梅雨空が続く今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?

私は、ゆるーい音楽を聴きながら、黙々と本を読むといった、
実にインドアな生活を送っております。
こんな季節の為にストックしていた小説もそろそろ底を尽きそうです。

突然ですが、最近椎名林檎を聴いてます。
きっかけは車の中で何気なく聴いてたラジオで流れた↓の一曲からです。

『茜さす 帰路照らされど』



このyoutubeの映像は私のものではないですけど、その時私は、
夕焼けが綺麗な黄昏時の海岸線を走っていて、この曲がその風景と、
その時の私の心情にとてもうまく絡み合ったのです。
それはとても素敵な瞬間でした。
(その時の風景はここまで燃えるような夕焼けではありませんでした。
派手さは無いけどもっと繊細で淡い紫がかった夕空です。)

曲が終わった時、DJが紹介した曲名を車の中でメモって、自宅に帰って
からネットで調べて、初めて椎名林檎の曲と知ったのです。

それまで椎名林檎というアーティストは私の中でとんがった存在でした。
それは食わず嫌いというか、私の中にある少ない情報で勝手に
決め付けていた椎名林檎像でした。

それから他の曲も聴いていく内に結構好きになりました。
こんな事を書くと誤解を招きますが、彼女の曲を聴くと私の中にある
乙女的な部分が共鳴をするんです。(I'm straight)
上手く言えないですけど、そんな感じ。

既に彼女は確固たる地位を築いていますが、彼女の存在を
決定的にしたのは、とてもストレートで洋楽では決して聴く事の出来ない
邦楽独特のメリハリのある美しいメロディーラインを持っている事では
ないのか?と、勝手に思うのです。
邦楽の持つメリハリのあるメロディーという意味だけで分かり易い例として挙げるならば『ポルノグラフィティ』とかではないでしょうか。
※彼らの音楽は爪で黒板をキーっとする位苦手です。お前ら学園祭の出し物か!(ファンの方すいません)

あと何より優れたバランス感覚を持っている事ですね。
すごい上手いなと思います。これが彼女の最大の武器だとも思います。
これについては敢えて触れません。

長々と書きましたが、こういう意外な出会いも中々良いなと思います。
とにもかくにも、なるべく偏見を持たずに『表現』というものに
触れていきたいなと、改めて思いました。
さてホテルのエントランスを出て、ブロードウェイに続く
大通りに出た私。
ここで昨夜とは全く違う顔を見せた街に少なからず動揺する。

言うまでも無く、ここは世界の経済の中心地NY、マンハッタンである。
しかし不思議と不安よりも期待が胸を躍らせる。
これこそ私の当時の一番の武器、過剰なまでの自信。

世界中のお金や才能が動くこの街にあって、それでも私の所以の無い
自信は引き下がる事を知らなかった。
しかしこれはもう少し後の話し。

ホテルを引き払った私がまずすべき事。
それは他でも無い、今夜の宿探しである。
さすがのマンハッタン。見渡す限り高層ビルが顔を揃える。

昨晩泊まった小汚いホテルですら、優に100ドルを超えるのだから、
長期滞在を予定している私にとって、宿選びは死活問題である。
ここで私は友人から渡航前に貰った『地球の歩き方』を思い出す。
やや本場感のあるスタバで荷物を降ろし、コーヒーを飲みながら
パラパラとページをめくる。

やがてあるページに目がとまる。
『ドミトリー』
そう、集団部屋の安宿である。
中国で良く使ったのもこのドミトリーであった。
しかし、さすがはマンハッタン。
ドミトリーでも最低20ドルは取られるのである。

それでも昨晩泊まった100ドル超えのホテルを考えると遥かに安い。
早速電話をして、様々な条件や、ルールを聞く。
何軒か電話をして、立地、条件の中で一番良い宿に決めた。

キッチン、ネット完備、6人部屋、25ドル。
場所はチェルシーといって、マンハッタンの南西部に位置する。
早速チェックインして、近くのピザ屋で腹を満たすと、
この旅最初の計画を立てる。

