Miyabiomi天狗の風

Miyabiomi天狗の風

傘寿を過ぎ、今、これからの日本を支えて行く子どもたちが、正しく育っていくために。先ず、大人がしっかりしなければ!と、言いたいことを、易しい言葉で叫びます。

     4月16 日(木) 卯月     清明 虹始見

 

    「コンビニ」って「人間」が「人」になる ?

 

 時代は 今 どんどん新しくなって行きますね。

A  I が  全てを支配し、人間は 極端に言うと 何もしなくても いいんです。

 じっとしてても ことが 運ぶんです。

 

実に 効率的です。合理的です。

 本当に「便利」な時代になってしまいました。

 

     セブン イレブンが できました

 

  初めて 出来た「コンビニ」は セブン イレブン。 

文字通り 朝7時から 夜11時まで営業という事なんですが、当時は みんな 驚いたんです。

 「そんなに 朝早くから 夜遅くまで やってるんだあ・・・わあ 「便利」だあ・・・」と 「正に コンビニエンス(便利)な 店だあ・・いいなあ・・」と、驚きよろこんだんです。

 

 ところが 何時の間にか それが 24時間 休みなしに営業・・・という事になってしまいました。

 まあ「便利」この上なしです。

 

 そして、セブン イレブン以外にも この「コンビニ店」が 幾つも出来ました。

益々 「便利」になりました。

 

     スーパーも できました

 

 スーパーにも よりますが 開店はやや遅く 朝10時ですが、閉店は  大体が 夜11時です。

 夜 遅くまでやっているのは 勤め人にとっては この上なく「便利」ですね。

 

「コンビニ」も「スーパー」も 籠をもって 買いたい物を「籠」にいれ、纏めて「レジ」で 支払いをするんです。「便利」です。

 

しかも 多くのスーパーは「レジ」も「セレフレジ」で 人がいません。  「便利」ですねえ。

 

昔は「おくさーん、安いよ、安いよ。 きょうは このイワシが いっぱい入って 安いよ。

 おおまけするから さあ 買っておくれ・・・」「じゃあ いただこうかなあ!」と 会話があって 心が 触れ合ったんです。

 

 今は 極端な言い方をすれば お店に入って 出るまで 「ひと言も 誰とも 口を利かないで いいんです」

 

  しかも「それ」を「情緒が無くて、いけない」というのではなく、「煩わしく無くて いい」というんです。

 

     「カップラーメン」が  できました

 

 それを 口を利かないで 買って来て 一人で家で ただ買って来て  食べて「食事」お終い。

便利」ですねえ。

「カップ麺」だけでなく、「カレーライス」や さまざな「食事」も インスタントに 直ぐ出来て食べられるんです。

 「便利」です。 いいですねえ。

 

 昔は 家族で一緒に テーブルを囲んで 笑って お喋りしながら 食べたんです。

それが 無くなったんです。

 わびしくないですか?

 

     「自動販売機」が できました

 

  言い出したら きりがないのですが 電車に乗るのに 黙って自動販売機で 切符を買って、  パスネットを買って、自動改札口で タッチして 黙って通り 降りる時も然り 口を利かないで パスネットをタッチしたり すれば 通過です。

「便利」ですねえ。

 

  昔?は 窓口で 〇〇駅 一枚・・と 言って「切符」を買って、改札で 切符切りのおじさんに「ご苦労さま きょうもいい天気ですねえ」と 朝の挨拶を笑顔で交わしたもんなんです。

 「人間らしい」いい光景だと、思いませんか。

 

 まあ、街には 飲み物の 自動販売機が 溢れています。

  「便利」ですねえ。

 

 会社も 出かけないで 家で 一人で PCの前に座り 場合によっては PCに現れた「人」に 最小限喋りますが それで、仕事が出来るんです。

 「便利」になりましたね。 

 でも、その人の 温かさは 伝わって来ませんよ。機械的で 心が触れ合いません。

 

   「携帯電話」が  できました

      「メール」の 時代に なりました

 

 手で持って 小さな機器で、お喋り出来るんです。

  でも、相手が 出ない時があります。だから 喋るより「メール」で 伝えた方が「便利」なんです。

「携帯・・」が「スマホ」になりました。

 「メール」の文字も 成るべく簡単で「了解」「了」で お終い。

 

「寒くなりました。お元気ですか。今度の 会合 申し訳ないのですが 都合で 参加できません。よろしくお願い申しあげます。  〇〇

 

「〇〇です。例会不参加。よろしく」

 

  どっちが「いい」ですか。  前者が「心」が 伝わりますねえ。

 

でも 段々に 後者が 多くなっていませんか。 「簡単便利」だからです。

 

 更に ショートメールになり、lineになって 更に 簡略 最小限の文字でも 相手に 伝わ

るんです。  「便利」になりました。  でも????

