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君が好き

アイドルの話でもしようず。

 

 

年内最後のブログで、上記のようなツイートをされているコジMAXさんが見たら怒られそうで怖いのですが、なんだかんだで今年一番大きい出来事は、Re:fiveとSunnyHoneyのプロレスだったと思う。
昨年の10月に紫谷氏のRe:five運営からの離脱が発表され、Re:fiveトップの武部氏も「新しくやりたいことがあるならやった方がいい」とそれを見送った。
その結果としていえることは、間違いなく熊本のアイドル界は活性化した。
アイドル雑誌『スクランブルエッグ』スタッフのKEN爺さんは今年の8月11日のLIKE!を見て「熊本は、県としての存在感の割にはご当地アイドルが少ないイメージがあったけど、今や福岡と遜色ないレベル」とおっしゃたほどだ。
この功績にはもちろんRe:fiveとSunnyHoney以外の熊本のアイドルの貢献も大きいが、紫谷氏がRe:five運営から独立し新しいアイドルを立ち上げた影響が最も強いのではないかと思う。

当初、紫谷氏がRe:five運営から離脱すると聞いた時、ぼくが真っ先に浮かんだのは十年以上前の福岡のアイドルシーンの覇権争いだった。
2010年8月、オフィスHRの奥貫社長が福岡初の劇場型アイドルグループ「HR」を立ち上げた。満員御礼だった8月14日の箱崎での初日公演、初遠征になった8月22日の東京上野での「痛SONIC2010」と滑り出しは好調。そのHRには上原あさみさんと劇場支配人にJJ小野氏がいた。
しかし、2011年に事態は急変する。2010年12月に上原あさみさんはHRを脱退、2011年1月にJJ小野氏と新アイドルグループ「LinQ」を立ち上げることが発表されたのだ。
HRの誕生を受け、福岡では老舗アクティブハカタのDVL、エレガントプロモーションのQunQun、ノーメイクの青春女子学園と地場の芸能事務所からのご当地アイドルの注目も高まっていた。2011年10月には会いに行けるアイドルの元祖であるAKSのHKT48の福岡での劇場開設も発表される。
そんないろいろな動きが盛んに話題になった時代だが、このHRのメンバーとスタッフの新グループ立ち上げのニュースは福岡のアイドルファンを二分させた。
ここまでの事は熊本では起こっていないが、たとえるとするならば、紫谷氏と柊わかばさんが別グループを立ち上げると発表したようなものである。もしそんなことがあれば、Re:fiveに大きな動揺が走るのは想像できるだろう。それをやったのである。
その動揺の中、上原あさみさんが出演するCMが作られローカル枠ながらテレビでバンバン流れたが、HRもその間にメンバーを集め三期生まで進み、毎週箱崎でライブをやっていた。
それからもうすぐ14年である。
現在のRe:fiveとSunnyHoneyのように共存共栄して発展していければよかったが、残念ながらそうはいかなかった。
LinQのほうは2013年に福岡市民会館でワンマンライブを開催し、同年メジャーレーベルからのメジャーデビュー。そして全国あまちゃんマップで福岡県担当になったことで、HRとの覇権争いの決着をつけた。名実ともに福岡を代表するご当地アイドルになったのはHRではなく後発のLinQだったのだ。その勢いはとどまらず、2013年11月には全国ツアーを成功させ、その勢いのまま現在も活動が継続している。日本ご当地アイドル活性協会の選ぶ「ご当地アイドル四天王」にも選ばれている。
対するHRは、LinQから遅れること二年後の2015年にメジャーレーベルからのメジャーデビューを果たしたものの、2016年に箱崎の専用劇場を閉鎖、その後もHRのブランド力で活動を続けていたものの2018年に活動停止している。

どうしてこんな結果になったのだろうか?
個人的には以下の要因が大きかったのではないかと考えている。

1.オリジナル曲の強さ
LinQが登場して、福岡どころか九州のアイドルシーンが大きく変わったのは、オリジナル曲の重要性である。
いわゆる地下アイドルと呼ばれるアンダーグラウンドなアイドルを楽しむコアなヲタクにとっては、ライブが楽しいか楽しくないかがいちばんのポイントで、楽曲がオリジナルかカバーかはそう大きな問題ではない。
ただし、一般的なアイドルファンというのはそもそも入口として、ハロプロのこの曲が好きだから、ももクロのこの曲が好きだから、AKBのこの曲が好きだからと、アイドルグループのオリジナル曲をきっかけにアイドルを好きになることが多く、アイドルブームが花開いていたこの時代はそんなライトなファンがコアなヲタクに変わっていく時期だったのだ。
HRは初めの頃はオールカバー曲の公演でスタートし、少しずつオリジナル曲が増え、2012年にようやくすべての公演曲がオリジナル曲に変わった。
ただ、LinQは2011年4月のお披露目イベントから全曲オリジナル曲だった。
当初、コアな福岡のヲタクからは、LinQの公演が全曲オリジナルだと聞いて「知らない曲を一時間もぶっ続けで見れるものなのか?」と疑問の声があがっていたが、知らない曲でも一回聴けば知ってる曲になるわけで、むしろオリジナル曲をやることがここでしか見られないものを見せてくれているという付加価値につながり、LinQの人気を高めていった。
逆に不運だったのはHRで、2011年10月にHKT48が福岡にやってきたときも、まだAKB48のカバーを歌っていたことから、バッタ物のような扱いを受け、結果的に福岡のヲタクの数を増やしたHKT48誕生の相乗効果にうまく乗れなかった。HKT48の誕生でこれまでアイドル現場に行ったこともないような人がアイドル現場に通うようになり、地元のアイドルを見てみようと興味を持ったときに選ばれるのは、AKB48のものまねをしているHRよりもオリジナルで勝負をしているLinQだったのだ。

2.天神と箱崎の差
LinQが定期公演を行っていたのは福岡の中心天神のど真ん中、市役所そばのベストホールだった。
対してHRは東区の箱崎ボックスシアターだった。
当時ぼくはLinQよりもHRをよく見に行っていたのだが、それは自家用車ならばボックスタウンのほうが駐車場が無料で行きやすかったことも大きい。
ただし、公共交通機関を使うなら圧倒的に箱崎よりも天神のほうが行きやすいわけで、特に土地勘のない遠征民にはJRの駅からも地下鉄の駅からもそこそこの距離を歩かなければならず、バスに乗るのは間違ったら全然違うところに連れていかれる箱崎よりも、空港や博多駅から簡単に行ける天神のほうがアクセスが良かった。
そして実際、日曜日のベストホールのロビーには預けられた旅行用のカートが並ぶほど、LinQは遠征民が多かった。西鉄旅行がLinQの通常公演を見る東京・大阪発のツアーを用意していたほどだった。
遠征民が多かった理由は、いまでも九州のアイドル現場では見られる500円の生写真交流のコスパの良さが本州のアイドルファンの心を打ったからだ。
今年スズキの鈴木修会長が亡くなられたが、スズキも47万円のアルトのコスパの良さで名を上げたように、コスパの良さは消費者への訴求効果は高い。
当時はHRもLinQも通常公演でチェキ物販というものはなかった。チェキというのはリリースイベントなど特別な時にのみ実施されるもので、普段は500円でコインを買い、そのコインを好きなメンバーに持っていけばメンバーは写真を渡して、砂時計をひっくり返し、その砂時計の砂が落ちるまで交流できるという仕組みだった。
この仕組みをHRがはじめて、同じようにLinQもやっていたのだが、LinQのおかげで全国的に知られた。
そしてそれを体験しようと遠征するには箱崎よりも天神が行きやすかったのだ。

