1.はじめに
「民間でできることはすべて民間に任せる」国や自治体による官営の公共事業を可能な限り民営化していこうという、小泉改革の基本方針でありました。その結果として自治体においても個別の事業の民営化、臨時的な任用の職員の増加など、事業事態の質的な部分や「官製ワーキングプア」の問題など、様々な問題が噴出し、昨今大きな問題として様々な指摘がなされています。官営か民営か。今一度問い直してみる必要があると思います。

2.官から民への潮流
 まず、基本的な認識として官営のデメリットは、競争がないためにユーザーの満足度や採算性を高めようというインセンティブが働かず、サービス水準の向上や事業の効率化が望みにくい点にあるのではないかと考えます。
 一方、民営の方は、儲け主義に走って公平なサービス提供を放棄したり、サービス水準を落としたりする懸念があることが問題であります。
 このように、官営、民営ともに問題を抱えているが、イギリスのサッチャー政権(79年~90年)、アメリカのレーガン政権(81年~89年)の民営化政策が成功したのを契機に、ここ20年以上、官から民へのシフトが世界的な潮流となっています。日本でもNTT、JRといった民営による公共事業がサービス向上や経営効率化などの成果を上げてきました。
 この潮流の背景としては、民間企業が成長し、かつては官営でしか実行できなかった巨大な事業も運営できるようになったことがあります。
 また、人々の気持ちのうえでも、官営事業の位置づけが変わってきています。  かつては、公共性が高い事業、高度な中立性が必要な事業には、営利目的の民営は適さないという認識があったかと思います。「民には任せられないから官で」という、いわば「官優位」の思い込みであります。このような認識は今でも根強く、官営事業の民営化に反対する議論があるように、それを前提にしたものが多くあります。しかし、実際に民営化事業の成功事例が、海外も含めて相次いだことと、官営事業の非効率が明らかになったことで、官優位の認識は薄れてきていると思います。
3.官の守備範囲
 こうした背景で、官の守備範囲は、趨勢的に狭まってきているわけだが、依然として純粋な民営化の難しい事業領域も残っています。
 それは、社会的に必要でありながら、サービスの対価を受益者から直接徴収することが困難で、サービスの売り手と買い手との関係で需給が完結する通常のビジネスとしては成立しない事業であります。例えば、外交、警察、消防、国防、環境保全、一般道の管理など、国民あるいは地域住民すべてが恩恵を受ける事業がその典型であります。
 また、直接の受益者を特定でき、そこから対価を徴収できる事業であっても、間接的な受益者のメリット(「外部経済」「外部効果」と呼ばれる)が大きく、そこからの対価徴収ができないために、営利目的の企業だけではサービスの供給量あるいはクオリティーの面で、社会的に望ましい水準を確保できない事業もあります。たとえば教育事業がそうであります。教育は、それを受ける人のメリットになるのはもちろんだが、国民全体の教育水準が向上すれば、治安の安定や生産性の向上を通じて、社会全体に間接的なメリットが生じます。それを勘定に入れると、採算性を重視した民営事業によるサービス供給だけでは不十分だと考えられます。官営による学校事業や補助金の投入によって、教育サービスの量と質の維持が図られているのは、そうした理由があるからであります。
4.官民分業による公共事業
 直接的な料金徴収ができない事業領域は、純粋な民営で行うことは難しい。そうかと言って、純粋な官営しか選択肢がないわけではない。そうした事業領域においても、官と民とが役割を分担し、力を出し合うことで、サービスの向上やコストの削減を図ることは可能である。分かりやすいのは、国や自治体が公共サービスの提供を民間の企業体に委託する手法だろう。
 この場合、国や自治体は、公共サービスの受益者であり買い手である国民・市民の代表として、税金から対価を支払う一方で、サービス提供を請け負った企業の活動をチェックする役割を担う。国や自治体とサービスを供給する企業との間には、サービスの売り手と、買い手の代表者という明確な役割分担が生じる。売り手と買い手として対峙することで生じる緊張関係が、サービスの向上と効率化をもたらすのである。
 かつて、公共事業に民間の知恵と活力を導入することを目的に設けられた「第三セクター」いわゆる「三セク」の多くがうまくいかなかったのは、官と民による共同出資・共同運営の形をとったことで、官と民との間の緊張関係が生じず、サービスの向上や効率化に向けたインセンティブが働かなかったためだ。公共事業の民間委託は、三セクの仕組みの構造的な欠陥を克服できる手法であり、これが近年の民営化の潮流の主役となっている。
 ところが、ここにきて、電力事業の自由化を進めて深刻な電力不足に見舞われたアメリカのカリフォルニア州のケースや、設備の維持が不十分で鉄道運行がまひしてしまったイギリスの鉄道民営化のケースなど、民営の公共事業の失敗事例が目立ちはじめている。
 これらは、事業を民間に任せる段階で、事業主体に対するインセンティブの与え方を誤ったための失敗と考えられる。事業主体にサービス向上とコスト削減に向けたインセンティブを与えられるような仕組みを設定することも、官の重要な役割だ。それを果たしていくためには、官の側にも、企業経営や金融に関するノウハウやセンスが必要になる。昔ながらの「お役所」的センスを引きずっていては、実効ある公共事業の改革は難しいということであります。
5.「官」の役割の再設定が大前提
 実際に、受益者負担の原則に沿った事業モデルが可能であるにもかかわらず、税金から費用が支払われている事業も少なくありません。例えば、直接の受益者以外にメリットが波及する学校教育や託児サービスがその典型です。新しいところでは、社会の高齢化への対応として、介護サービスに税金を使う仕組みも導入されています。しかし、これらの事業では、官民分業の仕組みは必ずしもうまく機能していないし、提供されているサービスも質・量ともに十分とは言い難い。既存の官民分業がそういう状況であることを考えると、既に機能しているシステムの転換が前提となる訳でありますが、人々のコンセンサスを形成して実行に移すことは現状ではきわめて困難だと予想されます。
 こうした現実の背景には、国民と政府、あるいは地域住民と自治体との間に、一体感が欠けているという事実があると思われます。日本では歴史的に、「官」とは人々を統制・管理する「お上」であり、それが政府のイメージでありました。地方自治体でさえ、中央政府の出先としての機能が主で、住民の側も、自治体を自分たちの代表と認識することはほとんどなかったのです。官民分業の仕組みを軌道に乗せるには、そうした認識を改めて、公務員と一般の人々の双方が、「官」とは国民の代表、あるいは代理人であることを明確に認識することが欠かせないと考えます。
 今後、消費の高度化や高齢化の進行にともなって、各種サービス事業のレベルアップと効率化への要請が一段と高まることは間違いない。そうなると、受益者としての国民を代表する「官」と民間企業の分業という事業モデルは、有力な選択肢となり得ると思います。それを実行可能にするための環境整備、なかでも大前提である「官」の役割の再設定は、これからの日本社会にとって、きわめて重要な課題といえると思います。

