作家・土居豊の批評 その他の文章
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(再構成バージョン) エッセイ「平成時代の音楽大学の日常」その8〜学生オペラ公演『魔笛』

(再構成バージョン)

エッセイ「平成時代の音楽大学の日常〜現役高校教師兼作家による体当たり音大体験記」

 

その8〜学生オペラ公演『魔笛』

 

※前段

その7〜木五(木管五重奏)の愉しみ

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久しぶりに音大に来た。夏休み中は大学に来てもあまり知り合いがいないし、自分は自分で何かと忙しかったのだ。

 第2キャンパスに行くと、けっこう学生が大勢いる。今日は約束があって来たのだが、ロビーのソファに座っていると、2階から下りてきたオーボエの学生(木管五重奏を取材した人)が、私の前に腰を下ろして、しゃべりだした。

 

学生:「お久しぶりです。今ちょうど上で練習してたんですけど、今すっごいスランプで、煮詰まってて、気分転換に出てきたんです」

Q:「ドイツ行ってたんでしょ?」

学生:「いえ、ザルツブルグです。講習会があって」

Q:「前にコンクール受けたのとはまた違うとこ?」

学生:「それはドイツのデトモルトっていうところです」

Q:「みんな、夏は海外に行ってるみたいだね」

学生:「そうですね。4回生は多いですね。卒業後のこともあるし」

 

 

 このオーボエ学生のほかに、フルート学生はフランスで講習会に参加していたし、学生オーケストラのコンサート・ミストレスは、ロンドンで先生についてレッスンを受けていたという。音大生は、やはり海外で修行を積まないといけないのか。それなら、最初からヨーロッパの音楽大学に入ったほうが早いのかもしれない。

 いくら東京芸大に行っていても、それでも卒業後は海外でキャリアを積む人が多いらしい。いつまでたっても、日本は音楽の自給自足が成立しない後進国のままなのだろうか。親の立場で考えると、高い学費を払って音楽大学に行かせても、卒業後、さらに東京や海外に修行に行かなくては一人前になれないなんて、そんな大変な職業を子供が目指すとなれば、どれほどお金がかかるだろう。医者や弁護士のほうがまだましかもしれない。

 それでも、子供を音楽家にしたいという親は大勢いるのだろう。たとえ音楽家になれたとしても、ソリストとして世界の第一線で活躍するのは、ほんの一握りで、あとはその日ぐらしに近いような薄給で四苦八苦している現実を、どれだけの親たちがわかっているのだろうか。音楽の教師なんて、余りまくっているというのに。

 などとつい悲観的に考えてしまうのだが、目の前の音大生たちは、ごく普通に、自分のやりたい道を目指してがんばっているのだ。願わくば、実力をつけて、熾烈な競争を勝ち抜いて、晴れて有名なオーケストラの奏者やソリストとして活躍してほしいものだ。

 

 

 

 

 音大はまだ夏休み中だが、キャンパスはまるで授業が始まっているような活況を呈している。

 それもそのはず、9月にはいろんな講習やテストがあり、さらに10月初めに学生オペラの公演があって、その練習のために声楽やオーケストラは早くから準備している。

 正門脇の学生食堂で、顔なじみの声楽のテノール学生と少ししゃべった。

 

Q:「オペラ、今回はタミーノ(モーツァルト『魔笛』の配役名)でしたね。どうですか、前の『ラ・ボエーム』の時と比べて」

学生1:「いや、全然違う役ですし、王子役って、実際、本当らしくみせるのが難しいですよ」

Q:「あなたはイタリアの歌が専門でしょ? ドイツ語で歌うのは、どんな具合ですか」

学生1:「そりゃ、やっぱり、イタリア語に比べたらやりにくいですよ。でも、まあ、それも経験ですしね。モーツァルトは前にもやってるので」

 

 

 この学生オペラは毎年、附属のオペラハウスで秋に公演がある。授業の発表だが、この音大の声楽・管弦楽の総力を結集して行われる。数年前から、オペラの歌詞も台詞も原語でやるようになったという。監修している声楽の先生によると、実際にオペラ歌手として海外で仕事をするには、語学力は前提となっているからだという。オペラで、歌は歌えても台詞が言えないなどということは通用しない。

 歌手は、オーディションで選ばれる。オーケストラは、授業メンバーから選抜される。指揮はオーケストラ授業を指導しているプロ指揮者、演出はオペラハウスの独自公演でも活躍しているプロの演出家、舞台監督やスタッフもベテランのプロである。

 今年はモーツァルトの『魔笛』を、ダブルキャストで2日間やるという。全て原語で、本来のジングシュピールとして、ほとんどカットせず上演する。

 この日、指揮者先生に頼んでオーケストラ練習を見学させてもらった。いつもの第2キャンパスの大教室ではなく、附属の中ホールでの練習である。舞台にのっているメンバーは、モーツァルトのオペラなのでいつものブラームスより半分ぐらいの人数だ。弦楽器は3、4回生中心で、管楽器も金管はトランペットとホルンぐらい、木管もいつもの半分しかいない。

 指揮者先生が、練習を始める前に話をしてくれた。

 

Q:「仕上がりはいかがですか?」

先生:「そうですね、夏休みを挟んで、学生さんがなかなかモーツァルトの音を思い出してくれませんよ。それでも、昨日よりだいぶよくなってます」

Q:「オペラのピットに入ると、音響がぜんぜん違うといいますね」

先生:「そりゃ、聞こえ方が全く変わります。だから、実際にGPでやって、本番でやって、それでもまだ調整が必要です」

 

 

 さて、練習が始まった。いつものコンサートミストレスがチューニングして、序曲から通していく。有名な『魔笛』の序曲だが、この指揮者先生は、かなり早いテンポをとった。聞くと、音大の使っていたのは古い版の楽譜で、それを今回新しい版に変えたのだそうだ。

 オーケストラのインスペクターの学生に聞いてみた。

 

Q:「楽譜が変わると大変ですか?」

学生:「そりゃもう、えらいことなんです。まず、小節の数が違ってたり、微妙に音符が違うのを、全部訂正しないといけないんです」

Q:「自分たちで?」

学生:「ええ、パート譜まで新しくしてくれたらいいんですけどね。古いパート譜を書き直したんです。あと、ボーイングっていう、弦楽器の弓使いですけど、全然変わってしまうから、これも全部書き直して。ほんま大変でした」

