その1からの続きです。
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昨日の日報は コチラ → 本日も・・朝から道標とお地蔵さん探しへ。
01月の散策記事
お墓参りついでの散策 210108
11月以前の参拝記事はコチラ。
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写真①、さて大念仏寺を辞して、ふらふら~徒歩行脚。
近くの馬場口地蔵尊に参拝。
そのまま街中を迂回しつつ東へ。
写真②、平野本通商店街のアーケードを抜けた先に建っていた道標。
コレはもうちょい東にあった喫茶店の軒先にあったんですが
ストリートビューでは廃業されたのか更地に。
で、探してたんですが偶然発見。
比較的新しいもので明治39年大阪府によりこの位置に建立。
しかし道路拡張によって先ほどの喫茶店前に。
平成30年に戻ってきたそうです。
西 右 道明寺 富田林
左 天王寺 大阪
写真③、こちらは北側。
北 右 天王寺 大阪
左 八尾 法隆寺 郡山
また南側は・・
南 右 八尾 法隆寺 郡山
左 天王寺 大阪
と、なっています。
写真④、続いて平野公園そばの「樋之尻口地蔵尊」。
なお、ここのお地蔵さんは大坂夏之陣の元和元年(1615)5月7日、
徳川家康の樋ノ尻口通過を予測した真田幸村が、この地蔵堂に地雷を
仕掛け大坂城へ引き上げた。
予想通り家康が来て、ここで休憩したが、ちょっと座を外したときに
地雷が爆発し、危うく命拾いしたという伝説があり、現在全興寺に
祀られている首地蔵は、このときの爆発で吹き飛んだきた樋ノ尻地蔵の
首と伝えられている。
写真⑤、こちらはお地蔵さんの真向かいの徳川家直参旗本の安藤正次の墓。
写真⑥、公園内の「河内音頭宗家初音家礎之地」の碑。
写真⑦、杭全神社の境外末社、赤留比売命神社。
写真⑧、全興寺、山門。
写真⑨、全興寺、本堂。
写真⑩、本堂前に移設された道標。
こちらは西向き。
右 さ山 すぐ信貴山道
高野山
写真⑪、北向き。
左 ふじ井寺 是より一丁東乃辻右へ同所 道
道明寺
大峯山上
写真⑫、南向き。
慶応二丙寅年
二月下旬建立
写真⑬、東向き。
右 天王寺 すぐ 住吉 道
大さか さかひ
で、お昼も近くなったので帰ります。
写真⑭、帰りは正覚寺の踏切を渡って・・。
写真⑮、旭神社前を通過。
写真⑯、正覚廃寺(東之坊)の前を通って大きい道まで出て
あとはひたすら北上して帰ってきました。
以上、先週の平野探訪でした。