作家・土居豊の批評 その他の文章
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>

ブログ更新! 作家・土居豊の音楽批評特別編【消滅した大阪の公立楽団】3「日本唯一の公立吹奏楽団」

ブログ更新!

作家・土居豊の音楽批評特別編【消滅した大阪の公立楽団】

 

その3「日本唯一の公立吹奏楽団をあっさり切り捨てた大阪市の愚行」

 

※前段

その2「大阪センチュリー交響楽団と、日本センチュリー響は実は同じ楽団」

https://ameblo.jp/takashihara/entry-12954869363.html

 

 

 自治体直営のプロ吹奏楽団というものは、明治以来、いくつかあったようだが、昭和の戦後までずっと存続したのは、大阪府の大阪府音楽団と、大阪市の大阪市音楽団の二つだったようだ。府音が改組されて管弦楽団になってからは、大阪市音楽団は日本で唯一の自治体直営のプロ吹奏楽団だった。それが2008年の橋下徹・大阪府知事誕生以後、二重行政解消の掛け声や、文化芸術分野への税金支出を減らそうという主張の結果、大阪府の楽団支援削減に続いて、大阪市の公立楽団無用論がどんどん進められていった。結果的に、伝統ある大阪市音楽団は廃止され、紆余曲折ののちにOsaka Shionとして民間楽団に生まれ変わった。

 その後、自助努力の成果で現在まで活動継続できているが、本当なら大阪市の楽団としてさらに発展しているはずだったのは、かえすがえすも惜しいことだった。

 それというのも、大阪市音楽団は廃止になるまで、以下のように着実な活動ぶりを続けていて、大阪府内の子どもたちの音楽啓蒙だけでなく、世界的な吹奏楽曲の初演も熱心に行なっていたのだ。

 

 

※懐かしい大阪市音楽団の定期演奏会

 

 

※参考ブログ

(2005年8月)山下一史指揮・大阪市音楽団定期演奏会

https://ameblo.jp/takashihara/entry-12556749974.html

 

※参考音源

ヴァンデルロースト-交響詩「スパルタクス」-大阪市音楽団

http://www.amazon.co.jp/dp/B00006LF5I

 

※参考音源

スパーク-宇宙の音楽-世界初演ライヴ-大阪市音楽団

http://www.amazon.co.jp/dp/B000BKTDPM

 

 

※この時の定演で、人気曲のスパーク『宇宙の音楽』が大阪で初演された

 

※スパーク自身による『宇宙の音楽』解説。作曲家自ら初演会場に立ち会っていた

 

 

 

 この2005年初演の吹奏楽曲『宇宙の音楽』は、作曲家スパーク氏の人気ぶりも相まって、その後順調に吹奏楽レパートリーに定着した。

 初演から20年後の2025年でも、大阪府吹奏楽コンクールでも自由曲として演奏されている。演奏した大阪府立池田高校吹奏楽部は、コンクールに先立って5月に大阪府豊中市の新しい市民ホール(文化芸術センター)で開催した定期演奏会でも演奏した。

 ちなみに筆者は、池田高校によるスパーク『宇宙の音楽』をこの時の演奏と、夏のコンクールでの演奏、それも北摂予選と大阪府大会の2度、合計3回も聴いた。初演に立ち会っていた筆者としては、感慨深いものがあったのだ。

 

 

※参考ブログ

大阪府立池田高校吹奏楽部第59回定期演奏会を聴く

https://ameblo.jp/takashihara/entry-12902164338.html

 

 

吹奏楽コンクール・大阪北摂の結果と感想、さらに批判と提言

その1

https://note.com/doiyutaka/n/nec1d607eae8b

 

その2

https://note.com/doiyutaka/n/nc98addb0faae

 

レビュー「吹奏楽コンクール大阪府大会」〜高校Aの3部を途中まで聴いた

https://doiyutaka.hatenadiary.org/entry/2025/08/10/121423

 

 

 

 毎年、数多くの吹奏楽曲が作曲され、初演されるが、その中で10年、20年と生き残って演奏され続ける曲は多くはない。もちろん、それぞれの作曲者の人気度合いも影響するが、『宇宙の音楽』のようなやたら難しくて親しやすいとはいえない曲が、20年後も演奏会やコンクールで演奏されているのは貴重だ。この曲を初演した大阪市音楽団や指揮者の山下一史氏にとっても、一つの大きな成果だったといえるだろう。

