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考える道具を考える

The instrument which I think

スポーツの陸上競技にジャンプ競技がある。

ハイジャンプと呼ばれる走り高跳び、ロングジャンプと呼ばれる走り幅跳び。それに三段跳び。棒高跳び。これらの競技には、ジャンプするまでの「助走」が非常に重要で、一回の試技の成否を決める要素が一杯詰まっていますね。投てき競技の室伏さんが世界的に活躍するハンマー投げ、砲丸投げ、やり投げ、円盤投げなども長い距離の助走はないものの、そのパワーを発揮するための限られた空間での「助走」があります。

私はこうしたスポーツの「助走」の役割を、「思考」にも当て嵌めて考えることが多くあります。思考のためにも、この「助走」の役割があって、そしてそのことが極めて重要だということですね。


思考のための助走とは何か?

私の場合は、「思いつきメモ」という方法をいいます。
ある決められたテーマの課題を考える時は、そのテーマに対する「思いつき」を、ノートや紙の切れ端、場合によってはレシートの裏にでも書いていきます。
かしこまって1から順番に書いていくことはありませんね。そのメモの集積から、ひとつのストーリィを連結させていくというやり方です。

この「メモ」を書くという行為が、私の場合の「思考の助走」となります。

決められたテーマがない場合でも、このメモは、何でも書いていく習慣のようになっています。誰かと話をする場合には、ほとんど、私はマインドマップ風の形で相手の話のキーワードをメモしていきますが、これが「日常の思考についての癖」となっているようです。

脳の中に沈殿している自分の興味の内容を、メモというアウトプットの方法によって、いつも脳の外に出してあげることが、「思考を飛躍させる」ポイントになっているようです。


あなたは、考える‥書く‥という場合に、どんな風にしていますか?

PTSD(心的外傷後ストレス障害)。
兵士とは、人を殺すために訓練された「人間」のことを言う。

どんなに遠隔からゲームのように大量殺戮したとしても、どんな理由があっても、人を殺すということが人間の心に傷を残さない筈がない。

昨夜のNHKスペシャルは、これまで何度も放映されてきた戦争の後遺症について、「殺人を合理的に受容できる人間の教育方法の改革」の視点から組まれた番組だった。訓練は、昨日まで普通の市民だった少年を殺人マシンに変換させる。しかし、戦場を体験し帰還した兵士が、日常に戻るトレーニングはまだまだ未開発なものだという指摘。

番組では、‥‥泥沼化する米軍のイラク駐留。激しい戦闘ストレスから前線を離脱する兵士が続出し、帰還兵たちはPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症している。米軍は、最新の医学知識を総動員し、兵士の心のケアに追われている。戦場の兵士を襲う「殺される恐怖」と「人を殺す恐怖」。極限状況における人間心理を、国家はあらゆる角度から研究し、人間を戦闘マシンに近づける方法を模索してきた‥‥これが番組紹介の概要だ。

こうした心の傷を負った元兵士達の、その後の悲惨な状態を番組は執拗に追っていく。この病が初めて精神障害と認定されたベトナム戦争の時代に遡り、一人の兵士のその後のインタビューも取り入れていた。(彼はインタビュー収録の後自殺したという)実に残酷な場面、人を殺戮した人間の心の傾斜が描かれていた。

そういえば、1998年に放映された最初の湾岸戦争での番組のことも思い出した。
 ‥‥湾岸戦争帰還兵70万人のうち、およそ10万人もの兵士が深刻な病気におそわれ、さらに彼らの子どもたちが障害を持って生まれるケースが多く見受けられるようになった。そうした子どもたちは「GULFWAR BABY(湾岸戦争の子どもたち)」と呼ばれている。

1998年に放送されたNHK日曜スペシャル「GULFWAR BABY ~湾岸戦争の後遺症に悩むアメリカ~」の解説である。ほとんど、同じことが繰り替えされている。一体、こうした兵士達は、どうなるのだろうか?

