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続・日々コラム・・・

Shen Teh n Shui Ta = hen na TeTSuShi・・・

続・日々コラム・・・
(太宰治)

子供より親が大事、と思いたい。子供のために、などと古風な道学者みたいな事を殊勝らしく考えてみても、何、子供よりも、その親のほうが弱いのだ。少くとも、私の家庭においては、そうである。まさか、自分が老人になってから、子供に助けられ、世話になろうなどという図々しい虫のよい下心は、まったく持ち合わせてはいないけれども、この親は、その家庭において、常に子供たちのご機嫌ばかり伺っている。子供、といっても、私のところの子供たちは、皆まだひどく幼い。長女は七歳、長男は四歳、次女は一歳である。それでも、既にそれぞれ、両親を圧倒し掛けている。父と母は、さながら子供たちの下男下女の趣きを呈しているのである。

・・・・
「この、お乳とお乳のあいだに、……涙の谷、……」
 涙の谷。
 父は黙して、食事をつづけた。

・・・

もう、仕事どころではない。自殺の事ばかり考えている。そうして、酒を飲む場所へまっすぐに行く。
「いらっしゃい」
「飲もう。きょうはまた、ばかに綺麗な縞を、……」
「わるくないでしょう? あなたの好く縞だと思っていたの」
「きょうは、夫婦喧嘩でね、陰にこもってやりきれねえんだ。飲もう。今夜は泊るぜ。だんぜん泊る」
 子供より親が大事、と思いたい。子供よりも、その親のほうが弱いのだ。
 桜桃が出た。
 私の家では、子供たちに、ぜいたくなものを食べさせない。子供たちは、桜桃など、見た事も無いかもしれない。食べさせたら、よろこぶだろう。父が持って帰ったら、よろこぶだろう。蔓
を糸でつないで、首にかけると、桜桃は、珊瑚の首飾りのように見えるだろう。
 しかし、父は、大皿に盛られた桜桃を、極めてまずそうに食べては種を吐き、食べては種を吐き、食べては種を吐き、そうして心の中で虚勢みたいに呟く言葉は、子供よりも親が大事。


(途中抜いてごめんなさい)
宿の基本は「もてなし」だと思うのです。
一流と称されるホテルや旅館には、贅沢な調度品や設備がととのっていることは間違いありませんが、
評価はやはりそのホスピタリティにあると思います。

一度、「世界一のサービス」になったタイ・バンコクのオリエンタル・ホテルに試しに宿泊してみたことがあります。
そういってもチェーン店ではないかと思いつつ、やはり利用してみて感じたのは、僕らの気持ちに届い
て、且つ「おしつけ」にならないサービス。これを従業員のみなさんが共有している感じでした。
ハイテクで管理しているとか、豪華な飾り付けがあるとかではなく、とってもアナログなホスピタリティの徹底が、そこにあったように思います。

もちろん、超一流のホテルや旅館には、宿泊者を選別する為の「敷居」があるべきで、公共施設のような開放されたサービスである必要もなく、ホテルの「ゲストを選ぶ権利」は「ゲストを守ってくれる権利」でもあります。

ところで、個人の家は、「一国一城の主」である男性にとっては「城」であり、家内を守る奥様にとっては「巣」なわけです。古いですけど・・・。

ここに、男女の「家」感覚の違い、キャッスル(城)とネッスル(巣)という差があったりします。

Castle(壁を作って外敵から守る場所=城)
Nestle(心地よく寄り添う場所=巣)

男性は、外敵から強固に守るけれども、敵でなければ歓待。なるべくたくさんの人が来て、居てくれる社交の場所でありたいと考えています。
女性は、愛する家族だけが寄り添い、素顔で気のやすまる生活の場所であると考え、親しくない訪問者は好みません。

そんな、普通の「家」が宿を提供するスタイルが、「民宿」なわけです。

今回、ホテルの無い所に滞在する機会が多く、いろいろな「民宿」を体験しましたが、それはそれは楽しい経験をさせていただきました。ほとんどもうすばらしかったです、一部を除いて。。。

もともと、画宿泊施設として設計されていないご自宅に、電話一本の予約で、どんな奴かもわからない者を招くご苦労は大変なものだと思います。

またそこを、ゲストにとって居心地いい空間にしてもらるのは、家族のような親しみと、それでいて一線をきっちり置いてもらえる、そういう宿主の心使いに他ならないと思いました。

