ドラえもんがいたら、「寝ないで済む薬」と、「どこでもドア」と、「暗記パン」が欲しいな、と思う今日この頃。
けれども、それらがあると僕の趣味の楽しさと特技の自慢も半減してしまうし、「タケコプター」なんて拷問に遭わされても困る。
一番欲しいのはずっと理解して応援してくれて、無条件に味方になってくれるドラえもんのような存在。ロボットでもいいから。。。
みんなの心の中に、それぞれドラえもん的な存在がいてくれれば、楽になるんだろうね。
『自分がやりたいこと』をやって、喜んでくれる人達を集めるのではなくて、
『自分がやってもらいたいこと』をやっていれば、より多くの人が集まる。
これ、マーティングの知恵であり、ある意味生き方の教訓ね。
アーティストの活動は、これと矛盾すると考えるかどう か。
僕はそうは思わないんですね。
得意なことだけをやって、自分で快適がっていては、やる前から飽きられてしまう。
世間に求められ続けないと、食っていけないんだから。
『自分がやってもらいたいこと』をやっていれば、より多くの人が集まる。
これ、マーティングの知恵であり、ある意味生き方の教訓ね。
アーティストの活動は、これと矛盾すると考えるかどう か。
僕はそうは思わないんですね。
得意なことだけをやって、自分で快適がっていては、やる前から飽きられてしまう。
世間に求められ続けないと、食っていけないんだから。
Careful preparations are necessary for everything. We do it without enough preparations and may go well. But we should not recognize it is our ability, even if, actually, it goes well by experience or someone's help. We reduce our own quality when used to neglecting enough simulation and rehearsals.
To exposing our works to the audience, it is a fact that itself is the workshop of the future works. However, when preparation are short, the work itself becomes the level of the rehearsal.
To exposing our works to the audience, it is a fact that itself is the workshop of the future works. However, when preparation are short, the work itself becomes the level of the rehearsal.
今年出品する《キジムナーフェスタ》のテーマは、『劇場はヌチグスイ(命薬)』。つまり、劇場は『命の薬』ということです。
料理自慢の人が、美味しい得意料理をふるまえば、みんながハッピーで、楽しいことです。
反対に、苦くてまずい薬を、嫌われながらも飲ませる役割は、辛いことです。
しかし、だれかがやらなければいけないことです。
劇場は、あるいは芸術は、どっちの薬なのかと考えさせられます。
たしかに、アートセラピーのように「いい気持ち」には治癒効果もあります。
でも、深い部分で傷ついている人や、子どもたちがこれから歩む人生を、乗り越えるための助けになる、『生きる力』の予防接種ができるのは、美味しいだけでは足りないんだと思います。
僕らは、苦い薬もちゃんと、お芝居というオブラートにくるんで与える役割があるのではないかと思います。
マスを相手にするエンターテイメントとは、ちょっと違う価値を持ちながら・。。
(ま、そんな作品作ってないんですけど・・・。)
料理自慢の人が、美味しい得意料理をふるまえば、みんながハッピーで、楽しいことです。
反対に、苦くてまずい薬を、嫌われながらも飲ませる役割は、辛いことです。
しかし、だれかがやらなければいけないことです。
劇場は、あるいは芸術は、どっちの薬なのかと考えさせられます。
たしかに、アートセラピーのように「いい気持ち」には治癒効果もあります。
でも、深い部分で傷ついている人や、子どもたちがこれから歩む人生を、乗り越えるための助けになる、『生きる力』の予防接種ができるのは、美味しいだけでは足りないんだと思います。
僕らは、苦い薬もちゃんと、お芝居というオブラートにくるんで与える役割があるのではないかと思います。
マスを相手にするエンターテイメントとは、ちょっと違う価値を持ちながら・。。
(ま、そんな作品作ってないんですけど・・・。)

あるお寿司の老舗名店の職人さんが、「軍艦巻き」を否定していました。
「親方から教わってないものは、どうも・・・」と。
あんなもの寿司じゃない、とまではわなかったと思いますけれども、どんなすばらしいものでも、伝統をそのまま受け継ぐだけでは、廃れていくか、骨董の文化財になってしまいます。
寿司も、江戸時代は庶民のファーストフードから始まって、いつの間にか高級料理の代表格になりました。
グルメも韓流もワインも「ブーム」を経て、定着したりしました。
ブームになるには、その「伝道師的存在」が必要なのだと思います。
ボウリングには中山律子さん(古っ)がいたし、グルメは美味しんぼ、ワインだと田崎さんとか、韓流だとヨンさまとかね。
お寿司も、馬鹿にするものの、アボガド寿司やカリフォルニア・ロール、三日月マシーンの回転すしの存在あって、これだけ世界に定着したものです。
受益者でもある職人さんは、自らそれを否定すべきではないと感じました。
時と場所にあうアレンジと工夫の中から、何事も文化は生まれるものだと思いますから。