 

            Amazon 楽天 Yahoo などが  出て来て・・・

 

   実際に 何も品物を見ないで どんどん購入できちゃうんです。

 「便利」ですねえ。

 

  遊びでも 「ゲーム」「eスポーツ」 一人で 楽しめるんです。

相手が いなくても 口を一切 利かないでも・・・・

 

   一日の生活 暮らしが 起きて 仕事をして 交通機関を利用して 食べて 遊んで 寝て・・・ 全て 誰とも 口を利かないで 出来ちゃうんです。

 

 「便利」ですねえ。

 

   「寂しく」ないですか 「わびしく」ないですか

 

「人間」なら、「そう」なる筈です。 人と人の間で 生きているからです。

 でも「人」なら 「そう」ならないんです。

 返って、「間」を 煩わしく思うんですね。

 

   「便利さ」を 追求していくと

「人間」が「人」になって行ってしまうんです。

 

    口を利かない「人」

   こうなってしまって いいんでしょうか。

 

 「便利さ」ばかり追求しないで 手間ひまかけて 無駄な?時間も いいもんですよ。

 

 路傍の 名もない花を摘んでみて、 太陽の光を 紫外線だ なんだと 言わないで 顔いっぱいに受けて見て・・・力いっぱい 深呼吸してみましょう。

 

 小さな庭に パンジーを手植えして 水をやって・・・汗をふきふき 笑顔です。

小鳥を籠に飼って  囀りを聴いて 微笑んで・・・

 これって 「無駄」でしょうか。

 

 「無駄」じゃあないでしょう。  そこには 人間らしさあるでしょう。

 

 「人間らしく」 生きるために 「便利さ」から離れて「不便」な生活もいいもんですよ。

 

 これで お終いです。 じゃあ最後に  「文章」「言葉」の中に「便利」という青文字」が幾つあったか 数えてみましょう・・・・こんなお遊び これって「無駄」ですか 楽しいでしょう「いいこと」でしょう。  正解は〇〇個

                  4  月1 4日(土) 卯月 清明 虹見始

 

  葉ざくらも いいもんですね。 緑が綺麗で 鮮やかなんです。

同時に これから「夏」を迎える 力強さみ たいなものも あるんですね。

 

        また書きます「戦争」は 絶対いけない

 

 先日 元勤務校の 同窓会100周年記念誌の インタビューがあって その席でも「平和」という事が テーマの一つで出て来たんです。

 

 同席していた 方々「同窓会長」「編集委員」「世話役の方」「私」などで この「平和」について 様々に 語り合う機会が あったんです。

 

  戦争は 大量殺人事件なんですよ

 

                  サンマリノ共和国

 

 以前に このブログにも書きましたが

サンマリノ共和国」という 世界最古の共和国の一つで 1700年の歴史があるんですが 一度も「戦争」をしていないんです。 

 決して経済的にも 恵まれた国ではありません。  

 でも 何とか 普通に生活できているんです。

 そして、それ以上 欲張らないのです。

 更に 裕福になろうとしないんです。 

 

 言い様によっては 前進がありません。進歩しません。

 でも 前進しようとすれば、競争があります。 共に進歩して よろこび合うことで 留まっていれば いいのですが 更に先進しようとすれば 悪く言うと、相手を蹴落とすことに繋がって行くんですね。

これが 「戦争」に繋がるんですよ。

 

   歴史を しっかり学びましょう

 

 学校で 何故、歴史の勉強をするかというと、それは 同じ間違いを 繰り返さない為・・・と 学んだんです。

 

 でも、結果は どうかというと

「過去の戦争のこと」を学んでも 又 戦争を繰り返しているんです。

 

 何故? 分かりません。

歴史の勉強よりも 「欲張り・陣取り」の方が 上回ってしまうんでしょうね。

 

    欲張り過ぎて「陣取り合戦」

 

 人間は「欲張り」の生き物です。

ですから 人類は 進歩するんですね。

 

 でも、大事なことは「他を蹴落としても、前進する・・・・」ことは 避ける・・・という事なんでしょうね。

 

 サンマリノのように 現状で 満足するのも「心の平和」が 楽しめるのかも知れませんよ。

 

 今 世界では「中東」で 戦争が 起こっていますね。

 昔からの アラブ  対   ユダヤ の 「平和」を 求めるべき「宗教」をも踏まえて 争いが 継続しているんですね。「陣取り合戦」なんです。

 

  ロシアと ウクライナの 争いもそうですが「陣取り合戦」なんですね。

 