こちらから話せば、いっぱい話してくれるけれども、余計な干渉はしない。
頼って相談すれば必ず助けようとしてくれるし、サービスや親切は、宿泊料に含まれる。

そういうホスピタリティは、宿が大きくなっても基本は変わらないのではないかと思いました。


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花も葉もない時間のほうが、圧倒的に長い桜の樹。

ベルリンとか、NYとか、桜を寄贈されたとこはどう思っているんだろうと気にしたりもするのですけれども、それだけに満開になったときの桜の美しさは格別なんだと思います。

僕はもともと「花見」の趣味はなかったのですけれども、大先輩のお世話で7年間く
らい、花見旅行の幹事をしていたことがあります。
なんで、こう東京の人って「お花見」が好きなんだろうって不思議に思っていました。。。

全国いろんな桜の名所を調べてめぐりましたが、「イチバン」を推薦するなら、やはり「高遠」の城址公園の桜だと思います。
見上げる桜の美しさに加えて、見下ろす「桜の海」は、その量もさることながら、なかなか感動的です。

ただ、それだけ有名になってしまうと、平日でも観光バス乗りつけの、多くの人出で混雑して、気が休まりません。
高遠まできて、都会の混雑を味わうなんて、勘弁してほしいもんです。

折角の花見なら、どんな名所よりも自分の目に入る範囲に一本咲いてくれていれば、それでいいように思います。
気持ちもゆったり、好きな人たちとそれを眺めながら、来る春を楽しめればいいのじゃないでしょかね。


まだ寒い春、わざわざ場所取りに苦労してまで、気疲れ、目疲れしたくはないなあと思います。


芸術を遊びごとだと思つてゐる 
    その心こそあはれなりけれ

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三十歳で亡くなった中也は、結局20代の10年間で作った作品で、後世まで評価されているわけです。
評価されるものは、早い時期からその兆しがあるものなのでしょう。

そう考えると三十歳までに評価されないのなら、あるいは桃栗三年柿八年、それくらいの期間やっても芽が出ないなら、それはその程度だったということでしょう。

いま死んだら、誰の記憶に残るか。

さておき僕は、仕事も遊びも全力でやります。
芸術も遊びのような仕事、商売も仕事のような遊び、遊びも列記とした仕事です。

それを頼りにしてくれるヤツラのためにも。

中也とおなじ次男坊、中国地方から京都で修行して東京、女優や家族の重なる不幸や短命もろもろさておき、負けないように頑張ります。
僕の原稿が初めて活字になったのは、中学生の時の「朝日新聞」でした。
投稿覧に掲載してもらったのですけれども、当時はワープロなんてない頃ですから、
手書きではない文字になった自分の名前、とても嬉しかった思い出があります。

そのときの投書の内容は、とある学校の教師仲間が、三人で共同購入した宝くじが当選したところ、
実際に買った人が、「これは共同購入とは別に自分で買ったもの」と主張して、裁判になってしまったというニュースについてのコメントでした。
つまり、「そこで友人関係を壊してまで欲を出す大人の気がしれない」というものでした。

その前、小学校6年の頃には、こんな話題がありました。
奥さんに逃げられた夫が、奥さんに戻って来てほしくて大きな話題になることをやろうとして、金閣寺に放火したというのです。
このニュースを受けて、当時の先生が、「こんなことしたら逆に奥さんは帰れなくなっちゃうよね」とおっしゃってました。
ぼくら、みんなそれに賛同して、ま「愚か者」扱いをしたわけです。

前出の朝日新聞のほうには、僕は最後にこんな感じでまとめました。
「そういう大人の気持は、まだ十何歳のぼくにはわかりません」と。

で、数十年経過して、今どうかというと、わかるんですよね、宝くじを独占しようとした教師の気持ちも、金閣寺に放火しようとした人の気持ちも・・・。

一生懸命生き抜いていくためには、みっともないことだってたくさんあるんですよね。
背負っているものや、いろんな気持ちが積み重なっていきていると
いつまでも、純粋な子どもの時のようには、いかないものだと思います。

放火はしないようにしますけど。
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3月は別れの季節です。
冬の終わり、引っ越し、卒業、さみしい気持ちの多くなるの弥生。

そして4月は出会いと出発の時です、
春が来て、新しい出会い、出発、前向きになる卯月です。

この間、3月31日と4月1日の一日で、おおき成長があります。
とても大事な時間だと思います。

しかしこれは日本の年度末と学校制度の場合、と行ってしまえばそれまでですけれども、
欧米人はなんてこというんでしょ。

四月バカ・・・。

そりゃ、新年度も新入学もなけりゃ、暁を覚えない春ののんびりした日に警鐘を鳴らして
「もう四月だぞ!」といいたくなるのもわかりますけれども、日本ではここで切り替えるんです。

