心理カウンセラーの魔法の子育て -6ページ目

心理カウンセラーの魔法の子育て

心理カウンセラーから見た子育てのポイントと、ただの日記。NLPやコーチング、潜在意識など、最新の心理学理論を子育てに活用しましょう。

家に帰って食事をしていると、

 

明日、小5の娘の授業参観があるという話題に。

 

 

時間的にも行けそうだし、「俺も行こかなー。」と言うと。

 

 

「ええ〜。とと来るん…?(´・ω・`)」と娘は嫌そうな顔をする。

 

 

「ん?なんや? どうしたひな? ととが来たら嫌なんか?」

 

 

なにか複雑な理由でもあるのかと心配になって、

 

ここはカウンセラーとして、妙なジャッジのエネルギーをかけないように細心の注意を払いながら聞いた。

 

「どうしたんや?」と。

 

すると。

 

 

「だって、とと笑わそうとするもん…。(´・ω・`)」って(笑)

 

 

そう言われてみると確かに、毎回参観に行く度に、娘と目が合うように前の窓から覗き込みながら、変な顔して笑わせようとしてた気がする(笑)

 

基本、参観日の度にやってた気がする。

 

 

うん。悪かったな…。

 

なんか、ひな大人になったよな…。

 

お父さんも大人になるよ。

 

 

 

 

 

みなさん、こんにちは。

 

カウンセラーの佐原です。

 

今日は前回の続き『意識のエネルギーで子供をサポートする』というお話の、応用編です。

 

 

前回の記事は沢山の反響を頂きました。

 

「私も霊が取り憑いてるのかもしれません…。」って。

 

そっちか!

 

 

やたら長い前フリで、いらんこと言ってすみません。

 

 

人間、多かれ少なかれそういうことはありますが、お盆の風物詩的なものですので、お盆過ぎたら明るく笑ってやっていきましょう。

 

それで大丈夫です。

 

 

まだ前回の記事をお読みでない方は、「***」以降の本文だけで構いませんので、お読み下さいね。

 

『意識のエネルギーで子供をサポートする』https://ameblo.jp/surface2119/entry-12298484562.html

 

 

 

さて。

 

意識=氣=エネルギー

 

という前提を踏まえて、

 

今日はそれを使って親である私たちは子供達にどのようなサポートしてあげられるのか、それを見ていきましょう。

 

原理的な所に少し触れると、氣には3つのポイントがあります。

 

 

氣質

 

氣形

 

氣流

 

の3つです。

 

 

エネルギー=氣を扱うというのは、この3つの運用になります。

 

 

「氣質」とはエネルギーの質ですね。

 

人によって朗らかで温かい受容の氣を発している人もいれば、怒りの氣を発している人もいますね。(そういう人のそばにいるとしんどいですよね)

 

それ以外にも重い、軽い。サラサラしている、ドロっとしている、などエネルギーには質感があります。

 

 

次に

 

「氣形」とは、エネルギーの形です。

 

密教や陰陽道では指をいろんな形に組み合わせて印を組みますね。

 

指に沿って氣が流れているのであれは特殊な氣形を作っているわけです。

 

また西洋の形而上学では氣を込めてシンボルや魔法陣を描くことでエネルギーを扱いますね。

 

これが氣形を扱うということですが、子育てにそこまでしている人はちょっと怖いので(笑)これは置いておきましょう。

 

 

ただ、身体の姿勢や振る舞い、意識の配分、つまりその人の「在り方」というのも実は氣形に含まれます。←ここ大事なポイントです。

 

 

最後の

 

「気流」はエネルギーの流れです。

 

前回の親子の話では、氣が子供に流れていないという氣流の問題が起こっていましたね。

 

それ以外にも、流れの無いエネルギーは淀み、必ずネガティブに傾くという性質もあります。

 

良い氣が良い流れを作って循環していれば、心も空間も爽やかで満ち足りていられるのです。

 

 

そして、子育てにこの知恵をどのように活かせるか、ということですが、例えば私はこんな風に扱っています。

 

 

 

【氣と在り方でリードする】

 

 

子供たちが宿題しないといけないと思いながらダラダラと遊んでしまっている時。

 

あるいは集中できていない時。

 

