作家・土居豊の批評 その他の文章 -2ページ目

エッセイ 「イラン戦争下のエネルギー危機は、コロナ危機や福島原発事故危機よりももっと怖い」

エッセイ

「イラン戦争下のエネルギー危機は、コロナ危機や福島原発事故危機よりももっと怖い」

 

 

現在、トランプ・アメリカ大統領による暴虐そのもののイラン攻撃から1ヶ月が過ぎようとしている。

だが、日本国と日本国民には、ほとんど危機感がなさそうに見える。それというのも、日本のエネルギー(と産業すべて)の生命線であるホルムズ海峡封鎖からずいぶん経つのに、相変わらず高市・自民党政権は石油危機がまるでないかのような、ガソリン補助予算をばら撒いており、虎の子の国家備蓄の石油まで放出する有様だ。

このまま事態が悪化せず、もし明日すぐに戦争が終わって海峡が開放されても、今から1ヶ月?ぐらいしないと日本までタンカーは戻って来られない。もちろん、明日すぐに戦争が終わりそうな気配はまったくなく、さらに事態が悪化しそうな様相だ。

こうなれば、覚悟して国民全体で「節約」「節電」「節エネルギー」に努めなければならない段階ではないのだろうか? 諸外国はすでに非常事態を発している。

それなのに、高市政権は、まるでわざとのように、危機はなさそうな呑気な態度を見せている。

おそらくは、エネルギー危機を声高に告げると、国民がパニックに陥り、高市総理の支持率も下がるだろうと恐れているに違いない。

だが、そこで危機を隠していても、結局最後には本当のことを言うしかないではないか? それなら早めに事実を国民に知らせ、節約体制に協力を求める方が、まだマシなのでは?

 

 

 

そこで思い出すのが、今回のイラン戦争・エネルギー危機に勝るとも劣らないほどの危機だった2020年からのコロナ禍、それに2011年の東日本大震災&原発事故の危機対応だ。

今となっては、コロナ禍の安倍晋三・自公政権の危機対応は、今回の高市政権の呑気さと比べると、まだマシだった。色々検討はずれな対応ぶりではあったが、少なくとも、コロナ禍の危機感を国民に実感させたことは、よしとしたい。

 

 

 

 

 

また、今でも世間で散々に批判されている2011年、民主党政権での菅直人総理の原発事故対応は、この3つの危機の中では一番マシだった。

少なくとも、あの時点で原発事故がどんなに深刻な状態だったのかを、国民に一気に痛感させたのは、中央にどっしり構えているべきはずの菅直人総理が、自ら原発事故現場に飛び、事故状況を視察したことだ。あれは今でも批判されている軽挙だというが、総理自身が現地にいかなければならないほど、大変な事態なのかもしれない、と多くの国民に実感させたことは間違いない。

翻って今回のイラン戦争・エネルギー危機での高市総理は、全く危機感を国民に感じさせない間抜けな有様だ。

本人はどう考えているか知らないが、国会でのあのダンマリと、緊急事態とは無関係なあれこれ案件への変なこだわりっぷりは、国民に本当は恐るべきエネルギー危機がそこまで迫っているのだと、全く気づかせない効果をあげている。

つくづく、3.11の時や、コロナ禍の時、高市政権でなかったことは少しはラッキーだったといえよう。特に、もし3.11に際して民主党政権ではなく自民党政権だったなら、今回のエネルギー危機が国民に知らされないのと同様に、原発事故の放射能汚染も国民に全く知らされなかったかもしれない。

そう言いたくなるぐらい、今回の自民党政権の動きは(動かなさは)、ひどすぎる。

 

 

 

 

以下、2020年からのコロナ禍と、2011年の震災・原発事故について筆者が書いたエッセイのまとめマガジンをぜひ、読んでいただきたい。

 

 

※参考記事

 

コロナ禍の下での文化芸術

https://note.com/doiyutaka/m/mbfe79043941d

 

東日本大震災&原発事故14年〜記憶を新たにする

https://note.com/doiyutaka/m/m34bf87b2b405

 

 

連載最終回 です!(期間限定無料配信)小説『彼女たちのフーガ』土居豊 作

連載最終回

(期間限定無料配信)小説『彼女たちのフーガ』(土居豊 作)第1部 関西府立五月丘高校吹部日誌

7章 事件(3)&(4)&(5)

https://note.com/doiyutaka/n/nadca2f530c0e?app_launch=false

 

