酒とバラの日々 -46ページ目

ふたたび、リスボンへ*10/3

ロカ岬からバスにのってカスカイスへ。

乗りたい列車の時刻が迫っていたので、バスターミナルからは2人で小走り。

そうそう、偶然にも帰りのバスも新婚さんと一緒だったから、最後に挨拶をしたかったのだけど

ちょっとそれどころではなくなって言葉を交わせなかった。

心のなかでこんな遠い場所で日本人に会えたことに感謝をして、「よい旅を!」と言葉を送った。


カスカイス駅は国鉄の始発駅。

飛び乗った列車は夕刻のいい時間帯だったようで地元の人たちで混雑していた。

なんとか2人ぶんの空席を見つけて座る。

体は相当疲れていた。

わたしの前に座っていた黒人の女の子は、列車が走り出してからもずっと携帯でおしゃべり。

まるで自分がこの国の住人にでもなったかのような、ラッシュの列車、雑多な雰囲気

そんなものを楽しみながら体の疲労もピークで、うつらうつら。


ふと外を眺めると4月25日橋。

大きな大きな、まるで海のようなテージョ川にかかる全長2278メートルのつり橋。

ああ、リスボンに帰ってきた。


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近くで見ると、とても細長くてスタイリッシュな橋。

テージョ川と4月25日橋は優美な姿、荒々しさも猛々しさも感じない、

ただ長くのびる橋。

列車は当たり前だけれど速度を緩めることもなく、あっという間に橋を通り過ぎる。


開通当初は当時の独裁者の名前をとってサラザール橋と呼ばれていたが

1974年4月25日のカーネーション革命のあとに4月25日橋と名前が変えられた。

リスボンには他にも7月24日通りなんていうものがあったりと

日付をそのまま名前にすることが多いのだろうか。


名前を考えるのが面倒だから記念日をそのまま名前にしてしまおう!

なのか、この日付は忘れてはならない大切な日付だから、いっそ名前にしてしまって

皆の心にずっと残るようにしよう!なのか。


歴史の日付はなかなか覚えられないから、

こういう制度もなかなかよいのかも、とうつらうつらしながらもふと思った。


その後列車は終点のカイス・ド・ソドレ駅に到着。

もうまもなく日が暮れ夜になろうとしている時刻、

わたしたちは夕食のお店を探すために、地下鉄に乗り換えて夜のリスボンを歩き出した。




最西端到達証明書(No.83326)*10/3

お別れのときが近づいてきた。

もうここに来ることはないのではないだろうか?

そう思うといつも切なくなる。

ここでもそうだった。


どこまでも続く海岸線。

絶壁のその西側にはただただ水平線が続く。


ロカ岬の海の音、風の音、それは他のどの場所ともまた違う、

最西端という特別な場所の音。


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余談だけど、わたしは海外を旅行した際に撮る写真に、様々な国から来た観光客を入れるのが好き。

世界には想像以上に多くの人が生きているということを実感するから。


このユーラシア大陸の果てにも、たくさんの観光客が訪れていたけれど

びっくりしたのはあともう少しでロカ岬ともお別れというときに、日本人の団体客がごっそりバスでやってきたこと。

ちょうど何かのツアーの予定に組まれていたのか、それまで異国の地にきたと感慨深かったのだけれど

何か現実に引き戻された気がした。

日本人、よくこんなにたくさん遠いところからやってきたなあと、

自分も日本人のくせに、なんだか妙に関心してしまうのだった。


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吹く風がだんだんと冷たさを増してきたように思う。

水平線沿いには雲が横一線に並んでいたから、やはり夕日は期待できそうにない。

それよりなによりバスの時刻が迫っていたから、夕暮れまでここにいることはできない。

少し残念だったけれど、赤や黄色の植物が鮮やかに彩る、想像もしなかったロカ岬が見れたから

なんだか満足だ。


地の果てロカ岬は、無彩色な場所を予想していたのに、

意外にも、植物が岬を黄色く彩り、あたたかな色彩の場所だった。

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そうそう、ここロカ岬では、バス停の前にあるインフォメーションで

「ユーラシア大陸最西端到達証明書」というものを発行してくれる。


小さいものが€5、見開きで大きいものが€10。

わたしたちは小さいほうを2枚、発行してもらった。


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名前と日付が古めかしい装飾文字で書き込まれ、最後にはロウ印を押してくれる。

