君が好き

君が好き

アイドルの話でもしようず。

「熊本は、いまが1番面白い」で知られる熊本アイドル4グループの中心的グループであるSunnyHoney。
10月4日にそのSunnyHoneyのリーダーである花宮かのかさんの生誕祭に行ってきた。なんでも今年はリアルバースデーの生誕祭だったらしい。
花宮かのかさんはなんといっても今、熊本で最も移動しているアイドルだ。
シルバーウィークから見てみると9月19日、20日は山口県周南市、9月21日は大阪難波、9月22日は神戸、9月23日は広島、その週末は熊本での活動だったものの、10月1日にはソロイベントで東京あきる野市、10月3日は福岡天神、で10月4日は熊本でこの生誕祭だったものの、10月10日、11日は名古屋遠征となっている。
ぼくの記憶の中でこんなに短期間で各地でイベントをこなしていた熊本のアイドルは記憶にない。この活躍は本当にすごい。

しかもその忙しいさなか、東京へ行った週の週末に自分が主役の生誕祭をこなすというそのパワーはさらにすごいと感じてしまう。

それだけハードスケジュールの中でも生誕祭で、最高のステージをやり切る自信があることの証明でもあるのだ。

二十歳を迎えたとあって、またステージにシャンペンのバルーンが飾られていたこともあり、生誕祭のセレモニーではお酒の話もちょこちょこ出ていたが、そこで運営さんが「うち、王道で売ってますんで……」と口をはさむシーンがライブ中にあった。
そのとき、ぼくは実はちょっと「え?」と思った。
たしかにそのあとにXを見たら「太陽的にかわいい王道アイドル」がコンセプトと書いてあった。
ただ、「王道アイドル」のぼくの定義が間違っているのかもしれないが、ぼくのイメージする「王道アイドル」とSunnyHoneyの印象はちょっとズレがある。
ぼくの印象で言うと熊本で「王道アイドル」と言えば、POTIONのようなかわいさを前面に出したグループだ。かわいさを衣装から存在から徹底的に見せつけるスタイルで、もちろんライブハウスなどのコールがあるライブも楽しいが、コールができない現場でもその圧倒的に見せつけるかわいさで人を惹きつけるグループである。
それに対し、SunnyHoneyを始めとする熊本4グループは、やはり「ライブアイドル」という側面が強い。特にSunnyHoneyの楽曲はイントロや間奏、アウトロが8小節や16小節というファンがコールを入れやすい長さに作られていて、そこで熱狂的なファンが汗を流して声を枯らしてコールを入れる。メンバーもステージからそんなファンを「ブチ上げていこう」とあおる。その熱狂がSunnyHoneyの一番の魅力であり、特徴ではないかとぼくは感じているのだ。
実際、熊本4グループツアーなどで他県に行ったとき、他県のアイドルファンの人から「さにはにのオタクの勢いは違う」「さにはにの現場の熱さはすごい」という声を耳にすることが多い。遠征でもそれだけの熱量を見せつけてるのだから、地元熊本では言うまでもなしである。
だからこそSunnyHoneyはぼくの印象では「Theライブアイドル」のようなグループのカテゴリで、「王道アイドル」と言われてもぼくにはピンと来なかった。

しかし、多くのファンにとってはそのほうがいいと思う。
やはり多くのアイドルファンにとってアイドルは「かわいいだけじゃだめ」な存在なのである。テレビやネット、またサブスクなどで見るのならば、それでもいいかもしれない。だけど、お金を使って会いに行くアイドルが「君かわいいね、でもそれだけだね」じゃ飽きられるのである。
そういう意味でフロアが興奮のるつぼになるSunnyHoneyのステージの中毒性は魅力的である。

かわいいだけでなく、ライブに行けば中毒になるほどトランス的に楽しませてくれる。そのライブの熱が熊本の他のグループにも伝染し、気がつけば「熊本は、いまがいちばん面白い」と言われるほど楽しいライブが見られるようになった。
そのシーンを引っ張っているのはSunnyHoneyであり、その中心にいつもいるのが、この日の生誕祭の主役の花宮かのかさんなのである。

生誕祭は、オールスタンディングのライブハウスということもあって、終始その興奮の中で熱く行われた。
紬ひなたさんが更にそのファンの興奮をあおり、時折歌詞を「かのちゃん」に変えて歌う。
綾瀬まいさんと桃井きよかさんがこなれた雰囲気でステージの空気を引き締めると、見せ場とばかりにBメロやオチサビの要所で、フロア中の注目を集める花宮かのかさん。特に二回目以降のステージは生誕ドレスに身を包んでいたからこそ、その輝きが一層光り輝いていた。

ただ、ドレスに身を包んでいるからと言って、お姫様のようにかわいいだけでは終わらない。

フロアをあおる紬ひなたさんに呼応してファンを熱狂させるのは、主役である自分の仕事とばかりに「ついてきてー」と叫びながら、ファンを非日常の熱いライブの世界に没頭させる。さすがのステージだった。
熊本4グループの中心グループのリーダーとして、熊本4グループを代表する存在でもある花宮かのかさん。
その生誕祭は、やはり熊本で最も熱いものだった。

 


 

今年もういたんさいの季節がやってきた。
ういたんさいとは、ここ五年ほど、ぼくが一番推しているRe:fiveの東雲ういさんの生誕祭である。
例年、推しの生誕祭なので生誕委員としても参加させていただいているが、まず他の生誕委員さんにお礼を言いたいのは、いままでの五回の生誕祭の中で、今年が一番、気分よく生誕委員をさせていただいた。
もちろん毎年好き好んで生誕委員をやらせていただいているので、例年楽しいのは間違いないが、その楽しい中にも、これまでは個人的な話になるが、無理をしていたこともあった。その無理も、別に嫌なことではなく、終わってみればやりがいとして楽しい記憶に残っているものなのだが、今年はそんなことはなく自分のペースで楽しめた。
理由は簡単である。
生誕委員さんやその生誕委員に協力してくださる人が増えたからである。
たとえば、こうさんがYoutubeで上げている動画でも「横断幕修正(笑)」とチャプター付きで紹介されているので確認できるが、ライブ中にステージに貼っていた横断幕が外れるトラブルがあった。
実はその前に外れそうになった時は、空豆かれんさんが直してくれていたり、園田有由美さんが自分の出番に直したり、更にその園田さんのステージ中には同じ事務所のひぜんりささんが直してくださったりと気づいた出演者が直してくれて、ご迷惑をおかけしていた。
その園田さんのステージが終わり、アンコールが始まる前、アンコールで予想される東雲ういさんのソロステージは、横断幕の前で歌ってほしかったから、アンコール前に一回ちゃんと生誕委員で貼り直そうということになったらしい。
まず、なぜここで「なったらしい」とぼくが書いたかというと、このことの段取りを運営さんと調整していたのはぼくじゃない生誕委員さんがやってくださったし、ステージに上がってバタバタと横断幕を貼る作業も、ぼくのようなテープを関係ないとこにべたべた貼ってしまう不器用な人間がする必要もなく、手際よい生誕委員さんがやっていただいた。
急いで動いでくださった生誕委員さんには申し訳ないが、おかげでぼくは思う存分、イベント中はライブを楽しむことができた。
それもそのはず、最初のうい陣2022のときは5人しかいなかった生誕委員が、今年のういたんさい2026では12人にも増えていたのである。
おかげで、そこそこ役割が分担でき、もちろん中には無理してくださった方もいたと思うが、ぼくのほうは無理なく生誕委員をさせていただいた。
本当にありがとうございました。

