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ああ運用難          ~T通信(10・7・17)~

ああ低金利    ~現状をみると~


■基本的な金利

 短期金利(日銀決定の政策金利)  0.1%  (政治からは一層の緩和の声あり、かなり当分継続の見込)

 長期金利(市場で日々決まる)    1.08% (リーマン後の金融混乱時でも1.2%はあった/マネーは国債へ)


■最近の金融商品 3年物の比較(税引後)

 大口定期預金     0.096%   (1千万円預金しても、なんと年9,600円しか利子はつかない)  

 個人国債        0.152%   (1千万円投入しても、年15,200円か)

 小田急社債       0.248%

 オリックス社債     1.008%   (これなら年10万円稼げる/リスクをどうみるかだ)

 中南米子育て支援債(4年物)   6.496%  (米州開発銀行なる金融機関経由で中南米の政府に流れる)

                              (年 約65万円の利子は凄いが、為替も含めてハイリスク)


■金融は混乱しても、日本国債が買われ、長期金利が低下するのは、まさに日本経済の現状を表している。

  つまりストックの面では、歴史的にも、世界比較でも、相当豊かなのだ。

  企業の生産体制も豊かだから、インフレにもならない。(農業は別として)

 個人としては、なんとか高金利の金融商品がほしいが、これはリスクとの兼ね合いをどうみるかで、それぞれの「私の見方」次第という面が強い。

金融大混乱の09年2月に、三井住友銀行が 2.184%(税引後)の社債(劣後債)を発行していたが、メガバンクが破綻することはないとみるなら、これは好機だった。



投資信託      ~顧客より金融機関のための金融商品だ~


 銀行や証券会社は、この低金利に対抗できる商品として、必ず勧めるのが投資信託である。

 投信は、購入手数料が3.15%(上限)、解約手数料が1.26%(同)、信託報酬が2.121%(同)で、これは運用成績に関係なく、顧客側にかかる金融商品である。

 たから、販売側は熱心になる。

 

 投信はまた、種類・性格など様々で理解が難しいものも多く(「金融広告を読む」のいい材料だった)、元本保証でない点は重要だ。

 株式投信では、「ノムラ日本株戦略ファンド」のような歴史に残る大失敗商品(それでも野村は信託報酬は約束どおりとっている)もあるので要注意だ。

 (ネット文化は凄いもので、このファンドについても、いろいろと情報が入手できる)



運用難で、金融機関も大変だ


 日本振興銀行は大変なことになった。

 同銀行は、かつて、相当の高金利を提示していたが、中小企業を育てるという「理想」が現実の経済でどうなるか疑問に感じ、定期預金しなくて幸いであった。


 既存の銀行、特に地銀や信用金庫はそれなりの努力をしているはずなのに、新銀行東京や日本振興銀行が「理想」に燃えてつき進むのは、どういう構造なのか不思議だ。

 結果、カモにされたり、びっくりするような商いをすることになった。


 みずほFGの株価は、06年4月に1030円まで上昇した後、下落を続け、この7月には135円という安値をつけた。

リーマン直後でさえ、166円が安値だったことを考えると、何回かの増資を考慮しても、かなり大変なことがうかがわれる。

 

 世界的に金融緩和、運用難だから、個人は「うまい話」にくれぐれも気をつけることが大事だと思いますね。






 


ネット時代の商戦          ~T通信(10・7・15)~

売る方も買う方も大変だ


 テレビもこの7月からはほとんどの番組が地デジ仕様になり、アナログ孤児にはつらいことになってしまった。

使えるモノは、最後まで大切にという我が国の美徳は、地デジ化には通じない。

 

 いつまでも粘ってばかりいられないので、地デジ対応テレビの機種を、ビエラの37R2(HDD500GB、6月11日発売)に決めたので、価格.comなどネットでいろいろ調べてみると、販売店間の価格差ばかりでなく、同じ店でも日によって変動しているのを発見してビックリした。


 例えば、ヤマダ電機のweb では、7月7日には152,900円が、8日には189,800円に上昇し、ガッカリしていたら、12日には149,800円に下がり、15日現在、141,600円になっている。


 テレビの価格競争といえば、今や昔、松下幸之助氏と中内功氏のバトルが有名だが、今やネット上では、メーカーも販売店も入り乱れ、価格は日々上下し、そのうえ、クチコミ情報もいろいろ満載とあって、売る方も買う方も本当にエライ時代になったものだと感じ入る。

 現状の販売戦争をみたなら、昭和の経営の神様・松下幸之助氏はどう感じることだろう。


 また、量販店の店舗にはテレビ専門の販売員がいるのだが、ピンポイントで製品を決めて、ネットで最新情報に当たっておくと、お客の方が詳しいという経験をすることもある。

 販売店は、商品情報の提供よりも、値段の駆け引きの最後の場という役割かも知れない。


 余談ながら、横浜から大阪に行って、梅田のヨドバシカメラと、難波のヤマダ電機のスケールの大きさに驚嘆したが、商都のハズだった大阪が関東の量販店に席巻されるのは、以前なら考えにくい話だった。

 どういう展開でこうなったのだろうかと思う。




 

 

 


 





 



大阪砲兵工廠跡のレンガ建物を見ながら     ~T通信(10・7・14)~


いたち川のブログ-大阪砲兵工廠跡  大阪城公園の「大阪砲兵工廠跡」(2010年6月2日撮影)

 大阪城の周りは、戦前、東洋一の兵器工場があったと歴史は伝える。

 戦後も長く廃墟の状態が続いており、その廃墟を舞台にした小説として、開高健氏の「日本三文オペラ」が有名である。

 しかし、私が愛読したのは、小松左京氏の奇想天外小説「日本アパッチ族」で、正直なところ小説全体としては余り素晴らしい出来とは思えなかったが、冒頭のこの廃墟を描く部分は秀逸で、過ぎ去りし時代への哀愁さえ感じさせられた。


 小説では、「失業罪」という罪への罰として課せられた「追放」の地が、紀州の山奥ではなく、この大阪の真ん中の大阪城や大阪府庁が見えるところであったという設定である。


 砲兵工廠の跡というもあってか、昭和35年(1960年)頃でさえ、城東線(現在の環状線)から、えたいのしれない風景が、当時10歳の私の記憶の片隅にある。


 今は、大阪ビジネスパークの超高層ビルや大阪城ホールの地も、ある世代には廃墟の記憶があるし、その上の世代には兵器工場のいやな記憶が残っていると思われる。


 余談ながら、昭和20年代に生まれ人々は、ある面、幸運かも知れない。

 戦争や戦後の食糧不足は知らないで、時代の大きな移り変わりを実体験できたというのは、今となっては幸せだったといえるのではないかと思われる。

 戦争の被害や戦後の食糧不足を直接経験した親の世代には申し訳ないが、そう思うことがあります。