い回しで表現することが、本当に一国のリーダーたるものの文法なのだろうか? という疑問。

やはり、

   ‥感動した!

と叫んだほうが分かりやすい。

しかし、本来は、自己客観化すること、それを表現することは極めて重要で、そのこと自体が悪いはずはないのだが、しかし、伝えるということは、主語は自分で述語は端的、明快でなければならないでしょうね。


どうしても、ひっかかっているので、書いておきました。


東京のローカルテレビTOKYO MXで放映している「IT不適格国家 ジェネラルパーパス・テクノロジーとは何か」という番組は面白い。(9月6日から4回毎週土曜日放映)

アスキー総研所長の遠藤諭さんと、経済学者野口悠紀雄さんのトークも、ITの国際的動向と日本の関係が理解できて分かりやすい。

第1回目の番組では、日本のGDPが世界第二位から20位くらいまで落ち込んでいるのは、IT化の遅れだという指摘があり、そして現在でも大企業は、価値を生産するITに対する認識が依然として遅れていることを鋭く指摘しているのですね。

日本は依然として「ものづくり」の国。ドイツも同様。そして「ものづくり」の国は、2000年以降特に、経済的価値の生産という視点では遅れをとっている。替わりに、アイルランド、北欧、インドなどの国は、国を挙げてのIT化を進めているので、GDPも上位に位置づけられている。

さて、日本がITに乗り遅れているというのは、どういうことか?

単に、企業の生産性を高めるツールとしてのITではなく、ITそのものが価値を生むという位置づけだという。車、家電、携帯、コピー機‥何でもそうですが、既に、その構造は、ほとんど基盤だらけで、これを単なる「もの」と言えるのかどうか分からない。IT化、エレクトロニクスの利便性を十分反映した製品づくりをしているのではないかと思うのですが、どうやら、これは、昔からの「箱」を作るために、ITを活用しているに過ぎないというのが野口先生、遠藤さんの指摘なのですね。

結局、ITというのは、眼に見えない価値、金融のようなバーチャルな交換価値の中に存在している新しい生産の体系らしい。ものは実際には動かないが、情報が動くことによって価値が生産されるということ?

しかし、日本人の価値観は、本当にこういうバーチャルな価値の交換についていけるのだろうか? と思ってしまうのですね。

国際的な情報化社会の中に、日本も確かに存在し、国際的な動向を無視して経済活動を展開することはできない時代なのはわかりますが、ものづくりに拘る日本人という姿は、IT社会にはない「人間本来の価値の根幹」を失っていないということでもあり、私は、その姿勢に必ずしも反対ではありませんね。

そのことから、日本がIT不適格国家と烙印を押されるならば、それはそれでいいのではないかと‥思ってしまうのです。何も世界で№1にならなければいけないわけではありませんしね。バブル期に、世界的な経済国家となったということのほうが、本当は間違いだったのだと思えばいいのですからね。

第2回目以降、この番組がどんな結論を出すのか‥楽しみです。

それにしても、ITって、そんなに大変なことなの?