 そういった長年の音楽・芸術分野での貢献を全く考慮せず、伝統ある公立吹奏楽団をあっさり潰した政治判断は、長い目で見てやはりマイナスだったと言わざるを得ない。

 今となっては、民間吹奏楽団としてのOsaka Shionが少しでも活躍の場を増やし、長く存続し続けることを願うのみである。

 

 

※2005年の大阪市の「たそがれコンサート」

 

※今となっては貴重な、故・秋山和慶指揮の大阪市音楽団の演奏

 

 

 

 

※参考ブログ

2012-01-20 17:37:32

吹奏楽日本一の大阪が、貴重なプロ吹奏楽団を潰すとは!

https://ameblo.jp/takashihara/entry-11141030894.html

 

引用

《吹奏楽日本一の大阪が、貴重なプロ吹奏楽団を潰すとは! 橋下大阪市長は、音楽に疎いのかもしれないが、大阪市の音楽団は、吹奏楽の世界では、非常にユニークかつ重要な存在である。日本にはプロの吹奏楽団というのは数えるほどしかないが、その中で、東京佼成ウィンドオーケストラやシエナウィンドオーケストラと並んで、稀有な楽団である。その一つのあらわれとして、世界で活躍中の吹奏楽作曲家の新作を、初演してきた。

 

 子どもたちの吹奏楽活動の目標として、日本の誇るプロ楽団があるのは、いうまでもない。いいお手本があって、はじめて子どもたちは、いい演奏を目指してがんばるのである。世界で活躍する売れっ子作曲家の新曲を、大阪市音楽団が初演できるのも、日本で一番古いプロ吹奏楽団という伝統と実力があってのことなのだ。

 残念ながら、吹奏楽団というものは、オーケストラ以上に、独立採算が難しい。それでも、吹奏楽団が、日本中の音楽好きの子どもたちや、吹奏楽ファンに愛されていることは、間違いのないところだ。行政の文化政策は、音楽文化を切り捨てるのではなく、さらに育成していくことにお金を使ってほしいと思う。》

 

※参考記事(2012年1月20日読売新聞)

【橋下市長、音楽団解散を示唆…財源は習い事券に

大阪市の橋下徹市長は19日、市役所で報道陣に対し、交響吹奏楽団「大阪市音楽団」の存廃について、「一から考える。存続の結論ありきでは考えない」と述べ、解散を検討することを明らかにした。同楽団は1923年に創設され、園児や児童向けの鑑賞会、中学高校での吹奏楽の指導などを行っている。市は運営費の約9割に当たる約4億3000万円(2010年度)を負担している。橋下市長は同日の市議会決算特別委員会で「(行政が)音楽団を抱える必要はない」と述べ、助成を打ち切る意向を表明。代わりに、浮いた財源などを原資に、子どもが学習塾代や習い事などに使えるクーポン券の支給制度を新設する考えを示した。】

 

 

 

 ちなみに、日本は世界でも珍しい吹奏楽大国だが、ほとんどは学校や職場・市民の吹奏楽アマチュアの演奏である。実際に長く活動できているプロの吹奏楽団は日本には数えるほどで、それもバックに宗教団体があったり、スポンサーがある場合がほとんどだ。

 次回、最終回では、日本の吹奏楽文化の今後について、まとめておく。

 

(次回に続く)

 

 

ブログ更新! 作家・土居豊の音楽批評【消滅した大阪の公立楽団】 その2「大阪センチュリー交響楽団

ブログ更新!

作家・土居豊の音楽批評特別編【消滅した大阪の公立楽団】

その2「大阪センチュリー交響楽団と、日本センチュリー響は実は同じ楽団」

 

※前段

その1〜「大阪府音」を知ってますか?

https://ameblo.jp/takashihara/entry-12954800447.html

 

 

 

 前段で書いたように、全国でも珍しい大阪府の公立楽団だった大阪府音楽団は、オーケストラに発展改組され、大阪センチュリー交響楽団となった。この楽団については、筆者はあまり縁がなかった。

 それというのも、当時、クラオタとしての筆者は、地元大阪の楽団では朝比奈隆指揮の大阪フィルハーモニー交響楽団にハマっていて、そのライバルとなった大阪センチュリー響の演奏会には、ほとんど行かなかった。