3月31日はお終いのお終いの日。
4月1日は、始まりが始まる日。

今年は、これが土日になります。

週があけると、あたらしい時間が始まります。

思い出が増えます。
辛いことも悲しいことも成功したことも嬉しかったことも、思い出にしてしまいます。

希望が生まれます。
新らしい出発は、何事も無限の可能性があります。できることならポジティブに切り替えられる4月1日にしたいものです。

と、建前を言いながら、僕は思い出の中に生きていく覚悟もできています。

先日膨張したセミナーでの言葉。
ずっと、「幸せになりたい」と思っている人は、幸せになりたかった人生が残る。
ずっと、「今が幸せだ」と思ってている人は、幸せだった人生が残る。

僕は今年の3月の思い出をたくさん、切り捨てないで4月を迎えたいと思います。

残ってる仕事も山盛りですけど。。。。


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宮嶋さんとBPA(ビジネスプロデューサー協会)さんにお邪魔してきました。
背景は聖路加国際病院です。でっかいですね~。

ビジネスは直接経済活動なのでわかりやすく、民間の株式会社となれば株主のために営利を追求するのが任務なわけですね。

しかしその他、無形の活動や人の価値なんかも、結構お金に換算してみたりされています。
そういう意味で、過日の「1000円公演」への不賛同も多かったのではないかと思ったりしています。

この日の訪問とは全く関係ありませんが、すべての活動の価値は金額にして測れるとすれば、自分の価値ってどんなもんなんだろうかと思い知らされますね。

さてさて、国会も大変で、増税へ向かってまっしぐら、結局この10年20年、有効な経済政策は打ててないというか、結果全部ダメ。これは、という策も殆ど無かったように思います。

小泉さんのころ、まずは日本の基幹になる企業をエコ贔屓して、世界的な競争力を保って元気になって貰って、そこから国全体を潤そう的な、政策がありました。

それである程度「勝ち組」「負け組」が出来ちゃったのは仕方ないとしても、買ったほうがお金を使わずに「内部留保」しちゃ仕方ないです。

結局、お金持ちは溜めこむからお金持ちなんです。
企業もおじいちゃんおばあちゃんも、収入は多いけど暇の無い人たちも、そもそも小さな暮らしに慣れている人も、結局お金は貯めても、天下に回してくれないんですね。

だったらむしろ、今の借金を、個人も企業も全部チャラにしてあげればいいんですけどね。
今たくさん借りている人ほど、たくさん使ってくれる方法を知っている訳ですから。

そこに税金注入したら、間違いなくよくお金が回ります(笑)


それにしても病院でっかいなあ~。誰のお金で儲かるんだろね・・。




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これはとあるパーティーで拝見したエアリアル。
最近、いろいろなところでよく行われているパフォーマンスです。
いちばん迫力があったのは、ロンドンのNT前の屋外で、クレーン宙づりでやっていたものですかね、風も吹くし、いろんな意味で緊張感ありました。

このパーティーの時は、ふつうにホステスをやっていた人が急にこのパフォーマンスに入りました。

中東の企業が主催されていたのですけれども、とてもお金のかかっているパーティーでした。
そこまでするか、と言う感じでしたが、しかしこういうときにケチって、接待される側の想定内のことをしたのでは、すべて捨て金になってしまいます。

目的は、ゲストの心を動かすこと。それに達さない中途半端な接待では、意味が無いんですね。
接待や宣伝は、ケチったら逆効果です。

ちなみに、モエ・シャンドンはじめ、お酒はなんでもあって、すべて飲み放題でした。
もともと招待されているのが間違いな僕でしたが、おおいに心動かされました。
前菜に出てきたホタルイカをみて思いました。

小学生のとき、富山県魚津市に交換留学したことがあります。ホタルイカの特産地です。

その後、都市間の交流は続いたと思いますが、個人的には関係を持つ必要もなく思春期を経て、成人就職、収監…はされてませんが、壮年、二度目の成人、三度目の正直、などなどあった今でもなんと、まだその時お世話になった皆さんとつながっています。

何故って考えると、日本の本来の風習は、人との縁を切らないように工夫されているんですね。
年賀状もそれの一例でしょうね。
そのほかにも、お祭りとか、特に地方で受け継がれている行事には、そういう性質があるのだと思います。

そこにコミュニティーを維持する先人の知恵が内蔵されているんだと思います。

どんなに情報化社会になっても、それを使う側がドライになってしまっては、人や文化の交流は薄まっていくだけなんでしょう。