先日のお地蔵さま巡礼の続き。
 本日は昼から雨と言うことで朝から1時間半ほど
 歩いて参拝してきました。


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 昨日の日報は コチラ → 本日は・・震災から10年。

 02月の散策記事

         焼野まで旧街道をポタリング。 210211 その1
         焼野まで旧街道をポタリング。 210211 その2

         この土日の平野道標散策+平野まではポタ。210214その1
         この土日の平野道標散策+平野まではポタ。210214その2

         旧街道ポタ(短め)。 210228

 03月の散策記事

         深江お地蔵さま散歩。 210307

 1月以前の参拝記事はコチラ

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 写真①、今回は深江社会福祉協議会の『深江のお地蔵様』マップ。
     位置の詳細は判り辛いですが。

     ■つながろう深江の輪


 写真②、とりあえずウチから深江に向かうには北東方向に
     斜めに進むのが近道なのでまずは足代の『子育延命地蔵尊』。


 写真③、子育延命地蔵さま、近影。


 写真④、続いては『足代北安産地蔵尊』。
     間違いなく足代なんですが「北」の付かない
     『足代地蔵尊』と『足代安産地蔵尊』はだいぶ南の
     近鉄『布施』駅近くの商店街(足代だんじりそば)に
     あります。


 写真⑤、足代北安産地蔵さま、近影。

      で、ようやく深江の南端に。


 写真⑥、『法明寺 道案内地蔵尊』。
     現在はここから大阪枚岡線を北に渡った先にある法明寺の
     山門が元はここにあったらしい。
     尚、このお地蔵さまのある暗越奈良街道の北側は東成区、
     南側は東大阪市足代になります。 


 写真⑦、道案内地蔵さま、近影。 


 写真⑧、お堂の横に建つ石標。
     表側(南向)は

     『融通大念佛宗中興法明上人舊蹟 深江村 法明寺』。

     西向は
     『善光寺如来安置 信州善光寺如来日本回国 結縁開帳越年之所』

     これは信濃の善光寺の如来様が出開帳されたことを刻んでいます。



 写真⑨、石標の東向は
     『寛政九丁巳年十月四日御入佛 當寺境内尓 鴈塚の古跡阿り』。
     寛政九年ってことは1797年。
     224年前ですね。

      で、暗越奈良街道を東進。


 写真⑩、案内板もあります。


 写真⑪、今度は『新家北向地蔵尊』。


 写真⑫、新家北向地蔵さま、近影。


 写真⑬、続いて来たのは非常に分かりにくい『東六北向地蔵尊』。


 写真⑭、東六北向地蔵さま、近影。
     中におられたのはお仏壇サイズのお地蔵さま立像でした。


 写真⑮、で、大阪枚岡線(産業道路)を渡って北側へ。
     「菅笠の里」の看板と深江稲荷の参道。


 写真⑯、深江稲荷神社にも参拝。


 写真⑰、こちらは神社のお向かいの
     釜師、故・角谷一圭(かくたにいっけい)氏の生家。
     茶の湯釜の重要無形文化財保持者(人間国宝)だった方です。

     近くには息子さん、お孫さんが現在も鋳物工房を
     営んでおられます。

     ■角谷一圭工房


 写真⑱、先日も参拝した『蛸地蔵尊』。


 写真⑲、蛸地蔵さま、近影。


 写真⑳、なぜか蛸地蔵さまの左側にはフィギュアサイズのお不動さんが。


      以上、本日彷徨ってきた足代・深江のお地蔵散歩の記事でした。