  アラブと、ユダヤ(イランと イスラエル) これ以上の「「陣取り」はやめましょう。

 ロシアは ウクライナに 奪ったところを返しましょう。

 

   そして、戦争を 止めましょう。 


 

 

 

     4月 10日(金) 卯月 清明 雁鴈北

 

  庭の 主役が ドウダンツツジになり、カイドウが 一歩退きました。

 前者は、白に近い 小さな花が 集まって 鮮やかというより、初々しいという感じかな。

 この季節に 相応しいかも・・・・・・

 

     高尾599ミュージアム   おはなし会

 

  毎月  第二日曜日は  599ミュージアムの おはなし会です。

  4月は  12日が 第二日曜日に当たります。

 

  第一部  13:30~ 

    開運たこ杉      清滝

  第二部  14:30~

    お大師さまの岩屋   こんぴら狸 (私・見習い天狗)

 

  プログラムは 以上ですが・・・・

 何れも 高尾山に纏わる 楽しい 心温まる 「いいお話」です。

 

 私は 「こんぴら狸」を 語りますが

 

 高尾の山下に お滝婆さんが 「団子や」を開いておった。

高尾の山草は 薬王院の壺から出る香りと、大そう二ておって、いい香りのする 団子は 疲れが取れ 身体にいい、という事で評判がよく たくさんの参拝客や 講中の衆にも よく売れておるんじゃよ。

 

 ある朝のこと、お滝婆さんが 饅頭を 仕込んでいる時、一人の若衆が やって来て 「団子を一皿くだされ・・・」

「へい、もう少しお待ちを・・・」やがて ほっこり コロコロ 上手そうな 団子が出来上がった。

 「へい おまち・・・」 若衆は 上手そうに ぺろりと 5本平らげると 「うまかったあ」といって、さっさと山を おりていった。

 ところが 又、次の朝も その若衆が 朝早く 同じようにやって来て「団子を 一皿 下され・・・・」と また、次の朝も・・・・・

  さて、この若衆 何者じゃろうか・・・・・

 

  という「おはなし」なんですが・・・・・・

 

 お後は、聞いてのお楽しみです。

 

  お天気も よろしいようで、高尾の新緑を楽しみながら 是非「おはなし会」にも お出かけください。

 

 

 

       4 月 4 日(土)   卯月 立春 雷乃発声

 

   ラッキーの 連続 ➄

 我が庭の 今の主役は 満開の「しだれ桜」「カイドウ」で「ドウダンツツジ」が 虎視眈々と 次の座を奪おうと、控えています。 

    縁あって 二人の「むかしばなし」の師匠に  出会う 

 

  たまたま 見ていた テレビで 「沼田曜一先生」の 「大地の劇場」という むかし話の語りの塾の話を やっていて、ある男性が 語りの練習をしている 風景が あったんです。

 これは 面白そう・・・・私にも 出来ないかなあ・・・と思って 早速 テレビ局を介して 連絡したところ、よかったら来てみてください・・・という返事があり 「東中野の駅前の あるビルの二階の 「練習場」に 出かけたんです。

 

  平成10年  62歳で 前回書いた 大学通信教育部で 教育実習の指導が 始まって 2年後でした。

 

     縁あって 「沼田曜一先生」に出会い「語り部」の世界へ

 

   「沼田曜一先生」新東宝の 映画の 悪役で知られる 個性派 俳優です。

 その傍ら 全国を回って 各地の 民話・むかし話を 集めて「語り伝える」面白さに 魅せられて 「現代の語り部」と 呼ばれる 他に類のない 「むかし語り」の ご師匠様に なられたんです。

 

 これが 私を この「むかし話の語り」世界に 引きずり込んだ 縁あっての ラッキーな  出会い だったんですねえ・・・

 

 練習の 始まる前に 「タバコが 中々 止められない話など 雑談をして いよいよ 練習です。 

 先生の本から選んで 自分で 決めた「演目」を語るんですが 直ぐに 「ダメ」を 押されます。

「それじゃあ 聴く人に 全然通じないよ・・・

 自分でも 語ることが 全部 分かっていないでしょ。 自分の言葉に なっていないよ・・・・」 

 

「さっき  話していたタバコの話で いいんだよ

 あれは 自分の 思いを、自分の 言葉で 話していたでしょう。だから、聴き手にも 伝わるんだよう・・・・」

 

  という事は 自分でない人が 書いた話を 伝えるんではなく、自分の話にしてしまって 話せば 言葉も 自分の言葉になるし だから 聴く人に 伝わるんですね。

 

  簡単なようで 難しい 「語り」の基本ですね。

 

 厳しい 先生でした。殆ど「よし」とは言わないんです。

  