 

 

 学生たちの苦労の甲斐あってか、序曲はなかなかしっかり演奏できていた。しかし、オペラ本編に入ると、そうはいかない。なにしろ、歌がないまま、伴奏の練習をするのだ。みんながちゃんとこのオペラを聴いたことがあればいいのだが、そうでもないらしく、しょっちゅう、指揮者が場面の説明をしながら曲を進めていく。はてさて、オペラを熟知している歌手たちと合わせたら、いったいどういうことになるだろうか。いささか心配になってきた。オーケストラは、まだやっとオペラの曲の予習をしているといった段階である。

 しかし、それも無理はないかもしれない。聞けば、例の楽譜の変更で、実際にこの曲の練習に取り掛かったのは、夏休みに入ってからだったらしい。その後、学生たちは自分の課題を休み中それぞれこなしていて、最近ようやくこの曲をまた取り出したという感じだ。学生オペラとはいえ、声楽は早くから授業で取り組んでいるが、オーケストラは、授業では自分たちの公演の練習をしていて、このオペラの演奏は、いわば課外活動のような扱いだからだ。それだけ、オーケストラはひっぱりだこだからいいとも言えるが、負担は大きいだろう。

 みていると、弦楽器はそうでもないが、管楽器のメンバーは、ほとんどどの公演の場合も、主要メンバーは同じなのだ。これでは、大忙しで大変だろうと察することができる。それだけ、オーケストラの管楽器は難しいのだろう。あるいは、管楽器の学生の人数は多いが、腕の立つ学生は一握りしかいない、ということなのだろうか。案外、それが真相かもしれない。

 とにかく、オペラ『魔笛』のオーケストラ練習は進んだ。しかし、なにしろオペラは長いし、練習時間は短い。全部通すことができないまま、練習は終わった。

 取材するうち気づいたのだが、声楽はオペラハウスに出ている歌手が音大の卒業生ばかりで、歌手の学生とプロの学生の間には、確固たる先輩・後輩関係があるようだ。プロ歌手の先輩たちの指導を受けることも、できるようである。

 ところが、オケの方は、そうはいかない。音大付属のオペラハウス専属の管弦楽団は、純然たるプロのオーケストラだが、メンバー自身はあまりここの音大と関係がないらしい。つまり、声楽の場合のように、オケ奏者が音大の学生の先輩だという関係性ではないのだ。

 せっかく同じオペラハウスを使って公演したり発表したりするのに、オーケストラの授業と、プロのオペラハウス管弦楽団の活動はリンクしていない。せっかくのプロ・オーケストラを、大学が授業に活用できるようにしないのが不思議である。これでは、何のための大学附属のオペラハウスだかわからないではないか。

 

 

 

※この間、筆者はこの1年の小説取材のメインディッシュというべき、オペラ『沈黙』(遠藤周作原作 松村禎一作曲)の東京公演の密着取材があった。

『2000年代物書き盛衰記〜 ゼロ年代真っ最中に小説家商業デビューした私だがなぜか干されてしまって怪しい評論家もどきライター兼講師に?』

その3 小説家として商業デビューしたとたんに転落が始まったこと

https://note.com/doiyutaka/n/n81686d775d2f

 

 

 

 

 

 今日は、音大学生オペラのオケ合わせである。

 指揮者先生に見学の許可をもらっていたので、堂々と楽屋口から入ろうとすると、学生が門番をしていて、なかなか入れてくれなかった。普段のオペラハウス管弦楽団の練習ではそんなことはなかったのに、学生オペラは授業なので部外者にうるさいのかもしれない。

 だが、そうではなく、あとから思うにこのころから、大学の私に対する態度がおかしくなりつつあったようだ。

 その兆しは、実ははっきりあった。筆者のデビュー小説『トリオ・ソナタ』を批評した新聞記事が、少し前に大学の掲示板に貼り出してあったのだが、その記事が数日ののち、なくなっていたのだ。

 それはともかく、いつものように客席に荷物を置き、演出家先生にあいさつする。そのあと、すでにオケピットにいる指揮者先生と少し話した。

 

「ピットで演奏すると、どう聞こえるのか、楽しみです。歌手の仕上がりもね」

「そう、歌手もよくやってます。ほんとは、もっと早くから私が歌の練習に入れたらいいのですがね。学校だから、そうはいかない」

 

 

 次に、ピットから控え室の奈落へ降りてみた。このオペラハウスの奈落は舞台に対して少し狭く、大道具などとても収納できないので、セットはいちいち組むのだという。それでも奈落の空間にはところ狭しと、過去の公演で使った道具類が、ばらしたまま置いてある。その狭い隙間にオーケストラの学生たちが寄り集まって、音を出したり、打ち合わせしたりしている。

 顔見知りのコンサートミストレスさんに話を聞いた。

 

「オケピットで弾くときも、いつものようにコンサートミストレスをみんな見ているんですか?」

「いえ、場所によっては見えないみたいですよ。並び方、工夫しますけど、それでも、みんなに合図は出せないですね」

「すると、もう指揮者を見て演奏するしかない?」

「音も、聞き合ってると遅れちゃうので、指揮者の棒につけるしかないですね」

 

 

 なかなか、慣れない場所での苦労がしのばれる。大学附属の施設なのだから、もっと日ごろから学生に使わせてやればいいのに、と思う。

 学生オペラ『魔笛』のオーケストラ合わせが始まった。オケピットに小編成のオーケストラがスタンバイし、ステージ上には、キャストの学生のパイプ椅子が並んでいる。指揮者先生がピットに入り、まずは序曲の最後の部分だけ、試しに演奏する。副指揮者の学生が、会場のあちこちに移動して、音響を確認している。

 「すみません。オーケストラのバランスを先に確認させてください」

 そういって、指揮者先生は、自ら客席の後方に行ってみたり、あれこれ試している。

 ようやく、オペラの歌が始まるが、通してやるわけではなく、気になる箇所にどんどん飛ばしていく。うまくいかない部分は、何度も「返し」をやる。もう一度やりなおすことを、そう呼ぶのだ。

 指揮者先生は、こうも言っていた。

 「こういうアンサンブル・オペラは、お互い聴きあうと、どんどん遅れる。歌はあまりオケを聴きすぎないで、オケも歌を聴きすぎないで」

 なかなか、オペラをやるのは難しいものなのだ。

 ヴィオラの学生さんが話してくれた。

 

