酒とバラの日々 -66ページ目

ドン・ルイス1世橋から対岸のヴィラ・ノヴァ・デ・ガイアへ*10/2

ヴィラ・ノヴァ・デ・ガイアのお目当てのレストランに向かうべく、ドウロ川へと向かう。

川に架かる大きな大きな橋、ドン・ルイス1世橋を渡って対岸に向かうため。

小さな道を下っていくと、ドウロ川に出ることができた。


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とうとうポルト歴史地区のシンボルとでも言うべきドン・ルイス1世橋の下にやってきたのだ!

列車に乗ってサン・ジョアン橋からポルトに入る際、ドウロ川に大きな橋がかかるこの光景をみて

自分はやっとポルトという街に辿りついたのだ!と心が躍ったのだった。


ドウロ川という穏やかで大きな川を取り囲むように、北岸と南岸にはそれぞれ小さな家が隙間なく並ぶ。

そしてそのドウロ川にかかる偉大な橋、ドン・ルイス1世橋。


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橋へと続く川岸の道は、大衆向きの食堂が多く並ぶカイス・ダ・リベイラという名のレストラン街。

鮮やかな色のかわいらしい建物がぎっしりと並ぶ通りは、歩くだけで楽しい。

いかにもポルトらしい平和な風景。

川を挟んだ対岸の光景、そして穏やかなドウロ川の眺めとかわいらしい小さなお店たち。


ポルトという街を思い浮かべるとき、まずこの川沿いの光景が目に浮かぶ。


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ドン・ルイス1世橋の下には、お洒落な舟がプカプカと浮かんでいた。

昔は本当に、こんな舟が行き来していたのだろうかなんて考えつつ橋を見上げる。

近くで見ると、この橋のあまりの大きさに驚く。

このような橋を建てようとしたポルトガル人を尊敬する。

この美しい橋の形状にもまた、感動する。

ここにしか存在しない鮮やかなリーチを描く橋。


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対岸までメトロで行くことも出来るのだが、わたしたちは橋を歩いて渡ってみる。

距離としてはそれほど長くないので、歩いて渡ることをおすすめします。

そして橋の上からドウロ川北岸の街をあらためて眺めてみた。


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反対側、対岸のドウロ川南岸(ヴィラ・ノヴァ・デ・ガイア)を眺めると、圧倒的なワイナリーの数に驚く。

川を挟んだ北と南は、全く異なる表情を見せる。

ただしオレンジの屋根は変わらない。

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橋を渡り終わり、南岸へ到着すると、空腹感は限界に近づいた。

早くお目当てのレストランに行きたいのだけれど、どうも川沿いの景色には惹き寄せられてしまう。

私は川のあるヨーロッパの景色がとても好き。

南岸に到着して改めて、北岸の街を眺めてみる。

起伏の多い街。この国の商業の中心地。

だけど大航海時代からの風景はきちんと残っているんだな。


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現在のヴィラ・ノヴァ・デ・ガイア(南岸)は、ローマ帝国時代にはカーレ(Cale)と呼ばれる州であったそう。

ドウロ川の河口の街が、港Portusの役割をもっていたので、ここはポルトゥス・カーレと呼ばれていた。

つまりこれこそがポルトガルの語源なのである。

ポルトガル発祥の地は、リスボンではなくここポルト。

大航海時代の幕開け、エンリケ航海王子のモロッコのセウタへの攻撃も、ポルトが出発点だったのである。

ドウロ川は歴史を見守ってきたのだ。


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そんな大航海時代に思いを寄せつつも、わたしたちの空腹はもうとっくに限界値を超えていて

なかば走るようにレストランへと向かったのであった。






ボルサ宮で殺されかけた男*10/2

■問題の写真(写真①)

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■犯人(写真②)

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ポルト商業組合の建物として作られたボルサ宮。

証券取引所・法廷として使われていたのだそう。

これまでまわった中で唯一政治の匂いを感じた場所である。


ガイドはポルトガル語、英語、フランス語の3か国語。

英語のガイドの時間にあわせて、再びボルサ宮に戻ってきたのだけれど

いざガイドがはじまり後ろをついていくうちに、ふと気付いたこと。


「わたしたち、そもそも英語もわからなかったのでは!!」


フランス語やポルトガル語に比べたら英語だよねー、なんて夫婦で勝手に納得していたのだが

はじまった英語のガイド、何1つ理解できない。

フランス語やポルトガル語に比べたら、英語だよね、の認識がいつのまにか

自分たちは当たり前のように英語が理解できる、と勘違いしてしまっていた。


困りはてていると、海外旅行ではヒアリング担当のだんなサマが通訳をはじめた。

(そういえばこの人はヒアリングが得意だった!助かった!やはり夫婦とはうまくバランスがとれているものだ!)