3.アメーバ経営的意識の高さ
HRはもともと「福岡にアイドル文化を根付かせる」という理念があり、奥貫社長自身が「場の空気を作ってくれる立見席のお客さんを大事にしたい」と言われていたほど、現場の楽しさを追及しているグループだったと思う。
対してLinQは「アイドルをビジネスとして成り立たせる」という理念の強かったグループの印象がある。
そのため、HRではスタッフや運営が行うオンラインショップの運営や衣装のデザインなどを、LinQは「外注するぐらいならメンバーにそのお金を支払おう」とメンバーがやっていた。
2011年といえば、2010年に経営破綻したJALの再建が始まった頃である。JALの再建のキャッチフレーズは「一人ひとりがJAL--人財力」だったが、そこで用いられた手法が、当時JALの会長に就任していた京セラの稲盛和夫氏のアメーバ経営である。
これは会社の組織をアメーバのように分裂させ、その分裂した小さな組織ひとつずつが独立採算制で、一人ひとりが経営者感覚を持って会社で働き、「正しい考え方(フィロソフィ)」を共有しようというもので、これでJALは2016年には営業利益2091億円を計上し上場復活するほどのV字回復を果たした。
LinQは、他のアイドルのようにメンバーに歌って踊るレッスンだけではなく、ビジネスの場にもメンバーを参入させることにより、その「正しい考え方」の共有がうまくできたように感じる。
もともとJALの再建を意識したのかどうかはわからず、テレビなどで見た感想としてはメンバーへの経済的支援の側面でそのような裏方仕事をメンバーにさせていたのだろうが、後年JJ小野氏がLinQのメンバーを「アイドルが売れるか売れないかは楽屋の態度ですぐわかる。うちのメンバーは挨拶ひとつでも正しいことがちゃんとできる子ばかり」と言っていた通り、結果的にビジネスでグループの経済的な面や顧客ニーズをメンバーがスタッフとして受け止めたことで、正しい意識の共有ができていたんだとぼくは感じている。その結果としてJJ小野氏は「自発的にファンの方がどうすれば喜んでくれるかもメンバーが考えられるのがうちの強み」とも言われていた。

4.誰に向けて発信しているかの感度
HRは最初の公演名が「ようきんしゃったね公演」。初の全国発売シングルの曲名が「バリカタ」でCWは「めんたいLock!」だった。
身もふたもない言い方をするならば、東京の人が考える博多のステレオタイプだ。デビュー直後にHRが東京のテレビに出演したときに「東京の人にはわからないような博多弁を話して、司会者に拾わせてほしい」という要望をテレビのディレクターから受けたらしい。その経験から、福岡県外のメンバーにも博多弁を教えるほどのこてこての博多弁のグループになっていた。
ただ、これは大きな失敗だったと思う。

メンバーが博多弁を強調するというその努力が福岡のアイドル文化を支えているファンに向けられたものではなく、博多弁のほうがメディアに取り上げられやすいからというメディアに向けられたものだったからだ。
LinQの「ハジメマシテ」では西鉄バスという単語がサビで印象的に使われている。「なう」も最初は「西鉄電車に揺られてるなう」だった。
西鉄ライオンズがなくなって、西鉄というのは全国区では忘れられた存在だったが、福岡の人にとっては日常的な足であり、福岡の人には響くワードだったのだ。また、福岡の人は標準語のつもりで博多弁を話しているつもりなので、他のアイドルのような歌詞に方言を入れることもLinQはしなかった。
つまり、HRは東京のメディアに向けて、LinQは福岡の人に向けて発信しているのを、ヲタクは敏感に感じてしまったのである。
なお、LinQはJJ小野氏が運営から身を引いた2014年に「ウェッサイ! ガッサイ!」というこてこての方言ソングを出すが、あれは東京のプロデューサーが東京の視点で作ったものだから、その時点で福岡のヲタクはあきらめていたように思う。

5.日常のアイドルライブか非日常のコンサートか
HRは日常的にアイドルに会いに行ける文化を作るために、AKB48のフォーマットを模倣しているところが多い。たとえば、アンコールにTシャツにデニムのハーフパンツというビジュアルまでコピーしていた。
日常なのでいつものように集まっていつものように楽しめるように、AKB48の劇場公演の狙いと同じようにセットリストはアンコールまで固定、当時はいつもいるヲタクを「おまいつ(おまえいつもいるなの略)」と呼ぶような言葉もあったが、常連さんがいつものように盛り上がれるステージが作られていた。
対して、LinQはコンサートのようだった。開演前の会場に入ると、会場には洋楽のヒットソングがBGMで流れている。80年代ごろのヒット曲が多かったが、センスが良くて、いまでもはっきり覚えているのは2012年のドナ・サマーが亡くなった時には、ドナ・サマーが流れていた記憶もある。
そして客電が落ち影アナが流れ、その後TRICK8fの「恋をして」という曲がBGMよりも大きい音量で流れた。

ここでフロアは沈黙する。その演出がよく考えられていた。
このTRICK8fの大音量が、フロアに座っているファンを、それまでの日常から非日常へと切り替えさせてくれいたのである。そこからはメンバーの「わたしたちLinQが笑顔の懸け橋になれますように」の言葉からSEが始まり、ステージが開始。もうSEと同時にステージに映される、天神の街をジャックしたかのようなLinQの映像を見ているときには、気持ちは完全に非日常であった。そして、非日常だからセットリストはそのときまでわからない。
おまいつが楽しめるようにアンコールの曲は固定してあったが、そのアンコールの曲は一曲目がタオル曲、二曲目がペンライト曲とさすがアイドルをビジネスにしたLinQらしいグッズ展開も見事だった。ちなみにこのLinQの劇場は前方は椅子席があったが、アンコールの時のみ、椅子席も総立ちになっていた。
結果としては、ヲタクは日常の中にアイドルが入り込むアイドルのいる生活よりも、ライブの時だけ非日常感が味わえるほうが楽しかったのだと思う。