 「オケピットの後方に入ってしまうと、真上に歌手がいるから、歌はよく聞こえるんです。でも、指揮者が聴いてる歌手の声とは時間差があるから、歌に合わせていると、指揮とずれるんです。ちょっと歌より早め早めでちょうどいいぐらいです」

 

 

 また、別のヴァイオリンの学生さん曰く。

 

 「ダブルキャストだから、歌手が変わると、テンポが全く変わります。だから、初日でうまくいっても、二日目は、うまくいくとは限りません」

 

 

 学生さんたちは、それなりに経験を積んで、オペラの実際を学んでいるのだ。こういう学生が、どんどんオペラの現場に加わっていけるなら、日本のオペラ上演もレベルアップしていくかもしれない。

 だが、現実には、ほとんどオペラの伴奏は、既成のオーケストラや臨時編成でこなしている。奏者の循環は、うまくつながっていかない。なにしろ、せっかく音大でオペラハウスになじんでも、卒業後、附属の管弦楽団に入れる学生はほとんどいないのだから。それは、日本のプロ・オケの数に対して、学生が過剰である弊害といえるだろう。

 

 

 

 

 

 いよいよ、音大の学生オペラ、モーツアルトの『魔笛』の初日である。ダブルキャストで2日公演、その内訳は、初日が大学院生中心、2日目は学部生中心のキャストである。指揮、演出はプロのベテランが引き受けて、学部生の学生オーケストラの選抜メンバーが演奏する。

 客は大入りだった。ちなみに筆者は、2日分のチケットを往復はがきで応募して、初日だけ当たった。

 演奏は、GPのときより、大いに改善されていた。やはり、オペラハウスでの演奏は、バランスをうまくとれるかどうかにかかっているのだ。だから、回数を多くとれば、その分、質も向上する。

 それがわかっているのだから、なおさら、この大学附属のオペラハウスを、なぜもっと授業に開放しないのか、不思議である。経営は、大学が行っているらしいのだから、つまりは学生の学費で支えられているはずなのだ。

 確かに、ここのオペラハウスは、すでに独自の公演活動でたくさんの賞を受賞している、れっきとしたプロの歌劇場である。だが、大学の附属であるからには、やはり学生の便宜を第一に考えて運営されるべきではあるまいか。

 ところで、この日の『魔笛』だが、工事用の足場みたいなのをむき出しに使った簡素なセットにもかかわらず、演奏、演出ともに、なかなか見ごたえ、聴きごたえがあった。これは、もちろん、プロの指揮者、演出家、舞台スタッフに支えられての部分が大きいだろうが、それでも、この大学で学ぶ学生たちの、潜在的な音楽性がたいへん高レベルにあるということを証明したといえよう。

 ここの学生は、音楽大学としては大変学生数が多いらしい。そのせいか、伝統があるわりには、卒業生が音楽界で中心になって活躍しているようにはみえない。しかし、そのたくさんの学生の中には、世界レベルに手が届く人材も確かにいるのだ。そういう学生を、大勢の中で埋没させてしまっているようにもみえる。

 音楽を学ぶ目的は、人それぞれだが、学生の多くは、プレイヤーとして世界に羽ばたくことを夢見ているのだ。たくさんの学生さんとしゃべったが、そういう野心を抱いた若者がたくさんいた。

 そういう学生たちを、どう育てていくのか、大学の教育として、さらに力を入れていってほしいものだ。おそらく、親の立場であれば、小さいときから、音楽を学ばせて、いつか華々しいステージ姿を夢見て育ててきた家庭が多いだろう。学生や親のニーズに、この音大が応える力を持っているのか、疑問が残るのである。

 

(連載ここまで)

 

 

 

 

 

 

※元記事をまとめ読みできるマガジン

マガジン「ゼロ年代物書き盛衰記〜ゼロ年代に小説家商業デビューした私だが」

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(再構成) エッセイ「平成時代の音楽大学の日常」 その7〜木五(木管五重奏)の愉しみ

 

(再構成バージョン)

エッセイ「平成時代の音楽大学の日常〜現役高校教師兼作家による体当たり音大体験記」

その7〜木五(木管五重奏)の愉しみ

 

※前段

その6〜学生オーケストラのトップ奏者たちの悪戦苦闘ぶり

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(1)

 

 今日は、学生オーケストラのトップ・プレーヤーたちによる木五(木管5重奏)の練習を見学させてもらう。このクインテットは、音大が学生の発表会として行っているアンサンブル・コンサートのために結成されたグループで、メンバーが入れ替わりながら何度かステージを重ねてきた。今回、卒業を前に、独立したコンサートを開きたいというメンバーの希望で、初のコンサートをやることになった。そのための練習である。

 知り合いのフルートの学生に案内してもらって、練習室に入る。まず、フルートとファゴットとオーボエの3人が来ていて、さかんに音だしをしている。クラリネットとホルンは、いつも遅れてくるらしい。

 筆者が自己紹介すると、オーボエが言った。

 「あ、あなたの本、書店で見ましたよ」

 「え?どこの?」

 「住吉です」

 「へえ、そんなとこにもちゃんと置いてくれてるのか」

 自分の本が都心の書店以外でも売られているのは、うれしいことだ。

 フルートは首からホイッスルをぶら下げている。

 「それ、どうするの?」

 「アンコールで使うんです」

 さすがプロの卵たち、アンコールでは笑いをとるつもりなのか?