 一方で、市民合唱団に入っていたので、大阪府内の4つ目のプロ・オケである大阪シンフォニカーとは、市民合唱の共演でたびたび一緒にステージに立った。しかしなぜかセンチュリー響とは、合唱の場面でもご縁がなかった。

 それでも、新しい楽団の素晴らしい演奏ぶりは伝え聞いていた。同じ公立の交響楽団として、近隣には京都市交響楽団もあり、関西には公立の優れた楽団が、先発の老舗オーケストラの牙城を脅かす発展ぶりを見せていた。

 筆者も、のちに指揮者の山下一史氏の取材で演奏会通いを繰り返すようになってから、山下氏が指揮した大阪センチュリー響の演奏を聴いた。

 この時の演奏について、迂闊にも演奏評を書き残さなかったので、実際はどうだったか今ひとつ思い出せない。せっかく、ピアノのティエンポのサインももらえたのに、残念なことだ。けれど、山下一史氏の指揮するシューベルトの交響曲第8番(旧、9番)「ザ・グレート」については、満足のいく演奏だった記憶がある。当時、世間で流行りつつあった古楽器派の解釈が影響して、シューベルトの交響曲も、ハイドンやモーツァルトのように快速でアクセントを多用する演奏が増えていたのだが、山下氏は持ち前のロマン派的な演奏ぶりで、たっぷりとメロディーを歌わせる抒情的な演奏をしてくれたように記憶している。

 

 

※左のサインが、ティエンポのサイン

 

 

※当時のセンチュリー響は、このように座席表を載せてくれていて、演奏者の名前が分かりやすかった

 

 

 

 また、大阪センチュリー響を、当時売れっ子だった女性指揮者・西本智実が指揮した演奏会にも行ったことがある。この時の演奏も、批評を残していないのだが、ブラームスの交響曲第1番は、この指揮者にはやや荷が重かったような印象だった。

 

 

 

※参考記事〜大阪センチュリー交響楽団について

(産経新聞9月25日)

【大阪センチュリー交響楽団、独自にスポンサー探し

大阪府の橋下徹知事が大阪センチュリー交響楽団への補助金支出に難色を示している問題で、同交響楽団が独自にスポンサーを探す方針であることが24日、分かった。知事との考え方の違いから「自立」の道を探ることになる。今月上旬に橋下知事とセンチュリー関係者が面会、意向を伝えて了解を得ているという。橋下知事はこれまで、府が補助金を支出する条件として、コンサートホールでの演奏活動よりも、学校や病院などを訪問して鑑賞会を行うなどの「直接サービス」を最優先させるよう訴えてきた。しかしセンチュリー側は「これまでも鑑賞会などを行ってきたが、人件費の保証もないまま、それらのサービスに特化することは非現実的」として、従来通り、ホールでの定期演奏会や依頼公演などの収益事業を継続したいとの意向を示していた。(後略)】

 

 

https://ameblo.jp/takashihara/entry-10364696691.html

 

《さて、話を大阪センチュリーにもどしますと、「直接サービス」に力を入れて、コンサートなどの「間接サービス」は二の次に、というのが知事の意見でしょう。しかし、これは本末転倒というものです。オーケストラが、本業であるコンサート演奏を後回しにして、出前サービスの演奏ばかりやっていたら、たちまち演奏の質は、がたおちになります。スポーツに例えると、わかりやすいと思います。たとえば、プロ野球選手が、本業である野球の試合を二の次にして、子どもへの野球教室ばかりやっていたら、プロとしての腕前は落ちる一方でしょう。残念ながら、出前演奏ばかりやらされるオーケストラは、本来の実力を失い、演奏の魅力を失います。そうなれば、出前される方も、レベルの低い音楽を聴かされて、別にうれしくない、ということになりかねません。

 もし、大阪府に「本物の音楽演奏」を「出前」できるオーケストラが必要なら、「出前」の何倍もの労力を、本業であるコンサート演奏に注ぐ必要があります。もっとも、そもそも大阪府にオーケストラは不要、ということなら、なにをかいわんや、ですが。》

 

 

 

 その後、大阪センチュリー響が大阪府から切り捨てられて、民間の楽団、日本センチュリー響となってからは、遅ればせながら演奏会に何度も行くようになった。

 もちろん、かつての大阪府音楽団とは完全に別物になってしまったのだが、現在の日本センチュリー響を、筆者は特にその本拠地のある大阪府豊中市の市民、地元民として応援している。

