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考える道具を考える

The instrument which I think

サンタクローチェイタリア、フィレンツェにあるサンタ・クローチェ教会の写真です。

友人がイタリアのミラノ、フィレンツェを旅してきたというので、旅行の写真などを見せていただいていたら、この写真に出逢った。ゴルフボール大の雹が一時間ほど降ってきた後の佇まい。


この教会はカタログによると、1294年アルノルフォ・ディ・カンビオの設計に基づいて建設が始まり14世紀末に本堂が完成、最終的にファサードが出来上がったのは19世紀になってからという。

本堂の中には、革細工の工房があり、また著名な偉人の墓があることでも有名。マキャヴェッリ、ガリレオ・ガリレイ、ミケランジェロ等など。

この一枚の写真を見ていて、私ははっとしたのでしたね。

何が?

それは、この教会を覆っている空の色彩と街の空気感とでもいえばいいのでしょうか?

1930年前後。第一次世界大戦と第二次世界大戦の間の僅かな間に誕生し、運動の終焉を迎えたヨーロッパのシュールレアリスム。その絵画の不条理な構図や色彩の元素となっている「リアル」な空気は、こんな現実のフィレンツェの空の中にあったのだと‥。

ディテールにおいて徹底したリアリズムを追及しながら、構図全体においては超現実の組み合わせとなるシュールレアリスムの背景には、いつもこの空があったのだと‥。ダビンチのモナリザの背景の不自然な自然や空の色にも通じている。

何故か、いつまでもこの写真を見つめている私でした‥。


結論。

自分を、こういう人間だと決め付けるな!
脳は何度でもやり直しがきく‥‥


個人のアイデンティティは、脳のお陰で、どんどん変わることができる。
この指摘は素晴らしいことだ。
そして、個人の変容は、自分の意識次第で、どのようにも変わることができる。
この指摘は、本著の中にはない。
が、多分、自分がかわりたいと思わなければ、何も変わらないのは事実でしょう。


若い頃は、自分が何者か、何をしたいのか分からずに、
漠然とした不安に苛まれる。

梶井基次郎のように「憂鬱と焦燥」の中で、本屋に爆弾をしかける妄想に駆られることもしばしばだ。

年齢を重ねるに従って、自分が何者か、何をしたいのかの探求に情熱が薄れていく。
なるようにしかならないのだ。

本屋に爆弾をしかける妄想は消え、今日の夕食のことだけが気がかりになる。


脳は何度でもやり直しがきく。
この言葉に勇気づけられて、奮起するも、直ぐに息が切れてしまう。

やり直しとは、まずは体力だと確信する。(脳の筋肉を鍛えねば‥)


茂木健一郎先生の「脳を活用する仕事術」の中で、私が気づいたフレーズを書き写します。
本当は、筆ペンで手書きするのが一番イメージとして残るのですが、
ここはブログですから、そのままキーボードから入力しましょう。

  ‥脳に入った情報は、そのままでは断片化したままですが、
   そこに「行動」や「体験」を加えることによって、
   少しずつ整理、編集され、「意味」という抽象概念に変換されます。

   この抽象化のプロセスを経ることで、他の行動に応用がきくようになり、
   ここではじめて「役立つ経験」となります。

   これと同じように、脳における情報処理も、
   入力と同じ分だけ出力を行って、
   サイクルとして「閉じさせる」ことが大切です。
   その理想状態は、キャッチボールです。
          第一章 脳の入力と出力のサイクルを回す から


さて、引用が長くなりましたが、本著の骨格はこのフレーズの中にすべて詰まっています。

もう一つ私が関心を覚えたのが、「脳のワーキングメモリ」という言葉でした。
つまり、脳が何かを考える時は、側頭葉に蓄積された記憶を前頭連合野に一時的にもってきて、そこでワークをしてまた記憶に戻していくというメカニズムですね。

その一時的なワーキングメモリの容量は、時間でいえば一時間程度。
従って、一つの仕事は一時間で済むように予定を組んでいくと、脳が効果的に活動できるのだそうです。茂木先生は、「一時間脳セットアップ法」と呼んでいるようです。

