前和光市長 松本たけひろ オフィシャルウェブサイト -134ページ目

「万引き家族」の評価と補助金の関係は!?

是枝監督の「万引き家族」がカンヌで評価され、それを踏まえた政府による「祝意」を監督が断ったことが賛否を呼んでいます。
さて、この補助制度、文化庁によるもので、財源はれっきとした税金です。
ですから、この事業には明確な目的があって、それを文化庁のサイトから引くと、こんな感じです。

【映画創造活動支援事業「映画製作への支援」とは、国からの補助金( 文化芸術振興費補助金) を財源として、我が国における映像芸術の普及・振興を図るため、優れた日本映画の製作活動に対して助成を行うものです。】

要するに、映像芸術の普及・振興に資するものであり、日本映画(を作る活動)として優れたものであることが要件。
今回のカンヌの評価から、映画の出来の良さは客観的に認められました。また、当然、日本の社会の景色を描いた映画としての評価ですから、優れた日本映画という評価も客観的なものでしょう。

要するにこの映画は客観的に制度の所期の目的を満たしたものであり、それをもって税を投入したことの意義は満たしたものと考えられます。

また、その客観的な評価をもって政府は祝意を示そうとしたわけですから、監督の辞退は客観的なものというよりは個人的な好き嫌い、の世界だったのであろうということが分かります。

ここでポイントはというと、補助を受けた作品の満たすべき要件は、政府を批判することでも政府に従うことでもない、ということなのです。
政府を批判すること自体は補助制度に照らした作品の評価、という観点ではどっちでも良い、という意味です。
むしろ、どのようなジャンルであれ、上記の制度趣旨を満たしたものを作ればいいのです。
もちろん、監督の辞退はあくまでも個人的なものであるし、カンヌという客観的な評価を経た作品に政府が客観的に「祝意」を表すということも何ら問題ありません。

これに似た問題としてジャーナリズムの使命、というものがあります。ジャーナリズムの仕事は、政府の批判ではなく、客観的な事実の報道による国民の知る権利の保障です。正しいことでも政府がやったことなら揚げ足を取る、というのでは国民の権利はむしろ、妨げられます。
お客様から新聞代というお金をもらって客観的な事実を報道する、この原点を忘れた新聞に国民的な支持はありません。
また、戦前、国民が喜ぶ報道をして戦争をあおった責任を新聞社はゆめゆめ忘れてはなりません。

話がずれました。

制度による補助にはつねに、制度趣旨というものがあります。大切なのは制度趣旨を満たすかどうか。そして、その前提として、そもそも制度趣旨は時代に合っているか。
その趣旨を鑑みずに批判する、というのでは冷静を欠きます。

三豊市のごみ処理施設「みとよバイオマス資源化センター」視察








三豊市のゴミ処理施設を視察させていただきました。民設民営で三豊市は20年契約で委託料を支払っています。処理はトンネルコンポスト方式。燃えるゴミをそのまま収集し、破袋してコンポストに入れ、17日間の好気性発酵。処理後は選別機で分けて、ビニール袋などは熱処理して製紙会社の燃料に。これで和光市のおよそ半分の日量30トンを処理しています。
再資源化率はなんと、全国3位の60パーセント超。
バイオフィルターを通すので臭いは出ず、排水もありません。
ヨーロッパだと堆肥化が主眼ですが、ここはRPFの生産をすることで、ゴミ出しの方法はそのままに、この処理が実現しました。
都市部でやれるかはわかりませんが、大変刺激的な視察でした。

6月定例会閉会

大阪の震災ではまた、尊い命が失われました。心からご冥福をお祈り申し上げるとともに、被災された方々にはお見舞い申し上げます。
さて、昨日、震災を踏まえ、学校施設など公共施設のブロック塀等の点検、通学路の危険箇所の確認等、あらためて指示しました。
ちなみに今回の6月の補正予算案では、第五小学校の境界塀の更新の補正予算を上程させていただいておりましたが、あまりのタイミングに驚いています。

さて、本日は市議会最終日。補正を含む議案の討論、採決があり、全議案、全会一致で可決していただきました!

市町村別一人当たり所得ランキング、公表

県市町村民経済計算が公表され、2015年度の市町村別一人当たり所得ランキングが明らかになりました。和光市は戸田市(376万円)、さいたま市(375万円)に続く3位で354万円でした。県内63市町村中、61市町村がプラスで、和光市は県内の伸び率の平均値4.4%を上回るプラス4.9%でした。
ちなみに和光市は、平成19年度を最後にトップを譲り、リーマンショックなどで低迷していましたが、ようやく一番が目指せる位置まで回復しました。



橋本健二氏の「新・日本の階級社会」読了

居酒屋ネタで有名な社会学者 橋本健二氏の「新・日本の階級社会」を読んでみました。

日本社会が格差社会ではなく、その格差が固定した「階級社会」になっているのではないか、という問題意識から書かれた本年前半のベストセラーのひとつ。

 

例として、著者としての階級の類型である資本家階級、新中間階級、労働者階級、旧中間階級間を示し、その格差や階級間の移動状況の経年的な変化を見て、著者は資本家階級への他の階級からの移動が困難になったこと、労働者階級からの他の階級への移動が困難になったことを挙げ、さらにはなぜそうなったのかを分析します。そして、いわゆる「アンダークラス」の固定化を指摘します。また、女性に関しては、配偶者の有無やその所属階級と女性本人の階級意識などについても組み合わせごとに分析し、女性特有の現象である配偶者との死別や離婚によるアンダークラスへの階級移動をあぶり出します。

 

SSMデータや2016年の首都圏調査データをもとに議論は展開され、その暗澹たる分析を消化しながら読みました。

 

ちなみに、著者の意識はというと、今の日本や世界の経済状況、政治状況が未来永劫続く、という世界を前提として、非常に静的に社会をとらえていることがよくわかりました。実際には今後、日本社会も世界全体も急速に老いて行き、その中での高齢化の重圧や人手不足など、社会全体の大部分が不幸になるのでは、とさえ考えられている非常に流れの速い社会、というのが実態です。その未来像の中で、本書が示した階級社会像はというと、実は楽観的ですらあります。

 

なお、橋本氏のデータの集約や分析は大変興味深く、行政の現場で感じている空気感に非常にリンクする点もあり大変参考になりました。しかし、アンケート調査のデータの取り方に恣意性があったり、比較的荒っぽい本だなあ、と思いました。

 

一方で、氏は社会学者であることもあり、ラストの処方箋部分については、実務的にも理念的にもイマイチ、という感想を持ちましたが、データを見るだけでも読む価値はあるのではないかと思います。