6.新しい「公共」の創造に向けて

国内産業を保護するための関税政策を初めとして、産業を保護・助成・振興するために行われていた国家による各種の規制、介入措置が産業の自由な展開を制約し、かえって経済の発展阻害しているとする批判があります。国家は市民生活と経済活動に対する不必要な規制・介入をやめ、市民社会の側の自由な活動を許容すべきであり、またそのことのより、資本主義経済を発展させ、国を豊かにするという考え方が一般的であります。

このような資本主義経済の考え方がある一方、公共のあり方について新たな潮流が台頭してきています。
鳩山前首相のキーワードの一つに「新しい公共」(a new form of public sector)という概念があります。やや長い引用になりますが、鳩山前首相の所信表明演説、施政方針演説から引用してみることにします。

《「新しい公共」とは、人を支えるという役割を、「官」と言われる人たちだけが担うのではなく、教育や子育て、街づくり、防犯や防災、医療や福祉などに地域でかかわっておられる方々一人ひとりにも参加していただき、それを社会全体として応援しようという新しい価値観です。》(20091026日、第173回国会における所信表明演説)

今、市民や非営利組織(NPO)が、教育や子育て、街づくり、介護や福祉など身近な課題を解決するために活躍しています。

人を支えること、人の役に立つことは、それ自体が歓びとなり、生きがいともなります。こうした人々の力を、私たちは「新しい公共」と呼び、この力を支援することによって、自立と共生を基本とする人間らしい社会を築き、地域のきずなを再生するとともに、肥大化した「官」をスリムにすることにつなげていきたいと考えます。》(2010129日、第174回国会における施政方針演説)

一般的にはパブリックセクターはプライベートセクター(一般企業や個人)と対比され、官庁、地方自治体、独立行政法人、学校法人、公益法人、病院など公的な機関を指します。少し前までは、パブリックセクターというと非効率さや活力の無さが指摘されていました。そこで民営化の手法を取り入れ、効率化・活性化を図るとともに、小さな政府を目指すことが日本だけでなく世界的にみても潮流でありました。しかしながら市場メカニズムを重視し過ぎた結果、肥大化したマーケットがコントロール不能となり金融危機を引き起こし、あるいは弱者と強者の格差拡大などの弊害も見られるようになりました。

NPOなどを念頭においた「新しい公共」は、成熟した社会における新しい経済主体をイメージしたものといえよう。しかしNPO自体は2000年以降拡大を続けているものの、運営基盤の弱さなど課題を抱えているものも多く、国民からの評価もまだ定着したとはいえません。

