酒とバラの日々 -47ページ目

ここに地果て、海始まる*10/3

北緯38度47分、西経9度30分、高さ140mの断崖絶壁の上。

ポルトガルの詩人、カモンイスが詠んだ詩の一節を刻んだ石碑が建つ。

1度は聞いたことのある詩。


AQUI… ONDE A TERRA SE ACABA E O MAR COMECA

 ―ここに地果て、海始まる


目の前には広大な大西洋が、ただただ広がる。


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そうなのだ、ここは本当の地の果て。

宮本輝著の「ここに地終わり海始まる」で、このロカ岬から出された絵葉書を受け取った療養中の女性は、

奇跡的な回復をはたす。

どうしてわたしは、この場所に来たいと思ったのだろう?

ただただ、地の果てまで行ってみたかった。

答えはそれだけだ、きっと。


空へ十字架を突き刺すように堂々とそびえる石碑を見上げる。

目の前の大西洋をただただ眺める。

この場所ではその後も岬をまわりながら、色々な場所から、無言で海を眺めることができた。

人生の中で、真の意味で「無」になれた時間があったとしたら

それはこの場所での時間だったのではないだろうか?


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大西洋からの強い風を受け止めるこの石碑を遠くから眺めると

神がかってさえいるように感じる。


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このロカ岬には、名も知れぬ草花が風景に彩りを与えていて

最果ての地に少しの明るさをもたらしていた。


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いつかこの地に立ってみたい、

そう思っていた場所にこうして立っていることはなんだか不思議で

夢のような気分でもあった。


世界地図を思い浮かべながら、自分が今どこにいるかをしっかり認識して

時がたつことも忘れるようなほどの無の世界で

考えたことはなんだったろう?


このときに決意した気がする、

このときに新しいスタートをする決心がついたようにも思う、

わたしは何か後押ししてくれるものを探していたのかもしれない。

こんな遠い地まで来て、やっと見えたような自分の考え。

こんな遠くまで来なければわからないのか、答えは自分の中にあるのにな。

自分と向き合っていた時間だった。

言葉に出来ない何かを感じた、何かを想った時間だった。


日本からどれだけ遠いか、気が遠くなるほど遠いこの場所に立っていることに

不思議な気持ちでいっぱいになる。


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崖の周りを散策していると、同じバスに乗り合わせていた日本人の新婚夫婦とすれ違った。