てなわけで、実際、生誕委員だけでなく、いわゆる東雲推しは毎年増えている気がしている。
そしてなぜ増えているのかと考えれば、東雲ういさんが、またRe:fiveが、常に期待値を超えてくるアイドルだからである。
今年、ぼくがもっともその期待値を越えるRe:fiveらしいなと思った場面は、天明ホールで開催されたRe:fiveの5周年イベントだった。
ライブが終了したときにRe:fiveとしては初めて演出として緞帳が使われた。
「以上わたしたち、熊本ご当地アイドルRe:fiveでした。ありがとうございました」とあいさつをしたあと、普段ならステージの下手に向かって歩き、一度立ち止まってメンバーで並んで一礼してハケるという流れが、緞帳が下りてくるので、メンバーはあいさつしたあと、その立ち位置のまま、フロアに向かって「ばいばーい」と声をかけていた。そして緞帳がどんどん低くなってくると、身体を落とし、座り、それでも緞帳の隙間からフロアに向かって「ばいばい、ありがとう」と声をかけ続けていたのだ。
最後の最後まで、緞帳の隙間から顔を出してフロアに声をかける。
この最後の最後までってのがまさに期待値を越えている部分であり、ぼくはこれが大好きなRe:fiveらしいなと思った。
そういえば、今年は最後のあいさつもまた変えてきていた。
今年の春ぐらいだっただろうか。
現在、Re:fiveの締めのあいさつはマイクを持ってひとりが「以上わたしたちRe:fiveでした。ありがとうございました」と言ったあと、マイクから口をはずして肉声で「ありがとうございました」とあいさつするものだ。これは今年から始めたものだ。そうやってファンの期待値を越えようと常に工夫するのがRe:fiveらしく、そのアイデアで越えてきているから年々、ファンが増えていると感じている。

いまや、そのRe:fiveを引っ張ってる東雲ういさんの生誕祭「ういたんさい」、ぼくにとっては推しの生誕祭という強い思い入れもあるので毎年一番楽しみにしているイベントなのだが、そのバイアスも加わって今年も最高のイベントだった。
ういたんさい2026は影アナから始まった。
ういたんさいの影アナは年によって、東雲さんだったり、OGのラジオパーソナリティー・吉川りおさんだったりするが、今年はそのふたりでの影アナだった。
プロの吉川りおさんと交互にアナウンスする東雲さんのチャレンジとそれが普通に聞ける実力に、東雲さんも着実に成長しているなとのっけから感じさせてくれる影アナだった。
その影アナで高まっているところでOvertuerが流れ、ウエルカムステージ的に本日主役の東雲さんとRe:fiveが登場。
この衣装も期待値を越えていた。
生誕委員の企画「#東雲うい誕生日月間」でも毎年話題になる生誕衣装なのだが、今年は誰も予想を当てることができなかった。それもそのはず、2024年のハロウィンイベントで着たメイド服というレアな衣装だったのだ。
更にそのメイド服で工夫しているなと感じたのは、普段はセーラースタイルの研究生衣装のいろはさんも、衣装自体は研究生衣装だったが、そこにメイド服のエプロンをつける特別仕様で、ういたんさいに華を添えていた。
そこから一曲目は、普通のライブではだいたいラストにやる「ダンデライオン」。このへんも意外性で楽しませてくれた。Re:fiveの生誕祭のセットリストは主役のメンバーが決めているらしいが、常連にとっては「東雲、やるなあ」と意外性にクスリとさせられる一曲目だった。
更にその後の自己紹介も変えてきていた。
これが定番になるのか、それともとりあえず実験的にやってみたのかわからないが、空豆かれんさんは「豆ちゃんと呼んでください」、いろはさんは「いろはと呼んでください」、白鳥ひなさんは「ひなちゃんと呼んでください」から「せーの」というコール&レスポンスが加わっていたのだ。
そういえばこういう実験的な側面も毎年、ういたんさいではやってくれていたなと改めてぼくは感じた。

ういたんさいらしさを最も感じたのは、吉川りおさん司会で行われた企画コーナーだった。
吉川りおさんの司会で、生誕Tシャツに着替えた東雲ういさんがいろいろな人とコラボをする企画。
仲良しな煌のしょうこさんと一曲、その後にRe:fiveのOGメンバーと一曲、そのOGの柊わかばさんとRe:fiveメンバーで「This summer」、そこからOGが抜けて研究生のいろはさんが加わって一曲とこの日しか見られないスペシャルなステージが続いた。
毎年、ういたんさいだけしか披露されない曲もあり、おそらく今年やった曲も、その後やる機会はあまりないかもしれない。そんなこの日のための曲を、東雲さんは全曲、煌のしょうこさんや新旧Re:fiveメンバーもしっかり覚えて演じていた。
またこのように普段やっていない曲を一度ステージでやることが、今後のRe:fiveのパフォーマンスにも大きくつながっていくのではないかと思った。