 ファゴットは、曲順について二人に意見を求め、あれこれ考えている。この学生がどうやらリーダー格らしい。ようやくクラリネットとホルンが登場、ホルンは卒業生である。

 さっそく、練習が始まった。アンコールから通していく。まずは日本の歌メドレーで、聞きなれた旋律が、木管のアンサンブルで演奏されると、新鮮に聞こえる。それから、にぎやかなポルカで、この曲にホイッスルが出てくる。しかし、狭い練習室でホイッスルを鳴らすと、耳をふさぎたくなるくらいうるさく聞こえる。フルートが持ち替えでホイッスルを鳴らすのだが、そのタイミングが難しいらしく、何度もそこを練習していた。

 次に、プログラムの曲目に取り掛かる。まずはヒンデミットの『小室内音楽』である。

 

 

 

 このクインテットの曲目を先に紹介しておこう。

 イベールの『3つの小品』、ヒナステラの『フルートとオーボエのデュオ』、ダンツィの『木管5重奏曲ト短調』、モーツアルトの『自動オルガンのためのアンダンテ』、ヒンデミットの『5つの管楽器のための小室内音楽』。

 いかにも、通好みのプログラムだが、木管アンサンブル定番の曲もある。

 練習は、どんどん曲を通していく。もちろん、本番が近づいている段階なのだから当然かもしれないが、改めて、この学生たちはほとんどプロなのだと思わせてくれる。

 近代フランスやドイツの、複雑な音楽なのに、譜面どおりに吹くだけなら問題なくやってしまう。その上で、各自がお互いの音に耳をすまして、アンサンブルをその場で作っていくのだ。あまり言葉で相談する必要はないらしく、ざっと通してみて、いくつか疑問点を出し合うか、少しテンポのことを話し合うだけで、もう出来上がり、という感じである。

 たいてい、オーボエとフルートが注文を出し合い、他の3人がそれに合わせる、というパターンが多い。そういう役割が出来上がっているのだろう。このアンサンブルが特にそうなのかもしれないが、一般的に、フルートとオーボエは積極的な性格の人が多いのかもしれない。そういえば、世界的に人気の木管5重奏の「レ・ヴァン・フランセ」の演奏会を聴いた際も、フルートのエマニュエル・パユとオーボエのル・ルーが主導権を持っているようにみえた。

 

 

 

 

 この練習室を借りているのは1時間半で、次はまた別の部屋に移動しなければならないそうだ。5人が半円に並んで、綿密な演奏を繰り広げるさまを見学していると、奏者たちが音楽に没入する集中力の高さがよくわかる。たちまち時間は過ぎて、部屋を移動する。

 卒業生のホルンの人に話を聞くと、仕事はフリーランスなのだそうだ。いろんな楽壇のエキストラを務めながら、オーディションを受けて採用されれば幸運、というのが相場らしい。音楽家は本当に、食べていくのが大変な職業である。

 他の学生4人も、それぞれ課題を抱えていて、この夏はみな、海外や国内の大きな講習会や合宿に参加して、コンクールを受けるのだそうだ。そうやって在学中からキャリアを積んでいって、それでもなかなか仕事につながらない。ピアノやヴァイオリンの場合はもっと若く、10代初めからコンクール歴を重ねていくのだそうだから、管楽器奏者の場合は、スタートが遅くても間に合うのでまだましなのかもしれない。

 だからといって、管楽器でも10代で華々しくコンクール入賞を重ねるスター予備軍たちが大勢いる。音大出だからといっても、実力でたちまち蹴落とされる厳しい世界なのだ。

 そんなことを考えていると、吹奏楽の授業で1回生たちが、四苦八苦して合奏する姿を思い出した。あの子たちの何人が将来、音楽家として生き残れるのだろうか?

 この4回生の学生たちは、おそらく大勢の奏者の中から、トップレベルにまで勝ち残ってきたに違いない。4年間の間に、スランプもあれば、私生活の波乱も経験してきただろう。楽器奏者につきものの身体的なトラブルもあったかもしれない。そういう苦労を乗り越えてきて、それでもなお、何百人もいる音大の管楽器奏者のトップクラスにいてさえ、卒業後の進路は暗中模索のようである。ましてや、どこかの楽団から引き合いがあるといったこともなさそうである。全く、割の合わない賭けだと言えるだろう。

 だが、この学生たちは、それぞれ自分が音楽家として一本立ちしていく夢を抱いて、何年も何年も毎日欠かさず楽器を練習し続けてきたし、これからもそうするのだろう。その努力が成功という形でむくいられるかどうかわからないが、自分の歩んできた音楽人生に悔いが残らないよう、精一杯音楽を楽しんでほしいものだ。

 

 

 

 さて、練習の最後に、このクインテットの4人にコメントをもらった。

 

 ファゴット「音大でもこうして独自に学生が外部で公演するのは初の試み。お客さんがこのクインテットを好きになってくれたら。この公演で自分たちも何か得たい。自分たちも楽しく、お客さんも楽しくなれるような演奏会にしたい」

 

 フルート「こういう自主公演は初めてなので思うがままに、先生に言われてやるんじゃない、自分たちらしい演奏が出来たら」

 

 クラリネット「初めて聴いたお客さんに、木管5重奏っていいなあと思ってもらえたら。クラリネットって、こんな音なんだ、とか、ホルンってこういうのなんだ、って」

 

 オーボエ「違う楽器のアンサンブルにつきものの苦労を乗り越えて練習してきたから、5人のそれぞれのカラーを出せたら。これからずっと演奏家としてやっていく音楽人生のデビューとして、大切にしたいステージ」

 

 ちなみに今後の予定は?

 

 「クインテットとしては、後期は多忙で集まれない。卒業して3年後に再開しよう、という感じ」

 とのことだった。いたって乗りは軽いのだが、本人たちは多忙な音大生活のなかで、自主公演の貴重な機会として、前向きに取り組んでいる、その意気込みが伝わってきた。

 このクインテットの本番も、GPから聴かせてもらった。

 

 

 

 

(2)

 

 音大生の木管5重奏の公演、GP(ゲネラル・プローぺ)から見学させてもらうことになった。GPが始まる少し前にホールにつく。西宮市の公共ホールで、こじんまりと響きのいいところである。クインテットのメンバーたちが、会場に椅子を並べている。ホールの係員のおじさんが、会場の使用について説明をしながら出入りしている。

 見たところ、受付もできていないし殺風景なので、まだ時間がありそうだったから外にでて花を買ってきて、受付のところに置けるようにメンバーに手渡した。

 いよいよGPである。曲順に合わせて通していく。ホールの残響が豊かなので、練習室で聴いたときより、明らかにアンサンブルが噛み合っている。特にホルンとクラリネットは、ホールの響き方に影響されやすいので、断然良い音に聴こえる。ホルンの人は、楽器を2本持ってきていて、曲によって使い分けるようだった。さすがはプロだ。クラリネットの人も、2本吹き分けるし、フルートはピッコロも吹く。ファゴットとオーボエは、どちらもリードの使い分けが大変で、何本も用意して、付け替え付け替え吹いている。