※前段まで

7章 事件(1)&(2)

https://note.com/doiyutaka/n/n2a9cfbe8b029?app_launch=false

 

(この続きである「第2部」は、電子版をお求めください)

 

 

『彼女たちのフーガ』土居豊 作

 

BOOK☆WALKER版

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kindle版

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目次

 

第1部 関西府立五月丘高校吹部日誌

1章 五月丘高校吹奏楽部

2章 吹部の女子たち

3章 調査開始

4章 ロシア領事館のパーティー

5章 謎の男

6章 油断

7章 事件

 

第2部 彼女たちのフーガ

8章 打ち明け話

9章 ターゲット

10章 作戦

11章 復讐

エピローグ

 

 

第1部のまとめ読みに、どうぞ

マガジン(期間限定無料)小説『彼女たちのフーガ』 土居豊 作

https://note.com/doiyutaka/m/m13342e3d9001

 

(期間限定無料配信)小説『彼女たちのフーガ』 土居豊 作

《ネットで話題の「エプスタイン事件」調査結果報告について、詳細には読んでいないが、報告についてのさわりを読むだけでも、筆者には思い当たる特徴があった。それは秘密結社の仕組みだ。

筆者がこの事件に注目したのには理由がある。規模はずいぶん小さいが、この事件と同じような案件をモチーフにしたミステリー小説を、筆者はかなり前に書いて上梓しているからだ。

この事件について何も知らないまま、似たような事件を小説で扱った自分に、我ながら感心している。鋭い着眼点だったのではあるまいか。

残念ながら、発売後、全く売れず、話題にもならず、それっきりになった小説だが、今なら、少しは読んでくれる人がいるかもしれない。

そこで、本作を筆者のnoteで期間限定で、前半だけ連載してみよう。》

 

 

 

※第2部から先が気になる方は、こちらをお求めください!

 

『彼女たちのフーガ』土居豊 作

 

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【本作の内容について】

高校吹部と学校教育界を知り尽くした著者による、初の長編ミステリー。

元・高校教師で吹奏楽部顧問だった著者は、この小説の中に実話に近いエピソードを多数盛り込んでいる。

もっとも、時代設定は少し昔なので、今の高校生たちや、高校の先生たち、教育委員会などがこの小説のままであるとはいえない。

けれど、本作に描かれる衝撃の事件に近いようなことは、今も起きているかもしれない。

小説中で描かれる吹奏楽部の姿も、かなり事実に近い。

ところで、最近、吹奏楽部を題材にした青春小説や漫画、アニメ、ドラマが次々と発表されている。

その一つのピークは2016年、『響け!ユーフォニアム』第2期と『ハルチカ』という吹奏楽アニメ作品が2つ揃い踏みしたことだ。

だが、高校の吹奏楽部の内実は、あんなに爽やかではない場合が多い。

著者自身が体験した数十年前の吹奏楽部でさえ、そうだった。ましてや、いまのようにコンクール至上主義に走る吹部が、あんなに清々しい物語で終始できるとは思えない。

かつて、吹奏楽はアニメやドラマ、映画の題材として敬遠されていた。あまりに登場人物が多くなること、管楽器を絵で表現する難しさ、などが理由だろう。

その流れが変わったのは、指揮者とピアニストの青春を描いた『のだめカンタービレ』からだと思われる。アニメ版もドラマ・映画版も、音楽描写が本格的で、多数の楽器や演奏風景を見事に再現していた。

筆者はかつて、吹奏楽ものの映像作品や小説、漫画をピックアップした雑誌記事の特集を担当したことがある。その誌面で自分が挙げた吹奏楽もの作品に負けじと、筆者自身も、音楽小説を書き続けてきた。

そんなわけで、本作は『響け!』と『ハルチカ』に負けない吹奏楽小説になった、と自負している。

2019年7月

『彼女たちのフーガ』 改訂版(旧版・『五月丘高校吹部日誌』)刊行に際して

土居豊

 

※Amazon著者ページ

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土居豊のエッセイ更新! 「あと一年で還暦」

土居豊のエッセイ更新!