その企画コーナーが終わると、OvertureもなくRe:fiveの二回目のステージに切り替わった。
ここもういたんさいらしいなと思ったのは、空豆かれんさんと白鳥ひなさんで進行していたことだ。
以前からういたんさいでは、この二人が進行をすることが多い。
主役の東雲さんを輝かせようとステージを進めてくれる姿は、ういたんさいのたびにぼくは頼もしいなとこの二人をいつも見ている。
そしてこの二回目のステージの一曲目が「Avalon」だった。しかもイントロが流れるやOGの橘かえでさんと柊わかばさんも参加。
たぶん、東雲推しのぼくが極端に高まるのがういたんさいだけど、この「Avalon」は、OGの参加により、ういたんさいじゃなくても鳥肌が立つほどの豪華さだった。曲が終わると橘かえでさんが「昨日、ういちゃんから一緒にやりたいと誘われたんだよね」と話されていたが、このメンバーによる「Avalon」をファンに見せたいと考えてくれる東雲さんも素晴らしいし、それに二つ返事で参加してる橘かえでさんも柊わかばさんも本当に素晴らしいなと感じた。
そこから現役メンバーで「オトナと僕の。」
この曲では、もともとは橘かえでさんがやっていた間奏のダンスを、東雲さんがやることで、橘かえでさんのオタクから引き継いだ東雲ういさんへのコールをボードにしてみんなで言うということをういたんさい2024からやっているが、回を重ねるごとに3年前とは比べ物にならないほど常に東雲ういもRe:fiveもそしてファンの方も期待値を越えているので、ぼくはボードを持っていたが、それ以外のところでも以前以上の盛り上がりを見せていたので、恒例行事のような安心感はあったものの、この「オトナと僕の。」のボードは以前のような感動はなかったように感じた。
ただ、本当にそれがいいことのようにぼくは感じた。
この「オトナと僕の。」が一番のクライマックスのように語られたういたんさい2024から丸二年で、それだけRe:fiveが進化した証だからだ。

2年前感動したシーンよりもさらに強い感動があるから、恒例行事として残るけど以前ほどの感動はない。それでいいのだ。ういたんさい2024で立ち止まらず、進化を続けているのがRe:fiveなのだから。
そこからういたんさい初登場の「僕たちの唄」、ラストはいろはさんも加わっての「朝からカツカレー」。
もちろん、誰もそこで終わりなどとは思っていないが、「朝からカツカレー」というRe:five定番の曲を、年に一回のお祭りういたんさいで見るのはやっぱりよかった。

そしてそうやってRe:fiveのステージも素晴らしかったのだが、「ういたんさい」ということもあってそれぞれ登場してくれるゲストも、東雲さんの生誕祭を盛り上げてくれて、東雲推しのオタクのひとりとしてぼくは本当にうれしかった。
最初のRe:fiveのウエルカムステージの後に登場したのは煌~KIRA~。
出演したメンバーが東雲さんに合わせてツインテールやハーフツインの髪形に、東雲ういさんの担当カラーでもあるピンク色の衣装で登場し、一曲目の「Over the moon」の冒頭の「君に出会えて」という歌詞を「ういちゃんに出会えて」と変えて歌って盛り上げてくれた。
次の登場した熊本Flavorも、「No.1スター」を歌う前に日向みさきさんが「ういちゃんがNo.1スターだ」とオタクをあおるようにつぶやき、そのみさきさんの思惑通り間奏のコールで「ういちゃんの笑顔が宇宙で一番!」とオタクに言わせていた。そのあとの「コイマチ」でも「ういちゃんが好き」と歌ってくれて、ぼくは微笑ましくそれを見ていた。
そんな煌と熊本Flavorのステージに胸がホカホカしているところで、登場したのが昨年のういたんさい2025を伝説的に盛り上げたひぜんりささんだった。Re:fiveの5周年ライブと同じように準備よく、なぬきはなの先生デザインのTシャツで登場したひぜんりささんはオーバーチューンでステージに現れると「スペシャルゲストの登場」と、お揃いの生誕Tシャツを着たRe:fiveをステージに呼び、一緒に「なんてんまんてん」をやってくれた。自分の持ち時間で、主役のRe:fiveを巻き込んでういたんさいを見に来たファンを虜にするそのアイデアと、それを仲良く演じられるRe:fiveとひぜんりささんの関係性にほっこりする場面だった。「やりたい」とRe:fiveに言ったひぜんりささんも素敵だし、それを二つ返事で「やりましょう」といえるRe:five。この関係性は去年の熊本でのサガンプロ主催のあおたいPライブ、それからういたんさい2025で深まったと思うけど、その素敵な関係が更に見られてぼくはうれしかった。
そこからコンパクトにまとめた「セカイノシンパシー」「きゅ~っとばっきゅん♡」「くりてぃかる」と持ち歌で熊本のフロアを沸き散らかせたと思うと、最後は「はっぴーはっぴーはっぴー」のアコースティックバージョンでしっかり聴かせてくれた。どうしてもアイドル現場なので、SSW現場のようなしっとり歌を聴く場面は少なく、特に熊本はみんなでわいわいコールをして楽しむのが良しという文化なのだが、この日のひぜんりささんの「はっぴーはっぴーはっぴー」は、そのような熊本のフロアでしっとり聞かせてくれるのが新鮮だった。心からお祝いして、ういたんさいのハッピーが伝わってよかった。
企画コーナーとRe:fiveの本編の枠が終了した後に登場したのがSunnyHoney。
昨年はういたんさい前夜祭だけの出演だったが、今年は前夜祭がなくういたんさいの出演とあって、メンバー四人は生誕Tシャツに身を包み、髪型もツインテールやハーフツインと東雲さんに合わせてくれていた。ラストに東雲さんの好きだという「ウルトラオレンジ」を激しく聴かせてくれた。ステージ終了後に、来週同じ場所で生誕祭を控えている花宮かのかさんが「ういちゃんのツインテールがいちばん大好きだ」と叫んでくれていたのも印象的だった。
その後に登場したのがういたんさい初登場の園田有由美さんだったが、初めのほうにもちょっと書いたけど、ステージに上がるや無言で、外れかけていた横断幕を直していた。そこから「ういちゃんに届け」と言いながら、曲がスタート。アドリブで「ういちゃん生まれてくれてありがとう」などとアドリブを入れて盛り上げる。二曲目にやった佐賀のゆめタウンの精肉コーナーで流れている「LOVE MEAT」まで「ういちゃんのことがもっと好きー」とお祝い中心で盛り上げてくれた。しかも「LOVE MEAT」にはひぜんりささんがコール担当で登場するという豪華版である。その直後に、ひぜんりささんもやったようにバラードでしっとりとさせてくれたが、圧巻だったのは最後にやった「君に届け」。
途中から656広場のようにステージを降り、フロアでオタクに囲まれて唄っていると思っていたら、東雲さんのお母さまやお祖母さまを見つけ、「わたしも母親だからわかる。自分の娘がこんなにたくさんの人に祝福してくれてらうれしいよね」とお母さまに話しかけ、そのあとお祖母さまに「こんな素敵なママを産んでくれてありがとう」と、家族の協力があってこそのアイドル活動ができている東雲ういさんを支えているご家族までにも、祝福を伝えている姿はさすがだったし、ぼくもアイドルオタクは長いほうだけどこんな生誕祭は見たことないと思った素晴らしいシーンだった。