  終わった時に 「では、また 来週(それ)をやろうね」

   これは 不合格 という事なんですね。

 

  でも その厳しさの裏に 優しさが 顔を出すんですよ。

 

     縁あって 「菊地正」先生に出会い「語り部」を深める

 

 そして、もう一人の 菊地正先生に 66歳で 出会うまでの 4年間 月三回くらいの ペースで 厳しさに耐えながら 鍛えられたんですよ。  これが 今の 私を支えている基礎になっていることは 確かですねえ。

 

 「読売新聞の多摩版」に 高尾山不動院で「むかしばなしの会」がある・・・という記事を発見。

 野次馬根性で 覗きに行こう・・・・という事になったんです。

 

   見学者という立場で「会」に参加したんですが まあ「菊地正先生」の優しい事。

 真言宗の 僧侶の資格をお持ちと窺がったんですが ご自身で 話されて、その後、会員が順番に話す、いや、半分は読むだけなんですが・・・・決して NOと 言わないんです。 

  いいところ(有るか 無いか)を見つけて ニコニコ笑顔で 褒めれくれるんです。「それじゃあ、伝わらないよ」なんて 言わないんですよ。

 

    縁あって「むかしばなし・日本人の心」を知る

 

    お話は「八王子・高尾山」に限られますが 結構 楽しいお話が たくさんあって、特に「天狗ばなし」などは 後に 私の 18番、最も好きな お話になってしまったんですね。

 

  こうして、現在の 私・「見習い天狗」が 誕生して、私の「語り部活動」は 更に、更に 展開して行くんですよ。

 

 朝な 夕な 山に向かって手を合わせる 暮らし。 路傍の 名もない「お地蔵さま」に 花を おにぎりを 供える 人間性。 あちこちにある「鳥居」の前は 素通りしないで 会釈をして 通り過ぎる生活。 鎮守さまの「お祭り」を 皆で盛り上げ、五穀豊穣を感謝する。

 

  これらは 八百万の神に祈る 神仏を混合した「素朴な宗教心」なんですね。

 

 これが ある「むかしばなし」には ややもすると 今 失いかけている「日本人の心」「人間性」「倫理観」という「温かい 穏やかな 豊かなもの」が、たくさん入っているんですね。 

  

 そして、これが 暮らしの中で活きていて、日本人の 暮らしの基盤になっているんです。

 

  そして、これが「むかしばなし」の中に 息づいているんですね。

 

「むかしばなし」は 単に 昔の話の筋書きではなく、だから、聴くことは「分かった」ではなく、如何に、その昔の世界の素晴らしさを 感じ取るかなんですね。

 

    縁あって  AI AT の時代に「むかしばなし」を 活かすか

 

 今の 日本の いや 世界の暮らしは 全て AIが ATガ 支配し、お金をかけても より合理的に 能率的に 短期間で 物事を処理されることを 由とするんです。 

 ゆっくり 考えている暇は 無いんです。

 

  だから、むかし話の世界にある 素敵な 人間性 日本人の心が みんな 何処かへ 行っちゃったんですよ。

 

 そん中で 私たち「語り部の会」は 黙々と「むかしばなし」を語って。聴く人たちに

 

「むかしの世界って いいなあ・・・・と 感じて欲しいなあ・・・・って 叫んで いるんですよ。

   3   月 31 日(火)  弥生 立春      魚上氷

 

 3月最終日 雨で また 寒さに逆戻り・・・・

 庭の しだれ桜も 満開なのに 寒そう・・・・

 

   ラッキーの連続  ④

 

 市の 意思のあるものが 参加できる 定期検査の 検便で 陽性の疑いが出て、次回再検査をすようといい・・・という結果が届いたんです。

そこで 次回まで 待たずに 即 都立のがん研究所へ出かけて 肛門から検査機器を入れ ポリープ検査を 依頼したんです。  結果的に これが よかったんです。

 「ガン」が 早期に 発見されて 手遅れにならずに 早期治療が出来たからなんです。

   正に ラッキーに繋がったんです。

 

   縁あって 二人の名医に 巡り合う

 

   そして 縁あって 二人の「いいお医者さん」に 巡り合えたんです。

 

 最初の「都立がんセンター(癌研)」の  K 先生.。 

 まあ、時間を掛けて 丁寧に 検査を繰り返して下さって「初期 S字結腸がん」と はっきり診断され 今なら 絶対に「治療できます。死ぬことは95%ありません」と おっしゃったんです。

 

