前回の記事では、日本の「英文解釈」の約100年にわたる歴史を振り返りました。
山崎貞の時代から、伊藤和夫の『英文解釈教室』、そして近年の「構造を見える化する」英文解釈へ。
その歴史をたどった末に、私は一つの問題を提起しました。
「英文の構造を分析できること」と「英語を読めること」は、本当に同じなのか?
今回は、この問題をもう少し掘り下げてみたいと思います。
結論から言えば、私はこの二つはかなり違う能力だと考えています。
そして、この違いこそが、
「英文法はかなり勉強したのに長文になると遅い」
「難しい英文なら、時間をかければ読める。でも速く読めない」
「英文は読めるのに、同じ内容を音声で聞くと分からない」
という、日本人英語学習者によく見られる現象の一つの原因なのではないかと思っています。
■ 英文を「読んで」いるのか、「解読」しているのか?
まず、少し意地悪な質問をしてみましょう。
次の英文を読んでください。
The proposal submitted by the committee last month is expected to significantly reduce administrative costs.
意味は取れたでしょうか。
英文解釈を勉強した人なら、たとえば次のように分析すると思います。
The proposal
→ 主語(S)
submitted by the committee last month
→ proposalを後ろから修飾する過去分詞句
is expected
→ 主節の述語(V)
to significantly reduce administrative costs
→ expectedに続くto不定詞
したがって、
「先月委員会によって提出された提案は、管理コストを大幅に削減すると期待されている」
といった意味になります。
まったく問題ありません。
構造分析としては正しい。
しかし、ここで考えてみてほしいのです。
あなたは、本当にこの順番で英文を読んだでしょうか?
英文全体を一度見渡して、
「主語はThe proposalだな」
「submittedは過去分詞だな」
「主節の動詞はis expectedだな」
と分析してから意味を組み立てたのだとすれば、それは非常に高度な「英文解釈」です。
しかし、実際の英語はそんなふうにはやって来ません。
■ 英語は「完成した一枚の絵」としてやって来ない
文字で書かれた英文を見ると、私たちはつい忘れてしまいます。
英文は、本来、
左から右へ、時間とともに入ってくるもの
です。
特にリスニングでは、それがはっきりします。
音声なら、
The proposal...
と聞こえた瞬間には、
submitted by the committee last month...
も、
is expected...
も、
まだ聞こえていません。
つまり、読み手・聞き手は、まだ英文の全体像を知らない状態で処理を始めなければならないのです。
ここが非常に重要です。
英文を本当にリアルタイムで処理するとは、
完成した英文を後から分析することではありません。
入ってきた情報を使って、
その場その場で次の構造を予測し、必要なら判断を保留し、新しい情報が来たら確定し、予想が外れたら修正する。
この連続なのです。
■ では、頭の中を「実況中継」してみよう
先ほどの英文を、今度は左から右へ読んでみます。
The proposal ...
まず The proposal が入ってきます。
proposalは名詞。
文頭です。
この時点では、
「これが主語(S)になりそうだ」
と予測できます。
ただし、まだ断定はできません。
重要なのは、
この時点で、すでに予測が始まっている
ということです。
The proposal submitted ...
次に submitted が来ました。
ここで一瞬、判断が必要になります。
submitは動詞です。
では、
The proposal / submitted ...
で、
「その提案が提出した」
という主語+動詞なのでしょうか?
違いますね。
proposalは「提出する側」ではなく、普通は「提出される側」です。
しかもsubmittedの後ろに何が来るかもまだ分かりません。
そこで、
「submittedは主節のVではなさそうだ。proposalを後ろから説明する過去分詞かもしれない」
と判断します。
ここでは、最初の予測を維持します。
The proposal
→ まだS候補
submitted
→ Sの中に入っている説明部分らしい
という状態です。
submitted by the committee ...
by the committee が来ました。
これでsubmittedが受動的な意味を持つ過去分詞である可能性が一気に高まります。
つまり、
The proposal
「その提案」
submitted by the committee
「委員会によって提出された」
と、前から意味を積み上げていけます。
ここで大切なのは、
日本語としてきれいな完成文をまだ作らなくてよい
ということです。
頭の中では、
「その提案……委員会によって提出された……」
くらいで十分です。
last month ...