園田さんのステージが終わると、アンコール。
実はこれまでの4回のういたんさい、不肖・たきびが毎年アンコール発動をさせていただいていたが、今年はそんなわたくしめよりも素晴らしいアンコールを発動してくれるんじゃないかと思われる生誕委員さんがいたので、そちらの方にお願いした。
おかげで終演後の物販で東雲さんに「ういたんさいなのに、珍しく声が枯れてない」と言われるほどぼくのノドは助けられたが、それ以上にいろいろなオタクさんから「いいアンコールだった」と言われた素晴らしいアンコールだった。
そのアンコールで呼ばれた東雲さんがソロ曲を披露する。
ソロ曲に関しては、物販で直接尋ねたら「TikTokを見てたらわかります」と東雲さんは言われていたが、直前にインスタグラムのストーリーでこっそり匂わせるなど、サプライズを期待して知りたくない人は気づかないで済むけど、知りたい人にはわかるという毎年恒例の仕掛けをしてくれていたのも、ういたんさいならではである。
そこからはセレモニー。
プレゼントを受け取り、他のメンバーがステージに座る中で東雲さんが話しかける。
ぼくが印象に残ったのは「17歳は悔しいことが多かった」という言葉だった。
悔しい思いをしたご本人は大変だろうが、その悔しさが毎年毎年期待を越えるRe:fiveを作ってくれているのも事実だとぼくは思っている。
人は誰もが生きているうえでは思い通りにものごとは進まないものだ。
そのとき、そういうものだとあきらめれば楽だし、悔しい思いをしなくて済む。
しかし、描いている理想に現実を近づけようとする人は、そこで悔しい思いもするが、その理想に近づけるために努力もするものだ。特に東雲さんは生誕祭のセレモニーなどまじめな場面ならば「挑戦」や「チャレンジ」という言葉を使う。悔しい思いをしながらもそうやって挑戦することが、ぼくらの前にRe:fiveの成長として毎年表れている。
それをういたんさいのたびに、ぼくは実感しているからこそ、東雲さんのその言葉が強く胸に残った。
そしてやっぱり最後は「応援してくれる人に推してよかったなと思われるアイドルにRe:fiveがなりたい」と、その努力のモチベーションのひとつに、愛してくれたファンへの愛があふれていることを教えてくれた。
そんな東雲さんの気持ちを伝えてくれたあとに用意された、ういたんさい2026の本当に最後の曲は「君とRestart」だった。
個人的な印象だとRe:fiveの生誕祭の最後の曲というのは「なんてんまんてん」や「朝からカツカレー」、もしくは「ダンデライオン」の印象が強い。だが、その三曲はすでにやっていた。
それならなにをやるんだろうと、ぼくはもう一回Re:fiveだけで「なんてんまんてん」をやるか新曲の「Shine on me」かもしくはたまにラストにやる「Ifの向こう側へ」かなと思っていたので、個人的にはこの選曲は意外だった。
グループのデビュー曲なのでだいたい一曲目に名刺代わりにやるイメージだったからだ。
ただ、これを生誕祭のラストに選んだという東雲さんの考えとしては、これはこれで初心に帰るということなのかなともぼくは感じた。
吉川りおさん、橘かえでさん、柊わかばさんというOGもお祝いしてくれたういたんさい。
東雲ういさんはこのOGが活躍していた頃は、「みんなの妹」といわれるほどの末っ子キャラだった時代もあった。
それがいまでは、いまでも自称リーダーではあるけれど、実質的なリーダーとしてもグループのイニシアチブを取る、もっとも経験の長いメンバーとしてグループに君臨している。
だけど、ぼくは東雲ういさんが正規メンバーに上がってから数年間、ボロボロになるまでその正規メンバー昇格の賞状を持ち歩いていたことを覚えている。
そのようにゼロからのスタートの気持ちを、たとえリーダー格のメンバーになっても、忘れないようにこの曲を選んだのではないかとぼくは感じた。
そして「君とRestart」を歌い終えたあと、「ありがとうございました」と今年から始めた肉声のあいさつをやっているRe:fiveを見て、ぼくのこの感想はあながち間違っていないと思った。
常に新鮮な気持ちで、良さそうと思ったことはステージに取り入れて、それを続けるうちに、それをRe:fiveのスタイルにする。
それを今年も、この肉声のあいさつなどでやっているからだ。
来年のういたんさいの一年間、東雲ういさんはこれからもぼくの期待値を越え続けてくれると思う。
その期待が膨らむ、今年もスーパーアイドルの生誕祭だった。

 

Studio5
かつてこの場所は間違いなく聖地だった。
県都・熊本市からでも約100km、渋滞なしで移動しても約二時間かかる天草市。そのような立地でありながら、いやむしろそのような立地だからこそ、天草市のご当地アイドルとしてMONECCO5が存在し、彼女たちがCMにも出演した天城橋を通って、熊本市だけでなく、県外からも多数の人がこのStudio5を目指して、天草にやってきていた。天草に人を集めるご当地アイドルの理想的なモデルとしてMONECCO5は君臨し、そのホームがStudio5だったのだ。

2020年、天草ご当地アイドルのMONECCO5は解散し、熊本ご当地アイドルRe:fiveに生まれ変わる。
Re:fiveになると熊本市内での活動が増え、天草の活動は減っていった。
ただ、Re:fiveのファン、いわゆる5erにとっては、やっぱりホームは天草Studio5だった。
理由としては、まずファイブエンターテイメントの自前の劇場であることがひとつと、あとはまさに主催ライブといった、普段の熊本や他県のイベントでは感じられない、たっぷりRe:fiveが見られるイベント内容もあったからだ。
また、昨年卒業した柊わかばさんや、今年は違うけれど2024年と2025年の二年間は東雲ういさんの生誕祭もStudio5で開催されていた。

昨日はそのStudio5で、初の試みとしてRe:fiveと煌~KIRA~の対バンライブが開催された。
煌~KIRA~が対バンライブとしてStudio5に出演するのは初めてと聞いて、ぼくはかなり意外な気がした。
はっきりいえば、もっと前からやっていてくれてよかったのではないのとも思うほどだった。
なにせ、煌~KIRA~は前身グループの頃から、天草Studio5の柊わかばの生誕祭や東雲ういの生誕祭には出演している。
しかもいろいろと伝説も残っている。

まず、2024年の東雲うい生誕祭。
このときは前身グループとして煌~KIRA~は出演していたが、当時小学生だったことねさんはメンバーを外れていた。
それなのに他の小学生のメンバーとともに、お客さんとして会場に来てくださっていたのである。しかも、共演者ではなくお客さんとしてきているので、ペンライトを持って立ち見エリアでコアなオタクと一緒に盛り上がってくださってうれしかった。

