株式会社テクノコーポレーション -8ページ目

女心を理解できないと

テクノコーポレーションの新國浩之です。今日も相変わらず青空です。


来月から定期的に商用でロサンゼルスに通うので、英会話を習っています。


なかなか思うように話せないし、聞き取るのが何倍も難しい。。


Rの発音がなかなか上手に出来ない・・・。


でもなんとかしてみましょう。なせばなるです。



ここ数日、ある大学の公開セミナーを受講してきました。


むかし経営学を学んだ身ではありますが、実例を織り込んだ講義は面白かった。


大学の講義とは違って、さまざまな年齢、職業の方々が、まさにさまざまな質問を講師に投げかけます。


講師の先生もタジタジでしたね。少々気の毒に思いました。とくに主婦の方の質問内容はするどい。


でも、主婦の目線=消費者目線なんだろうなあと感じました。


消費者マインドというのは、主婦マインド・女子学生マインドが牽引しているのかもしれません。


女性目線でモノを観ることの出来る人が、成功できる資質を持っているのかもしれませんよね。


女性がよく口にする、「カワイイー」の意味はその都度変化します。


群れで集まるカラスは、カワイくないんです。一羽だけ川辺にポツンとしていれば「カワイイ」んです。


「そこに一厘の花が咲いていた」ではなく、「一人でいる花」なんでしょうね。ムズカシイ・・・。






C&Cのカレーライスはハングリー精神の象徴

テクノコーポレーションの新國浩之です。もう年が明けて二週間が経とうとしてます。早いなあ。


さいきんまた、C&Cのカレーをちょくちょく食べるようになりました。


かれこれ30年くらい前から食べていますが、このところ食べていませんでした。


むかしよくいった、JR吉祥寺駅井の頭線改札下の店はとっくに閉店してますし、


新宿の伊勢丹並びにあった店も数年前に閉店。


だから京王線府中駅ちかくのC&Cで、たまーに食べる程度になってしまったんですよね。


最近はJR立川駅ちかくのC&Cで食べています。


昔ながらのポークカレーは、煮込んで煮込んで作ったのでしょう、コクがあってまろやか。


スパイスの配合も、私好みの香りです。


そこにコロッケを1個トッピングします。特筆すべきは、らっきょうが食べ放題。


私は酢の物が大好きなので、らっきょうも大好きです。一気に3,40個食べます。


なので、カレーライスというより「らっきょうごはんカレーづけ」って感じです。


やっぱり、ポーク辛口にコロッケは「貧乏だった苦労の時代を忘れないための男の食い物」ってイメージです。



そもそも、苦労してきた人って、そうそう多くないんです。勘違いしてる人がじつに多い。


人は、好きなことや自分に向いていること、趣味やパフォーマンスなら何時間でも何日間も連続でできます。好きな仕事ばかりを一生懸命バリバリできるのはアタリマエです。


好きではないこと、苦手なこと、目立たないことを、何時間も何日間も連続でやるのが、「苦労」なのです。修行といってもいいでしょう。それができて初めて、他人は評価してくれるのです。大人は大人の目でちゃんと見ています。苦労知らずの人は、自然と周囲から嫌われ、孤立してしまいます。


ですから、嫌なことをやらずに知らん振りしてきた人は、壁にぶつかると越えられません。しまいには開き直って、「どうして最初に言ってくれなかったんだ」とか、人のせいにする向きもあるようです。最低なケースは、「どうせ俺なんか今更頑張ったって無駄だよ」なんて言う人。何のために生きているのでしょう?


「苦労知らず」に生きてきた人は、それまでの「勘違い」に気付き、修正をしなくてはいけません。修正するのは非常に勇気がいります。「苦労知らず」の人は、ほぼ「臆病」です。「臆病」を克服しなければ「苦労知らず」も克服することは出来ません。