「あと一年で還暦」

 

 

※1998年、プラハにて。この頃はまだ若々しかった

 

 

 

 もうすぐ60歳ということで、ふと思い出した。以下のエッセイ引用のように、我が師匠、故・小川国夫は、還暦過ぎてからも晩年ずっと、母校から敬愛されていた。

 

 

※引用(小川国夫『昼行燈ノート』より)

《私は母校の高校とか、その近くの蓮華寺池のあたりを、毎日のように牛歩で散歩します。

 

蓮華寺池を最も速く回ったのは藤枝東高校サッカー部の中山雅史君です。この池を最も遅く回ったのは同校OBの小川国夫君です。

 

三年に一回、私は定例の講演をそこでやっているのですが、いつもうまく行かなくて、悔いては、それにもめげずに新しい話題をさがし、それも駄目で、また考え、と繰り返している》

 

※同

《生家に住んでいて、しかも(ほとんど)生まれた場所で原稿を書き続けているのが、私の妙なめぐり合わせです。そして歩いて四、五分のところにある母校藤枝東高等学校では、二十年も前から、三年に一度講演するしきたりになっています。過日も演壇に上がりましたが、私の話がおもしろくないことをいち早く見抜いたのでしょう、生徒たちがざわめいていました。すると一人の先生が彼らの中に割ってはいり、静かにしろ、小川さんがお元気なうちに話をうかがっておけ、とたしなめるのが耳に入りました。》

 

 

※ご自宅での小川国夫。筆者宛のサインを書いていただいた

 

 

 

 もちろん、同じ作家といっても、昭和の大作家である小川国夫と、元・ライター兼講師の私とでは、比較にならない。それでも、現役作家として細々とでも世間に作品や文章を問い続け、少し前まではメディアにもかなり露出していた。

 それが、母校に講演に呼ばれるどころか、意味不明な顛末で「出禁」扱いにされることとなった。満59歳、あと一年で還暦というこの年になって、予想外なことに、母校を失った。しかも詳細は、以下の記事のように、母校から厳重な注意(抗議)を受け、やむをえず公開記事では書けない次第だ。

 

 

※参考記事

(加筆修正・2026年3月16日)

心ならずも以下の記事を削除しました(アメンバー限定記事)

https://ameblo.jp/takashihara/amemberentry-12958723233.html

 

 

 

 結局、どういうことなのか私には不明なまま、懐かしい母校の敷居をまたげない有様に追いやられた。まあ、ほんの2年前まで、母校にはすっかり無沙汰をしていたので、今更「出禁」だというのも、気にしなければいいだけのことだ。そう自分に言い聞かせている。

 

 

 

 

 

 

 

 この一件、あの世で師匠はさぞお笑いになっていることだろう。

 それでも、私は師匠に負けないように、60歳からでももう一花咲かせるつもりだ。師匠・小川国夫も、60歳から大阪芸術大学に客員教授として招かれ、そこから17年間、学生を育てた。しかも、ご自身で誇っていらっしゃったが、60歳からあと、小説を5冊も出して、エッセイは数知れず、2度目の全集も途中未完だが刊行された。小川国夫は「60歳からでも大きな仕事はできる」といつも語っていた。私淑していた私も、それを見習いたい。

 

 

 

※小川国夫と筆者、焼津にて

 

 

来月8日、師匠・小川国夫の命日がまた巡ってくる。今年も、しばし我が師の作品を読み返し、懐かしい声が聴ける録音資料に耳を傾け、師匠と過ごした時間を追想したい。

 

 

 

 

※小川国夫関連の筆者記事

 

追悼・小川国夫 没後17年

https://ameblo.jp/takashihara/entry-12893067555.html

 

《小川国夫と接していた日々を思い起こすたび、懐かしさと慕わしさがこみ上げてくる。》

 

 

※「アポロンの島」と「スプートニクの恋人」〜エーゲ海をめぐる小川国夫と村上春樹の差

https://note.com/doiyutaka/n/n27489b4a2376

 

《村上春樹の描いたエーゲ海、ミコノス島(をモデルとしたらしき)島には、異国の臭いがない。一方、小川国夫が同じ島を描くと、「異国」どころか「異界」の香りが立つ。》

 

 

※過去記事

土居豊の文芸批評 特別編

【(追悼)小川国夫没後16年、今の若い人に薦める小川作品】

https://note.com/doiyutaka/n/n619268c7feb8

 

 

