相撲の「八百長」と「粋」‥‥いいじゃないの? | 考える道具を考える

考える道具を考える

The instrument which I think

相撲の八百長裁判が始まった。
焦点の一つとなっているかつての初代貴乃花対北の湖の戦いが八百長だったと‥。
これは昭和の名勝負の一つに数え上げられているのですが‥。


ところで、相撲の朝稽古を直に見たことのある人は、
この肉弾戦の勝負が人間のギリギリの限界に挑戦するスポーツであることを体で感じる。
人間の肉体がぶつかる音の凄さ‥ですかね。
こんな稽古を毎朝やっていたら体がバラバラになってしまうのではないかと思う。


故に、一回一回の勝負が本当に全力の勝負だったら、
お相撲さんの大半が怪我だらけになってしまうのではないか?
一年間に6場所、90日間も出場し続けることなんかできないとも思う。


だから、ある程度は、この相撲という興行を続けるには「心の間」があっても不思議ではない。
それがガチンコの真剣勝負だからこそ、手を抜くことだってあるでしょう。
そんな力士の心の在り処を思えば、ロジックの典型である裁判で、
勝負がつくとも思えませんね。

たかが相撲、されど相撲!
楽しめばいいじゃないですか!