 そして、よろしければ、隣の 多摩中央医療センターに 大学の 先輩で がん治療の外科医がいるので 紹介するって おっしゃってくれたんです。

「癌」と聞いて 初めは  大きな ショックを受けましたが、

不思議なことに 先生の 治療出来て「死ぬことは先ずない」という言葉に 自分でも 驚くほど 恐怖心が 無くなり、逆に すごい「安心感」が出来たんです。先生が物凄く信頼出来たんですね。 何故 そうなったか「不思議」なんです。

 

 周囲の人達は「癌」の言葉に みな、心配して 怯えていたんですが・・・・本人は不思議なくらいの「安心」しているんです。

 

  紹介された 都立多摩医療センターの S先生 初期がんの様子を 分かり易く図を書いて説明され、リスクも はっきり話された上で 初期なので 今なら 95%の確率で 完治できると おっしゃってくださったんです。

 

「がん」の手術ですが、何故か  少しの不安もなく 手術室に入れたのです。

 それを見守る 家内を始め 集まってくれた 多くの親族たちの不安顔を「何で そんなに 心配しているの?」と 思いながら・・・・

 

  結果は 手術は 成功で 全ての「初期がん」は 切除され、 その後の 一年ごとの検査も 5年間 何ら 転移などもなく 一応 無罪放免されたんです。

 

 何度も 同じことを書きますが、「がん」に掛かった 本人は 全く 不安が 無かったんですよ。

 

 縁あって あの 二人の先生に巡り合え 暗示にかかった様に 信頼出来て 何も不安が無く 治療が出来たこと・・

 

   ラッキー としか 言い様がありませんね。 

 

  そして、ラッキーは 更に続くんです。

 いよいよ 二人の「むかし語り」の先生に出会うんです。

 

  これは 次回に・・・・・・

 

     3月 30日(月) 弥生 立春

 

 あちこち 何処も 桜は満開。

 全国「お花見日和」ですね。 間もなく4月。

 新年度 新学期 何もかも 新しい・・・

 いい季節を 迎えますね。

 

    ラッキーの 連続 ➂

 

  縁あって ラッキーの連続も 続きます。

 小学校の先生も 30年務め 社会科主任なども  務め、全国私立小学校連合会(全私小連)でも それなりに  活躍もしたのですが、60歳 定年を前にして そろそろ 後輩に 立場を譲って・・・・という感じになって、社会科主任も 後輩に譲り やる気も 正直 緩んできた頃、先に 少し触れた 文部省の 中野重人先生が「生活科」なるものを 立ち上げるべく 動き出したんです。

 

    縁あったて「全国私立小連・生活科実行委員長」に なる

 

 低学年の 理科 社会科を 廃して、総合的に 子どもの主体性を活かした「活動」なんです。

 

これまでにない、子どもを活かす学習に 一端 萎みかけていた 教育意識が ここで 大きく刺激を受けたんです。

そこで 僅かな 校内の 仲間と組んで 再び 東京私立小学校連合会(東私小連)の仲間と この「生活科」の立ち上げを やってみよう・・・・ということに なったんです。

 一度 萎んだ「教育魂」が ここで また膨れ上がりましたよ。

 

  早速 「東私小連」の 社会科の仲間と その「生活科立ち上げ委員会」を 創り その準備に掛かりました。後に「理科」の仲間も 一緒になって・・・・・

 

先ず、中野先生の 趣旨の勉強から始めたのですが 低学年の 未分化の子どもたちの 学習意欲を どう引き出すか・・・という事の 今までにない「試み」は 正に 教師の我々に 驚きの「感動」を 与えたのでした。

 

 そして、時間はかかりましたが 正式な 学びの「項目」として「生活科」が「教科」とは 呼ばず 「別の形」で 低学年の「学び」に 正式に 登場したんです。

 

     そして、明星小学校では この時間を「くぬぎの時間」と名付けて 様々な工夫を重ねながら 実践し、実績を重ねました。

 

 更に その 「全私小連」全国大会が 東京で 開かれることになり 九段の「私学会館」を 中心に開かれ、私は 「生活科」部門の 実行委員長に選ばれ 全国私立小学校の先生方の 中心になって 活躍したんです。

 

 そして、61歳で 停年退職するまで 正に 充実の 教員生活を過ごせて、 多くの仲間を 新しく得て その仲間が 今でも 何らかの形で 私を支えているんですよ。

   正に 縁あって ラッキーな 連続の 一つになったんです。

 

   縁あって 明星大学の 通信教育部で 実習生の指導

 

  こんな 小学校での 活動実績が認めらえて 61歳 退職後 同じ 学苑の「明星大学通信教育部」で「教育実習室・講師」として 再就職が決まったんです。

 

 停年を前にして 実は 二つの 再採用の話が 持ち上がったんです。

 

