迫撃砲(mortar)は、簡易な構造からなる火砲で、高い射角をとることから砲弾は大きく湾曲した曲射弾道を描く。
少人数で運用でき操作も比較的簡便なため、砲兵ではなく歩兵の装備であることが一般的で、最前線の戦闘部隊にとっては数少ない間接照準による直協支援火器の一つである。
射程を犠牲にして砲口初速を低く抑えているため、各部の必要強度を抑えられ、全体を小型化かつ軽量化できる。また、射撃時の反動は地面に吸収させる方式によるため駐退機や復座機といった反動制御機構を省略し、機構を簡素化することができる。
多くは砲口装填式(前装式)のため閉鎖機も不要であり、同口径の榴弾砲と比べ極めて軽量・コンパクトである。
小中口径迫撃砲は分解して担いででも携行でき、120mmクラスの重迫撃砲も小型車輌で牽引できるなど可搬性に優れる。
低い命中精度や短い射程といった短所もあるが、軽量で、大きな破壊力をもち、速射性に優れ、安価で生産性に優れるなど、多くの長所を有している。
そのため、かつて師団砲兵の標準的な装備の一つであった105-122mmクラスの榴弾砲が近年では120mm迫撃砲に更新されつつあり、このことも本砲の有用性を示している。
迫撃砲を中心に、その他の迫撃砲、他の火砲との比較、更に古代の曲射弾道兵器から迫撃砲に至る発展の歴史などについても紹介する。
81mmクラスの中口径迫撃砲は各部に分解して数名の兵員で運搬でき、また、120mmクラスの重迫撃砲では支持架(砲架)の構造がやや複雑になり被牽引用のトレーラーが加わることも多いが、基本構造は同一である。
迫撃砲の主な口径は、60mm・81mm・82mm・107mm・120mmであり、各階梯に応じた口径のものが配備されている。
現代でも実戦配備されている最大口径のものはロシアの240mm重迫撃砲2B8で、同国の自走迫撃砲である2S4チュリパンにも同砲が搭載されている。
また、フィンランドやイスラエルには160mm重迫撃砲が存在する。
他の火砲と比べて短い筒状の「砲身(barrelまたはcannon)」、二脚によって砲身を支える「支持架(bipodまたはmount)」、砲尾に接合された「底盤(base plate)」の、主に3つのコンポーネントで構成される。
砲口初速を低く抑えた上で、射撃時の反動を地面に吸収させるという点が、他の火砲と異なる最も重要な特徴であり、大きな仰角をとって射撃するのはこのためである。
通常の火砲は、抵抗をかけながら砲身を後座(スライド)させることで発射時の反動を緩衝する「駐退機」、後座させた砲身を元の位置へ戻す「復座機」、砲の俯仰を円滑にするため砲身のバランスをとる「平衡機」、装薬の燃焼ガスが薬室から漏出するのを防ぐ「閉鎖機」、及びこれらの機構と砲身を含めた大きな重量を支持するための堅牢な「揺架」・「砲架」などが必要である。
迫撃砲は、反動吸収方式によって駐退復座機を省略または簡素化できるため、同口径の榴弾砲と比べ極めて軽量かつコンパクトに収まる。
加えて、低い初速は各部の強度を抑えることを可能にし、それだけ砲身の肉厚を薄くするなど、軽量・小型化に寄与する。
砲身が軽く俯仰の仕組みもシンプルなため、平衡機も不要である。
また、後装式の火砲は装薬の爆発で生じる高圧の燃焼ガスを密閉するため砲尾に耐圧気密構造の閉鎖機構を設けるが、弾薬を装填するためには容易に開閉できねばならず、これらを相反する機能を両立させる必要がある。
このため、閉鎖機の製作には高い工作精度を要求されるが、砲口装填式(前装式)の迫撃砲は閉鎖機が不要で短期間かつ安価に製造できる。
砲弾を砲身内へ滑り落とすだけの落発式によるため速射能力も高く、迫撃砲はこれらの優れた着想を組み合わせた画期的な火砲である。
迫撃砲の砲弾は弾体と発射薬が一体化されたカートリッジ方式であり、榴弾砲に見られるような砲弾と薬嚢(装薬を包んだ袋)が別になった分離装填方式をとらない。