7.公務員(行政機関)の職能の再定義が必要

地方公務員法には以下のように職階制について定めてあります。

 第三節 職階制

(職階制の根本基準)

第二十三条  人事委員会を置く地方公共団体は、職階制を採用するものとする。

2 職階制に関する計画は、条例で定める。

3 職階制に関する計画の実施に関し必要な事項は、前項の条例に基き人事委員会規則で定める。

4 人事委員会は、職員の職を職務の種類及び複雑と責任の度に応じて分類整理しなければならない。

5 職階制においては、同一の内容の雇用条件を有する同一の職級に属する職については、同一の資格要件を必要とするとともに、当該職についている者に対しては、同一の幅の給料が支給されるように、職員の職の分類整理がなされなければならない。

6 職階制に関する計画を実施するに当つては、人事委員会は、職員のすべての職をいずれかの職級に格付しなければならない。

7 人事委員会は、随時、職員の職の格付を審査し、必要と認めるときは、これを改訂しなければならない。

職階制を採用する地方公共団体においては、職員の職について、職階制によらない分類をすることができない。但し、この分類は、行政組織の運営その他公の便宜のために、組織上の名称又はその他公の名称を用いることを妨げるものではない。

 まず、人事委員会を設置していない場合においても法律の趣旨を理解し、統制をとるためには、ある程度の職務・職階制を定めていくべきである。

 しかしながら、地方公共団体には独自の事情なり環境、風土や文化といったものが存在するわけであり、そのことについては一定の配慮なりが必要だと思います。

 上記の23条の4項では職員の職を職務の種類及び複雑と責任の度に応じて分類整理しなければならない。 とありますが、現代における社会情勢変化に対応できているのか。といったことを改めて検証したうえで検討し、再定義が必要であると思います。

 さらに、23条の5項においては、職階制においては、同一の内容の雇用条件を有する同一の職級に属する職については、同一の資格要件を必要とするとともに、当該職についている者に対しては、同一の幅の給料が支給されるように、職員の職の分類整理がなされなければならない。とあります。これは、その当該の職種における質的な部分に対する要請をしているのであります。

 はたして、一定の水準の「質」が保たれているのか。またその「質」とは何なのか。についても考えていかなければなりません。

 昨今、地方財政が厳しさを増していく中で、従来でありますと、主体的に行っていた事業を民間委託などの手法を採用し、民間委託が進んできています。

単純に、民間に委託したからといってそのサービス内容が向上するとも限りませんし、受託者については、委託料に依存してしまうことになりかねません。

 さらに、その受託者で雇用される人材については、賃金も安く、労働条件全般が劣悪なケースも多々存在します。

 行政側については、ある程度の委託料も必要でありますが、その受託した企業等を成長させていくために協働をしていくといった姿勢なり気概が必要なのであります。

 また、民間=企業ではなく、大きい意味においての「民」と捉えるべきであり、様々な角度からの検討が必要であります。

8.少数精鋭と大きな公共サービス

行政組織では官制ワーキングプアといった状態が存在し、臨時的な職員数が増加の一途をたどっています。しかしながら、具体的な解決策も見出せず、その当該臨時的職員の処遇の改善もままならない状況です。

 パイ(職員数)を増やすか、それとも少数精鋭主義でその当該の臨時的な職員の処遇の改善をするか。まずこの2者択一が求められます。

 ついつい人手がたりないという考え方から、人材の供給になりがちであります。

その人材の供給に対して、人件費という固定経費が拡充するわけでありますから、その当該の臨時的な職員への条件改善が厳しくなっていくのであります。

条件の改善を優先した場合においては、足らないとする部分をどのように補っていくのか?といった問題が生じ、そこにも戦略性が必要となり、よくありがちな「場当たり」的な対応になってしまうのであります。

こういったことを繰り返しているうちに年齢が加算され、個々のモチベーションが低下し、生産性の観点からも労働生産性が減少し、悪循環に陥る訳であります。

 まず、根底から意識を変えて、たくさんの様々な主体と協働を行っていくことを基本姿勢として、行政の組織については少数精鋭主義に転換していくことが求められていると考えます。

 そして、「選択と集中」という考え方のもとに、どの分野を成長させるか?という選択をし、成長分野に対して様々な支援をおこなうといったある種の経済的な政策も必要であります。

さらに、ボランティアなどを活用し、「たしけ合い」の精神を育てていき住民が相互扶助の関係ができるような様々な枠組みを構築する必要もあります。

こういった住民や企業、NPOなどの各種団体が活動をしやすくしていくことが行政組織の活動であり、責務なのであります。

 これを基本に様々なサービスを拡充・拡大し「大きな公共」を目指していくことこそが自治体の使命だと思います。

 よく考えてみるべきです。