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続・日々コラム・・・

Shen Teh n Shui Ta = hen na TeTSuShi・・・

なんのオブリゲーションもなくて、遊んでいればそりゃ、笑顔にゃなるさ。
安心してそういう環境にいることができたなら、だれも幸せだろう。

こどもは、はしゃいでいるのが仕事。
その傘になってやるのが大人の仕事。

大人の笑顔は、その責任感で歪んでいるんだ。誇りに思え。
「マスコミが言うべきことを言わなくなった」
寂聴さんのインタビュー生地を拾い読み。考えさせられる内容です。
「言うべきことを言わなくなった」どころか、意図的に民意を形成しようと、都合のよいさじ加減をしているようににか思えません。

どうして騒ぐのか、騒がないのか、その基準にジャーナリズムの正義がなくなっているように思います。
権力者とスポンサーと抗えないなら、邪悪な存在でしかありませんし、」なによりも「そっち側」に居たいとジャーナリストが思っているようにしか思えません。
TVを見ていても、災害や貧困の問題を、上から目線でとりあえず憐れんでおいて、すぐに別の話題で楽しそうに微笑んでいる姿が目に残ります。

寂聴さんは、この状態が積み重なっていくと、「目の前に戦争がぶら下がってくる」といいます。飛躍しているようですが、似たような話を、恩師の最終講義で聞いたことがあります。

「徴兵制、ってことになるんでしょうね、この先は・・」

徴兵制、となると全員参加になってしまいます。しかし、志願者を増やす方法があります。それが、いまの格差社会ではないかと思います。
「一億総中流」の恵まれた社会。というか、必要なものをもっているだけの社会だったのですけれども、それじゃ兵隊志願者は減る一方です。

たとえ戦争につながらなくても、今の世の中の流れは、まったくよい方向ではありません。こどもたち、そのこどもたちに、そんな仕組みの社会を残さないことが、僕らの責任だと思います。
8月は6日に広島に原爆が投下され、9日には長崎にも、そして15日の玉音放送が流れた月です。
67年前のことです。
今や、団塊以後の人が親になって、その子どもたちが成人している時代になりました。
クリスマスは特別な日でも、8月15日は夏のレジャーの日にすぎなくなっています。

8月15日は、右でも左でもなく、日本人がいちばんアイデンティティを覚えるときでは無いかと思います。

豊かさの恩恵だけ味わっている、それだけの笑顔でいいのかと、近年たまに思います。
オーストラリアではタバコのデザインを均一に規制するらしいです。
タバコの消費を減して若者を健康にして、国の医療費の高騰を防ぐ目的だそうです。

じゃ、いっそ高齢者に奨励してしまえば、もっと医療費かからないかも、なんて考えてはいけないのですけれども、さておき、パッケージデザインはそれほどまでに消費に影響があるんです。

売るためもちろん、商品の内容を正確に、特徴をしっかりとアピールするための、これも芸術。

ちなみにタバコは17年前にやめました。
気分転換には散歩。(無料)

地球温暖化の話はどこに行ったのだろうか。

海面が上昇して地球が滅びるんじゃなかったんだろうか。

原発と同じくらい、大きな問題だったはずなんだけれども、どちらにしても地球が滅びてしまうのが
怖いんだから。

将来よりも、目先の放射能対策なんだろうけれど、温暖化もすでに手遅れ、ってくらい騒いでたよね。

とりあえず、だれも節電はしていない。
そういえば確かに、スポーツ選手とかの活躍をみていても、世界で堂々としたもので、成績も待遇も立派になりましたが、その発言の確かさに頼もしく思う一方、日本的な「奥ゆかしさ」が少しずつ欠けてきているような気もしていました。

なんか攻撃的な発言が多いんですよね。よく言えば前向き、ですけど。

日本が世界に誇れる、いまや唯一のものかもしれないと思うのが『礼』だと思います。

これでまで、いろいろな分野で「世界に追い付け追い越せ」を実現してきたこと、同朋としてとても誇らしいです。

しかしいまや、新興国のキャッチアップ(この場合は、韓国や中国も入る)や、産業構造の変化によって、JAPAN ブランドの優位性は薄くなってしまいました。

一方で、これは世界水準で揺るがない一位だと思えるのは、『サービス』だと思います。
もちろん、旅館のホスピタリティとかだけではなく、どんな職業の人も、仕事に高いプロ意識をもっていて、それが『相手=お客さま』に対する態度となっているのでしょう。

これが、アメリカナイズされた『マニュアル』に、上書きされてしまっている心配があります。
大澤誉志幸さんの『そして僕は途方に暮れる』という歌。
当時はタイトルに「やられちゃった」感があったのですけど、この曲暗い曲調ではなくて、とてもお洒落なメロディなんですよね。
そのおかげで、現実に僕が『途方に暮れた』ときでも、この曲がリフレインしてきてくれるので、あんまり凹まなくて済みます。

さておき。
途方に暮れる ⇒受け入れる ⇒腹を決める ⇒・・・あとは楽しいもんだよね
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シアターXIDTF(国際舞台芸術祭)2012はじまり。

先日は「前夜祭」ということで気合い入れに参戦したものの、テーマの宮沢賢治との関係もよくわからず、困惑。テンションの引っ張る方向が判らなくなってしまいました。

ま、楽しいパフォーマンスでした。

スタッフのみなさんの、明日初日とは思えないくらいの落ち着きぶりには、さすがって思いました。たのもしい限りです。

「天上ノ愛スクリイム」は6月12日19:00~の回です。
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たとえば、悪人を、ただ「悪」と切り捨ててしまう簡単な世の中が、良いとは思えません。

非常識な性格、誤った行動の中にも、いくつかの正義や、誠実さがあるものだと思います。
むしろそういう行動のほうが、人間として、純粋で正直だったりすることもあります。

それらはすべて、人間の弱さだったり、美しさだったりするわけで、これを簡単に切り捨てて、痛快な思いをするのは愚かな事だと思います。

世の中からはみ出してしまった人達の、心を葬ってしまうような世情をつくるのは、なんでも単純化してしまう、わかりやすさに逃げてしまう、そういう安直なメディアのモラルだと思います。

残念なのは、アーティストたちにも、メジャーを目指すあまり、そういう風潮が作品に表れていることがあることです。

抑圧された誠実も、見つけ出して行きたいと思います。
それが救いになれば、というか多様な価値観を認める良い世の中になることにつながれば、と思うのです。

人間そんなに、単純でも、立派でもない弱いものだと思うから。
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