密かに感動。

だんなサマの、少し怪しげだけれどなんとなく流暢な通訳を聞きながら先へすすむ。


問題の箇所。

階段の踊り場に到着。

ここからいよいよ建物内部の案内が本格的にはじまるのだ。

そこでガイドのポルトガル人お姉さんが「XXXXXXX、XXXXピクチャー」と言っていた、

ように思う。


だんな通訳:

 「さあいよいよガイドがはじまります!ここが有名な階段です!さあみなさんカメラを準備して!」


わたし:

 おお!!ここが有名な階段!!

 なんの変哲もない階段だけど、正直何も感動しないけど、そこまで言うなら一枚写真を撮っておこう!!


パチリ。

[写真①]を撮る。


その瞬間ポルトガル人ガイド女性が

「XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX!!!!」


写真を撮った瞬間にけたたましく怒られる。

明らかに私を怒っている。

ポルトガル語はよくわからないけれど。

「XXXXXXピクチャー!!!」

さすがにニュアンスでわかった!!

『写真を撮るなと今言ったばっかりでしょう!!!!!このアホ日本人がー!!!(←ここまで言われてません、ニュアンスですニュアンス)』


横でバカ笑いするだんなサマ。([写真②]の男)

もう信用しない、この人絶対信用しない。

そこで明らかになったこと。

これまでの彼のヒアリング、ほとんど全部ウソくさい。

明らかにウソ。

殺意がめばえるってこういう気持ちなのね、と激しく納得。


しかしその後の彼は開き直り、なおもガイド女性の通訳をはじめた。

しかしあまりにも英語のガイドがわからなすぎて、まわっていてもちっとも楽しくないので

わたしもガイドごっこをはじめてみる。

結果、30分ぐらいの見学時間は、ほぼでたらめな自分たちのガイドで終わり。

何も得ることなく後にすることになった。


帰り際、ポルトガル人ガイドのおねえさんがわたしたちに「さようなら!」と笑顔で言ってくれた。

あれ?日本語わかるの?

わたしたちのでたらめガイド、まさか全部筒抜けだったりして。

少しだけ、ひやっとしたボルサ宮。




二日酔いの火曜日

月曜から突然の飲み会。

野菜たっぷりハンバーグを作ろうと思っていたのに、

頭の中でざっくりと料理のタイムスケジュールを考えていたのに、

とはいえ、今の会社に入社する際に最終面接をしてくださったかなりお偉い上司の方もいらっしゃるとのこと。

入社して以来、話す機会がなかったので

月曜からというのには迷ったけれど、迷った挙句思い切って突然の飲み会に行ってみることにしました!


築地をちょっと奥に入った、小洒落た隠れ家のようなワインバー。

月曜からなぜかみんなで飛ばしまくり。

後味がヒトクセある、奥深いフルボトルのボルドーワインにはまった我ら。

月曜だというのに終電まで飲んでしまった。


面接のときからいい雰囲気を感じていたお偉方は、やはり思ったとおりの人で

会社のポジション的にはかなり上の人なのだけど、楽しい話を沢山してくれて

最近のトマトの味からはじまり、ヨーロッパの土壌の話、皇居マラソンの話やら盆栽の話まで

まるでおじいちゃんのように(←失礼?)話してくれたのでした。

「結婚を決意して、はじめて男性が女性の実家に挨拶にいくときって、女性の実家では生ハムメロンが出てくるイメージなんだけど」

と言われたときはびっくりしたけど(笑)

そんな話、聞いたことないぞ。


月曜から飲み過ぎたせいか、今日は若干二日酔い?

というか眠い。


なんとか乗り切って、懺悔の意味も若干あって作ったハンバーグ。

半分はひき肉だけど、あとの半分は、なす・切干大根・たまねぎです。

ヘルシーです。

最近ハンバーグ系、練り物系?に切干大根を入れることが流行っています(自分の中で)。

実はかなりの切干大根フェチ。

昔は苦手だったのに、いまや匂いを嗅ぐだけで幸せ。

あまりに幸せで、そのまま食べちゃう。

お菓子のように持ち歩きたいけど、絶対ドン引きされるからしていません。

ハンバーグに切干大根入れるとうまく水分吸い取ってくれて、和風になって、なかなかよいです。

完熟トマトをつけあわせに。


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あとはきゅうりと大豆のみぞれあえを適当につくり、

だんなサマの帰宅を待ちます。

だんなサマの好きなものだらけを作ってみました。

(月曜からの飲み会の懺悔の意味を若干こめて)

思う存分食してくれーい。

暑いときは、大根みぞれに完熟トマト。

たまりません。