続きはまた明日。
茂木仕事術発売後直ぐにベストセラーの仲間入り。

茂木健一郎さん著「脳を活かす仕事術 ~「わかる」を「できる」に変える」(PHP研究所2008年9月24日刊)は、恐らく、前著「脳を活かす勉強術」の続編として出版されたものでしょう。前著同様、いきなりの売れ行きのようです。

この「脳を活かす仕事術」‥。内容的には、脳の仕事での活用の仕方について分かりやすく書いている本で、いわば情報のインプット(感覚系学習の回路)とアウトプット(運動系学習の回路)の関係性に着目して、仕事の成果を上げていくときの心構えから実践法までを解説した本といえばいいのでしょうか?


既に、茂木先生は、その名著「脳と仮想」以降、いくつかの著書で、脳が活性化する時の情報のインプットとアウトプットの関係について書かれていますが、今回の著作もこの機能性を軸に「脳の活かし方」が綴られています。

「わかる」という意識は、ネットの時代における情報のインプットの作業によって、多くの人が様々な情報を気楽に「知る」チャンスが増えたことによって起きる体験の量のことをいい、その情報を「書く」「話す」などのアウトプットに転換させていかないと「できる」ことに繋がらないというロジックなのですね。

   ‥分かっていることと、できることは違う。

しかし、脳の感覚系学習機能と運動系学習機能の部位は連結されていないため、そのままにしておくと、情報の還流は起こらないと指摘し、アウトプットするためには、様々な努力が求められるということですね。アウトプットの運動系学習機能とは、まさに人間の身体を活用して実行するものなので、身体的努力が必要なわけです。

   ‥声に出して読む。
    友人を対話する。
    企画書や提案書をどんどん書いていく。
    その評価を積極的に受け入れていく。

などの行為がまさにアウトプットになるわけですが、その場合に、「完璧主義」を排除して、とにかくアウトプットしてみようという態度が有効なようです。「こんな事を書いても、少し違うのではないか?」とか、「本質は別のところにあるのではないか?」という疑問は、書くという行為の中では、書くと同時に湧き上がってくる疑問ですが、だから、「書かない」のではなく、まずは書いてみることが大切だと茂木先生は指摘しています。

   ‥ブログも重要なアウトプットの一つ。

本を読んだら、まずはブログに書いておく。これが、脳を仕事に活かす最初の方法だと考えればいいのかもしれませんね。

寺田 昌嗣さんが纏めた「フォーカスリーディング」という速読術の著書が売れているという。

もともとは、セミナーでの実践講座の内容を一冊の本に纏めたものだが、これまでの各種の速読術とどこが違うのかとえば、速読の考え方そのものを、「技術」として捉えていることだという。技術であればトレーニングで習得できるという考え方。そこが受けている理由のようですね。

一冊の本を10分程度で、しかも読み飛ばすのではなく、目的を持って「速く」読む。

その技術のノウハウがこの本の中に書いてあります。(但し、本の前半の大半は、その考え方について書いてあり、技術論は後半となります。)

さて、技術を言葉で伝えるのは難しい。例えば、陸上競技のハイジャンプを言葉だけで指導するのはとても難しいのと同じように、実践し体験してはじめてその技術は習得できるということは本質ですね。本著のおもしろいのは、心技体というスポーツでの体得の考え方と読書を同じ地平で語っていることでしょうか?


それにしても、速読術という言葉(技術)に、何故日本人はひきつけられるのでしょうか?

本を早く読まなければならないという心理的要因は何なのでしょうね?
私は、おおよそ毎日一冊程度の本を読むことを目標にしていますが、だからといって、早く読まなければならないという欲求はなく、読書術をマスターしなければならないニーズはないのですね。(しかし思考の道具には興味があるので、この種の本は取り敢えず読んで見ますが‥)

私が本を読む動機は、ただ本が好きなだけなのです。モノとしての本がすきなのです。
そして、場面場面で、著者のフレーズが私の心に響く言葉に出会えれば、それでその本は、私にとって価値あるものとなっているのだと思っています。

それにしてもフォーカスリーデングの何が新しい技術なのかは、私にはよく分かりませんでしたが‥‥。