なんだか話しかけてもいい雰囲気だったので、「新婚旅行ですか?」と話しかけてみる。

「そうなんですよー」とにこやかに返してくれた。

2人はスペインをまわってその後ポルトガルに来たらしい。

ポルトガルでどこがよかったか?と聞かれたので、

ナザレとポルトとオビドスが思い出深い、と話すと

時間がなくてまわれなかったとのこと。

たいそう悔しがる新婚さん、でもスペインもとてもよかったみたい。


こうしてまた、日本から遠いこの場所で、日本人と話せたことはとても嬉しかった。


「そちらも新婚旅行ですか?」

と聞かれたので、あ、新婚ではないのですと返そうとしたら、だんなサマが

「いえいえ結婚もしていません」

と、つまらない冗談を返し、結婚指輪もしているのに!?と新婚夫婦を驚かすハメとなる。

今後、初対面の人に、返しが困るつまらない冗談は言わないようにと釘をさし、

彼らと別れてわたしたちはまた、最西端の岬の散策をはじめたのだった。



全ての勘違いは勉学の道へと続く、ロカ岬*10/3

ロカ岬に到着したのは夕刻、

もう少し日が暮れていてほしかったのだけれど、まだまだ日は明るい。


とうとうやってきた地の果て。

しかし本当に何もないところだ。

見渡す限りの崖と海。


最西端を示す石碑へと続く道を歩む。

この先こそが最西端、そう、ユーラシア大陸の最西端。

普段天気図などでよく見かけるユーラシア大陸の最東端はシベリア、

ベーリング海峡を挟んでアラスカと鼻をつきあわせている。

そしてもうすぐ到達しようとしているのは、その広大な大陸の反対側、最西端。

自分がここまで来るとは、学生時代に地理や世界史を勉強している頃の私には

想像もつかなかっただろう。


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この日はとても天気がよく、空も晴れていたが、

残念なことに少し雲が多い。

これは日暮れは雲に邪魔されて太陽を拝むことは難しいだろうなと空を見上げる。


柵もほとんどない場所なので、崖に近づいてみる。

海岸線がしっかり見える。

地図に記されている形状とそのままに、崖がそびえる。


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その先に広がる大西洋。

ナザレで見たときと同じ、やっぱり緑。

大航海時代、大西洋へと進みだした、マゼランやヴァスコ・ダ・ガマ、

教科書で習った歴史はほんもので

この海に、次々と冒険の扉を開けた人たちが、大昔に確かにいたのだ。


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何もない、海だけが広がる場所。

ああここは本当に、なんだかいろいろなことを考えられる場所だ。

ここに来たかったんだ、そう考えたら涙が出そうになった。


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さて、海はさておき、

ロカ岬と言えば有名な詩がある。

「ここに地果て、海始まる」

その石碑があるらしい。


早速わたしたちはその石碑を探した。

すると、最西端の石碑へと向かう途中に、こんな小さな石碑があらわれた。

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気分が高揚していたわたしたち。

きっとこれがその石碑に違いない!なにやら詩らしきものも書いてある!

この石碑のまわりには誰もいなかったので

今がシャッターチャンスとばかりに、記念に写真を撮り始めるわたしたち。

すごいねえ、これがあの有名な詩なんだねえと

感動するわたし。


それにしたって少し小さすぎやしないだろうか、

でもそんなところがポルトガルっぽい

と大はしゃぎ。


その道の先に続く大きな十字架の石碑に目をくれることもなく

たくさんの記念撮影を終えたわたしたちは、

そろそろ他の人も記念撮影をしたいだろうから、と配慮して

この石碑を離れた。


さて、その先に現れた大きな十字架の石碑。

その前にはたくさんの観光客が集まり、記念撮影を順番にしているではないか!

あれ・・・

わたしたちは唖然となる。


もしやあちらがカモンイスの詩が刻まれた、ほんものの石碑なのでは・・・

ガイドブックを確認すると、観光客群がるその石碑こそ、詩の書かれた石碑であるとしっかり説明されている。

すかさずカメラから、その何十枚ともなく撮った小さな石碑の写真をメモリから半分ほど削除した。

小さな石碑の前で写真撮影したことなどまるでなかったかのように、ふたたび観光をはじめる。

その後もなんどか確認したのだが、その小さな石碑の前で写真撮影をしていたのは

わたしたちだけだった。


後で調べたのだけど、この石碑

国際親善と社会奉仕を目的とする国際的な社交団体、ロータリークラブ寄贈のもので

ポールハリスとはロータリークラブ最初の会長なのだそう。

ポールハリスと何らかの関係があるかというぐらいに石碑を熱心に撮ったわたしたち。

おかげで後でこうしてロータリークラブの歴史まで調べるきっかけを与えられたのだから

「すべての勘違いは勉学への第一歩なのである」

後で作った勝手な格言だ。


勘違いもすべてどこかへ運んでくれそうなほど強い風に後押しされ

カモンイスの詩へとわたしたちは歩みを進めた。

余談だが、帰りのバスではこの勘違いについてどうして気付かなかったのかと

お互いに相手をせめた記憶がある、そして我が家での語り継がれる笑い話となった。




通りかかった小さな町*10/3

シントラにて、ロカ岬行きのバスへと乗り込んだ。

さあいよいよユーラシア大陸の最西端へ。


そういえばシントラでバスに乗り込む際に、新婚旅行らしき若々しい夫婦がわたしたちの前に並んでいた。

日本人に会うのが久々だったので、なんだかとても懐かしい気分になり、話しかけたい思いでいっぱいになったのだけれど、何しろ新婚旅行のようなので話しかけずらい。

バスに乗り込む際に、2人の新婚気分を害さぬように、「こんにちは」と会釈して、バスに乗り込んだ。


バスにはおおよそ40分ほど乗っていたように思う。

寝ようと思っても、バスの揺れが激しく眠れない。

なぜだろう?道の舗装が甘いのだろうか?


なんの変哲もない道を行く最中、突然かわいらしい飾りが目に飛び込んできた。

「あれ!?なんだろう?」

とにかく突然現れたそのアーチが、とてもかわいらしくて、日本ではお目にかかれないデザインだったので

1番後ろの席にいた私は、無我夢中でアーチの写真を取りまくってしまった。


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小さな町の至るところに設置されたアーチ。

狭い道路、パステルカラーの家、オビドスを思い起こさせる白亜に黄色と水色のライン。

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今、まさしく大陸の最西端へと向かうわたしたちを祝福してくれるかのような

この明るいアーチに、気持ちが明るくなったことを覚えている。


何かのお祭りだったのだろうか?

実際のところ、その答えはわからない。


その後町を抜けたバスは、山道を登りはじめた。

いよいよ、岬が近づいてきた。

わたしは、にわかな胸の高鳴りを、バスの1番後ろで噛み締めていた。