そしてそのうれしいだけの気持ちから、次は申しわけない気持ちも混じった恩義が出てきたのが、2025年の柊わかば生誕祭だった。
実は2025年3月9日の柊わかば生誕祭、この日が正式にアナウンスされる前に煌~KIRA~の前身グループは、いま煌~KIRA~で活躍しているYUIさん、しょうこさん、まおさん、ももかさんの「4人まとめて生誕祭」を3月9日に荒尾のシティーモールで開催することを発表していた。
そこに柊わかば生誕祭が同じ日に天草Studio5で開催とRe:five側からオファーがあったとき、なんと煌~KIRA~の前身グループは、自分たちの生誕祭を3月24日の万田坑にリスケジュールをして、柊わかば生誕祭にやってきてくれたのだ。
たしか物販でぼくはこの日しょうこさんにお礼を言いに行ったら「Re:fiveさんの生誕祭は出たかったから」と言ってくれて、いちオタクでありながら妙に恐縮した記憶がある。

更に個人的に感謝の気持ちが強くなったのが2025年の東雲うい生誕祭だった。
さっきの煌~KIRA~の前身グループの生誕祭と柊わかば生誕祭のバッティングもそうだが、2025年頃からRe:fiveはいわゆる熊本3グループといわれるSunnyHoney、熊本Flavorと共演することがやたらと増え、今年に関してはこれに煌~KIRA~も加わり熊本4グループといわれるようになったが、そうやって一緒に活動することが増えてきた。で、今年になってはそういうことはなくなったが、この頃は各運営もまだまだノウハウがなく、3グループ合わせたら結構な人数になるので生誕祭がバッティングすることもあったのだ。そしてこの年の東雲うい生誕祭はSunnyHoneyのリーダー・花宮かのかさんの生誕祭とバッティングしてしまった。
飛ぶ鳥を落とす勢いでSunnyHoneyは遠征もやっていることから県内外から5組のゲストを呼んで、しかも県都・熊本市での生誕祭を開催することが発表された。
東雲うい生誕祭は遠い天草で、そのイベントの裏開催のような印象になってしまっていた。ただ、なんとここにひぜんりささんと共に、煌~KIRA~は出演してくれただのだ。
東雲うい界隈で「ひぜんりさと、煌~KIRA~には足を向けて寝られない」という格言が生まれたほど、この時のゲスト出演はうれしかった。

そんな現在でも語り草になっているStudio5との伝説を残している煌~KIRA~。
その煌~KIRA~がStudio5の主・Re:fiveと二グループだけの対バンライブ。
なにかが起こる予感はそれだけでもあったが、すでに前日のXのポストで「天草前海苔(原文ママ)」とつぶやいている煌~KIRA~のメンバーもいて期待しかなかった。
客電が落ち、Studio5がライブ開始の期待で高まったとき、いきなりサプライズが起こった。
「熱中症に気をつけて水分補給をしてください。動画静止画ともに撮影は自由ですので他のお客様の迷惑にならないように撮影されてください」などと流暢に話している影アナが、Re:fiveの卒業メンバーで、2025年にYUIさん、しょうこさん、ももかさん、まおさんの4人そろって生誕祭の日程をリスケさせた柊わかばさん本人だったのだ。
Re:five目線から見たら生誕祭をリスケさせるほど煌~KIRA~のメンバーやファンに迷惑をおかけしているが、裏を返せばそれだけ柊わかばさんが、煌~KIRA~のメンバーにも愛され、リスペクトされているということ。
その柊わかばさんの影アナとなれば、すでに熱気は最高潮だった。

まずはRe:fiveの登場。研究生・いろはさんも交えた四人でまずは「君とRestart」。
Studio5のステージとの距離の近さもあり、それぞれのメンバーがキラキラと歌い踊る姿を見るだけで、やっぱり天草は最高だと感じてしまう。
MCを挟んでRe:fiveが三曲やった後に煌~KIRA~が登場した。
前日から天草に入っていたこともあり、こちらも素晴らしいパフォーマンス。
Re:fiveが最初のMCで「このイベントをめちゃくちゃ楽しみにしてました」と言っていたが、煌~KIRA~もその気持ちが伝わる楽しいステージだった。

ぼくは8月11日に福岡の西新でRe:fiveも煌~KIRA~も見ていた。西新では、二つのグループとも、慣れないステージの緊張感を楽しみながら、見慣れないファンを取り込むために研ぎ澄まされたステージをやっていた。それはそれでストイックで見事なものであったが、ホームであるStudio5でリラックスしてステージするRe:fiveと、そのRe:fiveの仲良しグループとして、自分の家のようにのびのびとステージを楽しんでいる煌~KIRA~の姿が、見ているこっちも本当に楽しかった。

前半の煌~KIRA~のステージが終わると、柊わかばさんが司会者として現れ、Studio5主催ライブ恒例の企画コーナーが始まる。
一般常識クイズの企画は、煌~KIRA~ VS Re:fiveで煌~KIRA~の勝利で終わったが、それぞれのメンバーが本気で対決していて盛り上がった。
その企画が終わり、ここからまたそれぞれのグループのステージが始まるかと思いきや、なんと両グループのメンバー、Re:five研究生のいろはさんも入れての九人がステージに並ぶ。
そして、ここで煌~KIRA~が前日に天草に前乗りしていた理由を知ることになる。
Re:fiveと煌~KIRA~のコラボレーションステージが始まったのだ。
しかも曲はRe:fiveの中では素人目にも難易度の高い「キセキノサキヘ」。しかも煌~KIRA~もダンスだけでなく歌も唄う本気度。
ここには新しいことにチャレンジしようとする煌~KIRA~の強さと、そしてぼくら5erにとっては、ぼくらの大好きなRe:fiveへの煌~KIRA~の強い愛も感じられて、幸せなステージだった。
これまでもRe:fiveのためにStudio5での伝説を残してくれた煌~KIRA~が、新たに残してくれた伝説だった。 

そんな感じで、ずーっと幸せな時間の流れた煌~KIRA~とRe:fiveの対バンライブ。
個人的には、普段でもいろんなところで共演は多いけど、たまにはわがままかもしれないが二グループだけでのイベントをもっと開催してほしいとぼくは思った。
ぼくは器が小さいヲタクなので、普段なら共演のアイドルがたくさん見られるよりも、Re:fiveの持ち時間が一分でも長くなったほうがうれしいと思ってしまう人間である。
だけどそんなぼくでも、聖地Studio5でのRe:fiveのイベントは基本的に最高だけど、そこに煌~KIRA~が加わると、もっと最高になると感じてしまった。
Re:fiveのワンマンでもStudio5でやるならできるだけ行きたいと間違いなくぼくは思う。
だけど、そこに煌〜KIRA〜が加われば、もっと行きたいとぼくは思うだろう。
そのくらいRe:fiveも煌~KIRA~も素晴らしい対バンライブだったのだ。




