久し振りの更新です。

何だか最近『久し振りの~』書き出しが非常に多いですね。
ブログに興味を失ってしまったのだろうか?

んーん、何とも言えないけど、今は外に情報を発信するより、
自分の内側へと、何かを紡いでいくような時期なんだと思う。

うん、非常に分かりにくいですね。
でも、これが正直なところです。


さて、改めて久し振りの更新となりましたが、
先日『1Q84』を読み終えました。
一言で言ってしまえば、もう私の好きな村上春樹の姿は
ここには無いという事です。

誤解が無いように一応書きますが、決して駄作ではありません。
むしろシェイプアップされ、かっちりとした文章、構成からは
巨匠の雰囲気さえ漂っています。

それでも好きになれないのは、私の好きだった作風からは
もう遠く離れてしまったんだと言う事です。

今回これを書くにあたって、色々と考えてみました。
それは何も本作品、小説に限らず、表現といった幅広い観点からです。

表現者は作品を通して、世界に何かを訴える。
あるいは自身に問いかける。
それはあくまで自分の中に訴えたい何かがあるから行う訳である。
それの道具として、ある人は筆を取り、またある人はギターを
掻き鳴らす。

そんな初期衝動の結果として、処女作品は往往にして出来というより、
心に訴えかける何かを持ち得る事が多い。

村上春樹の処女作『風の歌を聴け』も完成度こそ高くは無いけれど、
紙の上を踊るような心地良い文章が書き連ねられていて、
ただ単純に文章を書く楽しさというのが伝わってくる。

しかし、作品を重ねる毎に、作風は姿を変えていく。

ただ、これは当たり前という気がする。
と言うのは、表現者として当然テクニックは成長していく訳だし、
同時に書きたい事も変わっていくのだから。
更に言えば、変わらなくてはいけないという周囲からの
無言のプレッシャー、そして自身でも新しい事に
チャレンジしなきゃいけないという気持ちも出てくるのだから。

そんな中で向かうべき道を失う者もいれば、
自分すら見失う者も少なくない。

重複するようだが、彼は見失った訳ではないと思う。
客観的に見れば、本作品は新しい事にチャレンジしながらも
バランスの取れた優れた作品だと思う。

それでもこの作品は残念ながら今度の本棚の入れ替えで、
実家行きは免れない作品だと思う。

ちなみに以前に紹介したマーク・ストランドの著書『犬の人生』は、
今では常に鞄に入っている、不動の4番になりました。
ああ、『あの文章が読みたい』と何度も手に取る、実に素晴らしい作品です。
昨日と今日とがごっちゃになりそうな、全く季節感を
感じられない今日この頃ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか?

私は何冊かの小説と、一軍のiPodをバックに忍び込ませて
野良猫が集まる近所のゆるーい喫茶店の隅っこで置物のように
黙々と本を読んでます。

そういえば出ましたね!『1Q84』の続編。
皆さんもう読みましたか?
私はまだ途中です。

途中ですので感想は控えますが、テンポが急に変わったので
ねじまき鳥の嫌な予感が脳裏をよぎりましたが、
今回は大丈夫そうですね。

結構待ち焦がれていたので、すこーしずつ読んでます。

そう、私には変な癖があって、とても魅力的なものを前にすると
脳が勝手に他の事に気を逸らせて、その対象にダイレクトに
アプローチが出来ないというヘンテコリンな癖があります。

私だけかと思っていたのですが、私の姉も全く同じで、
私達はそれを『気逸らし』と呼んでます。

例えば、服を買いに行って、とびきりの一品に出会うと
敢えてその服は避けて、他の服を見ながら、少しずつ近付きます。
ようやくその刺激に慣れて心構えが出来た時、そっと手に取るのです。

何と言うか、刺激が強過ぎるんです。
うわー!ってなって、アワアワしてしまうんです。
なのでたまにチラって見ながら、それに慣れるまで時間を掛けて、
心の準備が出来たらササって近付くんです。

皆さん、完全に『?』ですよね・・・。
いいんです、姉以外に今まで共感してくれた人に
出会った事無いですから。

って話し飛びましたけど、何でこんな事書いたかというと、
『1Q84』の続編は結構楽しみにしてたので、例の『気逸らし』が
現れて、体のどこかの部分が待ったをかけるんです。
なので、他の本と並行して少しずつ少しずつ読んでます。

何だか著書とは全く関係の無い私的な事を書いてしまいまして
すいません。
村上春樹さん、及びファンの方々。

ページが進めば進む程、ワクワクするのとは裏腹に、
終わってくれるなと思ったりしてます。

そんな魅力的な作品に沢山出会えたら、それはとても素敵な事です。
ってチラ見をしながら、少しずつ近付きますけど(笑)
お久し振りです。

何やらバタバタと…、いや、別に普通に過ごしてましたが
何となくブログから遠ざかっていました。

久し振りだし少しがんばろうかなと、思っておりますが、
しつこいカゼにやられております。
気付けばもう一週間。
カーテンから降り注ぐ健全な陽光を全身に浴びて目覚めてから、
暗闇の中、枕に頭を沈めるまで、ずっと私の意識の奥にそれは
身を潜めているのです。