「先月」。
これはsubmittedを補足しています。
ここまで来ても、まだ主節のVは現れていません。
つまり頭の中では、
「Sが長い。でも主節のVはまだ来ていない。待とう」
という状態になります。
この「待てる」という能力が、実は非常に重要です。
is expected ...
来ました。
is expected
ここで初めて、主節のVが確定します。
つまり、
The proposal [submitted by the committee last month] / is expected ...
という大きな骨格が見えます。
S + V
です。
「先月委員会によって提出されたその提案は……期待されている」
ここまでを、後ろから前へ戻らずに理解します。
to significantly reduce ...
expectedの後ろにto不定詞。
「何が期待されているのか」という内容が続く、と予測できます。
reduce
→ 減らす
何を?
administrative costs.
「管理コストを」。
ここで、
reduce administrative costs
という意味のまとまりが完成します。
そして英文全体も完成します。
■ 実は、英文を読むとは「予測ゲーム」である
ここまでの処理を整理すると、非常に興味深いことが分かります。
私たちは英文を読むとき、
単に、
単語 → 単語 → 単語 → 単語
と意味を拾っているわけではありません。
むしろ、
予測する
↓
少し待つ
↓
新しい情報を受け取る
↓
構造を確定する
↓
次を予測する
ということを猛烈なスピードで繰り返しています。
私は、この感覚こそが「直読直解」の重要な部分だと考えています。
■ 難しい英文では「すぐ決めない」ことも能力
もう一つ例を見てみましょう。
The results of the study conducted by researchers at several universities suggest that the effects previously attributed to genetic factors may in fact be strongly influenced by environmental conditions.
少し難しくなりました。
でも、やることは同じです。
The results ...
「その結果……」
名詞。
文頭。
S候補だな。
of the study ...
「研究の結果……」
まだSの中。
Vはまだ来ていない。
conducted by researchers ...
conductedが来ました。
「実施した」?
いや、studyは「研究を実施する」のではなく「研究が実施される」。
したがって、
studyを説明する過去分詞だな。
at several universities ...
「いくつかの大学で」。
まだ説明が続いています。
ここまで主節のVはありません。
待つ。
suggest ...
来ました。
ここが主節のVだ!
The results ... suggest ...
S + V
が確定します。
「その研究結果は……示唆している」
何を?
that ...
that節が来ました。
suggestの内容がこれから来る。
the effects ...
that節の中で、新しい名詞。
今度はthat節内のS候補。
previously attributed to genetic factors ...
「以前、遺伝的要因によるものとされていた……」
effectsを説明しています。
まだthat節のVは来ていません。
待つ。
may in fact be strongly influenced ...
来ました。
ここでthat節内のVが確定。
「実際には強く影響されている可能性がある」
何によって?
by environmental conditions.
「環境条件によって」。
完成です。
■ 「分からないまま待つ」ことは、悪いことではない
ここで、英語学習者にとって非常に重要なことがあります。
英文を左から右へ読んでいる途中では、
まだ構造が確定できない瞬間が必ずあります。
これは読解力不足ではありません。
むしろ当然です。
まだ必要な情報が来ていないのですから。
ところが、英文を一語一語「完全に理解してから先へ進もう」とすると、この不確定状態に耐えられなくなります。
そして、
「今のsubmittedは何だ?」
「どこにかかっているんだ?」
と前に戻る。
これが「返り読み」の一因になります。
上手な読み手は、すべてを瞬時に確定しているわけではありません。
むしろ、
「今はまだ分からない。もう少し先を読めば分かる」
という状態を保持したまま、前へ進むことができます。
これは非常に重要な読解能力です。
■ 直読直解とは「何も考えずにスラスラ読むこと」ではない
「直読直解」という言葉から、
英語を見た瞬間に、ネイティブのように何も考えず意味が分かる状態
を想像する人もいるかもしれません。
しかし、少なくとも学習段階では、私はそう考えていません。
むしろ直読直解とは、
英文が左から右へ入ってくるのに合わせて、構造と意味について仮説を立て、それを更新しながら理解していく能力
と捉えた方が実態に近いと思います。
つまり、
予測 → 保留 → 確定 → 必要なら修正
です。
これが高速化・自動化されることで、最終的には本人がほとんど意識しないレベルになっていく。
その状態を、私たちは「スラスラ読める」と感じるのではないでしょうか。
■ 「5文型」は試験問題を解くためだけの知識ではない
ここで、私が英語指導において5文型を非常に重視している理由も見えてきます。
SV、SVC、SVO、SVOO、SVOC。
学校英語では、
「これは第何文型でしょう?」
という問題を解くための知識のように扱われることがあります。
しかし、本来もっと実践的なものだと思います。
英文を読みながら、
Sが来た。
ではVはどこだ?