芸術も同じではないかと思うのです。
伝統は伝統として、ただ守るだけでは廃れていきます。国の文化政策に保護してもらうしかなくなります。
残念なのは、そういう作風がむしろ若い人、専門教育を受けた人ほど多いように思います。
つまり、
「悪くないけど、どっかで見たことのなるような作品」
これを上手にこなしているだけって感じ。
軍艦巻き拒否の寿司職人さんは、人間国宝の道をめざせばよいと思います。
が、これからの人たちには、前にも横にも、我々が気がつかないような道を開いてほしいものです。
「親方から教わってないものは、どうも・・・」と。
あんなもの寿司じゃない、とまではわなかったと思いますけれども、どんなすばらしいものでも、伝統をそのまま受け継ぐだけでは、廃れていくか、骨董の文化財になってしまいます。
寿司も、江戸時代は庶民のファーストフードから始まって、いつの間にか高級料理の代表格になりました。
グルメも韓流もワインも「ブーム」を経て、定着したりしました。
ブームになるには、その「伝道師的存在」が必要なのだと思います。
ボウリングには中山律子さん(古っ)がいたし、グルメは美味しんぼ、ワインだと田崎さんとか、韓流だとヨンさまとかね。
お寿司も、馬鹿にするものの、アボガド寿司やカリフォルニア・ロール、三日月マシーンの回転すしの存在あって、これだけ世界に定着したものです。
受益者でもある職人さんは、自らそれを否定すべきではないと感じました。
時と場所にあうアレンジと工夫の中から、何事も文化は生まれるものだと思いますから。
芸術も同じではないかと思うのです。
伝統は伝統として、ただ守るだけでは廃れていきます。国の文化政策に保護してもらうしかなくなります。
残念なのは、そういう作風がむしろ若い人、専門教育を受けた人ほど多いように思います。
つまり、
「悪くないけど、どっかで見たことのなるような作品」
これを上手にこなしているだけって感じ。
軍艦巻き拒否の寿司職人さんは、人間国宝の道をめざせばよいと思います。
が、これからの人たちには、前にも横にも、我々が気がつかないような道を開いてほしいものです。
こどもの肖像権ってのを(意地悪に)考えてみました。
こども写真って、親が勝手にいろんなところに公開してますよね。
あれって基本的人権の侵害だよなあと思ったりするんですね。
あるNHKの番組とかで、「xxxに応援メッセージを~!」というコーナーがあったりすると、なぜか、子どもの写真を投稿してメッセージを語らせる人がいますよね。
かわいい、こども(孫?)の写真が一般に公開されるのが楽しいのかもしれませんけれども、子の意思ではないです。
この財産は成人するまで親にあるとしても、人格権は生まれた時から子どもの固有のものじゃないかと。
あんまりかわいかったり、有名になって、誘拐でもされたら、写真載せた責任取れるのかな、とか。
これもデジタル時代の問題で、ブログも一緒で、一旦公開すると、第三者が複製もできるしいつまでも永遠に残るんですよね。
そういうものって慎重にしないといけませんね。
その人(こども)の意思じゃないんだから。
こども写真って、親が勝手にいろんなところに公開してますよね。
あれって基本的人権の侵害だよなあと思ったりするんですね。
あるNHKの番組とかで、「xxxに応援メッセージを~!」というコーナーがあったりすると、なぜか、子どもの写真を投稿してメッセージを語らせる人がいますよね。
かわいい、こども(孫?)の写真が一般に公開されるのが楽しいのかもしれませんけれども、子の意思ではないです。
この財産は成人するまで親にあるとしても、人格権は生まれた時から子どもの固有のものじゃないかと。
あんまりかわいかったり、有名になって、誘拐でもされたら、写真載せた責任取れるのかな、とか。
これもデジタル時代の問題で、ブログも一緒で、一旦公開すると、第三者が複製もできるしいつまでも永遠に残るんですよね。
そういうものって慎重にしないといけませんね。
その人(こども)の意思じゃないんだから。

アーティストです、といって堂々と生きていける世の中になっているのはすばらしい事だと思うのです。
でも、社会と両親が施してくれた投資に見合った納税はしていないのが殆どなわけです。
それでも社会が成り立っているのはどうしてか、と考えなければいけないのだと思います。
やはり、経済は未だ厳しくビジネスの工夫の余地もどんどんと少なくなっています。
この20年の不況のおかげで、いろんな価値観や生き方が見直されたことは間違いありませんが、社会の根幹が揺らいでしまってはそれどころじゃありません。
安ものを大量に作ってる企業の一人勝ち。
これは長い目で見ると、日本の世界での競争力としてもよくないと思うんですよね。
世界の人があこがれる、手に入れたくてしょうがないものを作れること。
それがビジネスにもアーティストにも求められていると思うんです。
正直言って、ユニクロみたいなアーティストがもてはやされている気がしてなりません。合理的なものばかりじゃ、ないと思うんですよねこれからは。
でも、社会と両親が施してくれた投資に見合った納税はしていないのが殆どなわけです。
それでも社会が成り立っているのはどうしてか、と考えなければいけないのだと思います。
やはり、経済は未だ厳しくビジネスの工夫の余地もどんどんと少なくなっています。
この20年の不況のおかげで、いろんな価値観や生き方が見直されたことは間違いありませんが、社会の根幹が揺らいでしまってはそれどころじゃありません。
安ものを大量に作ってる企業の一人勝ち。
これは長い目で見ると、日本の世界での競争力としてもよくないと思うんですよね。
世界の人があこがれる、手に入れたくてしょうがないものを作れること。
それがビジネスにもアーティストにも求められていると思うんです。
正直言って、ユニクロみたいなアーティストがもてはやされている気がしてなりません。合理的なものばかりじゃ、ないと思うんですよねこれからは。


