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考える道具を考える

The instrument which I think

江戸時代から続く落語の小噺には、
横丁のご隠居さんが登場する。

大抵、そのお相手は、八っつぁんか熊さんだ。

江戸の長屋には、庶民の人情があって、
日常の馬鹿馬鹿しいことでも、笑いのネタになったらしい。

また、心情話には、不精者もたくさん登場する。

先日の柳家小三冶さんが、NHKプロフェッショナルの番組の最後にご披露してくれた小話‥‥。


  ある時、無精者と呼ばれる人が沢山集まる会合があった。
  これだけ大勢の無精者がいるんだから、
  いっそのこと、不精会ってなものを作ろうじゃないかと声が上がった。

  その時の皆さんの反応は‥

  ‥‥でも、よそうよ! 面倒くさいからさ!

不精者は何処まで言っても不精者。
これは笑えましたね。えっ? そうでもない?

で、横丁のご隠居さんは、今日も馬鹿馬鹿して話のネタを提供してくれるのでしょうか?

あっ、そうか! 現代の長屋では、老人がみんな一人で住んでいて、
本当の意味で隠れているから、どこにご隠居さんがいるかも分からないって?

  ‥これ、洒落になりませんな!


談志ベスト
立川談志さんのCD版「立川談志プレミアムベスト」(竹書房刊)を聴いている。

このシリーズはライブ盤で、写真のCDには、平成14年に函館市民会館で演じた古典「やかん」が収録されている。
このライブ、世に言う談志さんがお客を叱り飛ばした有名なシーンが収録されているのが面白い。

函館のお客様は、比較的野次を飛ばすのがお好きなようだ。枕を語っている最中に、恐らく「はやく古典をやれ!」といった野次が入った。
談志さんスカサズ、「てめぇ、帰れ!」と返した。「入場料返してやるから、早くけぇれ!」。凄い剣幕でしたね。

既成の権力に立ち向かい、自分が全てと言い放つ傲慢な態度を売り物にしている談志さんならではのシーンだが、お客様あっての噺家といった不遜な態度を唾棄した談志さんの姿勢に、私は共感しますね。エンタテイナーの落語家には、僅かな隙もあってはならない。

新しい落語の世界を創造しようとする談志さんが演じる古典は、極めて親切に江戸の時代背景や舞台についても解説してくれる。このやかんも、二階ぞめきも、円生や志ん生のような名人の流れるようでいて独自性のある語り口とは異質な、談志の世界があるのだといえるでしょう。

   ‥今や若い女性客で溢れる寄席の世界。
    落語の「落ち」のある話に期待するところ大なのだそうだ。

   ‥そういゃぁ、最近の政治も経済も、あるいは恋愛ですらも、
    話に気の利いた落ちがないのが事実のようで!
    これでは「落ち着かない」のも当り前ですがね‥‥。



相撲の八百長裁判が始まった。
焦点の一つとなっているかつての初代貴乃花対北の湖の戦いが八百長だったと‥。
これは昭和の名勝負の一つに数え上げられているのですが‥。


ところで、相撲の朝稽古を直に見たことのある人は、
この肉弾戦の勝負が人間のギリギリの限界に挑戦するスポーツであることを体で感じる。
人間の肉体がぶつかる音の凄さ‥ですかね。
こんな稽古を毎朝やっていたら体がバラバラになってしまうのではないかと思う。


故に、一回一回の勝負が本当に全力の勝負だったら、
お相撲さんの大半が怪我だらけになってしまうのではないか?
一年間に6場所、90日間も出場し続けることなんかできないとも思う。


だから、ある程度は、この相撲という興行を続けるには「心の間」があっても不思議ではない。
それがガチンコの真剣勝負だからこそ、手を抜くことだってあるでしょう。
そんな力士の心の在り処を思えば、ロジックの典型である裁判で、
勝負がつくとも思えませんね。

たかが相撲、されど相撲!
楽しめばいいじゃないですか!