 以下、日本センチュリー響の筆者による演奏評をいくつか振り返っておく。

 

 

※筆者による日本センチュリー響の演奏評

 

2014年12月(演奏会評)日本センチュリー交響楽団創立記念日定期演奏会・飯森範親指揮、アラベラ・美步・シュタインバッハー(Vn独奏)

https://ameblo.jp/takashihara/entry-11962903357.html

 

 

2016年4月(演奏会評)飯森範親指揮・日本センチュリー交響楽団によるマーラー交響曲9番を聴く

https://ameblo.jp/takashihara/entry-12148541718.html

 

 

2020年6月(演奏会評)「ハイドン・マラソン19」コロナ後初めてのフル編成オケ・演奏会の記録

https://ameblo.jp/takashihara/entry-12605656856.html

 

※飯森範親の始めた「ハイドン・マラソン」は、全交響曲を網羅してすでに終了している

 

 

 

 

2020年12月(演奏会評)日本センチュリー交響楽団第251回定期演奏会 秋山和慶指揮、ブルックナー交響曲第4番

https://ameblo.jp/takashihara/entry-12644770011.html

 

※秋山和慶は日本センチュリー響のアドバイザー就任後、程なく惜しくも没してしまった

 

 

※筆者は秋山和慶を長らく愛聴していたので、亡くなったのは非常に残念である

 

 

 

 

 最後に、現在の日本センチュリー交響楽団は、大阪府音時代を含めて楽団誕生以来最高の人気を誇っているようだ。その理由は、なんといっても、世界的人気の作曲家・久石譲が同団の指揮者になったからだ。

 久石譲といえばジブリ、誰でも「トトロ」の歌を歌えるはずだ。けれど、ジブリアニメの作曲家である久石譲と、オーケストラ指揮者としての彼とを、同列に評価することは難しい。実のところ、筆者は彼が指揮するようになってから、地元民ではあるが、日本センチュリー響の演奏会から足が遠のいている。

 以下のように、超辛口の批評を書いて、音楽ファンに同団の久石譲指揮による演奏に警鐘を鳴らしたのだが、今でもこの記事がアメブロの中で高評価を得ているところを見ると、どうやら同じように違和感を覚えた聴衆が多かったのかもしれない。

 

 

※参考ブログ

(超辛口批評)久石譲指揮・日本センチュリー交響楽団のベト7、佐藤晴真のスメラ

https://ameblo.jp/takashihara/entry-12699974266.html

 

 

第257回日本センチュリー交響楽団定期演奏会

久石譲 指揮

佐藤晴真 チェロ

久石譲:Encounter for String Orchestra

スメラ:チェロ協奏曲

ベートーヴェン:交響曲第7番イ長調

 

 

 

 とはいえ、大阪府音楽団以来、長い歴史のある同団が、このまま一時の人気に乗って本来のオーケストラとしての実力を失ってしまうことなく、飯森範親時代に「ハイドン・マラソン」で培った基本的なアンサンブル能力をしっかりと保持して、さらに優れた楽団へ発展していくことを、長年のファンとして切に願っている。

 

 

 

(次回は、大阪市音楽団について)

 

 

作家・土居豊の音楽批評特別編【消滅した大阪の公立楽団】 その1「大阪府音」を知ってますか?

作家・土居豊の音楽批評特別編【消滅した大阪の公立楽団】

その1〜「大阪府音」を知ってますか?

 

 現在、大阪府と大阪市で、大阪維新の会の代表である吉村府知事と、同じく維新の会の横山市長が、ちょうど高市総理の仕掛けた解散総選挙に合わせて同時選挙を仕掛けている。すでに2度も住民投票で否定された大阪都構想を、3回目の住民投票に持ち込みたい思惑だという。筆者は大阪府の生まれ育ちだが、2008年の橋下徹大阪府知事時代以来、橋下府政とその後の維新の会による大阪府支配の進行に一貫して反対してきた。その大きな理由の一つは、橋下&維新による大阪の伝統ある文化芸術の否定と切り捨て政策だ。

 この突然のダブル(大阪市はトリプル)選挙の機会に、過去の筆者の記事を引用しつつ、かつて大阪にあった音楽文化の伝統について、語っておきたい。

 