てなわけで福岡アイドルの覇権をどちらが握るのかの十年以上前の軍配はLinQに上がったわけだが、紫谷氏がJJ小野氏のような他のアイドルにケンカを売るスタイルではないため、現時点ではRe:fiveとSunnyHoneyは、コジMAXさんがいやがる言い方をするプロレスを行う雰囲気ではなく、共存する方向性で進み、当たり前のように共演しているのが現状である。おそらく、狭い熊本で張り合うよりも、お互いに切磋琢磨しながら熊本を盛り上げ、県外のアイドルファンが熊本に集まるようになるならば、これが正解とぼくも思う。
ただし、Re:fiveと比較してSunnyHoneyが他県への遠征を増やしているところを見ると、いちはやくひめキュンフルーツ缶と共演したLinQのような動きを見せている気がしている。また、HRはお披露目当時のメンバーは14人だが、LinQはお披露目当時で33人いた。ここほどの倍以上の差はないものの、Re:fiveが4人に対し、SunnyHoneyのほうが6人とメンバーが多かったりと、Re:fiveがHRっぽく、SunnyHoneyがLinQっぽいと感じる点も多々ある。
ただ、構造としてはHRとLinQの差のような大きな違いは今のところ感じられない。
オリジナル曲の強さに関しては、現状制作陣が同じためそこまで差は見られないが、MONECCO5の曲が使えるRe:fiveにも、新しいグループなので新曲が増えているSunnyHoneyのどちらにもアドバンテージがあるように感じる。個人的には来年にはRe:fiveにも新曲が欲しい気はしている。また、どちらのグループもカバー曲は抵抗なくステージで披露している。LinQは共演したアイドルの曲以外はほとんどカバー曲はやらなかった(2016年ごろになぜかMONGOL800のカバーをしていた)が、HRは周年などの節目の時に2013年ごろまでほぼほぼカバー曲のライブをやっていた。2013年頃に大分のアイドルぶれいずが大阪遠征したときに「九州のグループはオリジナルばかりだけどこっちはカバー曲をやってくれて沸けた」なんて話していたこともあったが、カバー曲はカバー曲なりに魅力がある。そこはそれでうまく生かせばいいのではとはぼくは思う。
会場に関しては、共演が多く、Re:fiveとSunnyHoneyでそこまで差がない。それと福岡よりもマイカー率が高いため、いまのところ自家用車で行くヲタクが多い。これに関しては辛島公園など都心でライブをしているPOTIONがもしかしたら強いのかもしれない。
アメーバ経営的意識の高さは正直LinQがすごく、Re:fiveとSunnyHoneyではそこまで感じられない。ただ、誰に向けて発信しているかの感度にもかかわってくるが、カメラで写真を撮るファンが多い現状を考えれば、Re:fiveはXで自分の写真を上げてくれるファンに関しては「いいね」を押すぐらいのリアクションは取れた方がいいのではないかなと考えている。もちろんその作業を増やすことによってのメンバーの負担やファンとアイドルのトラブルを考えれば二の足を踏む気持ちもわかるが、熊本の他のグループがやっていてそこまで大きなトラブルの話は聞いたことがないし、虎穴に入らずんば虎子を得ずである。写真を撮りたい、それをSNSで見せたいというニーズがあるならば積極的にそれに応えるのも必要かなと感じている。そのあたりは、SunnyHoneyはメンバーがリプ返までして大変そうだが、アドバンテージがあると思う。ただ、毎月5日にリプ返の日をRe:fiveが今年はじめたのは、リスクを回避しながらもリアクション出来るという点では、よかったと感じている。配信もあるので、ぼくのような撮れないヲタクはRe:fiveの現状で満足だが、写真を撮る人のモチベーションを高めるのはSunnyHoneyのほうが一歩リードしている気がする。
日常のアイドルが非日常のコンサートかに関しては、Re:fiveもSunnyHoneyもほぼほぼ同じ会場、同じイベントを行っているのでそこまで差はない。
ファンも正直に言えばそこそこかぶっていて、写真を撮る人、沸く人、見守る人のスタイルも大きな違いはない。
ただ、常連が場の空気を作って楽しめるようにしていたのがHRで、LinQは非日常だからこそ、いつ来ても新鮮に楽しめるように空気を作っていた。
そこでふと思ったのだが、HRもLinQも入場は抽選順で入場だったが、HRは後方の立見席から埋まっていたのに対し、LinQは前方の椅子席から埋まっていた。Re:fiveも劇場を持っていた頃は、後方から埋まっていたが、最近は、Re:five主催のういたんさいでも、前方から埋まるようになってきている。またHRは初期の頃からコールやミックスが中心だったが、LinQはコールを打つ人もいたけれどそれよりも座った人のフリコピが中心の文化だった。そしてフリコピ文化というのは初見で知らない人が巻き込まれなくてもいいという点では、沸いてるフロアよりも入りやすいのである。そこはLinQがすごかったと思う。いまのところ熊本でフリコピがはやりそうな気配は全くないが、コールやペンライトを振るのではなく、フリコピをはやらせたLinQの仕掛けというのもなにかあるような気がする。

ともかく、常連さんと初見さんの住み分けというのはどこのアイドルでも頭を悩ませるテーマではあるが、SunnyHoneyの物販交流会の初回特典を見れば、SunnyHoneyのほうが新しいグループということもあり積極的に初見さんを集めようとしており、その影響でRe:fiveの主催でも前列から席が埋まるように熊本全体が変わってきているような気はする。

今年も暮れになり、4月の頃のようなプロレスの雰囲気はなく、完全にRe:fiveとSunnyHoneyはうまく共存していく道を選べたなとぼくは感じている。
ただ、今年、かつての福岡の覇権争いに似たことが熊本に起こってた。
お互いに戦う気はなさそうなので、勝者も敗者も生まれないだろうが、それでもこの2グループが十年以上前の福岡のときとはどう違う動きをするのか。
メンバーが増え、グループの色というものがこれからしっかりしてくるであろうSunnyHoney。
これに刺激を受け、更に力を伸ばすRe:five。
それを見守るだけでも来年の熊本は楽しい気がしている。

 

2024年のRe:five、ぼくは心配な幕開けだった。

1月に人気メンバーが卒業し三人になった。また、1月に2グループ、3月に1グループと、本拠地の熊本にライバルとなるかもしれない新しいアイドルグループがデビューするため、熊本のアイドルシーンがレッドオーシャン化し、シーンが疲弊する懸念も抱いていた。

ところがどっこい2024年はすごくいい一年だったと思う。

実際めちゃくちゃRe:fiveに楽しませていただいた。

 

まず外的要因としては、本格的なアイドルグループのPOTIONSunnyHoney、ヲタクの心をつかんで離さないChemLily3グループがデビューしたことで、シーン全体が活性化した。

もともと20235月に新型コロナウイルスが五類に移行され、ライブイベントの盛り上がりも少しずつ戻っていた時期にこの新しいグループの誕生は、熊本のアイドルファンというパイを大きくした。