それらの「好きではないこと」「嫌いなこと」を率先して実行していくのが、経営者の大事な仕事なのですが。


C&Cのカレーを食べると、昔のハングリーだったころの自分が蘇りますね。


下品で、野蛮で、粗暴だったけど、目標を一点に見つめて進んでいたころの自分を。









矢沢永吉氏の紅白出場を観て

明けましておめでとうございます。


本年も、わたくし新國浩之共々株式会社テクノコーポレーションを宜しくお願い申し上げます。


昨日放映された紅白歌合戦、矢沢永吉氏が歌いましたね。


やっぱりかっこいいですよねー。


バックバンドも、レギュラーメンバーを投入、完璧でしたね。


しかし、矢沢ファンはNHKホールに何人いたのでしょう・・・。


きっとノリが足りないまま、最後まで歌いきったのだと思います。


でも、そこはプロフェッショナル。いつもと同じ仕上がりだったと思います。


初めて矢沢永吉氏を観た人は、まさか63歳だとは思えなかったでしょうね。


すごいパワーですよねー。


今年は私も新たな分野へのチャレンジが待っております。


以前、クライアントの80歳の開業医の方とのお話です。


「新國さん、また新たに何かチャレンジしないのか?」


私「いやー、もう50ですから、厳しいですよー」


「おい、何言ってんだ!俺は51で何億も借金して開業したんだぞ、そんなこと言っちゃダメだろう!」


私「ああ・・・うう・・・。」返す言葉がありませんでした。


あの日から、私に何か起業家としての「エンジン」にスイッチが入ったんですよね。


スイッチを入れてくれた先生には、本当に感謝です。


そんな感じで、この新たな年をスタートさせました。

ユーミンの実家の前を通って気付きました。

テクノコーポレーションの新國浩之です。いまは、東京の八王子といったら「ファンキーモンキーベイビーズ」がかなり有名ですよね。

前回ブログに書いた、ユーミンの八王子の実家の「荒井呉服店」の前を、今日通りました。

「きもののデパート荒井」か「呉服のデパート荒井」の看板は外されておりました。スミマセン。

なんか、少しモダンな雰囲気の店構えに改装されておりました。

今日気づいたことはもうひとつあって、あの道路は国道20号線甲州街道と、国道16号線東京環状線がダブっているところなんですねー。『哀しみのルート16』って曲も、国道16号線が舞台ですよね。

もう何百回と通っているのに、今日気づきました。

よく見ると、通りの風景もずいぶんと変わりました。

国道16号線を福生方面に向かい、浅川の橋を渡って右手の山の上に、北島三郎さんの豪邸があるんです。

いまもお住まいなのかどうか分かりませんが、やる気を出したいとき、よく見に行きました。

それこそ、屋敷の前までクルマで行って、屋敷を眺めながら「よーし!俺もやるぞ!」と自らを鼓舞させて帰ってきたものでした。10回くらい行ったかなぁ。

北島サブちゃんといったら、一人函館から上京し、ギター一本であの地位まで上り詰めた偉人です。

そんな人のパワーをもらいに行ってたんですねー。ファンというわけではなく、ただ偉人として受け止めておりました。

その当時は東村山市に私は住んでおりましたので、片道一時間以上かけて、そんなことをしに行ってたのです。

もちろん、北島三郎さんは知る由もありませんが。逆の立場だったら、少々迷惑な話かも。

アントレプレナー(起業家)は、自分自身を鼓舞させる方法をいくつか持っていたほうがいいと思います。

「日本の恋と、ユーミンと。」を買いました。

テクノコーポレーションの新國浩之です。年々寒さに弱くなっているような。


「日本の恋とユーミンと。」のタイトルの、松任谷由美40周年記念ベストアルバム買いました。


むかし、LPやシングルで買ったものもどこかいってしまって、本当に久しぶりに聴いたのも入ってました。


私が中学生のときデビューして以来40年、ずっとトップを走り続けるユーミンは尊敬に値しますね。


思い出せば、クルマの運転免許をとってすぐ走った国道20号線甲州街道、環状8号線、第3京浜、横浜新道、国道134号線、ずっとユーミンと矢沢永吉でした。


一年中サーフィンをやっていた当時、国道134号線の湘南あたりで、いつもラーメン屋で朝飯を食べていましたが、どの店に入っても、だいたいユーミンかサザンが流れているんですよね。


私は東京で初めて住んだのが、京王井の頭線の三鷹台駅の近くでした。その駅の前に見えたのが、ユーミンの通っていた「立教女学院」だったんですよね。中学高校を私立の学校、大学は多摩美大ですから、筋金入りのお嬢様だったのでしょう。


八王子の実家、「荒井呉服店」という老舗の呉服商のお嬢様だったんですよね。「きもののデパート荒井」という看板が、けっこう目立ってました。国道16号線沿いです。斜向かいの「吉野家」よくいきました。


ずっと以前、ラジオでユーミンが話してました。「高校生まで、八王子と吉祥寺と三鷹台しか知らなかった。八王子って東京なの?って言われるのが口惜しかった」


八王子って、南側が神奈川県相模原市なんですよね。都心からはかなり離れてますが、歴史ある町なんです。江戸時代から養蚕や絹織物で栄えた町なので、老舗の呉服商も多かったんです。


「中央フリーウェイ」は60代の方も口ずさめるくらい大ヒットした名曲ですが、いまの旦那さんに八王子の実家まで、いつも中央道で送ってもらっていたとき出来た曲なんだそうです。


いつも八王子インターで降りるのに、その日に限って一つ手前の国立府中インターで降りたので、ユーミンは「どうしたんだろう?」と思って黙って彼(松任谷正隆氏)を見ても、彼はずっと黙ったまま。しばらく走って高幡不動あたりまで来たとき、「結婚しない?」といきなりのプロポーズ。


どうして私はそんなこと知ってるんでしょう?そうです、大ファンだからです。矢沢永吉とユーミンは今でもずっと聴いています。普通ならわざわざ横浜の「ドルフィン」まで行ったりしませんよね。たまーにドルフィン店内でかかります。「海を見ていた午後」が前ぶれも無く。