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続・日々コラム・・・

Shen Teh n Shui Ta = hen na TeTSuShi・・・

年末の頃には石破さんが総理になってるんだろうなあ、とニュースを見ながら思った。
どうなるかわからないけれども、もちろん石破さんじゃ悪いってわけじゃない。

誰が首相であるべきか、僕の希望が適った例はこの30年で、何年間くらいだろう?
受け入れるしかないんだから、もう眺めておく。
どじょうがナマズになっても、まあそれもよいでしょう。

さておき、石破さんは人気がある。
話が抜群にうまいから、説得力がある。

しかし問題は、意見が正しいかどうかよりも、伝えるパフォーマンス、プレゼンテーション能力のほうが重要ってこと。

ソクラテスの時代から変わってないんだよなあ。
BPA(ビジネスプロデューサー協会)さんのフォーラムシアター

ジョーカー(MCのようなもの)をやらせていただきました。
企業と組織が抱える問題を、アウグスト・ボアールの手法を応用して、討論します。

アクターとノンアクターによる参加型フォーラム。
みなさん、さすがでした。

$続・日々コラム・・・

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先日、日本人の20歳の女性が殺人遺棄(=NHKではレイプは言っていない)された事件がありました。ブカレストの治安は大変悪いそうです。

個人的には、友人がなんどか行っていて、誘われることもあって興味あるところ。文化的には、東欧の一国として魅力的です。

ルーマニアといえば、ぼくらはまず・・・「コマネチ」白い妖精。衝撃の10点満点。
それから、やはり印象にのこっているのは「チャウシェスク」の一連ですかね。
いまだに、新宿の東京都庁を見るとなぜか「チャウシェスク」の名前が思い出されてしまいます。詳しい理由は省略しますが、その頃の建築でした。(*石原知事が独裁者だという意味ではありません。)

あとは、しりとりで「る」のときに困った時に出てくる貴重な地名。ルーマニアとルクセンブルグ。。。。

さてそのチャウシェスクのときも、死体が公開されたのが結構インパクトありました。今回の女子大生の方がどうかは知りませんが、いえることは、あまりにも「日本でニュースとして小さい」気がするということです。

邦人が事件に巻き込まれた時、もっと大騒ぎしてたじゃないですか。
しかもこんな悲惨で、問題提起の多い事件なのに、と思います。不思議です。

彼女は何の被害者だったのか、教訓は何か、ちゃんと考えてみる価値があると思うのですが、メディアが騒がない意図が不気味です。
キヤノンのサービスセンターの対応。
プリンターの故障なのですけれども、丁寧な言葉使いながら、つまり、「買い変えるしかない」と言っているわけです。まだ、使用数年。

「サポート期間終了」って、メーカー本位が横行しています。
けれども、ものすごく従来の日本的サービスに反するものだと思いませんかね。

キヤノンに限らず、ソフトも、家電も、自動車も、そう。
どうせ修理と言っても、アッセンブリーごと部品交換するだけだし、買い換えのほうが「安い」とコストメリットで消費者を誤魔化していると思います。
さらに、それで「エコ」だっていうのが又面白いところです。

「もったいない」「直して使え」という文化すら否定されている気がします。

そして、粗大ごみの処理コストも負担するのも悔しいけれども、高い高い高いインク。
インクインクインクカートリッジ。プリンターを買い変えいたら、あのインクのストックは、全部使えない。

プリンターよりも高い、インク、インクよりも高い修理代、変でしょ?
『嘘も方便』なんですけれども、ばれてしまうくらい下手なら、嘘は最悪です。
2倍人を傷つけて、周囲にも迷惑かけて、本人もやりにくくなります。くれぐれも完全にだませる自信をもって貫くように。相当な技術と労力が必要です。

フィクションの世界はまた、嘘とは違った効果を相手にもたらしてくれます。

ところで、『嘘つき』は困りますが、ぼくは『月』が大好きです。
月のある景色が好きなんですね。
毎日の変容が面白くて、空の色との対比、周りの景色とのバランス、一期一会のおもしろさを感じます。よく写真に撮るのですけれども、iphoneじゃ、ちゃんと撮れるわけもないです。

月。アームストロング船長が亡くなったそうです。
そんな神秘的な月に、人類が到達した日、忘れもしません。僕4歳。

さておき、あの「月面着陸」の衛星中継は、特撮映画だという噂が未だに絶えません。
たしかに、いまハリウッドの技術を考えれば、あれくらいは映画で作れてしまってもおかしくはありません。だとしたら、NASAの技術力を誇示する為に、見事な『嘘』が成立したわけです。どっちにしてもアメリカのすごさ。