先程見ていた『地球の歩き方』にサブレットと言って、NYには
ルームシェア夏や冬のバケーションに部屋を貸す風習が
ある事が載っていたのだ。
どう考えても、こういったドミトリーを拠点にするより、
色んな意味で長期滞在向けである。

サブレットの情報が載っているサイトまで掲載されていたので、
ネットで調べようと思うも、当ドミトリーのネット部屋は時間貸し。
『何がネット完備だ!』と、少し怒りながらも、time is money.
色々調べるも、何かと条件が多くて目的の物件は見付からず。

色んな人種が集まる街だから、さぞかし許容範囲が広いのかと思いきや
逆に、構えて事前に条件を取り決めるケースが多いのだと知る。
結構目立ったのは『I'm straight』(同性愛者じゃありません)
というセンテンス。
同性愛者が市民権を獲得している傍ら、逆に反対と言うか、
それは一つのアイデンティティである事を知る。
他にはパーティ好きはダメ、社会的地位のある人を望む(そんな奴サブレットを探さないだろ)等、実に細かい条件があるのです。

結局目ぼしい物件を探せないまま、夜を迎え、早速私は目当ての
夜遊びに向かう訳です。
中々温度調節がうまくいかないユニットバスの蛇口を
神経質に回している。

やっとの事で適度な温度になった湯船で目を閉じて
今日一日をゆっくりと振り返る。

ここはNYマンハッタンのど真ん中。
外観の美しさからは想像もつかない程、ひどく汚れた
ホテルの一室だ。

束の間の休息を打ち破ったのは、排気口から漏れてくる
バカ家族のハシャギ声。

イライラしながらも何とか平静を装う。
3分、5分、10分・・・。
いつまでも変わらないハイテンションのバカ騒ぎに
いよいよ我慢できず、浴室から裸のまま飛び出る。

飛び出たその瞬間、その音の主が紛れもない私の部屋の
TVである事に気付く。

意味が分からない。
私はTVをつけた記憶など一切ない。
色々と、記憶の糸を辿ろうとするが、疲労がその糸を遮って
取り敢えずTVのスイッチを落として浴室に戻る。

改めてバスタブに浸かり、目を閉じる。
16時間というフライトが体にもたらした疲労という名の影響は、
予想以上に大きかった。

しかし再び平穏な空気を爆音が占拠する。
今度は躊躇する事無く、浴室から飛び出す。
その音の主はやはり『あの』TVだった。
怒りに満ちた手が腕が、力いっぱいにスイッチを叩き潰す。

気持ちが高ぶっていたのもあるだろう。
フロントに電話をして、すぐにベルボーイを呼ぶ。
髪すら洗わずに、バスローブ姿で待つも、一向にベルボーイ
が現れる様子はない。

再びフロントに怒りの電話をする。
さっきと同じ男が電話の向こうに現れて、『おばんどす』みたいな
ニュアンスのセンテンスにさすがに頭にきて、『ええからお前が来い!』
の言葉を吐き出して電話を思いっ切り叩きつけると、ややあって
ドアをノックする音が聞こえる。

ドアから現れたのは気持ち良く禿げ上がった50代位の男だった。
何やら不服そうに私と、部屋の中を交互に覗き込んでいる。
私は事の成り行きを説明し、問題のテレビを指差すと、
男は何の断りもなく、問題のテレビに近寄ると、
そのまますっと持ち上げて部屋から出て行った。

音の主が部屋からいなくなると、部屋はより一層寂しげに見えた。
元々、このホテルに泊まった理由は、何のプランも無かった私に、
せめて初日の宿泊先位は用意しておくべきだと考えた母親の
主張によるものだった。
海外における私の信頼は(国内においてもだが)、中国での一件以来
完全に失われていた。
このNYでの資金力80万円(バイトで稼いだ)ですら信頼に及ばなかった。

思えばこの旅も、全くの無計画そのものだった。
約一年間のバイト生活によってもたらされた意地の80万円。
何の身寄りも無く、片道の航空券を手に始まったのだ。

どこで身につけたのか、英語に不便を感じる事は無かった。
それでも初めての地、NYはたやすいものではなかった。
日本でいう成田空港の様に、JFK空港(NYの空港)は
都心部から離れていた。