 

 今となっては、大阪の音楽の伝統として吹奏楽(と管弦楽)があったと言っても、信じないかもしれない。だが、事実なのだ。日本で唯一、公立吹奏楽団が二つもあったのが大阪府と大阪市であり、大阪府民の子どもたちは自分たちの公立楽団から、贅沢な音楽指導とお手本演奏を無料(あるいは格安で)で享受できた。もちろん、今でも大阪府には、大阪府立淀川工科高校吹奏楽部のような、公立でありながら全国一の実力を誇る学生吹奏楽の伝統がある。そういう音楽の伝統は、やはり公立楽団による教育効果が大きかったのは間違いない。

 ところが、2008年、橋下府知事になって以来、「税金の無駄」という切り捨てで、大阪府立の交響楽団である大阪センチュリー交響楽団(大阪府音楽団の後継)が府から切り離され、大阪市音楽団も大阪市から切り捨てられた。両楽団は、幸いその後も民間団体として活動を継続している。だが、公立楽団だった両団が大阪府民に提供できていた音楽貢献は、やはり目減りしたと言わざるをえない。

 さらに、橋下府知事以後の大阪維新の会の府政、教育改悪によって、大阪府立高校の数がどんどん減らされる一方、私立高校授業料無償の政策で、無理な競合を強いられた大阪の公立高校は次々統廃合の対象になっていった。吹奏楽部が全国一の実力を誇る府立淀川工科高校も、定員割れを起こしている有様だ。もしこのまま、大阪府独自の条例に従って定員割れのために統廃合されるとしたら、全国一の吹奏楽部も先々、消滅しかねない。

 

※参考ブログ

大阪府立高校、定員割れ多数。なんと寝屋川・八尾・鳳も!

https://ameblo.jp/takashihara/entry-12889155541.html

 

2024年大阪府立高校の異常な倍率差、維新の会教育改悪はもう取り返しがつかない大混乱

https://ameblo.jp/takashihara/entry-12843455985.html

 

 

 

 大阪府の子どもたちがかつて享受できていた音楽文化の豊穣さが、このままでは失われていくかもしれない。民間団体である日本センチュリー響(元の大阪センチュリー響・大阪府音楽団)と、Osaka Shion(元の大阪市音楽団)も、経営悪化していけば先行き、存続し続けられるとは限らない。

 

 さて、このような前提の上で、今回からしばらく、大阪の二つの公立音楽団について語っておきたい。

 まず、今となっては忘れられているだろう、大阪府音楽団、のちの大阪センチュリー響、現在の日本センチュリー響の前身について、筆者といささかの縁があったことを書いていく。

 

 

※資料

大阪府音楽団

https://www.pref.osaka.lg.jp/documents/35770/201301siryo.pdf

 

日本センチュリー交響楽団

https://jcso.or.jp/about/

 

 

※参考映像

https://youtu.be/FSmaTep8C0Q?si=DeL2PoDdy7lqYidh

 

《大阪センチュリー交響楽団の前身である大阪府音楽団は1952年(昭和27年)11月に大阪府により設立されました。府音(ふおん)は数少ないプロの吹奏楽団として長年活躍し親しまれていましたが、様々な理由により1989年(平成元年)3月をもって廃止が決定されました。その後同年5月に大阪府文化振興財団が設立され、大阪センチュリー交響楽団発足へつながってゆきます。

厳正なる内部オーディションにより、大阪府音楽団のメンバーも若干名採用となりました。

今回の映像は、大阪府音楽団最後の定期演奏会のものとなります。残念ながら映像の質はあまり良くなく、01:19:27あたりで音声がなくなっています。ご了承ください。

00:02:35 W.H.ヒル/聖アンソニー・バリエーションズ

00:11:38 R.ジェイガー/ダイアモンドバリエーションズ 

00:27:45 A.リード/金管楽器と打楽器のための交響曲

00:51:57 阿部亮太郎/嵌め込み故郷

01:03:10 O.リード/メキシコの祭り》

 

 

 