Vが来た。
このVの後ろには何が来そうだ?
目的語か?
補語か?
それともここで文が成立するのか?
つまり5文型は、
完成した英文を分類するためだけのものではなく、これから来る英語を予測するための「地図」
として使えるのです。
ここは、従来の英文法学習とリアルタイム型直読直解をつなぐ非常に重要なポイントだと思っています。
■ 「Vを見つける」ことが特に重要な理由
そして、その中でも特に重要なのが「V(述語)」です。
なぜなら、Vが分かると、
「誰が・何が、どうするのか」
という英文の中心構造が一気に見えてくるからです。
さらに動詞によって、その後ろに来る要素もある程度予測できます。
たとえば、
give
が来れば、
「誰に?」「何を?」
が続く可能性が高い。
make O ...
なら、
「Oをどうする?」
というCが続くかもしれない。
suggest that ...
なら、
「何を示唆しているのか」という内容がthat節で続く可能性が高い。
つまりVは、
それまで読んできた情報を整理すると同時に、その先に何が来るかを予測する司令塔
のような役割を果たします。
だから私は、英文をリアルタイムで処理するうえで、Vの認識を極めて重視しています。
■ 「英文解釈」と「直読直解」は対立するものではない
ここは誤解のないように強調しておきたいと思います。
私は、従来の英文解釈を否定しているわけではありません。
むしろ逆です。
精緻な構造分析ができなければ、正確な直読直解もできません。
主語とは何か。
述語とは何か。
準動詞とは何か。
関係詞とは何か。
節とは何か。
修飾とは何か。
こうした知識は不可欠です。
問題は、
そこで学んだ知識を「完成した英文を分析するため」だけに使うのか、
それとも、
「流れてくる英文をリアルタイムで処理するため」に使えるところまで持っていくのか、
という違いです。
言い換えれば、
英文解釈は「設計図を読む訓練」。
直読直解は「その設計図を使いながら実際に走る訓練」。
両者は対立するものではありません。
むしろ後者は、前者の上に成り立つものだと私は考えています。
■ なぜ「読めるのに、聞けない」のか?
そして、ここまで考えると、もう一つ面白い問題が見えてきます。
それは、
なぜ英文なら読めるのに、同じ内容を音声で聞くと分からなくなるのか?
という問題です。
もちろん、リスニングには、
音の連結、脱落、弱形、アクセント、発音、語彙の音声認識……
など、リーディングとは異なる要素があります。
しかし、それだけでしょうか。
紙の英文なら、分からなくなったら前に戻れます。
主語を探し直すこともできます。
文末まで読んでから、文頭へ戻ることもできます。
しかしリスニングでは、
英語は待ってくれません。
一度発せられた音は消えていきます。
つまりリスニングでは、
左から右へのリアルタイム処理能力が、リーディング以上に容赦なく試される
ことになります。
もしそうだとすれば、
「英文を速く正確に読めるようになること」と、
「英語をリアルタイムで聞き取れるようになること」は、
私たちが思っている以上に深くつながっているのではないでしょうか。
■ 次回――なぜ「読める人」ほど英語が聞こえるようになるのか?
今回見てきたのは、
英文を読むとは、完成した文を後から解読することではない
ということでした。
英語は左から右へ流れます。
その流れの中で、
予測する。
保留する。
確定する。
必要なら修正する。
そして、その処理を止めずに前へ進む。
これが、私の考える「リアルタイム型直読直解」の基本です。
そして実は、この考え方を突き詰めていくと、
リーディングとリスニングは、まったく別の技能ではない
というところに行き着きます。
次回は、
「なぜ英文を読める人ほど、英語が聞こえるようになるのか?」
をテーマに、
リーディングとリスニングの奥にある共通のリアルタイム言語処理について考えてみたいと思います。
「TOEICでは高得点なのに、ネイティブの会話になると聞き取れない」
「英文なら分かるのに、音になった途端についていけない」
そんな経験のある方には、特に面白いテーマになると思います。