いまでは考えられないが、2023年頃までは、Re:fiveと熊本Flavorが天海でライブをしても10人程度しかファンが集まらないほどパイが縮小していた時期もあった。もちろん既存のグループの活躍によってそのパイが増えたのもあるだろうが、話題性としても新しいグループが誕生したことでシーン全体が活性化したのは大きかった。熊本のアイドルが増えたことにより、POTIONのデビューイベント、竜北での夏フェス、KCmixfes、宇土シティで開催されたアイドルイベントなど、熊本のアイドルが集まるフェス的なイベントが開催されたことも、この新しくグループが増えたことによるシーンの活性化があったからだと思う。

 

そうやってシーンが活性化した中での今年のRe:fiveの活動も勇気に満ちたものですごくよかった。

2024年、最初にRe:fiveはミクチャの配信で騒がせてくれた。

詳しいことはよくわからないままぼくは参加していたのだが、東京ガールズコレクションが熊本で開催され(たぶん、ラフォーレ原宿小倉店みたいに東京でなくても東京というイベント名らしい)、そのショーのランウェイができる権利を配信で女の子たちが競い合うというイベントがミクチャで開催されていた。

そこに柊わかばさんと東雲ういさんが参加したのだ。

そもそもその東京ガールズコレクションがどんなイベントかよくわかっていなかったので、最初はぼくは「メンバーの配信が増えてラッキー!」ぐらいにしかとらえていなかったのだが、長い時間を割いて配信者などのインフルエンサーと戦う我らRe:fiveのメンバーたちの姿を見ているうちに、応援に熱も入ってきた。はじめは「課金イベントかよ」と覚めた気持ちも正直あったが、熱心な柊さんや東雲さんの姿に心を打たれた。

期間中、柊わかばさんも東雲ういさんも毎日数時間に及ぶ配信をしていた。

その長時間の配信でRe:fiveのようなライブアイドルは、物販交流会でライブのたびにファンと交流をしているので、実は配信者のようなファンとのコミュニケーションの取り方がうまいんだと気づかせてくれた。むしろ配信者よりも顔を付き合わせて交流している経験があるので、配信者のライブ配信よりももっと距離の近さを感じるパーソナルコミュニケーションができていた。ぼくはさすがだなと思った。

これまでのYoutubeなどのライブ映像では、どうしても短い持ち時間のライブのMCしか、現場に足を運ばない人には見てもらうことができず、メンバーのキャラクターや良さを伝えるには物足りなかった。

それが配信で堪能できたのがすごく楽しかった。

東雲さんは特別賞まで受賞して、東京のビジョンに出演することができ、柊さんもぼくのような古いファンでも知らないようなことまで教えてくれた。

柊さん、東雲さんの魅力と、その二人が所属するRefiveのよさを伝えるのに、本当にいい機会だったと思う

 

生誕祭は3月に柊さん、6月に空豆かれんさん、9月に東雲さんを主役に開催された。

高校を卒業するということで天草を離れるラスト天草の柊さんの生誕祭は、これまで柊さんが 天草で育った年表なども紹介しての素敵なイベントだった。

初めて正規メンバーとして迎える空豆かれんさんの生誕祭は、ドレスを着た空豆さんを、初の空豆生誕Tシャツを着たほかのメンバーが脇を固め、空豆さんの急成長を感じさせてくれた。

東雲さんの生誕祭は、他のアイドルと東雲さんとRe:fiveのメンバーがコラボするという趣向で、ゲストのグループのファンでも楽しませる、本当にファンを楽しませたいという東雲さんの気持ちが伝わる生誕祭だった。

 

そして2024年一番のトピックは2月に何の前触れもなくステージに登場した研究生・ひなさんの存在だろう。

2024218日のLIKE!で登場したRe:fiveは四人だった。

初ステージということで、たどたどしく踊るひなさん。

しかし、この日会場にいたRe:fiveのファンは、すぐにそのひなさんが好きになった。

「こんなかわいい子がRe:fiveに入ってくれていいんだろうか」と言っているヲタクもいたが、それほどの存在感がひなさんにはあった。

三月ぐらいからひなさんを目当てRe:fiveに来る人も増えてきたように思う。

そのひなさんは8月に正規メンバーに昇格し、白鳥ひなと苗字もついた。

お人形のようなかわいらしいビジュアル、それでいて物販交流会ではフランクに笑顔で話しかけてくれる親しみやすさで、来年も白鳥ひなさんの飛躍は目が離せないように感じている。

 

飛躍といえば、今年最も飛躍したのは空豆かれんさんだろう。

10カ月という長い研究生期間に耐え、昨年の六月に正規メンバーになった空豆さんは、いまでも周りを引き立てるような姿を見せてくれるが、ひなさんが入るまで一番最後に入ったメンバーということで2023年頃はその控えめな感じが強く、あまり表に出ることはなかった。歌唱力のスキルが高いため、歌割は多いのだけど、次に歌うメンバーの引き立て役のような、たとえて言うならハンバーガーセットのフライドポテトのような、なくてはならない重要な存在なのに、メインではないような印象が強かった。

それが、白鳥さんという後輩が刺激になったためか、今年は大きく飛躍した。とにかくパフォーマンスがすごく目を引くようになったのだ。

ステージで一番、空豆さんが今年変わったなとぼくがわかりやすく感じているのは、MCやハケ際の手の振り方である。いまでは恵まれた手足の長さで華麗なダンスを魅せてくれる空豆さんだが、2023年頃の空豆さんは、せっかくそんな宝を持っているのに、控えめにしている場面が多かったように思う。その象徴的なのがMCでの自己紹介のときの手の振り方や、ライブが終わって袖で頭を下げる直前の手の振り方である。これが今年、大きくなった。それはまさに、空豆さんの自信の表れだとぼくはとらえている。そして実際、手の振り方が大きくなるとともに、ダンスの振りも大きくなり、もともと歌唱力と恵まれた長い手足を持っているのだから、空豆さんのパフォーマンスはかなり目を引くものになった。

そしてそれだけ、パフォーマンスが優れていても、自分の苗字に「空豆」を選ぶほどの楽しいキャラで交流してくれるので、空豆さんと話すのが楽しいファンも今年すごく増えたと感じている。

今年急成長した空豆さんの来年は、ますますすごくなるだろうし楽しみである。

 

推しであることもあり、今年も東雲ういさんにはたくさん楽しませていただいた。

注文を付けるとすれば、今年はダジャレが少なかったかなと思ったが、クリスマスイブの配信で久々にダジャレを披露してくれたので、忘れていなかったんだと安心した。

去年と今年の東雲さんの大きな違いは、2023年までは、あのほわーっとした独特とした東雲ワールドともいえる自分の世界をライブや配信、交流会で披露していただけだったけど、今年はその自分の良さもわかったうえで、見せ方を工夫しているなと感じた。

生誕祭では「これまでみんなから愛をたくさんいただいたので、これからはその愛をみんなに返していきたい」と主語が「(ファンの)みんな」という挨拶をしてくれたが、その「みんな」を楽しませたいという気持ちがすごく見える一年だった。