『東大合格生のノートはかならず美しい』(文藝春秋社 2008年9月刊)は、著者太田あやさんが二百冊もの受験生のノートを収集し、詳細に分析して纏めたレポートのような著作だ。

ノート術に関心のある私は、講義ノートや会議ノート、読書ノートなど「ノートに書き写す」ことと知的生産性には一定の関係性があると信じている。

太田あやさんの著作に関連して、文藝春秋社では、本著に関する特設サイトを開設している。このサイトを参照すると、東大合格生のノートには、「一定の法則が存在する」とあります。

つまりノートは美しいだけでなく、学習すべき課題について、記憶し推論し、そしてアウトプットする一連の脳の活動を活性化するスキルが存在するというのだ。ちなみにその7つの法則を書き写してみると‥‥。

  1 とにかく文頭は揃える。
  2 写す必要がなければコピー。
  3 大胆に余白をとる。
  4 インデックスを活用。
  5 ノートは区切りが肝心。
  6 オリジナルのフォーマットを持つ。
  7 当然、丁寧に書いている。

そういえば、かつて「コーネル大学式ノート作成法」というスキルを勉強したことがある。

このノート術は、A4ノートを縦に2分割(左側は見出しのような横幅の小さい空間、右側が講義ノート本文)し、下辺に高さ3戦地程度の欄外用のスペースを作るという3分割法で学習する方法論だった。講義ノートは、右側の本文用スペースに書き、左の見出し的なスペースと、下辺のスペースに復習用のスペースをとるのが特徴で、講義の要約や重要なキーワードをその日のうちに復習用スペースに書き込んでいくことで学習効果を上げるものでしたね。

東大合格生のノート術の法則4には、大胆に余白をとるとありますが、恐らくこの余白は復習するためのスペースなのでしょう。

こうしていくつかのノート術には、さらに一定の法則があるように思えます。
つまり、ノートは、

  1 どのようにノートをとるのか考えることで既に学習効果が見られる
  2 スペースを決めたり奇麗に書くことを目指すと講義の要約力が高まる
  3 復習するためのスペースや余白をとることによって講義内容の記憶への定着を促進する
  4 何よりも「手書き」であることが重要
  5 考えるにはまずは「道具」を考えることが重要

さて、皆さんはどう思いますか?


現代落語界で名人と呼ばれる噺家は少ない。
その中で、「無駄な動きを極限までそぎ落としたその話芸」と称され、その表情で名人の領域にいる落語家・柳家小三治さんが、NHKプロフェッショナル仕事の流儀「笑いの奥に、人生がある~落語家・柳家小三治~」に登場した。

    笑わせるものではない
    つい笑ってしまうもの‥
     それが芸だ

お客さんは、笑わせようとして笑うものではない。
存在そのものが、笑いと同一化しているのが名人だと、
落語好きの私は過去の名人の落語を聴いていて思う。

噺家なのだから、話で笑いを創るのが仕事。
笑いは人を幸せにする。笑うために笑う。

小三治さんはまた言う。志ん生さんの言葉。

    落語を面白くするには、
    面白くしようとしないことだ!

蓋し名言。

私は、こんな名人の金言を聞きながら思いましたね。

    お客さんに、私の仕事を納得して頂くためには、
    納得させようとしないことだ!

そして、

    新しいユニークなビジネスモデルを創造するには、
    新しさに拘らないことだ!

こんなことにも繋がってきそうで‥‥そうだ! キバラナイことだ。自然で自分らしいのがいい。

番組の中で、小三治さんは、師匠の柳家小さんさんからいわれた一言を忘れないという。
師匠の数少ない直接の稽古が実現し、必死で演じた落語を聴き終わってから、
師匠は一言‥‥。

    それにしても、お前の落語は面白くねぇな!

面白さとは何か? 今も考え続けている68歳の名人は、体力を尽くして格闘しているのですね。