番組を見ていて‥この40年近くの間に行われた戦争の悲しみ‥‥ただただ‥悲しみだけが私の心に留まったままだ。今日も後編が放映される。若い母親の兵士の帰還後の悲しみが放映される筈。




日本を代表するミュージカルスター山口祐一郎さんが、NHK大河ドラマ篤姫で鹿児島の島津久光役を見事に演じている。

高橋秀樹さん演ずる島津斉彬の後を受けて、幕末の時代に重要な役割を発揮する島津久光は、ある意味、時代との微妙な関係の中で主役になりきれない影の主役という位置にいた人物だろう。

一直線で分かりやすい地域統領として幕府の改革に大きな影響を与えたものの、後の幕末の主役となる西郷隆盛とそりが合わず、小松帯刀、大久保利通らに主役の座を譲っていく運命‥‥。廃藩置県という当時としては日本の政治機構そのものの大改革を実質的に実施した時の部下たちの選択に、実は一番反対していたというのも面白い史実だろう。

それにしても、山口祐一郎さんの演技は、こうした久光の揺れ動く心情を良く表現している。見ている側からは、「本当に信頼に足る統領なのか?」と思わせるシーンも多々ある役どころ。いつも「こらえてくれ‥」と苦悩するシーンばかりが出てくるような印象もあるが、実際のところ「我慢」を強いるリーダーであったのも事実だろう。

大河ドラマ篤姫の終盤の展開は、次々と変遷する主役達の中にあって、山口祐一郎さんの味が欠かせないものとなるでしょうね。

楽しみです。


東京都内の私鉄、地下鉄には「女性専用車」という空間が用意されている。


私はリサーチャーという仕事もやっているので、鉄道業界でのお客様の満足度について調査することが多い。調査では「ミステリーショッパー」という覆面調査法を実施するケースが最近特に多くなっている。

そんなある日、私が進めているプロジェクトで調査員を担当している50代のオジサンが、調査で鉄道に乗った時の話。

ある駅で。
時間に追われて、急いで階段を駆け下りて、ギリギリセーフで乗り込んだ。ドアが閉まると直ぐに「危険ですから駆け込み乗車はおやめください!」という車内放送が聞こえた。「自分のことを言われている」と赤面の思いをしていると、近くにいた同世代と思わしき女性が近づいてきて「耳元で何かを囁いた」という。

その瞬間、オジサンは女性の痴漢に会ったと勘違いしたくらいに、その女性の行動は不審だったらしい。
すると電車内の空気も代わり、妙に締め付けるような視線を感じたという。「不審に思われているのは自分のほうか?」

目的の駅で降りる時、その車両が「女性専用車」だったと気がついた時は、さらに大きな恥ずかしさを感じてしまったという。車両の種類に気がつかなかった自分と、注意をしにきた女性を痴漢だと間違えてしまった自分に‥。

そしてそのオジサンは私に言いました。

   ‥女性専用車はせめて最後部車両に統一して欲しい。

東京都内の鉄道の「女性専用車」は、鉄道によって車両の位置が違っているのです。
注意しましょう。



あるテーマパークの企画運営担当者の方との対話から。

この文化的要素の強いテーマパークには、学校の授業の一環で小学生達がやってくることが多いという。

最近の子供達は、授業時間の最後まで「じっと」先生の話を聞くという態度が継続できず、隣の生徒と話をしだすことや、立ち上がってうろうろ歩く子までいるというニュースを見たが、そういう授業風景の原因がどこにあるのか解明できずに悩んでしまう先生も多いという。

「じっと」していられない、「落ち着きのない」子供達。

家庭でのしつけの問題なのか、学校での教育の問題なのか‥。

そんな中、このテーマパークにやってくる子供達何百人を相手に奮闘する企画運営担当者の苦労は並大抵のものではないそうだ。

しかし、実際にそれだけ大勢の子供達がやってきても、ほとんどの生徒は従順で、楽しそうにパークを「視察」していくのが実情だそうだ。子供達は素直に喜んでいる。

問題なのは、先生のほうだという。

パーク見学に入る前に、先生はこんな言い方をするそうだ。

   ‥全体の子供達は、ほっておいて大丈夫。
    問題となるAとBだけに眼を配っていただければいい。

担当者は、

   ‥それでは、ほかの多くの子供達が可哀相でしょ?

すると、

   ‥いいんです。ほかの子供達は、黙っていても適当に自分で遊んでいるから、
    問題の子だけに集中して、悪いことをしないかどうか「監視」していてくれればいいんです。

特別な親の子であったり、他の生徒を扇動する子であったり‥様々な問題を抱える子だけに集中して対応するだけで精一杯なのか‥子供の教育においては、全体と個との関連性が見えないと担当者は嘆いていました。

校外での授業、実学のカリキュラムが用意される現代の小学生の授業は、昔に比較すれば恵まれている。しかし、せっかくの楽しい授業も、多数の子供に対して少数の先生が仕切りきれるほど甘くはないのが現実だそうだ。

確かに、教育の理想は一対一。
その場を問題なく過ごそうとする先生の気持ちも、分からないではないが‥‥。