ま、そんなことはないんでしょうけど、世界を騙すくらいの嘘ならご立派。
こどもとしては、いい夢を見させてもらいましたので、それでよいです。
でも万一、本当はアームストロング船長は月ではなくてハリウッドにいたのなら、今考えるとちょっと複雑です。

1969年。日本にとってのアメリカ。そういう時代。
「始めのボタンを掛け違えると、最後のボタンは掛けられない」

と、小学校の先生が卒業文集に書いてくれたんですけど。今なら、、、

「それもファッション」
「新しい着かたの工夫」
「むしろ、面白いかも」

と思っていますし、実際にそうだと思います。

始めのボタンを掛け違えたなりの、楽しい毎日、楽しい生き方、がある世の中っていいなあと思います。

いろんな価値観を認めることができる・・これもひとつの「夢の未来」だったのかも。
頭のいい人は、複雑なことをシンプルに言い換えるので羨ましいのです。

けれども、シンプルに言っている人が頭がいいかというと、そうでもないわけですね。

大抵は、だれにも反対されないような『あたりまえ』のことを、でかい声で叫んでいるだけで、毒にならないだけ。無難なだけでは人を感動させたら、変えることはできないのですよね。

さらに、本当に話を簡単に表現するのが上手な人の場合でも、本来複雑なものを簡単に言ってしまうのは、それは正確ではないわけです。

複雑で分かりにくいことは、まず、複雑で分かりにくいってことが伝わらなければ、嘘だと思うんです。

今の世の中、複雑です。
看板みたいに、ワンワードやキャッチフレーズで「わかりやすい」といって持ちあげるのは、どうも問題があるように思います。

「何が売れるか分からない時代」というのは、つまり消費者の動向のことではなくて、メディアが操作すればなんでも売れる、という意味なんだと思う。

消費者が愚かになっているから「なんとかブーム」のでっち上げに乗っかるわけよ。

マスメディアの裁量で、世論が形成されているとして、それに嫌悪感を示している人たちが増えている。信頼しなくなっている。メディア時代が市民と乖離している。

時代もそろそも終わろうとしてる。
いわゆる「ビッグマウス」、威勢のいい人を、リーダーとして付いて行くかどうか、その勢い飲まれそうになった時は、これを判断基準の一つにします。

僕なりの統計と傾向から、語学の修得に挫折する人は、だいたい何やっても大きなことはできません。

「xx語を話せるようにするぞ」と言って、一年たっても進んでないようなら、だいたい何やらしても「口先だけ」で終わる人なんですね。遊び相手ならそれでもいいですけど。

言語習得は、いろんな手段があって、しかも能力も費用もなにもいりません。
本気さと、工夫があればだれでも出来ることなんですね。
スケジュール帳の隙間にある膨大な自由時間で、簡単にできることなんです。

大きな目標とか、夢とか、でっかい企画とかを言うこと。
それは見事なんだけれども、派手なものほど、だいたいは「打上げ花火」。
それが小学生の夢物語だったり、口先だけだったりします。

逆に笑われるくらいの夢物語を、本当に実現してしまう人もいます。

こどもじみた「夢」を、大人が語ると「ホラ吹き」になってしまいます。
「いい夢もってるね」と言われる間は、そりゃ世間からこども扱いされてるってことです。

高い理想を実現できる人か、ただ、ずっと夢語るだけなのか、スケジュール帳の空いている時間の過ごし方なんだとおもいます。
芸術といわれる類のものまでが、第一印象がそのまま答になっている傾向になっちゃって淋しい限り。

想像される余地と、賛否あることを覚悟しないで、単純なものが溢れていませんか。そんなことやってませんか。

歌にしてもさ、母音だけ出し過ぎで、「それじゃ歌詞じゃなくて作文」って言葉に、聞いたことある音の組み合わせだけ。

絵も、写真も、(人間含めた)造形物も、「きれい」「格好いい」で、おしまい。はい、次ってものばかり。

解釈・想像される余地と、賛否あること、をやらないで、愛好家だけ集めてちゃアーティスト存在価値ないよ。

前衛がない時代になってしまったら、世の中は停滞するよ。
社会の前衛であること、それはアーティストの役目だよ。

単純思考な社会、市民、その先にはろくなことがない。
このところ、本物のアーティストにお目にかからない。
習い事や趣味の延長、みたいなのばかり。。。