さあ、そんな前置きはここらへんにしておいて、
今回も偉大なアーティストを紹介したいと思います。

Marvin Gayeです。

彼にまつわるスキャンダラスな話は尽きないが、
そんなものは正直なところどうだっていいのだ。
いつも書いているように、アーティストは作品(works)が
全てなのである。

いくらドラマティックな人生を歩もうが、worksが駄目なら
アーティストとしても一切の価値が無い。
厳しい言い方だが、そう捉える事がworksを純粋に受け入れる
最低条件だと私は思う。

繰り返すようだがworksこそ全てなのである。
これを見間違えてはならない。


さて、そんな彼の珠玉の作品は
『Let's Get It On』である。


何だろう、甘い音楽なんだけど、決して甘いだけではない。
濃密にして心に真っ直ぐに向かってくるストレートな音楽。
口にしたウイスキーが食道を通り、やがて胃をじんわりと
暖めるような、そんな音楽。
気付けば、口元はゆるんで笑顔が浮かんでいる。
そんな音楽である。

世の中に氾濫する下衆なR&Bとは一線を画す本物のR&B。
それがMarvin Gayeである。

どうか彼の声が、愛の歌があなたの心に響いてくれたらと思う。
突然ですが皆さんはカラオケに行きますか?

私は最近友達とよくカラオケに行きます。

残念な事に私達は流行の音楽を知りませんし、
そもそもの目的は、いかに友達を笑わすかです。

浜ちゃんの痛い過去、『H Jungle With T』が
私の持ち歌です。

『何かを叫んで自分を壊せ!』という歌詞の『壊せ』
の部分の歌い方には全国でも上位の自信があります。
勿論、そこが一番の笑わせどころです。

さて、そのように一風変わったカラオケの楽しみ方を
している私達ですが、ふと一つの疑問にぶつかりました。

それは『長淵剛の起源とは何か?』という事です。
どんなミュージシャンでも、何らかのバックグラウンドがある訳です。
例えば、OASISはThe Beatlesの影響を包み隠さず具現化しています。
同様に、国内外問わず歴史は受け継がれるものなのですが、
彼に関しては、起源が分からないのです。

『さいせんばーこに…』という冒頭だけの歌で完全に、
笑いをかっさらった友達と、家路を辿る時にこの疑問について
しばらく話を重ねたのですが、結局彼の作品は彼のオリジンである、
という結論に達しました。

彼の音楽に対しては、一切の議論を交わした事が無かったのですが、
こんな風に、突発的に我流が生まれ、それが新たなスタンダード
を築いた事は無視できないのです。

とは言え、ほぼ1分間程度の酒の肴に終わったのですが…。

まあ何ともどうでも良い内容でしたが、今更ながら
カラオケの楽しさを知った訳です。
しばらくどうでもいい事を書き続けた当ブログですが、
久し振りに本題の洋楽入門を書きたいと思います。

今回は60's~ Rock編をお送りします。

何故だか今回は誰を紹介すべきかすぐに決まりました。
はい、Bob Marleyです。

多分、音楽を聴かない方でも一度は聞いた事がある名前かと思います。

最初にネタばらしをしてしまいますが、私はBob Marleyを、
更に言えばレゲエを好きではありませんでした。

憂鬱と理由の無い不安に支配された十代の私にとって、
彼らの陽気さは、時として不快にさえ感じられました。

しかしその陽気さは単なる楽観的なものでは無い事を、
いつしか肌で感じ取るようになってました。
どんな悲しみをも乗り越えた先にある力強さ。
それが何によるものなのか、いつ変わったのかは思い出せません。
と言うより、そんなのはどうでも良い事なんです。
青臭い言葉で言えば、全ての表現者、作品にうんちくを語る事は
ナンセンスであり、全く意味の無い事なのですから。

いずれにしても彼は音楽で世界を変えました。
その声は多くの人を励まし勇気付け、沢山の笑顔を作り出しました。
これこそ音楽の素晴らしさだと思います。

さて前置きはここら辺にして作品を紹介します。
『No Woman No Cry』



これは20世紀に生まれた楽曲の中でも最も、○○な作品だと思います。
(○○の部分にどんな言葉が当てはまるのだろうかと随分考えましたが、どんな言葉ですら表す事ができないので実際に皆さんが聴いて感じた言葉を入れて下さい)

以前のブログにも書きましたが、私は以前とても大切な友達を突然亡くしました。それから丸1年間、息も出来ない程の空白に囲まれ、一切の感情を無くしていたのですが、たまたま聴こえてきたこの曲で私は立ち上がる事が出来ました。
その時、音楽の力を改めて知ったのです。
たった一つのメロディーが、歌声が世界を変えてしまうんだと。

もし興味のある方はこちらをご参照下さい。
これですら彼のほんの一部にしか過ぎません。
答えは全て彼の作品の中にあります。

私は本当に弱ってしまった時、今でもこの曲をよく聴きます。
何だか心が暖かくなるんです。
『No woman No cry』
『Everything's gonna be alright』
『まあ、泣くなよ、全ては上手くいくさ』
というこの歌声に。


追記

彼のもう一つのMasterpiece、
『Redemption Song』をupします。


These songs of freedom.