 一つは この「大学通信の 教育実習室」で、もう一つは 同じ 学苑の「明星幼稚園園長」という話なんですが・・・

 

 今までの 学苑での常識では 小学校の 平教諭(役職は学年主任だけ)では 停年後は 再任は あり得なかったんです。

 再任されるのは 主事(各校の校長)か 教務主任に 限られていたんです。

 

 ところが 私が 初めて その常識を破って「平」で 再任されたんです。何故? 分かりません。

「縁あって、ラッキー」としか 言い様がないんです。

 

 「幼稚園園長」魅力がありましたよ。 小さい子が 大好きで 小学校も後半は 低学年ばかりでしたから・・・

 

  私の気持ちは「幼稚園」に 傾いていたんですが・・・・

 

 学苑幹部の 判断で 「通信」の方が 今現在 重要・・・というんです。

 でも、結果的は「通信」で 正解でした。

 

  多くの実習生という「教え子」が出来て、これまた 今の 私を大きく支えてくれているからです。

 今、やっている「むかし語りの会」などにも 沢山 聴きに来てくれるんです。

 うれしい事 この上なしですえん。

 

 更に 小学校は「明星」という私立しか知らなかったのに、実習を通して「私立」では 学びえない 多くに学びを 一緒に 体験で来たんです。更に 多くの 公立の校長先生とも知り合いになり、矢張り 今も 年賀状の交換などもあって、情報の交換が出来ていて、今尚 繋がっているんですよ。 

 

 この縁、正に ラッキー そのものですねえ。

 

まだまだ 縁あって ラッキーは 続くんですよ。

  

 

    3 月  28日(土) 弥生 立春      桜始開

 

  いよいよ お花見のシーズンですね。

  きょうは 温かく 上着無しで 近くの医院に 膝の 注射に行って来ました。

 週一で ヒアルロン酸を 打っているんですが・・・・なかなか・・・

 

      ラッキーの連続 ②

 

 前回 小学校で「生活科登場」の話をしましたが その前に 大きな ラッキーがあったんです。

 

     縁あって「カフジ小学校」の 先生になる

 

  サウジアラビアと クエイトの中立地帯 カフジに 日本の「アラビア石油」という企業が 油田を開発していたんですよ。

そして、規模も大きくなり 出向社員の家族も同伴することになったんですが・・・・ 

 家族には 当然 お子さまがいます。

 そこで その子たちの教育の問題が起りました。

 

 そして、その子たちの為に カフジに「日本人学校」を 創ることにしたんです。

 

 そこで これもご縁で 社員の中に 明星学苑の関係者がいて 「明星小学校」に 白羽の矢が立ったんです。

 

 明星小学校から 取り敢えず 一人「教員」が 派遣されることになったんです。

 

 先ず 候補として 教務主任の H先生の名前が 上がったんですが・・・・

 教務主任という立場であり、それでは 肝心の 本校に 支障が来す・・・という事で ダメになり・・・では、ということになり、たまたま「英語も堪能」で(周りが勝手にそう言って 半分ウソ?)元気溌剌  NO.1(これは 本当・・・)の 私に   学苑幹部の  多くの推薦もあり、白羽の矢が 移って来たんです。

 

  これまた、本当に 縁がって ラッキー・・・・としか いいようがありませんね。

 

 向こうでは 何処へ行くにも「車」社会。短期間での「運転免許取得」に大わらわ・・・

 朝、勤務前に 夕方 勤務後に・・・・

 

  特に 学科試験では 行くまでの日程の関係で 絶対に落とす訳には行かないので、学生時代にもこれほど勉強した経験がない位 猛勉強しましたよ。 

   そして、当時まだ 独身 31歳 アラビアの地に 多くの情報もなく 全くと言って いいほど 無知のまま 赴任してしまったんですよ

    

   17時間の 長旅・・・・深夜の ク   ウェイト到着でしたが 社員の方が 車で 出迎え下さり 街灯のみの 真っ暗な 砂漠の 一本道を 1時間 やっと 砂漠の中の 石油基地 カフジに到着 S部長さんの家で 歓待。いろいろお喋りして 小休止。 後 宿舎のバチュラーハウスに  案内されました。

 

   そして、基地の中の ファミリーコーターの 真ん中に 新設された お粗末な 一応レンガ造りの ジャパニーズスクールでの生活が始まるんです。

 

  当初 一人で 立ちあげた  砂漠の中での日本人学校・・・・学年途中から 大学から ヘルプの先生が来て 二人になりましたが・・・・・

 

  緑の皆無の 殺伐とした環境での 情緒教育の難しさと 向き合いながら 30人の 小学生と 保護者と 会社との 体当たりの 厳しさの中での 温かい 先生生活が 始まったんです。