80万円と言えど、中国での経験、あるいは長期滞在を予定していた
私にはとても十分とは言える資金ではなく、空港から予約していた
ホテルまでタクシーで乗り付けるなんて余裕は無かった。

ホテルまでの移動手段は、機内でCAに聞いたシャトルバスが
第一候補に挙げられていた。
僅か10ドル弱で行けるシャトルバスはもはや何にも変えられない
ものとなっていた。

税関を無事(色んな意味でヒヤヒヤします)通り抜けて、まず目指し
たのは、マンハッタンでもなく、ただシャトルバス乗り場だった。
しかしこのシャトルバスというのが実に分かりにくい。
バスと言う位だから、大型の観光バスを想像していた私には、
目的のシャトルバスを見付けだすのはとても困難だった。
空港内のインフォメーションセンターとは名ばかりで、黒人のやけに
威勢の良いおっさんが一人で築地の競り市のように、各々の観光客の
目的を自分勝手に導いていた。

本当に困ったのは、それぞれの人が全く違った事を言い出す事。
全く分からないシャトルバスの乗り場はあまりに多く点在させられた。
結局シャトルバスに乗れたのは、空港から出ておよそ2時間。
ホテルに着いたのは夜の9時前だった。
それでも不安を感じなかったのは、持ち前の所以の無い自信と、
いつまでも明るいNYの夜だった。

いずれにしても母親のホテル予約の助言は吉と出た。
知らない土地での夜の9時過ぎ。
さすがに野宿は出来ない。

とにもかくにも疲れに疲れた私の前に、眠りはあっと言う間に訪れて、
チェックアウトの翌朝10時には寝ぼけた頭とスーツケースを引きずって、
ショービジネスの中心地、マンハッタンのミッドタウンを彷徨うのであった。

これからNYの日々が始まる。
NYは最後まで予想以上であり、予想は全く意味を持たないものとなる。
久し振りの更新です。

相変わらずマイペースで過ごしております。

突然ですが、最近友達とバンドを結成しました。
別に何かを目指した訳ではない遊びの延長ですが、
まあ、中々楽しくやってます。

友達の家の近所のスタジオが活動拠点で、ピアノが
あるのがお気に入りです。

バンドと銘打ちましたが、実はデュオ、二人組みです。
リズム隊、ベースライン、メロディーが欲しいので
もう一人入れたいなと考えております。

もし私達の遊びに付き合っても良いよ、と心の広い方、
ご連絡をお待ちしております(笑)

まだ始めたばかりなので、何にもないですが、
ライブや、作品を作っていけたらと目論んでおります。

ではでは。
僕は大きなパンダから、真っ赤な風船をもらいました。
とてもとても真っ赤な風船。

僕はその風船をとても大事に握り締めて、回り続けるコーヒーカップや
天まで届きそうな大きな観覧車を眺めてました。

僕は一人。

無邪気に走り回る女の子や、肩車をしてもらってはしゃぐ男の子は大喜び。

でもね、僕にはパンダからもらった真っ赤な風船があるんだ。
手から伝わる空への好奇心。

あたりが暗くなってくると、みんなは帰って行く。
観覧車ももう天には届かない。

それでも僕の風船は赤いんだ。

ゆっくりと動く観覧車の影から現れた真っ赤な夕日に目を奪われたその瞬間。
風船は空へと放たれた。

ふんわりと宙に舞うと、真っ赤な夕日に向かうように
とてもとても遠くに飛んでいく。
僕はただそれをずっと眺めていた。
いつまでも。

僕にはもう何も無いけれど、きっと風船はお母さんのもとに
帰って行ったんだろうね。

僕は手に残る微かな暖かみを忘れないように遊園地を出て行った。



追記
↓にある世界3位が教えるギターってどうなんですかね?
多分すごいんだろうけど、イマイチよく分からないですね。
本文と全然関係無い内容ですんませんが、一応ツッコミたくて。