これまでもそういう気持ちは抱いているアイドルだったとは思うけど、デビューして三年でその気持ちをうまくステージでも表現できるようになったのだと思う。

自己紹介後の「ういー!」というファンの掛け声も定番化し、「ウインクください、ういちゃん」とコールをすればウインクで返してくれる、本当に見てて飽きないナイスなアイドルの東雲さんは、この東雲ワールドをもっとたくさんの人に知られるように来年は頑張ってほしいし、その力はあるとぼくは信じている。

 

そんな個性的なメンバーを引っ張っていた柊わかばさん。

MONECCO5時代の彼女を見ていて、久しぶりにRe:fiveの柊わかばを見たら目を丸くする人が多いほど、今年は高校を卒業し、しっかりしたお姉さんになったと感じた。

とにかくMCでは周りが見えているし、ライブの企画でも、他のアイドルがいたとしても司会を任されるほどの安定感はすごいなと思う。

それでいて、髪の毛の色は何度も変わり、トラディショナルなアイドル像ではなく、自分らしさを表に出すから、しっかり者の安定感なのに優等生に収まらないのも魅力だ。まあ、そのくらい自分を持っている人じゃないと、個性的な三人のメンバーがいるRe:fiveを引っ張れないのかもしれない。

また、年齢もあるのだろうが、ぼくの印象はこの一年で完全に「かわいい」から「美人」に変わった。

2023年頃までは前歯を出した小動物のような笑顔が似合い、今年3月の生誕祭でも委員の作ったTシャツはバレーボールがテーマだったぐらい、スポーツも得意なかわいいアイドルという印象が強かったが、今年、特に髪の色が一回派手になってから落ち着いた秋ぐらいからは、ルックスだけでいえば、近寄りがたいほどの美人の印象だ。最近の柊さんは、笑顔よりも、つんとした表情が似合うような気がする。

とはいえ、ぼくの場合は「かわいい時代」から知っていることもあるかもしれないが、その頃から続く親しみやすさはいまも残り、話しかければこれまで通りの明るさで話してくれ、つんとした顔が似合う美人になっても笑ってくれるのは、本当にメロメロするほど素敵である。

ミクチャの配信で、スポーツも好きだけど意外にアイドルも好きな一面を見せてくれ、ラジオ出演でも最初の頃は共演しているアイドルを紹介していたのに、最近では本当に好きなアイドルを紹介してくれていると、アイドルに詳しい一面も見せてくれるようになった。

来年もさらにそのしっかりもので素敵な柊さんに磨きがかかることだろう。

最近、髪を落ち着いた色にした頃から、不肖・たきびはその美人さに物販交流会で柊さんと話すのに緊張するようになってしまったが、来年はもっとびびってしまうぐらい美人になってしまいそうで、いまからぼくは緊張している。

 

そんなわけで心配な幕開けだった2024年だが、終わってみると「やっぱりRe:fiveが最高だな」と思える一年だった。

今年見れるのはあと二回。

来年は1月5日から始動。

最強の四人に今年も来年も会いに行こうと思ってる。




 

 


現在の熊本flavorこと、当時のJunior flavor Kumamotoを最初に見たのは2021年末か2022年だ。手元にあるチェキを見ると2022年の1月にハノさんと撮っている。場所は間違いなく新Refive劇場で、その劇場が存在していたのが、2021年10月からの一年間なので、2021年の年末か2022年の始めに見たのだろう。と言っても三年も前になるのか。

初めてRefive劇場にJunior flavor Kumamotoが出演すると聞いたのは、出演の前の週のRefiveのMCだったと思う。サポートメンバーに吉川りおさんがいた時期で「フレッシュなJunior flavor Kumamotoちゃんがやってきます」と言ったときに、当時のRefiveのヲタクたちは煽るように「やったー!」と騒いでいた記憶がある。個人的には、炭坑ガールズのときにも書いたけど、あまりジュニアアイドルには感心がないので、へー、ぐらいにしか捉えてなかった。この2022年頃はまだ福岡flavorがバリバリに活動していた時期だ。だから曲はなんとなくわかった。あと、熊本なので「ダイスキ!くまもとファイヤー」をやっていたのも印象に残ってる。ただ、福岡flavorと同じ曲をやるからこそ、Junior flavor Kumamotoはすごく幼く聞こえていた。まあ、しかたないことだ。そんな幼いステージを、みんなで暖かく見つめていたように思う。 

ただ楽曲は幼くても、Junior flavor Kumamotoには福岡FlavorにはないおもしろいMCがあることにぼくは気づいた。一応、台本があって言うことを言おうとしてるのだが、必ず誰かが忘れているのである。んで、みゆ先生が口を挟んでどうにか進行すると。 

当時は「このゆるさが熊本っぽいな」と感じていた。個人的にはジュニアアイドルで、完璧になんでもできる子よりも、ぼくはこういうゆるい感じか好きだった。

また、この頃、当時Refiveにいた橘かえでさんが、Junior flavor Kumamotoとコラボをしていた。たしか2022年のゴールデンウィークの三部制Refive劇場ワンコインライブだ。このライブはRefiveが主催してたくさんのアイドルを呼んだために、Refiveのメンバーが他のアイドルのステージを見ていた。そのとき、たしかトップバッターで出演したJunior flavor Kumamotoの「シエスタ」を、橘かえでさんがフリコピしていた。へー、かえでこういう曲好きなんだと見ていたら、二部か三部で「かえでフレーバー」として登場して喝采を浴びていた。 これはこれですごく楽しかった。Refiveのファンがflavorの曲を身近に感じたのもこれがあったからだと思う。


その新Refive劇場は2022年に閉鎖になった。同じ頃、Junior flavor Kumamotoも大きな試練がたちはだかっていた。当時はメンバーはリーダーの水無月あやかさんと日向みさきさんともうひとりいたと記憶してるが、水無月あやかさんが受験のため活動休止、もうひとりの方も休止され、日向みさきさんひとりの活動になっていた。たしか、当時みさきさんは小学五年生だったと思う。それが神がかっていた。いわゆる熊本のコアなヲタクたちが「みちゃ、めっちゃがんばってる!」と注目しだしたのだ。

ぼく自身がRefiveの出ているイベントでJunior flavor Kumamotoを見ることが多かったからそう感じていたのかもしれないが、他のアイドルを見に来てるヲタクが多数いるなかで、だいたいはじめの方に登場して、ひとりでそんなファンを相手にしてる姿は力強かった。