 調子よく全ての曲をやり終えて、だいたい満足したようだった。最後に、フルートとオーボエのデュオ曲を二人だけ残って練習している。

 あとで二人に話を聞いた。

 

Q:「よくデュオでやるんですか?」

オ「はい、仲いいんです」

フ「すごく音が合うし、気も合うんです」

オ「このあと、デュオのリサイタルを熊本でやるんですよ」

Q:「ええ、熊本?」

オ「はい、わたしの出身地なんです」

Q:「すごいね、凱旋公演だ」

フ「聴きにきます?」

Q:「いや、ちょっと九州までは」

 

 

 こんな調子で、音大生たちはフットワークが軽いようだ。けっこう、全国あちこちで演奏経験を積んでいるらしい。

 間もなく本番だが、客はどんどん来ている。ほとんど身内だろうが、それでも、会場がいっぱいに埋まるというのは大したものだ。後輩なのだろう、高校生たちが集団で来ているし、友人たちの音大生が、グループでやってきている。

 音大生の木管5重奏、第1回コンサートである。曲目は、イベールの『3つの小品』、ヒナステラの『フルートとオーボエのデュオ』、ダンツィの『木管5重奏曲ト短調』、モーツアルトの『自動オルガンのためのアンダンテ』、ヒンデミットの『5つの管楽器のための小室内音楽』。

 ホルンがまずでてきて、ファンファーレを吹いた。どういうわけか、さっそく笑いをとっている。メンバーがでてきて、演奏を始める。GPのときより、調子がよくなさそうだ。みたところ、みんな固くなっている。些細なミスが目立った。

 やはり、これだけ舞台慣れしている奏者たちでも、いざ満員の客を前にするとあがるのだろうか。アンサンブルの一曲目が終わって、次はフルートとオーボエのデュオ。二人だけでやるのは、なおさら緊張するだろうと思ってみていると、さにあらず、かえって落ち着いて演奏できたようだった。この二人は、何度もデュオを組んでいるらしく、GPでも、本番でも、息がぴったり合っていた。

 もう一曲、アンサンブルの曲を終えて、休憩に入る。会場は大入り満員だ。並べた椅子が足りないぐらいだった。

 後半のプログラムも順調に済んで、アンコール、盛大な拍手で、まず日本の歌メドレー、続いてポルカ。最後、練習していたホイッスルをフルートが吹いて、大うけしていた。

 コンサートが終わると、メンバーがロビーに出てきた。客は身内が多く、そのまま打ち上げムードになっていた。学生たちのノリで、ロビーにたむろしておしゃべりに花がさき、大いに盛り上がっている。このまま、近くの居酒屋にでも打ち上げにいくのだろう。

 

 

 

 このアンサンブルは、学生の木管5重奏としては安定した実力を持っているように思える。しかし、それでも、木管5重奏は難しいようだ。おそらく、同じ木管楽器でも、いざアンサンブルで演奏しようとすると、それぞれの音色の違いなどがなかなかそろわないのだろう。オーケストラの中では、木管同士よく同じ音形を吹いているが、それとはまた違って、合わせるのが大変なのに違いない。むしろ、弦楽4重奏などのほうが、合わせるだけなら同族楽器だからうまくいくにちがいない。金管アンサンブルでも、基本的には同族だから、合わせやすいだろう。木管楽器と一口にいっても、全然違う楽器が5本、集まって創る音楽は、だからこそスリリングで魅力があるのだ。

 願わくば、それぞれの卒業後の進路の違いを乗り越えて、約束どおり、3年後の再会を果たしてほしいものだ。第1回コンサートで打ち止めとなっては、ちょっと寂しいではないか。

 

 

 

 

※後年、このクインテットの第2回演奏会が行われた

https://ameblo.jp/takashihara/entry-12556750265.html

 

 

(2006年2月13日)「ルチル木管5重奏団 第2回演奏会」

 

 知り合いのクインテットの演奏会に呼ばれて、聴いてきた。このクインテットは、大阪音大の学生を中心に結成されたもので、各地で活動し、賞も受けている。メンバーの多くが、この春卒業で、それぞれの進路に進んでいくため、さながら卒業記念公演のような趣きだった。

 楽器店のサロンで行われたが、会場の雰囲気も、アットホームな手作り感があって、ほのぼのとしていた。

 プログラムは、ハイドンのディベルティメント、日本のうた、ダンツィのカルテット、エワイゼンのフルートとホルンのためのソナタ、ディズニーメドレー、ファルカシュの17世紀の古いハンガリー舞曲、という盛りだくさんな内容だった。ところどころに荒さは残るが、5人の音楽を楽しむ姿勢が、常に演奏を活気づけて、楽しめる演奏だった。

 アンコールであいさつにたったメンバーが、思わず涙ぐむなど、学生らしい素朴さもあって、聴衆の共感を呼んでいた。このメンバーではしばらく演奏する機会がなさそうだが、また腕に磨きをかけて、再結集してほしいものだ。

 

 

 

 

(次回へ続く)

 

 

※元記事をまとめ読みできるマガジン

マガジン「ゼロ年代物書き盛衰記〜ゼロ年代に小説家商業デビューした私だが」

https://note.com/doiyutaka/m/m17e6144e8b2f

 

 

※このエピソードの前後について、詳細は以下の記事をお読みください

 

『平成文学・私史』(浦澄彬 著)

第5章「高校教師・兼・作家の生活とは?」

その3「デビュー作発売後から、教師を辞職、専業作家件講師業へ」

 

https://blog.hatena.ne.jp/doiyutaka/doiyutaka.hatenadiary.org/edit?entry=17179246901323257296

 

 

※作家・土居豊(浦澄彬)の吹奏楽関連記事

マガジン

吹奏楽レビュー〜昭和から令和へ

https://note.com/doiyutaka/m/m8b5854efef38/edit

 

《昭和から令和までつながる日本の吹奏楽を長年聴き、実際に舞台に立った経験も豊富な作家・土居豊。これまでの吹奏楽レビューをまとめて読めるようにしました。》

 

 

 

 

 

 

 

 
 

(再構成) エッセイ「平成時代の音楽大学の日常」6〜学生オーケストラのトップ奏者たちの悪戦苦闘

(再構成バージョン)

エッセイ「平成時代の音楽大学の日常〜現役高校教師兼作家による体当たり音大体験記」

 