 

 今、何かと話題の「中東問題」の ベースにある アラブと ユダヤ(イスラエル)との 根本的な課題などが そうなんだあ・・・と よく分かったんですよ。

 

  ここでは、今まで 経験したことのない 多くの体験が出来たんですが ここでは 書き切れませんので 書きません。

また、機会があれば、書いてみたいと思いますが・・・

 

  2年間勤務して 再び 本校に帰任して、元の先生生活が 始まったんですが・・・・

 

  ここで 再度 縁あって、次の ラッキーが 飛び込んで来たんですよ。

 

    縁あって 妻を 娶る

 

  同じ学年で 組んでいた先生が 体調を崩し 退職を余儀なくされることになったんです。

 

   そして、急遽 副学長と同郷の 女子教員が 派遣背れて来たんです。

 勿論 教員免許は 持っているんですが、教員の 体験は 全く無いんです。

 

  当初は 保護者からのクレームが いろいろ出て 学年主任の私は 四苦八苦でした。

ところが 最初の クラス懇談会が終わると 苦情は 皆無になり 保護者の方々の クラス内での 温かい支援が どんどん出てきて、学級経営も 円満になって来て 学年主任は 暇になってしまったんですよ。

 

 不思議でした。彼女は 保護者に 何を喋ったんでしょうか・・・・

  兎に角 保護者の心を 捉えてしまったんですよ・・・・・不思議な力を 持っているんですね。

 

   彼女も 主任の私にも 何でも相談に来ました。

 そして なんだかんだと 面倒を見ているうちに ふと気がつくと、「公私」を 混同してしまったんです。

 

  その 女子先生は2学期 9月から 就任して 次の年度 1年生の担任をして 次の3月に「寿退職」させてしまったんです。

 

   本当に 縁あって ラッキーが 続くんです・・・・ 

  次回 まだまだ ラッキーが 続きますよ・・・・・

 

 

     3   月 24日(火)  弥生 春分 桜始開

 

   東京の ソメイヨシノも 開花宣言 文字通り 桜始開。 

 我が庭の「リュウキンカ」が あちこちで 誇らしげに 黄色い花びらを  拡げています。

 ドウダンツツジが 小さな白に近い蕾をつけています。

 

     「ラッキー」の 連続 ➀

   

   前回書いた「ラッキーの➀です」

  縁あって 立教中学に入学  そのまま 大学を卒業したんです

 

 その縁というのは 父が 軍人で 戦時中 立教大学で「教練」を指導していたんです。

 そして、その縁があって、戦後 大学で 事務職員として雇用されたんです。

 

 そして、その縁故で 兄もそうでしたが 立教中学に 縁故入学できたんです。当時は 筆記試験はなく、面接だけだったんですが、その内容も 殆ど事前に 知らされていて、お陰で すらすら答えられて 見事?合格でした。

 

 こんな切っ掛けで 10年間を 立教で過ごし「チャペル」での 宗教活動にも 没頭し、クリスチャンにもなりました。

でも、今現在は 「献金」の疑問 その他 キリスト教活動に疑問が多く 教会には行かず、日本人本来の「八百万を信ずる 素朴な宗教心」を信じていますね。

 でも、その倫理観 90% 認め 今も 自分を支えていることは 事実ですよ。

 

 次は 前回書いた「ラッキー」の②は

 

 縁あって 児玉九十先生に巡り合い 明星小学校の  先生になる

 

  大学を 卒業して 一般企業に入社したんですが、金銭が全てという 営業感覚が 身に着かず、大学の恩師に相談したところ、明星学苑の 児玉九十先生 副苑長の 児玉三夫先生を 紹介していただいたんです。

 

 ところが 小学校の教員免許状は 単位を半分 大学で聴講生として 取得していたんですが 半分残っているんです。

そこで  児玉三夫先生の これまた、ご縁で「玉川学園の通信教育」で 取得できる方法を知り 直に手続き 短期間で 所得出来たんです。  

  明星小学校には 最初は 臨時免許状で、勤務出来 後日 正式免許状所得で 正式に就任ということになりました。

 37年間 勤務したんです。

 好きな道でしたから 自分で言うのも おこがましいのですが まあ、よくやったと思いますよ。

 

    そこで、後に自分を支えてくれる 多くの「教え子」が 誕生することに なるんですね。

 

 社会科主任としても 全国大会などでも 活躍・・・・しかし、定年が 見え始めるころ、もうこれで お終い・・・という気持ちも芽生え 教員生活も 萎み始めてしまったんです。 

 

  そんな時 文部省の「中野重人先生」が 小学校低学年の「理科・社会科」を 「生活科」として 統合することを 提案。

 世に「生活科」が 誕生するんです。

 