ほんとに小学生なの? と目を丸くする人もいて、堂々とファンを引き付ける姿は、まさにみさきさんの力が溢れていた。 

そして待望の四月がやってきて、水無月あやかさんともうひとりの方も復活した。 

この頃のぼくの思い出は2023年のゴールデンウィークのモネリンピックだった。モネリンピックとはその名の通り、MONECCO5とその後継グループRefiveの運動会だったのだが、そこにゲストでJunior flavor Kumamotoが来てくれたのた。そこでぼくはてっきりジュニアアイドルと思っていたJunior flavor Kumamotoに、リーダーの水無月あやかさんという当時高校一年生のメンバーがいることを知る。また、ジュニアアイドルっぽいと思っていたのに、みさきさんもすごく大人っぽい外観て話してくれて、もともとひとりでステージに立っていてすごい子と思っていたので、そんなみさきさんと触れあうのも楽しかった。モネリンピックの競技も、口だけのRefiveのヲタクは、もくもくと競技をこなすJunior flavor Kumamotoのヲタさんに完膚なまでにやられ、このへんもさすがJunior flavor Kumamotoと感じていた。 

また、この頃に「コイマチ」がキラーチューンになっていったと思う。 

みさきさんが表に出ていたときはJunior flavor Kumamotoと言えば、橘かえでのプッシュもあり「シエスタ」が代表曲のような感じだったのが、「コイマチ」に変わってきた気がする。ぼくがこの頃の「コイマチ」で好きだったのは、二番以降のサビあとに「Lady for you」とあやかさんがいい、そのあとに「f」「l」「a」「v」「o」「r」とコールを入れるところだ。それが2023年の5月ぐらいまでは、なんとなくヲタクもよくわかってなくてあやかさんが「えふ!」とか言われていたのが、ライブの回数を重ねるごとにそのコールがファンから自然に起こるようになったのだ。これをリアルタイムで見ていて、ぼくはすごくいいなと思っていた。 

それと、いまでも運営さんがXで動画を上げることもあるが、熊本独特の「イヤホンの耳をはんぶんこ」のあとにファンが「はんふんこ!」と言いながら片側のイヤホンをステージのメンバーに向けるイヤホンチャレンジも「コイマチ」の見所だ。

これはもともとは熊本にアンジュルムの「夢見る15歳」をカバーしているアイドルがいて、「夢見る15歳」の「ひとりきりイヤホンで音楽聴いている♪」のところでファンの人がイヤホンをステージに向ける土壌があり、それが発展してみんなでイヤホンを向けるようになって、いまや熊本flavorの代名詞になっている。 

2023年の夏ごろにまず水無月あやかさんが熊本flavorになり、この頃は熊本flavor+Junior flavor Kumamotoとクレジットされたこともあったが、2024年に聖ともかさんも加入し、日向みさきさんとともに熊本flavorと名乗るようになった。 

 昨日はそんなJunior flavor Kumamotoからの歴史を持っている熊本flavorの四周年だった。Junior flavor Kumamotoのようなぐだぐだはない変わりに、それぞれのメンバーが素敵なステージを見せてくれた。 

まず自己紹介が変わっていたのだが、フロアでヲタクがよくメンバーに投げ掛ける言葉を取り入れているのがおもしろかった。

「おれの孫」の日向みさきさん、「世界のセイント」聖ともかさん、「おれのあややん。みんなのあややん」水無月あやかさん。

内輪ノリではあるけど、初見の人でもわかるその自己紹介はうまいなと思ったし、こういうノリが熊本らしいなと感じた。

個人的に特筆すべきは、久しぶりにツキダタダシが手掛けた「ロストジェネレーション」が聴けたことだ。 やっぱり痺れる、この曲は。

全国展開するアイドルだからこそ、超一流の楽曲も持っていて、それを歌えるのは本当にいいなと思った。 

「コイマチ」も「シエスタ」も好きだけど、個人的にflavorの中で一番好きな曲なので久しぶりに聴けたのが本当に嬉しかった。 

そして四周年の気合いからか、かなりかっこよく仕上がってた。 

 後半にはサプライズとして、福岡flavor研究生のこはるさんの熊本flavorとの兼任と、新研究生としてのぞみさんの加入が発表された。 

優れた楽曲は持っていながら、地域に密着し、その地域の独自性をうまく出している熊本flavor。四周年を迎えた五年目、新しいメンバーが加わり、いまのメンバーも伸び盛り。どんなに楽しませてくれるか、期待に胸が膨らむ四周年だった。