その6〜学生オーケストラのトップ奏者たちの悪戦苦闘ぶり

 

 

※前段

その5〜東京芸大の指揮の授業を見学

https://ameblo.jp/takashihara/entry-12978049592.html

 

 
 
 
 

その6〜学生オーケストラのトップ奏者たちの悪戦苦闘ぶり

 

 

 いつものように、音大のオーケストラの授業を見学する。このオーケストラも、ブラームスの交響曲第1番を練習し始めて、早や3ヶ月過ぎた。合間にワーグナーやモーツアルトの練習が入っていたが、おおむねブラームスに取り組んできた。このあたりで、少しまとめておこう。

 指揮者のO先生は東京芸大の指揮科の出で、民音コンクール入賞者だからまさしく正統派の音楽家の代表選手というべき人である。芸大の卒業試験で、同じブラームスの交響曲第1番を指揮したというので、いわば思い出の曲である。それだけに曲への思い入れも強く、毎回情熱的な指導をする。

 学生たちの方は基本的に授業なので、みんなが能動的に受講しているわけではないようだ。特に弦楽器は人数が少ないので、1回生から入っている。弦楽器で最大4年の年季の差は大きいから、やはり腕前もばらばらであり弦のアンサンブルをまとめるのは至難の業である。コンサートマスターはソリストとしても有望な4回生で、面倒見がよくしっかりしているので、学生集団のリーダーとしてはよい人選だと思う。だがいくら彼女がすぐれたコンマスでも、これだけ粒のそろわない弦のアンサンブルを整えるのはかなり大変だろう。

 一方、管楽器は上級生の中から選ばれているので、モチベーションが高く腕前もみな質が高い。お互いの気心も知れていて、アンサンブルとしてちゃんと自発性を持っている。

 打楽器は今回出番が少なく、ティンパニーだけだがこの学生も手堅い奏者である。

 このようなオーケストラのコンディションで、指揮者はいかにブラームスをつくっていくのだろうか、興味は尽きない。

 ただ残念なことに、ブラームスの交響曲に不可欠であるホルンの学生がかなり不安定な腕前で、大事なソロでもめったに成功しない。これはかなり致命的な欠点だといえる。

 

 この日も、O氏と話をした。

 

 

O氏:「なかなか、学生がブラームスの語法を身につけてくれなくって、大変だ」

Q:「そんなに難しいものですか」

O氏:「そりゃね、みんながみんな、ちゃんとブラームスの音をイメージできてたらいいんだけど、みんな、聴いてないからねえ。意外なくらい、ブラームスを聴いてない」

Q:「あんなポピュラーな曲なのに、そんなものですか」

O氏「うん、かえってあなたみたいな素人のクラシック・ファンのほうが、ブラームスに詳しいですよ」

 

 

 音大生がブラームスをあまり聴かないなんて、そんなことがあるだろうか。個々のレッスンに日々追われてるだろうけど、ブラームスやベートーヴェンの交響曲を全部弾いたことや、聴いたことがないなんて、ちょっと信じられない。不思議に思って、練習の休憩中、フルートの女子学生に訊いてみた。

 

 

Q:「ブラームスの1番、どんな人のが好きですか?」

学生:「たくさんCD聴いてみたんですけど、なかなかこれっていうのがなくって。この前、N響アワーで、サヴァリッシュさんが振ったのを聴いたんですけど、それがすごくいいなあ、と思いました」

Q:「なるほど。本番では、そのイメージで演奏するんですか?」

学生:「そうですね。コンサートがいつものオペラハウスじゃなくて、シンフォニーホールだから、あのホールすみずみまで響かせられるように、がんばろうと思います」

 

 

 なかなか優等生的だが、しっかり自分の目標を定めているのが感じられた。

 次に、ヴァイオリンの女子学生に聞いてみた。

 

 

学生:「そうですね、どの演奏がっていうより、自分の納得のいくように弾けるまでが大変です」

Q:「どんなところが難しいですか?」

学生:「すごく派手に、いっぱい音符弾く部分より、かえって静かな、音の少ないところが難しいんですよ。合ってなかったら目立つし」

Q:「なるほど。弦楽器はいつもたくさんで弾いてるけど、弱音の部分はやっぱりこわいですか」

学生:「こわいですね。音もきれいに小さな音をだすのって難しいし。あと、この曲は、弓使い、ボウイングっていうんですが、それをどうするかによって、全然変わっちゃうから、指揮者と相談して、それをみんなに徹底させるのが、けっこう大変です。ほら、第1ヴァイオリンだけでも10何人いますから」

 

 

 聞いていると、奏者たちは、プロの演奏を聴いてイメージを作っていく、というよりも、とにかく演奏現場でのいろんなことを、こなすので今は精一杯、という印象だった。それはそうかもしれない。この学生たちは、ブラームスだけを練習しているのではないのだ。

 日々のレッスンでは、それぞれの先生が課す課題を懸命に練習し、他の学科の勉強ももちろんある。それに、各楽器で個別にアンサンブルの授業がある。管楽器はオーケストラと吹奏楽の両方の演奏会があるし、それらとは別に、様々な学内発表会があり、その練習もこなしていくのだ。

 考えてみると、ブラームスのCDをいくつも聴いて、イメージを作っている時間などないのかもしれない。まずは楽譜をさらっておかなくてはならないし、一曲だけの練習で一日終わるというわけにはいかないだろう。中には学費をアルバイトで稼いでいる学生も大勢いるのだ。

 音大生の生活は、華やかそうで、実は地味に毎日こつこつ練習に明け暮れている、そういうものなのかもしれない。考えてみれば、プロの音楽家の生活だって、同じようなものなのだろう。

 

 

 

 

 その日、練習のあと木管5重奏のグループに密着取材を依頼した。案外軽いのりで、OKしてもらえた。この学生オーケストラの、木管パートのトップ奏者が集まって結成したアンサンブルである。近々コンサートもするらしい。ホルンだけは、卒業生の人が加わっている。

 木管楽器はオーケストラでは非常に重要で、弦楽器と金管楽器の橋渡しをしたり、重要なメロディを担ったり、ソロを吹いたり、ハーモニーを作ったり、大忙しである。

 編成によって変化はあるが、だいたいフルートとオーボエが並んで、クラリネットとファゴットがその後ろに並ぶ。この4つの楽器のトップ奏者は、緊密に連携しなければならないため、正方形に4人並ぶようになっている。