ただし、射程の延伸を図るため、発射薬筒に増加発射薬を1から複数個取り付けるモジュール方式を採ることが一般的で、その数によって射距離を調節できる。
増加発射薬はリング状のものを弾体後部に取り付けるか、袋状のものを安定翼の間に挟むことで装着する。増加発射薬なしでも射撃は可能である。
発射薬筒には多数の小孔が設けられており、そこから噴出した燃焼ガスが増加発射薬を点火する。
また、ライフリングされた砲の場合は安定翼が不要なため、その部分に増加発射薬を取り付けることもある。
有翼弾の場合は砲外弾道を安定させるために、安定翼の加工・組立精度に加えて、弾体の鋳造精度が重要となる。
迫撃砲に用いられる主な砲弾は榴弾・発煙弾・照明弾であり、派生型として対人用の破片榴弾や焼夷弾も用意されている。
概ね榴弾砲と同じ弾種が揃っており、兵員や非装甲車輌などのソフト・ターゲットを目標とする。
また、近年では、ストリックス迫撃砲弾や対装甲破片榴弾(PRAB)などの対装甲弾も開発・配備されている。
構造がシンプルで操作も簡便であることから高度な砲兵教育を要さず、一般の歩兵が比較的短期間の訓練で扱える。
また、同口径の榴弾砲と比して極めて軽量のため可搬性に優れ、迅速な展開と陣地転換が行え機動的に運用できる。
運用に要する兵員数も少ない。
口径60mmや81mmクラスのものは分解して数名の兵員で運搬できるため、中隊レベルなど最前線の歩兵部隊が運用できる数少ない火力支援兵器の一つであり、自衛隊をはじめ、現代の軍隊でも多用されている。
迫撃砲の主要な役割の一つが制圧射撃であり、たとえ直撃できなくとも目標を退避させ、戦闘行動が抑制される状態にあれば制圧目的を達したことになる。そもそも迫撃砲は対戦車砲のようなピンポイントの精密射撃ではなく面制圧を目的とした砲であり、当然、移動目標に対する攻撃は不向きである。
また、近年では、XM395(CEPはGPS/INS誘導で118m、レーザー誘導で2m以下)などの誘導砲弾が開発されており、非常に精密な射撃が可能である。
また、スウェーデンのSTRIXは赤外線映像による目標識別能力をもち、移動目標であっても自己誘導で命中する高い精度を持つ。
ただしこの場合、砲弾のコストは増大する。
迫撃砲の英語である"mortar"(モーター)は、乳鉢や擂鉢(すりばち)など臼状のものを意味する仏語の"mortier"から派生しており、臼砲を指すのはそのため。建築材料のモルタルもスペル・発音ともに同じで、「練って混ぜる」ことからラテン語の"mortarium"(乳鉢の意)に由来しており語源は同じである。
臼砲は一時期廃れていたが、日露戦争から第一次世界大戦にかけて塹壕戦や要塞戦が本格化すると、射程は短くとも威力の大きな臼砲の需要が増し、再び多数の臼砲が作られた。
この中には従来とは逆に軽量・小型化を追求した砲もあり、ここから発展したものが現代の迫撃砲である。
以上のように、歴史上の経緯から"mortar"という単語は臼砲・迫撃砲の両方を指す。
ただし、現代では単に"mortar"と称した場合は本稿の主題である近現代型の迫撃砲を指す。
また、臼砲と明確に区別するため、"infantry mortar"あるいは"modern mortar"と表記することもある。
日本語の「迫撃砲」という用語は、日露戦争において現地部隊で急造された即製の擲弾発射機を「敵に迫って撃つ」という意で迫撃砲と命名したのが嚆矢である。
後に、この迫撃砲という名称が公文書で使用されたことから、英語で"mortar"と一括りにされる曲射弾道兵器が日本では臼砲と迫撃砲に分けられた。
更に大正期に入って迫撃砲は砲兵科の管轄であるとされたことから、歩兵科が運用する迫撃砲は「曲射歩兵砲」と称することとなり、分類上の複雑化を招いている。
なお、日本陸軍の八九式重擲弾筒は構造・用法から軽迫撃砲に分類してもよい兵器だが、英語では"grenade discharger"(擲弾発射機)として紹介されることが多い。