 この大阪府音楽団がまだ活躍中だった時代に、筆者は大阪府立の春日丘高校で吹奏楽部に入っていた。

 当時の大阪の公立高校吹奏楽部は、全部で9つの学区に分かれている中の、偏差値の高い伝統校を中心に、各自治体でそれぞれ定期演奏会をやったり合同演奏を繰り広げていた。現在の高校吹奏楽のように、別雇用の指導者による指揮を実現している吹奏楽部は例が少なく、多くはOBOGがボランティアで指導したり、音楽教師が自ら指揮を振ったりしていた。そんな中で、当時の第2学区のトップ3校の一つだった筆者の母校は、生徒自身で指揮者を選び、時々OBOGに指導してもらいながら、独自に演奏会を開催したりしていた。

 そんな母校に、偶然、当時の大阪府音楽団で指揮者だった人物が、高校の事務長として転勤してきたのだ。この人物は、今ではほぼ忘却されているが、かつては吹奏楽の模範演奏でレコードでも演奏会でも有名だった。そんな「偉い」先生が転勤してきて、母校の吹奏楽部の部員たちは当然、この先生を指導者に仰ぐだろうと思われた。ところが、この当時(昭和60年代・1980年代)の母校の気風は、学生自治の伝統を受け継いで、教師や指導者の指導に素直に従うということを拒否しがちだった。

 そんなわけで、母校吹奏楽部は、有名な井町先生の指導を、かなり嫌々ながら受け入れたものの、どうしてもソリが合わなかったようで、この指導体制は数年で終わってしまった。

 それでも、今となっては、当時の吹奏楽界で名の通った井町昭の指揮による演奏が、大阪府立春日丘高校吹奏楽部に記録されたことは、大阪の吹奏楽演奏の歴史に1ページを刻んだといえよう。

 

 

 

 

 

 

※井町昭

https://www.kansai-sui-kourosya.com/功労者紹介/

 

井町 昭(いまちあきら)

大阪府音楽団指揮者

歴代指揮者の後を受け継ぎ、大阪府音楽団のレベルアップに貢献。

 

 

参考音源

https://www.youtube.com/watch?v=qfOdeZOx5l0

 

 

吹奏楽名曲コレクション6 吹奏楽オリジナル名曲集 Vol.1

https://www.hmv.co.jp/artist_Various_000000000000075/item_吹奏楽名曲コレクション6-吹奏楽オリジナル名曲集-Vol-1_8452151

 

 

 

 その後、大阪府音楽団はオーケストラに発展改組され、大阪センチュリー交響楽団となった。

 次回は、このオケについて続ける。

 

(続く)

 

※関連ブログ

20数年ぶりにホルンを練習して、母校の演奏会に参加させてもらった

https://ameblo.jp/takashihara/entry-12951519765.html

 

 

 

「2026年大学入学共通テスト国語第2問に遠藤周作の短編が!」

ブログ記事

「2026年大学入学共通テスト国語第2問に遠藤周作の短編が!」

 

※2026年大学入学共通テスト問題

国語 第2問(遠藤周作『影に対して』より)

 

https://www.asahi.com/edu/kyotsu-exam/shiken2026/mondai_day1/kokugo_6z2f3a1gl/kokugo_02.html

 

 

 今回の共通テスト国語の問題に、遠藤周作の未発表作品収録の短編が出題されていた。

 遠藤周作について、筆者は一時期、阪神間文学の研究の一環で、下記参考資料のような講演も行なったりしていた。文芸批評として遠藤周作を扱ったものは書いていないが、音楽批評の分野では、遠藤原作・松村禎三作曲のオペラ『沈黙』を研究・取材したことがあった。

 遠藤の小説『沈黙』については、幾多の研究が国内外にあり、近年、再映画化もされて話題になった。けれど、意外にオペラ版のことはほとんど知られていない。それもそのはず、オペラ『沈黙』は、松村の代表作というほどの知名度は残念ながら得られず、日本オペラ作品としては珍しく数度の再演の機会がありながら、話題とはならず、欧米の有名歌劇場での上演もない。

 しかし、遠藤の小説『沈黙』を読んだ人なら、このオペラを一度は観劇・試聴してほしいと思う。日本オペラ特有の問題点は多々あれど、再演に耐える内容と音楽的完成度があるからだ。

 

※参考

2005年9月17日「新国立劇場・オペラ『沈黙』初日」

https://ameblo.jp/takashihara/entry-12556750044.html

 

2005年9月19日「だからオペラはやめられない」

https://ameblo.jp/takashihara/entry-12556750050.html

 