 そこで 私は うん「これだあ」と これに飛びつき 萎んだ 教員魂が 大きく膨れて 復活したんですよ。

 

  では、今回は ここまで 次回の 縁あって ラッキーに 繋げます。

 

 

 

   3 月 21日(土) 弥生 春分 雀始巣

 

 東京の ソメイヨシノも 開花宣言。

 しかし 昨日は 真冬の寒さ きょうは 暖かで 三寒四温の続きをやっています。

 

   間もなく 卒寿を迎えます

 

  もう少し先 5月29日が 誕生日で 90歳になります。

 卒寿を 迎えるんです。 何か 不思議な感じです。

 

私が 思う 90歳は もう 何も出来ない「おじいさん」です。

人生 100年の時代と言いますが、長生きはしても 一般的には 大きな活動は もう出来ない歳なんです。

 

 なのに、私・見習い天狗は 膝が痛い 耳が聞こえない と いいがなら 「語り活動」を十二分に熟しているんです。

 

そんな時、ふと 思うんです。

 

    「ラッキー」の連続なんです

 

 自分って 「ラッキー」の連続だなあ・・・・って。

 

 ラッキー ➀ 縁あって 立教学院で 10年過ごし 洗礼も受け クリスチャンになる。

                                (多くの「恩師」に出会う)

 ラッキー ② 縁あって 児玉九十先生に出会い サラリーマンから 明星小学校の先生になる

                                  (多くの「教え子」を出す)

 ラッキー ➂ 縁あって サウジアラビア カフジ小学校に 赴任する。

 ラッキー ④ 縁あって 妻を 娶る。

 ラッキー ➄ 縁あって 全国私立小連 生活科委員長になる。

 ラッキー ⑥ 縁あって 明星大学 教育実習室 講師になる。(多くの「教え子」を出す)

 ラッキー ⑦ 縁あって 二人の名医の出会い S字直腸がん 早期発見 手術完治 再発なし。

 ラッキー ⑧ 縁あって 沼田曜一 菊地正 二人の「語り部」恩師に出会う。

 ラッキー ⑨ 縁あって 「むかしばなし」に  はまり、「語り部活動」に 没頭する。

                                 等々 なんです。

 

 どの「ラッキー」も みんな「縁あって」なんです。この「縁」は 「恩師」「名医」であり「教え子」なんですねえ。 素晴らしんです。「ラッキー」なんですね。

 多くの方々に 感謝しかないんです。

 

  次回 この「ラッキー」を 「縁あって」を もう少し 詳しく 探ってみましょう。

 

     3月17日(火)  弥生 啓蟄 菜虫化蝶

 

 ソメイヨシノの 桜の開花が 間もなくです。

 高知が一番早く 昨日 発表されました。

  東京は 17日 きょうなのですが・・・

 

    日常会話が 「むかし語り」の 原点

 

 我が会「高尾山 とんとんむかし 語り部の会」の 定例の 勉強会が 先日 行われ、その席で 当り前の事なんですが、

「どうすれば 上手く 語れるか・・・・・」という話の 中で、

「通常の会話」のように 喋れば いいんだよ・・・・という話が 出て来ました。

 

      沼田曜一先生の 言葉

 

  私の「語り」の最初の師匠は あの有名な 俳優 沼田曜一先生なんですが、

 練習の始まる前に いろいろ 世間話をしていますねえ「中々 タバコがやめられないはなし・・・昨日の国会中継は 全然なっていないねえ・・・・中々 温かくならないねえ・・・などなど。

 

  そして、正式に「勉強会」が始まって Aさんが「語り始めたんですが・・・・」

 ほらほら それじゃあ 伝わらないんだよ・・・自分の言葉になっていないんだよ・・・・原稿通りに 喋っているだけなんだよう・・・・・さっきの「お喋り」のように やれば いいんだよう・・・・と。

 

  さっきの「お喋り」と 今の「語り」は  何処が 違うんでしょうか。

 

      「お喋り」は自分の言葉

      「語り」は 原稿の言葉

 

 この違いなんですよね。

  「原稿」の言葉は 「おはなしの中身」で 別の人が 創ったもので 自分のものには なっていないんですよ。

 だから、要は、その「おはなし」を 自分の お話に してしまえばいいんですよ。

 

  そうすれば 最初は 別の人が創ったお話でも 自分のものになってしまえば、自分の「言葉」で語れるんですね。

 

   そうすれば 聴き手に よく  伝わるし 聴き手が 面白いと 感じ取れるんですね。

 

   だから、「いい語り」とは「お喋り」が 原点なんですよ。