「日本の恋と、ユーミンと。」を買いました。 | 株式会社テクノコーポレーション

「日本の恋と、ユーミンと。」を買いました。

テクノコーポレーションの新國浩之です。年々寒さに弱くなっているような。


「日本の恋とユーミンと。」のタイトルの、松任谷由美40周年記念ベストアルバム買いました。


むかし、LPやシングルで買ったものもどこかいってしまって、本当に久しぶりに聴いたのも入ってました。


私が中学生のときデビューして以来40年、ずっとトップを走り続けるユーミンは尊敬に値しますね。


思い出せば、クルマの運転免許をとってすぐ走った国道20号線甲州街道、環状8号線、第3京浜、横浜新道、国道134号線、ずっとユーミンと矢沢永吉でした。


一年中サーフィンをやっていた当時、国道134号線の湘南あたりで、いつもラーメン屋で朝飯を食べていましたが、どの店に入っても、だいたいユーミンかサザンが流れているんですよね。


私は東京で初めて住んだのが、京王井の頭線の三鷹台駅の近くでした。その駅の前に見えたのが、ユーミンの通っていた「立教女学院」だったんですよね。中学高校を私立の学校、大学は多摩美大ですから、筋金入りのお嬢様だったのでしょう。


八王子の実家、「荒井呉服店」という老舗の呉服商のお嬢様だったんですよね。「きもののデパート荒井」という看板が、けっこう目立ってました。国道16号線沿いです。斜向かいの「吉野家」よくいきました。


ずっと以前、ラジオでユーミンが話してました。「高校生まで、八王子と吉祥寺と三鷹台しか知らなかった。八王子って東京なの?って言われるのが口惜しかった」


八王子って、南側が神奈川県相模原市なんですよね。都心からはかなり離れてますが、歴史ある町なんです。江戸時代から養蚕や絹織物で栄えた町なので、老舗の呉服商も多かったんです。


「中央フリーウェイ」は60代の方も口ずさめるくらい大ヒットした名曲ですが、いまの旦那さんに八王子の実家まで、いつも中央道で送ってもらっていたとき出来た曲なんだそうです。


いつも八王子インターで降りるのに、その日に限って一つ手前の国立府中インターで降りたので、ユーミンは「どうしたんだろう?」と思って黙って彼(松任谷正隆氏)を見ても、彼はずっと黙ったまま。しばらく走って高幡不動あたりまで来たとき、「結婚しない?」といきなりのプロポーズ。


どうして私はそんなこと知ってるんでしょう?そうです、大ファンだからです。矢沢永吉とユーミンは今でもずっと聴いています。普通ならわざわざ横浜の「ドルフィン」まで行ったりしませんよね。たまーにドルフィン店内でかかります。「海を見ていた午後」が前ぶれも無く。