この夏、ぼくは一番夢中になったコンテンツは、りくりゅうのYoutubeチャンネルでもちいかわの映画でもなく、U-NEXTで8月1日に配信された吉田拓郎のライブ「春だったね2026」のライブ配信だった。今日(8月14日)でもまだ見逃し配信が見られる上に、U-NEXTはへなちょこDAZNと違い、android機種でもバックグランドで流せるので、とにかくひまさえあればずっとつけている(8月16日までだとか。DVD発売待ち遠しい!)。
それでずっと聴きながら合間にアイドルライブに出かけるということをしていたのだけど、そこでふと老害として、失われたものに気づいてしまった。
一応、ぼくの立場を言っておくと、ぼくはあまりJ-popというものは聴かない。お酒を飲みに行ってカラオケで聴くぐらいだったのだけど、そのカラオケも同世代が最新のJ-popを歌うような人が減っているので、きわめて最新のJ-popには疎い。

なので、ぼくがこれから失われたものと感じたものは、もしかしたら現在のJ-popや音楽シーンにはちゃんとあって、単にぼくが聴く機会の多い九州のアイドルの楽曲から失われているだけなのかもしれない。

さて「セカイノシンパシー」なんて曲もあったが、ぼくはいまいちばん、吉田拓郎の時代には強く存在していて、最近よく聴く曲には感じないなと思っているのはこの「シンパシー」である。
もちろん、そこには老害にありがちな世代的な断絶というのは確実にある。
潜在的に人間というものは生意気な面もあって、年上の言うことしか素直に聞けないという性質がある。
音楽に限らず、あなたが影響を受けた小説家、漫画家などの芸術家のほとんどは、あなたよりも年齢が上ではないだろうか?
吉田拓郎でも、吉田拓郎が29歳の時に開催した野外のオールナイトライブは、当時十代の観客が多く押し寄せ、その未成年者が深夜までライブ会場にいることが問題になったりしたらしいが、基本的には、彼の言葉に感動しているのは吉田拓郎より年下の人だと思うし、ぼくに関しては親よりも年上だ。
なので、すでに老害の域に達している不肖・たきびがある意味、最近の若いクリエーターのものにシンパシーを持てないのは老化現象として仕方がないところはある。
それでもあえて言いたいのです。

最近の曲は聴いている人よりも歌っている人が主役になっていないか?

と。

基本的にあまりJ-popを聴かないぼくが良く聞いている新しい邦楽は九州のアイドル曲なので、まあ、そこに限定したことなのかもしれないが、少なくとも、歌っている人が主役になっている曲が多い気がするのだ。
あんまりいま流れまくっている曲を例にあげるとちょっとあれなので、古めの曲で言うとたとえばLinQの「カロリーなんて」なんて、アイドルオタクがシンパシーを持って聴ける曲ではない気がする。ダイエットにチャレンジするLinQのメンバーが主役の曲で、正直、ぼくには歌詞で共感できる部分は一切ない。
もちろん、ももいろクローバーの「行くぜっ!怪盗少女」やAKB48の「Pioneer」みたいな自分たちの自己紹介曲ならばそれでもいいけど、それ以外のところでも、最近のアイドルは自分たちのことを歌いすぎている気がするのだ。

吉田拓郎に限定しなくても、ちょっと前まではJ-popというのはそういうものではなかった気がする。
海外のロックスターはいわゆる大人の作った秩序を乱す存在として「綿畑行きの奴隷船には売られた黒人女が乗り、傷跡のある奴隷商人の親父が夜中に女たちをひっぱたく音が聞こえてくるだろう」なんていうぶっとんだ歌詞の曲が全米、全英チャート1位になったりする。ワールドカップで話題になった世界的名曲の歌詞だって「トミーは港で働いていたが組合がストを起こしてしまった 運が悪い 厳しいよ、人生は」みたいな歌詞なことにZ世代が気づいてちょっとざわついたりしてた。

J-popというのはたとえロックであってもそこまで秩序を乱すのではない。でも気持ちを表現するものではあったとは思う。そして、聴く人はそのロックスターの表現する気持ちにシンパシーを感じていたのだ。ロックスターが歌う「愛してる」という言葉は、聴いている人が耳にした瞬間、その歌の世界の主人公は聴いている人になって、聴いている人が思いのある人に「愛している」気持ちを昇華させる、きっかけになるようなものだったと思う。
音楽に限らず、小説や漫画、またわかる人には絵画もそうだろうが、ぼくらが悩むようにアーティストも悩む。その誰もが持っている悩みを、普遍的なものとして表現し、その悩みを作品を通じて聴いている人に主人公として体験させ、シンパシーを得ることで、芸術は感動が生まれるものだとぼくは思っている。
それでちょっと前までのJ-popはまだ、それが残っていたと思う。
たとえば、ぼくはめちゃくちゃ嫌いな曲だけど、西野カナの「トリセツ」という曲がある。この曲を聴いてぼくのような弱者男性は虫唾が走るのはやはりそこに普遍的なものとして表現している共感性があるのだろうし、女性が聴くと「わたしもこんな風に大切にしてくれる人と結婚したい」ともろにシンパシーを感じる曲なんだと思う。ウィキペディアによると吉田拓郎はこの曲を「(女性たちの)こんな努力を気づいてほしいっていう歌なのでは?」と、この曲を弱者男性と同じように「うぜー」と怒り狂っている堂本光一に言い聞かせるようにコメントしている。

ただ、たとえ男性は嫌悪感を持ったとしても、普遍的なものを聴いている人が主人公として体験できる楽曲ではあるのである。ましてや女性にとっては、自分の気持ちを言葉にしてくれた代弁者のように感じる人もいたと思う。


ただ、その聴いている人が主人公になって共感できる世界がいま、九州のアイドルシーンだけなのか、それともJ-pop全体からなのかもしれないけど、失われている傾向が最近のトレンドのようだ。
ぼくが大好きな推しグループだから言えるけど、少なくともRe:fiveはデビュー曲の「君とRestart」から「ツインテール似合ってる?」、最新曲の「Shin on me」、どれもぼくはすごく大好きな曲なのだけど、どの曲もRe:fiveのメンバーが主役の歌であり、老害のおじさんが吉田拓郎を聴いた時のように「この歌詞、メモしておこう」と思うような歌詞は正直ない。おニャン子クラブの「かたつむりサンバ」の「ゆっくりでいい、ゆっくりでいい、私のハートを迎えに来てほしい」という歌声に、勘違いしてお富さんを迎えに行こうとする主人公になれる妄想に浸る、聴いている人が主人公なれる感覚が、Re:fiveからは感じられないのである。高橋由美子が「臆病だったイエスタデイ 思いっきり泣きたいよ」と歌っているのを聴いて、自分自身に起こったつらい出来事を乗り越えるような元気も沸いてこないのである。
これが時代の流れというものかもしれない。もちろん、Re:fiveだけでなく、こういう歌詞の世界のグループが最近周りに多い。