※筆者の小川国夫に関するブログ

作家・小川国夫の命日(4月8日)によせて

http://ameblo.jp/takashihara/entry-11507605937.html

 

 

 

映画『黒牢城』の舞台・有岡城跡はJR伊丹駅すぐ、イオンモールからも見える

映画『黒牢城』の舞台・有岡城跡はJR伊丹駅すぐ、イオンモールからも見える

 

 

 京アニ作品『氷菓』原作者で、直木賞作家の米澤穂信の小説『黒牢城』は、戦国時代の荒木村重の居城だった有岡城が舞台だ。

 この有岡城跡は、JR伊丹駅のそばにあり、細い川をはさんでイオンモールからも見えることは、意外に知られていないかもしれない。

 大河ドラマ『軍師官兵衛』でも描かれたエピソードが元になっていて、黒田官兵衛が荒木村重に囚われた事件を背景とした、歴史ミステリーである。

 ところで、私もこの荒木村重の乱と官兵衛虜囚の物語が好きで、この歴史をベースとした児童文学を以前、書いた。

 私の児童文学作品の方は、タイトルを『名探偵ブロッくんとお城のおばけ』と付けて、総合マンガ誌「キッチュ」に掲載された。もう昔のことなのですっかり忘れていたが、今回、久しぶりに有岡城跡を眺めて思い出したのだ。

 

 

※「キッチュ」ワイズ出版第2号に土居豊の新作短編も掲載

https://ameblo.jp/takashihara/entry-12437529134.html

 

「キッチュ」ワイズ出版第2号

http://studiokitsch.info/index.html

『名探偵ブロッくんとお城のおばけ』土居豊 作 イラスト:鬼山龍宿

《少年少女たちが、古き城の謎を挑むのほほん謎解き》

ぜひお読み下さい!

 

 

 

 

 この児童文学の中で、小学生のブロッくんが名?推理をするもとネタは、上述した荒木村重の乱の歴史エピソードだ。

 現在の有岡城跡は、広大な惣堀の城だった村重の有岡城の、ほんの一部が遺構として残るだけだが、イオンモール側から見ると、なるほど守りの固い城だとわかる。写真のように、イオンモールと有岡城の間にJR伊丹駅があるが、深い谷底になっていて、昔はこのJR線が走る谷間が、堀だったのだろう。攻めようとしても、なかなか攻めにくい城だ。しかも、現在は川筋が変わっているが、猪名川の幅広い川筋が堀の外側に二重の守りとして流れている。

織田信長の有岡城攻略の舞台は、ちょうど私の住む北大阪、北摂地域にまたがっていて、実際に知っている地形がそのまま城攻めの話に登場するので、興味深い。

 

※JR伊丹駅前

 

 

※伊丹駅の向こうが有岡城あと

 

 

※JR線は谷底になっている

 

 

 信長が陣を構えたのは阪急電鉄宝塚線沿線だし、ちょうど豊中市の高台から地形は猪名川に向かってずっと下りになっていき、隣の兵庫県伊丹市に入ると猪名川をはさんで有岡城跡と向かい合う形だ。

 北摂地域は、織田信長とゆかりが深く、天下統一の途上で京都を支配しながら、信長は西国街道を使って西の強敵・毛利家と対峙していた。同時に現在の大阪城のあるあたりで籠城戦を続けていた本願寺とも長い戦いを繰り広げていた。つまり、現在の兵庫県東部の阪神間あたりから、ちょうどJR京都線や阪急京都線、名神高速道路などの道筋に重なるあたりで、京都と各戦場を行ったり来たり忙しく戦争を続けていたわけだ。

 その信長の有岡城攻めを思い起こしながら、イオンモールの映画館で米澤穂信の『黒牢城』の映画化を観るのが、今から待ち遠しい。

 

 

 

 

※映画『黒牢城』

https://movies.shochiku.co.jp/kokurojo-movie/

 

 

※原作

https://kadobun.jp/special/kokurojyo/

 

 

※黒田官兵衛の一生を描いた司馬遼太郎の『播磨灘物語』

https://www.kodansha.co.jp/book/products/0000225777

 

 

※総合マンガ誌「キッチュ」刊行記念展示会、筆者の児童文学作品も掲載された

 

 

 

 

 

東日本大震災、東京電力福島第一原発事故から15年

東日本大震災、東京電力福島第一原発事故から15年

 