地の果てにきたことが紙で残せるなんて素敵なサービス。


2人の担当者たちはわたしたちを対応中にもお喋りがとまらない。

いったい何の話をしているのだろう?楽しそうにお喋りしながらのお仕事、ポルトガルらしい平和な光景。

でもいざ装飾文字を書くときにはお喋りがやんだ。

しっかりと間違うことなく文字を入れてもらえた。

しかしその後すぐにお喋りは再開。

一日中何を話しているのだろう?まったくなんて平和なんだか、笑いそうになってしまう。


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この証明書、裏には何人目に発行されたかを記す番号が。

そして1番下には、

「ポルトガル国シントラにあるロカ岬に到達されたことを証明します。

ここは、ヨーロッパ大陸の最西端に位置し、『陸尽き、海はじまる』と詠われ、

新世界を求め、未知の海へとカラベラ船を繰り出した航海者たちの

信仰心と冒険魂が、今に尚、脈打つところです」

と日本語で記されている。

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さて、お金を払おうとして、ある友人の顔が思い浮かんだ。

宮本輝の「ここに地終わり海始まる」が大好きな友人。

ロカ岬に彼女がこの先来ることはあるだろうか?

彼女がもしもこの先足を踏み入れることがなくても

その私が彼女の代わりにここに来たということにしたらどうだろう?

そう思い、ポルトガルのお土産に、彼女のぶんの最西端到達証明書も発行してもらった。

彼女にとって、ロカ岬の写真と証明書が、よいお土産になっていればよいのだけれど。

これは正真正銘、ロカ岬に訪れた証なのだから。

彼女もまた、少しでもロカ岬の風や空気、海の音を感じてくれていたらいいな。


バス停に徐々に人が集まってきた。

バスの到着は近い。

これでロカ岬ともさよならだ。


この場所とのお別れはなんだか感慨深い。

さよならロカ岬。

次に会うことはあるだろうか?

また来ることが出来たなら、そのときはどんな想いで再会するのだろう。


世界史の教科書で習った大航海時代、

そこに登場した偉人たちは、その時代に本当に存在していて

目の前に広がるこの大西洋を、新大陸を目指して冒険にでた。

教科書で数ページしか触れられていないその歴史には

多くの思いや苦労、たくさんの人生が関わっていることを

この地の果てで感じることが出来たように思う。


全ての歴史は本物で、わたしはその中のちっぽけな生き物にすぎないと

バス停に向かう途中、最後にもう1度だけ岬を振り返って、

風を全身で受け止めて思った。

そして、最後にと、ロカ岬の写真を一枚撮った。





灯台*10/3

まだまだカスカイス行きのバスまで時間があったので

ぶらりと丘をのぼり、断崖にぽつんと建つ灯台までやってきた。


どこにも人がいないので入っていいのかもよくわからなかったのだけれど

「ようこそ!」と言わんばかりにかわいらしい赤い門が開いていたので、思い切って入ってみた。

小さいけれど赤とクリーム色のあたたかい配色でまとめられたセンスのいい灯台だ。


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さて中に入って気付いたのだけれど、先客でどこぞの国のカップルがいて、なにやらヒソヒソと密談中。

プロポーズでもしていたら大変といそいそと2人から離れた。

こんな最果ての地でプロポーズ、

なんて素敵なのだろう、うっとりしてしまう。


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実はこの灯台、ロカ岬を見渡すことのできる最高のポジションで

うっすらと植物で彩られた、まるで絵画のような岬の風景を楽しむことができた。

またしても心が無になってしまう。

大西洋と空と岬の風景、ほんとうに、ほんとうに、

この場所はなんて偉大な場所なんだろう。

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灯台での風景を楽しんでいると、少しずつ日が傾きはじめた。

少し夕日らしくなってきた太陽を浴びて、岬の植物たちは少し色味を増したように思う。

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少しだけピンク色になりはじめた空。

バスの時刻が近づいてきた。

どうやら日が沈むところは拝めそうにない、まだまだ空は明るいから。


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灯台の壁から少しだけ覗くカモンイスの石碑、

こうして見ると、やっぱりヨーロッパの風景だ。

白い壁と大西洋。


灯台を去る際、先ほどの観光客らしきカップルたちはまだ密談中だった。

どうか彼らが乗るであろう最終バスの時刻までには日が暮れて、

美しい夕焼けをあの2人のプロポーズの思い出に付け加えられるようにと少しだけ思いながら、

バスに乗る前にもう一度だけ最西端に行っておこうと、わたしたちはふたたび海へと歩き出した。