もちろん、それでファンが評価しているのだから、それが流行であり、正しいのだろう。
ただ、吉田拓郎を神として育った老害としては、ちょっと寂しいなと思ってしまう。
 

7月12日のひぜんりささんのXに言葉を失った人は多かっただろう。

 

【佐賀のアイドル、人生最大のピンチ】

 

と見出しのついたそのポストでは「足の靱帯を痛めて踊れなくなってしまいました」とピンチの内容が書かれ、足に包帯を巻いたひぜんさんの画像も貼られていた。

ただし、葛藤もあったが7月20日の9周年ライブは開催すると続けられ、「試練が待ち受けていようと、悲しみや哀れみではなく、奇跡を、喜びを起こしてみせる」と力強く気持ちを書かれていた。

ぼくはこの時点ですでにライブのチケットの予約をしていたが、まあ、ひぜんりさなら、大した問題じゃないよなと思った。

むしろ、大きな飛躍のきっかけの目撃者になれるかもしれないと、良いことではないけどまさに怪我の功名のような気分になっていた。

それはすでに一年とちょっと前に、「夜明け前が一番暗い」ことをひぜんりささんが見せつけていたからだ。

一年と四か月前の昨年の3月、3月30日に生誕祭を控えていたひぜんりささんだったが、Xのポスト上では3月25日、実際はそれより以前から。過労などをきっかけに目眩などを生じて歩けないほど体調を崩していることが発表された。

この時の生誕祭は、今回の周年とは違いたくさんのアイドルをゲストで呼んでいたため、とても中止できるような事情ではなかったのもあり、ほとんど歩けない、座っている状態で主役のひぜんりささんがステージを行うというライブになった。

しかし、このライブで発表された新曲がのちのキラーチューンになる「セカイノシンパシー」だった。

そしてこのライブが終わってからのひぜんりささんの勢いはすごかった。

2025年の7月に史上最大規模の佐賀美術館ホールでの8周年ライブを成功させた。

Re:fiveのファンのぼくからしたら、2025年の9月にその8周年ライブで発表された「はちぱれーしょん」を引っ提げて、天草に数十人のオタクを連れてういたんさいにやってきた頼もしさは半端じゃなかった。

年末年始も熊本で爪痕を残しまくっていたし、その間に毎週行われていたもくむつライブも、例年なら客足の減る冬でもこの年の冬は盛況だったらしい。

そしてRe:fiveのファンであるぼくが「これはすごすぎる」と目を丸くしたのが、先月、2026年6月28日の熊本アイドル4グループ合同ツアーin佐賀だった。

昨年の熊本アイドル合同ツアーはフロアも一緒にツアーしている感じで、ゲストにその地元のアイドルは登場するけれど、フロアは熊本の雰囲気がそのまま他県に移動している感じだった。昨年は佐賀の656広場で開催されたが、あの656広場でも、フロアの雰囲気は熊本の雰囲気がやってきた印象だった。

それが今年は会場がライブハウスのGEILSだったのに、それこそ656広場で開催されるサガンプロの生誕祭やもくむつライブのように、会場は佐賀のファンの姿がたくさん見えた。佐賀だから当たり前といえばそうなのかもしれないが、昨年はフロアまでいかにも熊本がやってきたという感じのライブだったから、その昨年よりも佐賀の空気が強い印象を肌で感じて、これがいまのひぜんりさの勢いなのかとぼくは思った。

その佐賀のファンを引っ張るように、オールスタンディングだった1部からガンガンに会場を盛り上げたひぜんりささんのステージは、誰にもまねできないオリジナリティの世界観、安定した歌唱力、飛び跳ねるようなダンス、そしてファンを引っ張るあおりにMCと、素晴らしいものだった。パフォーマンス力も相変わらず高いサガンプロで、サガンプロの三人(ひぜんりさ、園田有由美、ちゃだ)でカバーした「なんてんまんてん」のクオリティは異常に高すぎて、Re:fiveが冗談半分に「わたしたちのなんてんまんてんを封印しようか」と話すほどだった。

こんな素晴らしいステージを見せるひぜんりささんが、主催の自分の周年ライブでどんなステージをやるか見てみたい、周年ライブは生誕ライブと違ってゲストもサガンプロだけだからこそ、他のアイドルのステージを盛り上げようとする気遣いをすることなく、サガンプロに全力を向けるひぜんりささんを見てみたい、とぼくは思っていた。

そこにやってきたのが7月12日の【佐賀のアイドル、人生最大のピンチ】のポストである。

しかし、2025年の生誕祭でも一番暗い夜明け前を乗り越えたひぜんりささんを見ていたから、今回の周年は、その、これからの夜明けを見せてくれるきっかけになるんじゃないかとぼくは期待していた。

 

サガンプロ以外のゲストのいないライブ、しかも656広場での有料ライブということで、佐賀のオタクさんでも客入りは少ないと予想していた人もいたようだが、真夏の656広場は、その暑い中、100人を超える観客で埋め尽くされていた。

7周年が「りさちーなんなーランド」、8周年が「はちぱれーしょん」と恒例化している周年ライブのタイトルとタイトル曲が9周年の今年は「きゅ~とばっキュン♡」。しかも今年の「きゅ~とばっキュン♡」は、これまでの作詞だけでなく作曲もひぜんりささんがやるというSSWなチャレンジも行われていて、常に前に進むひぜんりささんらしくて素敵だと感じた。

 

開演前の会場にはこの「きゅ~とばっキュン♡」と新しいOvertureが流れていた。

9年ぶりに更新されたOverture。

表向きは新しく刷新されたものだから、ひぜんりささんという前向きなスタイルのアイドルということもあって手放しに「新しくなってよかった」という顔をしているオタクの人も多かったけど、現場の空気としてはこのOvertureについては意見が二つに割れている気がした。

これは当然なことで、9年間変えられなかったシンセサウンドのファンファーレのようなOvertureが、ひぜんりささんの名刺代わりのように耳に染みついていることがひとつと、原色のポップな色合いの衣装が多いひぜんりささんとそのOvertureのシンセサウンドのエレクトロ感がうまくマッチしていたこと、そしてなによりもこれまではサウンドだけのOvertureだったので、その日のライブごとにひぜんりささんがOvertureに乗せてアドリブで影アナのようにOvertureからフロアを盛り上げてくれるのが好きだったという人が多く、その影アナ的盛り上げが完全にOvertureからひぜんりさワールドのひとつとして定番化していたため、それがなくなるのに抵抗がある人が多いようなのだ。