 2011年3月11日に震災・津波・原発事故による衝撃は、大阪府在住の私でさえ大変なものだった。その後の世間のあれこれなどを、時事エッセイにまとめたものが、以下の電子版だ。

 

 

※『時評集 もしも地震ポケモンがいたならば 定点観測・3.11後の文化芸術』(土居豊)

 

https://amzn.asia/d/07650AZ9

 

 

 また、これまで繰り返し、この3月11日に合わせて、原発事故のリアルタイムでの危機感、恐怖感を実感しようと、時系列に合わせて東電テレビ会議記録を中心に時々刻々と事態が悪化していく様子をツィート(ポスト)していく試みを、何度も行った。

 

 

※noteでまとめたもの

東日本大震災&原発事故14年〜記憶を新たにする

https://note.com/doiyutaka/m/m34bf87b2b405

 

第1回

https://note.com/doiyutaka/n/n45b05351c47b?magazine_key=m34bf87b2b405

 

 

 今回、NHKなどで震災&原発事故15年目の特集が色々放映されているが、どうも歯がゆい部分が多い。特に、NHKのクロ現で故・吉田所長(事故時の福島第一原発所長)の談話を、いかにもスクープ然として放映したのには、首を傾げてしまう。

 そういうものは、もっと早く、もっと大きく取り上げるべきだった。

 また、美談のような扱いにも疑問だ。この談話を取り上げて、同じ東電の柏崎刈羽原発の再稼働を批判するべきではなかったか。

 吉田所長が語る福島原発事故の現場の悲惨さを知れば知るほど、同じ老朽の世界最大の原発である柏崎刈羽を再稼働させるべきではないことは、明らかなはずなのだ。

 

 

 東電福島第一原発事故で、われわれが肝に銘じなければならないのは、巨大原発という存在が必然的に持つ「全滅」の可能性だ。

 原子炉が6つも7つも同じ敷地に隣接する巨大原発は、フクイチ事故で実際にそうなったように、一つが過酷事故に陥ると、その対応次第では他のすべての原子炉が同じ過酷事故に陥るという罠が仕掛けられている。

 考えてみれば当たり前なのだが、一つの原子炉が放射能汚染で接近できない事態になってしまえば、同じ敷地に隣接する原子炉がすべて、接近不可能になる。つまり、一つだけの原子炉の致命的な事故が、隣接する残り5つ、6つの全部の原子炉の放棄を意味する。

 だからこそ、311当時の菅直人総理は、東電幹部がフクイチ事故現場からの撤退を考えていると聞いて、「東日本全滅」を意識したのだ。本当に、そうなりかねないギリギリの危機だった。フクイチの6つの原子炉がすべて過酷事故に陥っていれば、あの時、本当に日本は関東以東をすべて失ったかもしれない。

 もちろん、そうなれば日本という国が存続できるとは到底思えない。この国土消滅のシミュレーションは、はるか以前に、故・小松左京が小説『日本沈没』で描いているではないか。

 この点で、本当は吉田所長の最後の談話とともに、当時の総理大臣だった菅直人氏に、事故当時の記憶をもっと詳しく、タブーなしに語ってもらえればよかったのに、と悔やまれる。今となっては、菅直人氏は健康上の理由で、そういった詳しい談話を残せる状態ではないという話だ。

 同じ意味で、あの時、内閣にいたすべての政治家やスタッフに、フクイチ事故当時の記憶を、タブー抜きで語っておいてほしいと思う。

 

 

 以下の映像記録、「東電テレビ会議」も、音声が消されている部分を回復させてほしい。特に、菅直人総理が東電本店に乗り込んできて演説した箇所の音声を回復させてほしい。

 

 

※YouTubeで視聴可能な「東電テレビ会議」映像

2012年3月12日22時59分~3月15日0時06分の映像

 

https://youtu.be/RWbCiJPA_Lg?si=x7s0qFrWVhp-iD8b

 

 

※NHKサイトで参照できる「東電テレビ会議」記録

https://news.web.nhk/news/special/shinsai-portal/genpatsu/

 

 

※この書籍も、ぜひ復刊してほしい

『福島原発事故 東電テレビ会議49時間の記録』福島原発事故記録チーム 編  宮﨑 知己 解説  木村 英昭 解説

https://www.iwanami.co.jp/book/b262814.html

 

※2011年3月当時の週刊誌