 ちなみに、オーケストラは実によく考えられた配置になっている。どこのオーケストラでも、弦楽器のそれぞれのトップは、指揮者の周りに固まって、アンサンブルを整える形になっている。その後方に、木管のトップが固まり、さらに後ろから、金管が大きな音量で音を響かせる。指揮者はコンサートマスターのヴァイオリン奏者とアイ・コンタクトをとり、コンサートマスターは、弦楽合奏を整える。弦楽器はみな、コンサートマスターの弾くのを見ながら、弓使いを合わせるのである。

 木管5重奏のグループだが、編成はフルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルンといったもので、モーツアルトの時代から、こういう形の室内楽がずっと受け継がれてきている。世界でも木管楽器のスター・プレイヤーたちは、よくこういうクインテットを組んでいる。音大のクインテットは、いかがなものか。

 

(続く)

 
 

※元記事をまとめ読みできるマガジン

マガジン「ゼロ年代物書き盛衰記〜ゼロ年代に小説家商業デビューした私だが」

https://note.com/doiyutaka/m/m17e6144e8b2f

 
 

※このエピソードの前後について、詳細は以下の記事をお読みください

 

『平成文学・私史』(浦澄彬 著)

第5章「高校教師・兼・作家の生活とは?」

その3「デビュー作発売後から、教師を辞職、専業作家件講師業へ」

 

https://blog.hatena.ne.jp/doiyutaka/doiyutaka.hatenadiary.org/edit?entry=17179246901323257296

 

 

※作家・土居豊(浦澄彬)の吹奏楽関連記事

マガジン

吹奏楽レビュー〜昭和から令和へ

https://note.com/doiyutaka/m/m8b5854efef38/edit

 

《昭和から令和までつながる日本の吹奏楽を長年聴き、実際に舞台に立った経験も豊富な作家・土居豊。これまでの吹奏楽レビューをまとめて読めるようにしました。》

 
 
 
 
 

今日も教育ジャンル48位!→ ”第3回「大阪府私立高校授業料無料の皺寄せで池田高校もついに定員”

今日も教育ジャンル48位!→ ”第3回「大阪府私立高校授業料無料の皺寄せで池田高校もついに定員”

 

引き続き、この件が注目されているようで、2日目も教育ジャンル48位、かろうじてベスト50に入りました。

 

 

 

(再構成) エッセイ「平成時代の音楽大学の日常」その5〜東京芸大の指揮の授業を見学

(再構成バージョン)

エッセイ「平成時代の音楽大学の日常〜現役高校教師兼作家による体当たり音大体験記」

その5〜東京芸大の指揮の授業を見学

 

※前段

その4〜音大生と仲良く交流しながら取材・勉強の毎日

https://ameblo.jp/takashihara/entry-12977678237.html

 

 

 

その5〜東京芸大の指揮の授業を見学

 

 今日は、いつもの音大ではなく、東京芸大に来ている。

 もちろん、他にも用事があって東京まで来たのだが、東京芸大で指揮科の授業を見学するのも目的の一つだった。

 それというのも、音大でオーケストラを指導している指揮者のO先生は、もともと東京芸大で教えている。かの東京芸大の指揮の授業を、一度見てみたいと前々から思っていた。そこで頼んでみたら、全く構わないとのことだった。

 山手線上野駅から上野公園を抜けて、東京芸大の、二つある正門の音楽側の門をくぐる。

 実は以前、東京芸大の美術専攻の友人と一緒に、美術側のキャンパスを歩いたことがあったので、キャンパス内のおおよその配置はわかっていた。

 「キャッスル」という名の芸大学生会館に入って、学食で早めのお昼を食べる。メニューも値段も、こちらのほうが音大よりいい。がらがらに空いていて何人かの学生や先生らしき人がいるだけの、薄暗くてだだっ広い食堂で日替わり定食を食べてみた。なかなかボリュームがあるし、味も悪くない。

 

 

 

 やがて昼休みになり、学食が急に混んできたので、席を空けた。ぶらぶらキャンパスを散策する。最近出来た立派なホールは初めて見るが、他の建物は、前にもみたことがある。だが、実際に教室に入ったことはないので、指揮の授業の教室がどこにあるのか、案内図を見つけて探してみる。なかなか見つけられない。古い校舎に新しい校舎が増築されているらしく、教室の表示がわかりにくいのだ。

 ようやく見つけて、中に入ると、がらんと誰もいない。まだ昼休みなのだ。そこは大き目の教室で、グランドピアノがあり、録音設備があり、長テーブルにパイプ椅子がたくさん壁にたてかけてある。壁際には、なんだか部屋と不釣合いな古いソファがある。きっと、だれかの私物だろう。

 遠慮なくソファに座って、待っていると、だんだん、生徒が増えてきた。といっても、ほとんどが20代後半か30代に見える。中には学部生らしき若者もいるが、これはおそらく、副科の授業か何かで、一般の人や卒業生なども混じっているようだ。

 まもなく、見慣れたO先生が、音大での授業の時と同じように飄々と現れた。一緒にピアノの先生もいる。

「おはようございます」と、O先生は学生たちに声をかけた。この挨拶だけは、音大も芸大も変わりない。

「しかし、暑いですね。今日はやめにして、動物園でビール飲みたいな」と、続けてジョークを飛ばすと、学生はどっと笑った。

「でも、我慢して、授業やりましょう。先週、やってない方、今日はしっかりやっていただきますからね。それと、今日は、見学に大阪からお出での作家さんがおられます」

 急に紹介されていささかあわてながら、筆者は立ち上がってお辞儀した。

「さて、じゃあ、アイネ・クライネの1楽章、もう一度やってみますよ。誰からでもどうぞ」

 そういわれても、誰も手を上げない。

「おや、みんなどうしました? せっかくだから、どんどんやろうよ」

 そういいながら、指揮者先生はぐるりと学生を見回す。そこで筆者と目が合ってしまった。いやな予感は的中した。

「お、そうだ。どうです、オブザーバーさん。せっかく大阪からはるばるいらっしゃたんだ。やってみましょうよ」

「へ?」

 おおー、と学生たちが拍手する。筆者は、見知らぬ学生たちの前で、いきなりモーツアルトの『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』のピアノスコアを渡され、O先生の指揮棒を貸してもらって、ピアニストの先生に向かって立った。