昨日は炭坑ガールズの地元イベント「大九州歌謡フェスティバル」に行ってきた。
会場の荒尾総合文化センター小ホールは、そのイベントのメインである歌謡曲を聴きに来たお客さんが集まっていた。
この日は熊本ではたくさんのイベントが行われていることもあり、先週のような熊本ドルヲタ荒尾に集合という感じではなく、歌謡曲を聴きに来られているお客さんに比べてアイドルヲタクは少なかった。
そんななか、いよいよステージには炭坑ガールズが登場。
炭坑ガールズには「盛り上げ隊」と「アイドル」という2パターンのパフォーマンスがあり、ファンの方たちはその日の衣装で見分けているようだ。
この日の衣装はセーラー服。
これはアイドルステージだ。
よーしキモヲタDDおじさん発動するぞ! とぼくのボルテージも上がったところで、意外な曲のイントロが流れる。
一曲目はなんと「ダイナミック琉球」だった。
イヤーサーサーの合いの手に、本格的な歌声、年少メンバーまで仕上がってるダンス、なにげに完成度の高いその曲をぼくは、「炭坑ガールズはこんなこともできるんだ」と驚きながら見つめていた。
そして二曲目に来たのが「ラララDance」。
スカートの衣装だったため、10周年ライブのツナギ衣装のときとは違い、激しいアクロバットはなかったものの、笑顔と元気、パワーを合言葉に、アイドルヲタクじゃない人にも伝わる楽しいパフォーマンスを行い、椅子に座っている一般の観客までも左右に揺らしていた。こういうヲタクじゃない人の多い現場では、このシンプルなダンスで会場に一体感を生むこの曲は強い。
もちろんそれは、楽しめる楽曲の良さやメンバーのパフォーマンス力があってこそ。それらを武器にしっかり演じる炭坑ガールズはさすがだった。
ぼくは、衣装がアイドルだったことでこの日「ラララDance」が見れるとは思っていなかったので、今週も「ラララDance」を見られてよかったと酔いしれていた。
タイテをぼくは把握してなかったので、「ラララDance」が終わると、もしかしたらこれで終わりかなあとも思ってたら、ステージではしょうこさんを中心にMCが始まった。どうも次の曲もありそうだった。
MCの途中で、ステージには、一度ハケて衣装の上に着物を着つけていたYUIさんが登場。何が起こるのかと見守っていると、なんとYUIさんが歌い、他のメンバーが踊る「お祭りマンボ」が始まった。
またもやこれもすげーぞと目を丸くし、ぼくはこれこそが「盛り上げ隊」なのだと気づいた。
つまり、炭坑ガールズのステージは主語が観客なのだ。
普通はアイドルステージの主語は「私たち」である。
「私たちの歌を聴いてください」
「私たちのダンスを見てください」
「私たちの努力の結果を見てください」
しかし、これはアイドルだから成り立っている。
アイドルには、ずば抜けた歌唱力を求められているわけでも、ずば抜けたダンスが求められているわけではない。
アイドルとはパーソナルを売りにしているものであり、
「推しが歌っているから聴きたい」
「推しのダンスを見たい」
「推しの努力を支えたい」
というのがアイドルヲタクのニーズなのである。
だけど、アイドルファンはそうだけど、一般の人相手にはそれが成り立たない。
「推しが歌っているから聴きたい」のではなく一般の人は「聴きたい唄を聴きたいのだ」。
そこを炭坑ガールズはよくわかっているのだろう。
だから、この日はあらかじめ熊本でたくさんのアイドルイベントが開催され、アイドルヲタクが少なく、客席は歌謡曲を聴きに来るお客さんが多いことが予想できていたからこそ、歌謡曲を聴きに来たお客さんでも飽きさせないセットリストを用意していたのだろう。
普通にそういうセットリストが組めることもすごいが、それが文化祭程度の付け焼き刃的なものではなく、しっかり踊れ、歌えているのもすごい。
そして実際、歌謡曲を聴きに来ていたお客さんを楽しませていた。
「私たちを見せたい」ではなく「観客を楽しませたい」。そこに力が注がれた結果、会場が楽しい空気に満たされていたのだ。
つまり会場を盛り上げたい、まさに「盛り上げ隊」なのである。
もちろん、それがお金を払ってでも見る価値のあるパフォーマンス力だから会場は盛り上がっているという実力的な裏付けもある。
味方であるアイドルファンを喜ばせるのではなく、一般の人まで楽しくさせる。炭坑ガールズ、すごいなとぼくは感心した。
そんな楽しい空気の中でラストの用意されていたのは現代風にアレンジされた「炭坑節」だった。
もともとこの炭坑節は明治時代の民謡「伊田場打選炭唄」が原曲で、その後炭鉱夫たちが歌ったゴットン節が発展して芸者さんたちが歌う座敷歌になり、戦後流行歌としてレコードに吹き込まれたものが爆発的に流行し、盆踊りの定番と化した曲である。そして面白いのは、民謡からゴットン節、座敷歌、そして流行歌とそれぞれにメロディーや歌詞が違う。だから大げさなことを言うならば、明治・大正・戦前・戦後と変わっていったように、この曲が令和の時代に変わるならば、この炭坑ガールズの「炭坑節」みたいに変わるのもいいなと考えていた。ドリフターズの「ズンドコ節」と氷川きよしの「ズンドコ節」がメロディーや歌詞が大きく違うように、日本の音楽にはそんな柔軟性があり、それを活かすのも面白いなと感じた。
まあ、それはともかく盆踊りでおなじみで、石炭や炭坑と言えば頭にイメージする人の多い「炭坑節」を、かつての炭坑の都・荒尾で踊る炭坑ガールズというシチュエーションは本当に炭坑ガールズが自分たちの武器をわかっていてそれをうまく使い、それが一般のお客さんにも通じているように感じた。これこそが先週感じた10年のグループの歴史の強みなのだろ。
そのように、昨日の炭坑ガールズには、普段アイドルヲタクが多数派を占める会場とは全く違う一面を見せていただいた。その引き出しの広さには舌を巻いたし、それらの活動の経験が今後も蓄積され、アイドル会場のステージもよくなっていくんだろうなとぼくは感じている。

アイドルステージ以外での炭坑ガールズをご覧になったことのない方は、盛り上げ隊の炭坑ガールズもぜひ見たほうがいいですよ。アイドル活動じゃないからこそ、アイドルを見直し、アイドルの良さが感じられます。
 

昨日は、炭坑ガールズ10周年、前身のMJKから12年という記念のライブに行ってきた。

MJK

このグループとは、ぼくは残念な出会い方をした。
話は2013年頃にさかのぼる。当時ぼくは荒尾を飛び越えて、熊本のアイドルに通いだしていた。
その熊本のアイドルに元MJKの子がいた。そこでぼくは初めてMJKという名前を知った。ただ、そのあとに見たのがその子がMJKを脱退する日に書いたブログだったのだ。なんて悪い出会いなんだろう。
現在ならばある程度、アイドルが脱退や卒業する理由はオブラートに包むものである。運営から「この件につきまして(残った)メンバーに質問されることはご遠慮ください」とアナウンスされ、そのメンバーの名前を出すこともタブーになるのが普通だ。
そうやって永遠の嘘をついてもらうほうが、ヲタクも切り替えしやすくありがたいのだが、当時はそんなノウハウはなく、まだ中学生だったその子は「やり方と考え方が違ったから」辞めますと素直にブログに書いていた。
その子が言うにはMJKは「みんな平等であること」を大切にしているグループで、「競いあって個人のレベルを上げていく本格的なグループ」ではなく、「仲良しグループ」でやっていくのだろうとその子は感じたらしい。その子はそれだと続けられないということで、辞めたんだとぼくはそのブログを読んで解釈した。
2013年は、NHKの朝ドラで「あまちゃん」が放送され、アイドルブームが最高潮の時期だった。新潟のNegicco、仙台のDorothy Little Happyや福井のせのしすたぁ、愛媛のひめキュンフルーツ缶などいわゆるご当地アイドルが中央のアイドルシーンに登場し、九州でもLinQがオリコンチャートを賑わせていた。
ご当地アイドルでも中央のアイドルシーンで活躍できる。
そんな夢を持てる時代で、どんなご当地アイドルでも上を目指していた時代だったのだ。
そんな時代に「仲良しグループ」というのは、なんとなく「やる気がないのかな」と感じられる風潮だった。
2013年夏に九州のアイドルを紹介する雑誌「九州アイドルBOOK」が発売され、そこにもMJKが掲載されていた。そこでMJKのメンバーが「次の目標はサンパレス?」「ムリムリ(笑)」と話していた。それを見てぼくは、多分冗談で言っていたのかもしれないけど、MJKに対し「仲良しグループ」という偏見を持っていたこともあり、MJKには結局感心を持たなかった。
そのままMJKはいつのまにか炭坑ガールズと変わっていった。炭坑ガールズに関しては、同時期の佐賀乙女みゅーすたーもそうだったのだか、2015年以降、アイドルブームが一段落ついたところで、ジュニアアイドルのブームが起こった時期がある。そのブームに乗ってメンバーが低年齢化したようにぼくには見えた。ぼくは、いわゆる若い少女が努力やチャレンジをしてステージを見せるアイドルが好きなので、自然の才能が生み出すその年齢にしか出せない尊さを愛するジュニアアイドルはあまり興味がない。だからこの時期は炭坑ガールズという名前は知っているけど、ぐらいの状態だった。
ただ、コロナ前ぐらいに発表された「KURO★DAIYA」はいい曲だなと思った。だけど、やっぱりメンバーが若すぎた。いまでいうなら基山のFloraの「Jump」はぼくはすごく好きなんだけど、メンバーが若すぎてライブに行こうとはなかなかなれない。そんな感じだった。

