"ethic" と "ethics"

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これまでまったく意識していなかった "ethic" と "ethics" には大きな違いがあることを知りました。Oxford Online Dictionary の定義を比べてみるとよく分かります。

 

ethic: A set of moral principles, especially ones relating to or affirming a specified group, field, or form of conduct.

 

ethics [usually treated as plural] Moral principles that govern a person's behaviour or the conducting of an activity.

 

両者とも "moral principles(道徳的原則)" として捉えられていますが、"ethic" は "a specified group" に、"ethics" は "a person's behaviour" に、それぞれ関わるものと定義されています。つまり、"ethic" は言うなれば 「道徳的原則の体系(A set of moral principles)」 という 「個々の」 "ethics" を内包をする概念だということです。

 

これを教えてくれたのはこの本でしたが、本書のメインテーマである 「宗教」 をどのように考えるかについて述べている箇所に出てきました。

 

 

  宗教の定義というのは、実はものすごく難しい。

  本書では、このことを考えるのに、マックス・ヴェーバーの説を採ることにする。

  マックス・ヴェーバーはかくいった。宗教とは何か、それは「エトス(Ethos)」のことであると。   

  エトスというのは簡単に訳すと 「行動様式」。つまり、行動のパターンである。人間の行動を意識的及び無意識的に突き動かしているもの、それを行動様式と呼び、ドイツ語でエトスという。英語では、エシック(ethic)となる。

 ここで注意を一つ。英語の場合、どこに注意するかというと、語尾に s がないこと。s があったらエシックス(ethics)となり 「倫理」 という意味になる。

  倫理というのは、ああしろこうするなという命令もしくは禁止を指すが、その上位(一般)概念であるエシックはもっと意味が広い。禁止や命令も含むが、さらに正しいだとか正しくないだということも含む。そればかりか、さらに意味は広く、思わずやっていまうことまでも含むのである。

  例えば、朝起きたときに、ある人は水を三杯飲むとする。そんなことはよいとも悪いともいえないけれど、必ず飲むのであれば、それは一つの行動様式。そういうものを含めてエシック、すなわちエトスと呼ぶ。

(同書 p.25~p.26)

 

小室直樹さん(1932-2010)は、一応 "社会科学者" と称せられていますが、そうしたジャンルを超越した広く深い学識とユニークな人柄が多くの "弟子" を惹きつけました。1980年に出版された 『ソビエト帝国の崩壊』(カッパビジネス)のなかで、ほぼ10年後のソ連崩壊を予言していたことでつとに知られる方でもあります。

 

最近私がよく読む、橋爪大三郎、宮台真司、大沢真幸といった面々が、実は、小室さんが無償で若い後進に社会科学の手ほどきをしていた私塾 「小室ゼミ」 のメンバーであり、彼の学問的アプローチをそれぞれのやり方で継承する方々であることを知り、源流に遡りたくなって図書館から借りた彼の著作のひとつが上記の本でした。

 

上に引用した "ethic" と "ethics" の解説には、"弟子" の方々が言われる 「小室先生は言葉の定義に厳しかった」 という彼の基本姿勢がよく表れています。小室さんが 「物事の本質を掴む」 ことに秀でていた秘訣のひとつなのかもしれません。ふと 学ぶということは言葉の重層性を知るということだ という福岡伸一さんの言葉を思い出しました。