特に今回のOvertureは最初からひぜんりささんのセリフが入っていて、毎回まったく同じ感じであおるように設計されている。これからどうなるかはわからないが、ライブで一回見ただけでは、いままでの影アナのようなアドリブであおりを入れる余白はないようにぼくは感じた。

ただ、今後さらにひぜんりささんのライブを、誰もが盛り上がれるようなライブにしたいと考えているオタクの人たちにとっては、あえてアドリブを廃して、毎回定型化したことで、たまにしか来ない人でも前回と同じだということですぐに盛り上がれるし、なによりオイ! オイ!のコールからハミングとその定型化した盛り上がりがよく練られているので、数か月もして定番のようになると絶対楽しくなるという意見も聞いた。

おそらく、ぼくとしては後者のように盛り上がることになるようになると思う。もちろん前者のように以前の定番化したOvertureが聴けなくなるのが寂しいのも本音としてわかるが。

そしてなによりもこの新しいOvertureが、そのセリフが特に、いかにもひぜんりささんらしい世界観で作られていることに感心している。

「りさちーのライブ始まるよ」

なんて、Overtureで言えるところに、この時点でどんなライブでもフロアがひぜんりささんの世界になるとぼくは感じた。

 

とはいえ、この日のライブの一部はそのOvertureはなく、園田有由美さんの司会でスタートした。

ひぜんりささんは奥のDJ卓で曲を流し、フロントではサガンプロのメンバーが歌うというステージだった。

ピンキースカイをはじめ、園田有由美さんのソロ曲、そしてひぜんりささんの曲が流れたかと思うと、J-POPにアニメソング、アイドル曲もノンストップで流れ、それぞれの曲でそれぞれのサガンプロのメンバーが歌う。

出演者としてフライヤーに書かれたサガンプロのメンバーがゲストとしてひとりずつが持ち時間でパフォーマンスするのではなく、こうやってオールスターで主役のDJにノッてステージをやるのもいいなとぼくは感じた。ふいに園田有由美さんがピンキースカイの曲をやって「おおっ」とどよめくのもの楽しかったし、若いメンバーは若いメンバーで盛り上げようとしている必死さが、それぞれに歌割があるからこそ伝わった。

グループアイドルのようにいつもみんなでやっているわけではなく、この日だけの、しかもひぜんりさ9周年ライブという重みのあるイベントだからこそ伝わる必死さ。

真夏の立っているだけでも汗が噴き出す656広場でこの熱気はすごかった。そのまま熱いDJタイムは1時間ほどノンストップで続いた。

 

そしていよいよ新しいOvertureが会場に流れ、ひぜんりささんのステージが始まった。

だが、いきなりトラブルに見舞われる。

PA卓が熱暴走したらしく、「くりてぃかる」の途中で演奏が途切れてしまったのだ。

それでもやめずにアカペラでひぜんりささんは歌い続けると、どこからともなく伴奏を歌う声が。なんと園田有由美さんが伴奏を歌っていたのだ。

不運が重なった偶然だが、その姿に、フロアは大喜び。ひぜんりささんも手ごたえを感じたようで「動画に撮っている人がいたらあげてね」と言われていた。

さて早速オーバーヒートでこれからのライブどうなるのかと不安だったのもつかの間、PAは復活して、本格的にステージは佳境に入る。

2025年の生誕ではほとんど座ってのライブだったが、この日のひぜんりささんは、華麗に車椅子でステージを右に左にと元気良く動いていた。この車椅子の動きについては、園田有由美さんが「りさちゃんはバスケットボールをしているような音を出して、めちゃくちゃ練習していた」と言われていたが、怪我をしてもファンのために自分を甘やかさないスタイルが、その車椅子の動きで伝わった。いつもできる範囲で最大限の準備をしているひぜんりささんのステージの普段からのクオリティの高さの理由が、その車椅子の動きで、改めて見せてくれたとぼくは思った。

そして更にいいなと感じたのが、その目眩で座ってでのパフォーマンスしかできなかった生誕祭を経験しているからの余裕ともいえる、夜明け前が一番暗いことを知っている人の、夜明けを前にその暗い気持ちさえ楽しむような前向きさだった。

この日もひぜんりささんは「学校や仕事などのつらいことがあっても、ライブを楽しんでくれることが、人生を楽しむきっかけになってほしい」ということを言われていたが、まさにその生きることを楽しむきっかけを与える立場として、大事な場面でのひぜんりささんいわく「馬鹿をやっての」怪我でも、これが夜明けの来る前兆だと、つらいことがあったからこれからは良いことがきっとあるんだと言い聞かせるように楽しんでいる姿が素敵だった。

新曲「きゅ~とばっキュン♡」のハートを胸で作ってからの、弓で打ち抜くような印象的なダンスも、車椅子から見せてくれた。

いつものひぜんりささんらしく、車椅子ごとフロアに下りて、フロアを車椅子で走りながら歌う姿も見せてくれた。

そしてアンコール。

周年の有志委員の声に乗せて、途中からひぜんりささんも参加する展開。まあ、車椅子だったので、ステージを降りたりするのも大変だったのもあるだろうけれど、この楽しいライブをもっと見たいのはフロアのオタクだけじゃなくて、ひぜんりささんももっと続けたいと言っているようですごくいいシーンだった。

そしてアンコールでこの日2回目の「きゅ~とばっキュン♡」が演じられ、そこからの最後の最後の曲が、その2025年の生誕祭で座ったまま初披露になった「セカイノシンパシー」だった。

かわいい世界だけではないひぜんりささんの新境地を見せたこの曲は、ぼくの周りでも非常に好きだという人が多く、かくいうぼく自身もひぜんりささんの曲の中で一番といっていいぐらい好きな曲だ。

この曲は何度も言うが、目眩で座ってしかパフォーマンスできない2025年の生誕祭で座ったまま、初披露された。

ただ、その体調万全で生誕祭を迎えられなかったという不運がその後のひぜんりささんの活躍やファン層の拡大という夜明け前の一番暗い姿だったとぼくは思う。

だから、ぼくはこの車椅子でうたうひぜんりささんの「セカイノシンパシー」を聴きながら、今回も足の靱帯を痛めたという不運の中で周年ライブが行われたからこそ、またこれから近いうちにひぜんりささんが素晴らしい夜明けの姿をぼくらに見せてくれるのではないかと信じている。

少なくとも、この日の、足を怪我しても車椅子で、灼熱の656広場で動き回ってフロアを興奮させていたひぜんりささんは、たくさんの人の胸を打つ奇跡を起こし、喜びを生んでいた。夜明けを起こす天は、そのような人の味方をするものだとぼくは思う。