ただし、佐賀乙女みゅーすたーは2021年に活動休止してしまったが、炭坑ガールズはずっと活動していた。
HKT48やそれこそMONECCO5もそうだったけど、活動期間が長くなれば若すぎるメンバーでも着実に歳を重ね、成長する。

2022年に始まった天海でのLIKE。
このイベントに炭坑ガールズはよく出演していた。2022年はチームKINGとチームQUEENがあり、KINGとQUEENで2ステージなんてこともあった。
ぼくはこの頃になって、着実に成長している炭坑ガールズを見て、ようやく「仲良しグループ」「ジュニアアイドル」という偏見がほぐれ、なかなかいいグループではないかと感じるようになっていた。
最初に感じたのが、バック転を連発する間奏。仲良しグループでぬるくやっててはできるはずのないそのパフォーマンスは、文字通り血のにじむような努力を感じさせ、偏見に満ちていたぼくの目を覚まさせてくれた。
アイドルメンバーさんも昔は小中学生が主力に見えたのに、グループの中心として歌にダンスにアクロバットにとこれでもかと見せつけるYUIさんも、大人びた歌声でファンを魅了するしょうこさんも高校生になって、グループを引っ張っていた。
中高生メンバーが活躍すると、その背中を見て一生懸命に頑張る小学生も愛しく見えてくるから不思議なものだ。身近な目標があることで、小学生メンバーがそのときしか出せないかわいさ以外のものも出そうと努力しているのが見えるからだろう。むしろその年齢層の幅もグループの引き出しの多さという武器にもいまはなっているように感じる。

Re:fiveと共演することも多く、いいグループだなあと感じていた。

今年になり、ようやくその炭坑ガールズの主催イベントに足を運ぶ機会が出てきた。
四月の荒尾シティーモールでのメンバー卒業イベントと、七月の万田坑での運動会、そして昨日の10周年イベントである。
どのイベントもメンバーの保護者の方がお手伝いをされていて、しかもその保護者の方のお子さまがわちゃわちゃしている雰囲気で、いわゆるアイドルイベントとはちょっと空気が違う。弟さんか妹さんなのか、メンバーさんが小さな子を抱いてる姿を目にすることもある。
初めて行ったとき、ぼくは「なんてアットホームな現場なんだ」と驚いた。
だけど、10周年イベントを拝見させていただいたからこそ感じられるのは、だから10年続いたんだよなということだった。

ぼくがMJKを知ってから11年、炭坑ガールズが結成されてから10年。
ご当地アイドルといわれたローカルアイドルの環境は大きく変わった。

一言でいえば都会の方向ばかりを向いても、都会のアイドルには勝てない。それよりも目の前の現実に向かい合い、地元で小さな成功を積み重ねることのほうが大事だということだ。絵に描いた餅は食べられない。それよりも目の前のピーナッツを食べたほうがいいということだ。

炭坑ガールズは「紅白歌合戦に出場する」という目標はあるそうだが、目標はあくまで目標。いつくるかわからない将来を見るのではなく、目の前の現実を素敵なものにする。それこそが大事なのだ。昨日イベントで改めてその「紅白出場」の目標をメンバーが言ったとき、フロアには笑いが起こり、代表さんが「笑ってましたけど一応本気の目標です」と言われたほどだったが、目の前にいるファンを喜ばせてこそ、その先のたくさんの人に届くグループになるきっかけになることを、代表さんもメンバーさんも知っていることが表情からは感じられた。
つまり、遠くにある目標ばかりを見るのではなく、近くにいるファンを楽しませることが第一で、その先に目標があるというスタイルなのだ。

そしてファンのほうも、十年前は中央がローカルアイドルに近く、またアイドルを推すことにも慣れていなかったから、グループが大きくなるのを見守る、一緒に夢を叶えるという姿勢の人も多かったが、ヲタクとしていくつも挫折を経験したこともあり、いまやその日1日を特別な日にしてほしくてアイドルに会いに行くようになっている。「あまちゃん」から11年が経ち、そこを大事にするアイドルがファンに愛される時代なのだ。

炭坑ガールズはそのニーズに合わせたわけではなく、アイドル活動と共に荒尾を盛り上げる活動をしているうちに、そんないまのファンのニーズにマッチしてしまった。
なにせメンバーとファンの距離が近い。
たとえば、ぼくなんかはRe:fiveの予約で入っているんだけど、Re:fiveがステージに上がるとファンと一緒に見に来てくれたりしてうれしい。なにげに今年は、推しの生誕祭でガチ恋口上をかぶせてくれたメンバーさんもいた。
とにかく、ファンとも仲良く、他のアイドルとも仲良く、そしてなによりメンバー同士が仲がいい「仲良しグループ」なのだろう。
特にメンバーさん同士は、それぞれのメンバーたちが信頼と尊敬をしあってグルーヴを生み出しているのがステージを見れば感じる。
かつてはネガティブにとらえられていた「仲良しグループ」という言葉が、いまや最大の強みになっているのだ。それもファンが望んだから演じているのではなく、結果としていままでの10年間の活動の積み重ねでそれが最適解になっているから本物である。
そしてアイドルファンのニーズを満たすだけではなく、依然として、炭坑の歴史の伝承者として、地元を盛り上げる任務も抱えている。
そのために、保護者の方も惜しみ無く協力する。
それによってファンは最高のもてなしを受ける。
その素晴らしい好循環が炭坑ガールズの主催イベントでは感じられる。
これは10年という歳月の試行錯誤の中で培ったものだろう。
そしてその年月の積み重ねによって、10年経ってようやく、炭坑ガールズの地道な努力にファンのニーズが追い付いたと感じる。
アイドルを見に来るヲタクというのは正直な話、世間体もあって卑屈な気持ちもある。どちらかというと「アイドルを見させていただいてありがとう」という気分のほうが強く、運営さん自体も接客業という意識よりもクリエーターという意識のほうが強く、あくまでヲタクは芸術に触れさせてもらっている側という心理が強い。
そのようなヲタクたちに居心地の良さを与えるあたたかい現場というのは、ヲタクとしては本当にうれしいものである。
そしてこれからも、あたたかい現場を続け守ることは、それが当たり前のようで特殊なことであるから、いつか大きな成果につながる気がぼくはしている。
重ねていうが、炭坑ガールズは幅広い年齢層という武器と仲の良さという強みを持っている。大事におもてなしされたために、何かお返したいと思っているファンもいる。
そういえば、ライブ中に放映されていた動画で、NHKテレビに出演していたり、万田坑が世界遺産認定されたときにはくす玉の真下にいたりと、ぼくの知らないあいだにも、大きな実績を炭坑ガールズが残していることを10周年ライブで知った。
これからの10年も、ファンのために、そして地域のために、あたたかく活動することで、炭坑ガールズが栄光をつかむことを願っている。