 

 さて、小説「影に対して」と、共通テストの問題に戻ろう。

 共通テストが始まって5年、国語の問題はますます変な出題傾向になってきたが、その一方で問題文の出典は伝統的な題材に戻りつつある。今回の遠藤周作も、まさか今時、遠藤でもなかろうに、という感じで、意外だった。しかも、出典の短編は昭和60年代に書かれたと思しき、母と父との関係性をテーマとする古いタイプの小説だ。私小説ではないが、題材は遠藤自身の家族関係から取られていて、母との濃厚なつながりを感じさせる内容だ。実際には、遠藤の母はこの短編の母親ほどひどい境遇ではなかったはずだが、小説の中の親子関係は誇張して描かれている。

 一つには、この短編の描写は現代の10代〜20代の受験生たちにとっては、ずいぶんハラスメント的なものだろうという点で、興味深い。それというのも、この出題について、入試当日のXへのポストで、「モラハラ夫」の話だ、とする感想があったのだ。なるほど、と昭和生まれの筆者は驚いた。この程度の描写で、今の子たちはハラスメントと受け取るのだな、と。これでは昭和の、ましてや明治対象の日本小説を読むことは難しいのではあるまいか? 明治の文豪たちの夫婦関係など、この遠藤の小説よりもっと露骨に男尊女卑の描写が当たり前なのだ。

 いくら小説、フィクションでも、前世紀初めの日本の社会通念、男女関係は、現代の若者から見て、暴力性が過剰だと受け取らざるをえないのだろう。だとすると、学校の国語教科書で、明治大正、昭和初期の小説を読ませることは、実はもうふさわしくないのかもしれない。遠藤でさえ、もう古すぎるのだろうか。もしかしたら、村上春樹でさえ、今の10代の子に読ませるには暴力的すぎるかもしれない。学校の教材としての文学作品の扱いは、過渡期に来ているのだろう。

 むしろ、国語の教材として使うのではなく、根本的に読書教育の方法を作り直す方がいいのではあるまいか? 学校図書館がないがしろにされている昨今の風潮を考え直し、司書教諭を、以前の計画のように全国義務教育学校・高校に配置し、読書教育をカリキュラム化して日本文学の、近現代作品を系統的に学べるようにする必要があるのではないか。そうでなければ、日本近代・20世紀の豊穣な文学作品は、いずれ忘れ去られて、時代錯誤なハラスメント事例としてしか読まれなくなるかもしれない。

 

 

 

 

※参考資料

【西宮まちたび博「遠藤周作とカトリック夙川教会〜オペラ『沈黙』を中心に」(作家・土居豊講演)】

パート1

https://youtu.be/9KeaNk6GNio?si=1m9Q_YX2n9QnBlUP

 

 

 

《私の講演も西宮まちたび博プログラムとして行われ、今回は特別に講座終了後、教会内部の案内をしていただけました。

この講座は、応募多数の為、抽選でご来場者を決定したのですが、さすがに皆さん、熱心な方々で、遠藤周作の『沈黙』をほとんどの方が読んでおられました。

しかも、めったに観る機会のないオペラ『沈黙』をご覧になった方も数人いて、関心の高さをうかがわせました。

講演後、まちたび博の体験プログラムでも大好評だった夙川教会の見学を、思いがけなく、教会のご厚意でさせていただけたのは、貴重な機会だったと思います。》

2013年西宮まちたび博 プログラムNo.84

「遠藤周作とカトリック夙川教会〜オペラ『沈黙』を中心に」(西宮文学案内秋期講座)

http://machitabi.jp/experience/452

内容紹介

松村禎三の作曲でオペラ化された遠藤周作『沈黙』は、現在ハリウッドでスコセッシ監督が映画化進行中(渡辺謙が出演予定)でもあり、名実共に遠藤文学の代表格である。今回の講座では、周作とカトリック夙川教会との関係を軸に、オペラ『沈黙』公演の舞台裏取材も紹介しつつ、カトリック信仰と遠藤文学の密接な関係を掘り下げる。

日時:2013年12月7日(土)14:00~15:30

会場:カトリック夙川教会

 

 

パート2

https://youtu.be/II-Ijbufais?si=_s_MTVlkPG1-QZNX

 

パート3

https://youtu.be/zbXxj5GIsHk?si=CIiHulO2u9wOHCwk

 