「テンポはどうでしたっけ?」

 おそるおそる訊いても、O先生は涼しい顔だ。

「あなたの好きなようにやってください」

 じゃあ、すきなようにやらせてもらおう。少し早めの、若い頃のカール・ベームのようなテンポで1楽章を一気に振った。

 やってみると、確かに指揮というのは面白い。こちらがテンポを乱すと、ピアニスト先生は、その乱れたタクトにきちんと合わせて、テンポを乱れさせるのだ。なるほど、こういうのが指揮の練習なんだ。いくらCDの音楽に合わせて振ったり、自分ひとりで棒を振っていても、一人よがりにしかならないのだ。

 振り終えて、みんな拍手してくれた。

「よろしい、あなたが膝が柔らかいのは、よくわかりました」と、O先生がいうと、学生たちはまたみんな笑った。

「でも、ちょっと下半身が動きすぎます。下半身はできるだけ固定して。それと、口パクもいいけど、あんまり歌いすぎないように」

 まるで筆者を普通の学生のように、生真面目に指導してくれたのでありがたかった。そのあとは、学生たちが、順番に指揮をしていった。みんな、さすがは芸大で指揮を学んでいるだけあって、きちんと棒を振る。O先生は、一人一人に懇切丁寧にアドバイスを与えて、宿題を出すのだった。

 

 

 

 

 授業が終わって先生に挨拶し、外に出た。上野公園は、平日でも人が多い。ぶらぶら歩きながら、重厚な明治建築と、新緑の色あせた緑の木々と、ホームレスが大勢住んでいる色鮮やかなブルーシートのテント村をながめた。

 せっかくなので、もう少し東京の話を書く。

 大阪で音大の先生の話を聞いていると、よく東京と比較した話題になる。ところが、東京の先生の話には大阪のことなど出てこない。明らかに、東京の音楽家にとって、大阪の音楽事情などは全く眼中にないのだ。東京の音楽家の目は、常に海外、それも欧米の音楽界に向けられている。

 それも当然、(2005年当時の)東京は世界中ここでしかありえない取り合わせの豪華メンバーが、年中コンサートを繰り広げていた。これはバブル期から始まった現象だが、バブル崩壊後も長い不況といわれながら、東京の音楽界に関してはさほどの影響はなかったのかもしれない。

 だが、明らかに、地方の音楽界にとってバブル崩壊は致命的だった。特に関西では、ザ・シンフォニーホールの価値下落が著しい。日本で最初のクラシック専用ホールだったのだが、サントリーホールが出来てからお株は完全に奪われ、もう2度と奪還は出来ないだろう。

 (2005年当時の)東京の音楽界はニューヨーク、ロンドン、ベルリン、ウィーンといった都市に比べても、質・量ともに凌駕する規模で音楽が消費されている。つまり需要があるのだから、世界中の音楽家がさらに集まってくる。こういう循環を定着させたのは、日本のバブルの大きな遺産というべきだろう。日本人の音楽家は、みな東京を目指すのも道理だ。大阪で音大に通っていても、大きなコンクールは東京が多いし、卒業後の進路も東京に出る人が多い。

 また、海外留学して研鑽をつんだとして、帰国後、関西に音楽演奏の仕事があるかというとそんなことはない。海外経由であっても、結局また東京に向かわざるをえない。そんなわけで、大阪で音楽を学ぶ音楽学生の多くは、卒業後の進路に迷うことになる。国内に仕事はなく、今から東京にもう一度勉強にいくより、欧米に出るほうが、と考えてしまうのもうなづける。こうして、関西の音楽家は、どんどん外へ流出し、帰ってきても仕事がない、という悪循環に陥ってしまっている。

 さらに深刻なのは、音大の学生数が多すぎることだ。明らかに水増しだ。年に何百人も音楽家の卵が巣立っていっても、供給に対して需要はあまりに少なく、みな路頭に迷うはめになる。

 だからといって大学で教職免許をとって小中学校の先生になろうとしても、肝心の「音楽」の授業数は減る一方だ。しかも教育系の大学がどんどん生徒を送り出してくるので、音大卒の教職希望者は分が悪い。

 実は、こういった話を大阪の音大の先生自身がしていたのである。もちろん、それを学生に直接は話さないだろう。それでも、前途多難な雰囲気を学生たちは敏感に感じているに違いない。

 だからといって、みんなが東京に来れるわけもないし、そもそも、東京の音楽学生の数もすでにずいぶん前から飽和しきっているのだ。日本人の音楽家への道は、実に険しい。

 

(続く)

 

 

※前段まで

 

(再構成バージョン)

エッセイ「平成時代の音楽大学の日常〜現役高校教師兼作家による体当たり音大体験記」

その4〜音大生と仲良く交流しながら取材・勉強の毎日

https://ameblo.jp/takashihara/entry-12977678237.html

 

その3〜デビュー作『トリオ・ソナタ』が音大の図書館に収蔵される!

https://ameblo.jp/takashihara/entry-12977149801.html

 

その2〜正規の音大で習う音楽理論は素人には難しい

https://ameblo.jp/takashihara/entry-12976891605.html

 

その1〜音大の科目履修生になる

https://ameblo.jp/takashihara/entry-12976651131.html

 
 

※元記事をまとめ読みできるマガジン

マガジン「ゼロ年代物書き盛衰記〜ゼロ年代に小説家商業デビューした私だが」

https://note.com/doiyutaka/m/m17e6144e8b2f

 

 

 

※このエピソードの前後について、詳細は以下の記事をお読みください

 

『平成文学・私史』(浦澄彬 著)

第5章「高校教師・兼・作家の生活とは?」

その3「デビュー作発売後から、教師を辞職、専業作家件講師業へ」

 

https://blog.hatena.ne.jp/doiyutaka/doiyutaka.hatenadiary.org/edit?entry=17179246901323257296

 

 

※作家・土居豊(浦澄彬)の吹奏楽関連記事

マガジン

吹奏楽レビュー〜昭和から令和へ

https://note.com/doiyutaka/m/m8b5854efef38/edit

 

《昭和から令和までつながる日本の吹奏楽を長年聴き、実際に舞台に立った経験も豊富な作家・土居豊。これまでの吹奏楽レビューをまとめて読めるようにしました。》

 

 

 

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