 

 

※参考ブログ(共通テスト関連)

https://ameblo.jp/takashihara/entry-12651255594.html

 

https://ameblo.jp/takashihara/entry-12653684390.html

 

 

1995.1.17阪神淡路大震災の記憶〜神戸・阪神間とのかかわり

1995.1.17阪神淡路大震災の記憶〜神戸・阪神間とのかかわり

 

 

 今日で、阪神淡路大震災から31年。あの日の朝も、筆者は明け方5時台に部屋の石油ファンヒーターのスイッチが入るようにセットしてあり、ようやく部屋が温もってきてそろそろ起きなければと思ったところで、いきなり激震に襲われた。

 自宅が大阪府茨木市だったので、実際は大した揺れではなかったはずだ。それでも、部屋に積み上げた大量の本が崩れるぐらいは揺れた。幸い、石油ファンヒーターは自動的に消火して、灯油臭いにおいがたち込めていた。慌てて外に飛び出したが、恐ろしく寒かったのを今も覚えている。

 その日は、テレビのニュース画面を見ながら、ただ茫然と過ごした。当時は教育公務員だったので、本当は職場である学校に駆けつけなければならないのだが、交通手段が絶たれていた。茨木市の自宅から、勤務先の豊中市の学校まで、普通なら大阪モノレールか、阪急電車で行ける。自動車ならもっと早く行ける。だが大阪モノレールは不通、阪急電車も宝塚線は途中区間が不通だった。自動車で向かう道筋も、通行止めの箇所が多く、無事に辿り着けそうもない。

 翌日、ようやく出勤して、大阪府豊中市の高台にある勤務校が大きな被害を受けていることに驚いた。震災当日の報道では、大阪府内の被災はほとんど報じられていなかったのだ。

 豊中市は、兵庫県に接しているため、震度は府内で最も大きかったようだ。被災がひどかったのは庄内地区だが、高台にある勤務校も、グラウンドが崩れ、校舎に大きなヒビが入り、内部も水道管から大量に水漏れして、図書室の本がたくさんダメになっていた。

 

 それ以降、筆者は高校の教諭として3月まで、勤務校の生徒、特に受験を間近に控えた生徒の面倒をみるのに奔走した。幸か不幸か、震災はセンターテストが終わった後だった。しかし、すぐに私立大学の入試が始まるのだが、神戸や阪神間の私立大学はどこも被災のため入試日程を変更しつつあった。さらに、大阪府内の大学も、被災した受験生への配慮で、入試日程を変更したり会場を増やしたりして、最大限の対応をしていた。この時代、インターネットはまだ普及する前で、入試情報は新聞や大学広報に直接確認するしかない。新聞紙面の入試変更のお知らせを拡大コピーして、3年生の教室のフロアの壁に貼って周知したり、毎日大変だった。

 

 

 やがて、神戸や阪神間の町は震災から徐々に立ち直り、再開発が進んで、震災前の町並みから大きく変貌した。筆者は自分が大学生の頃に、よく神戸や阪神間で遊んでいた(バブル真っ最中だった!)ので、記憶にあるあの町並みや風景がすっかり変わったことに、複雑な思いだった。

 それでも、町並みが変化しても、神戸や阪神間のハイカラな空気感は、今でもやっぱり変わらない。筆者は10代からあの町で遊んで、20代、30代と年齢を重ねても飽きずに通ってきた。一時は神戸や阪神間で仕事をたくさんやっていたこともあり、作家・評論家としてあの町を文学上の研究対象にしていたこともある。

 30年以上経とうと、50年経とうと、神戸・阪神間はやっぱり変わらず、そこにあってほしい。

 

 

※神戸松蔭女子学院のチャペル。幸い、震災でも無事だった。

 

※JR三ノ宮駅と、今はないOPA。

 

※神戸のトアロード、南京町、元町あたりをよく徘徊した。

 

※神戸といえば、港と海。

 

※筆者の子ども時代、西宮球場と甲子園球場によく野球見物に連れてきてもらった。

 

※西宮でよく仕事をしていた。

 

 

 

※神戸のポートアイランドにも、空き地が目立つようになった。

 

 

※阪神間で育った作家・村上春樹は、阪神淡路大震災に深く影響を受けている。

 

 

 

 

1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>