親である私は「さあ、勉強に集中しよか。」と声をかけて、まず自分のモードをキリッと緊張感の高い、仕事モードに変えます。

 

つまり『氣質』を変えることで、エネルギー的に子供たちをリードするわけです。

 

 

一切の言い訳が許されないような、凛とした氣を創り出すことで空間のエネルギーを変えるわけですね。

 

そしてその上で、

 

「まずは部屋を片付けようか。テーブルを拭いて。そこを片付けて。」

 

と指示を出して、自分も片付けをします。

 

これは今まで部屋にあった遊びの氣の流れを一度リセットするためのクリアリングを行っているわけです。

 

 

氣の原理は

 

意識を向けた方向に流れる

 

ということです。

 

 

例えばテーブルを拭くと、氣をテーブルにかけることになり、これまでのエネルギーがリセットされて、新しいことに取り組みやすくなります。(この感じなんとなくわかりますよね。)

 

だから、テーブルの上が汚れているかどうかに関わらず、リセットするために意識をかけるためにテーブルを拭くわけです。

 

 

とても日常的な、テーブルを拭くという作業も実はとてもマジカルな氣の運用をしているのです。

 

陰陽道的に言うと、邪気を払って、新しい氣を注ぐことで結界を張っているのです。

 

そのテーブルに向かって何かをすると、意識が整いやすくなります。

 

 

 

それ以外にも部屋に氣を配り、散らかっているものを片付けることで部屋の流れを変え、先の凛としたエネルギーによって、場を集中できるエネルギーに変えていきます。

 

 

その上で、「のんは何をするんや?」と、

 

今からすることを聞いてあげて、

 

「よし。何分でできそうや?」と、

 

時間を決めることで、意識のエネルギーを凝縮して使いやすくなるよう導きます。

 

 

さらに、ここでその勉強を終えた娘の未来を想像することで、親である私の意識のエネルギーを現実創造のために注いでサポートします。

 

 

そして、タイマーをセットして勉強をスタートさせ、子供たちが集中している間、凛とした指導者のようなエネルギーで、子供たちの姿を見守ってあげます。

 

 

何もせずに「見守る」のです。

 

 

そうやって純粋に親の意識を子供に注ぐことで、上質な集中の氣を子供に注ぎ、エネルギー的なサポートをしているわけです。

 

 

子供たちの意識が整って、見守らなくても大丈夫そうになったら、

 

私も側で書き仕事などをして、大人の集中モードのエネルギーを子供たちが浴びられるように意識しています。

 

 

『在り方』の指導をしているわけです。

 

 

昔、合気道をやっていた時、部屋に入って歩く際の氣と在り方だけで後輩の指導ができて初めて一流と言われていました。

 

言葉を使わず、身体にも触れず、その場にいる時の気質と在り方(つまり氣形)と気流のみで、指導するということです。

 

そういう教育があるのですね。

 

 

 

氣で導いてあげると、子供たちは勉強モードに入ることができて、そうなると本当に静かに勉強に集中するものです。

 

 

逆に、子供たちにいくら「勉強しなさい!」と強く言っても、家が雑然としたエネルギーだったり、遊びのエネルギーだったり、

 

仕事から返ってきてほっとした親のくつろぎのエネルギーだったりすると、

 

この環境で、子供が自分自身で勉強モードに持っていくのは、至難の技で、

 

結局はギリギリになってどうしようもなくなってから宿題に取り掛かることになります。

 

 

子供たちを見ていて思うのは、勉強が嫌いで苦労しているというよりも、勉強モードに自分をチェンジさせることに苦労しています。

 

 

宿題を終わらせるのに100のエネルギーを使ったとして、「疲れた~」と本人たちは言っていますが、

 

実際には100の内70は勉強モードに持っていくために自分を強制するための苦労であり、勉強自体は30程度しかエネルギーを使っていません。

 

 

勉強自体は乗ってくると楽しいもので、「もっとやる」と言い出すこともありますよね。

 

つまり、モードを変えるということが鍵なのです。

 

そして、そのためには、

 

親が自分のモードを変えて、氣質でリードしてあげる。

 

それによって部屋の氣質を凛とした集中空間に変えてあげる。

 

氣で遊びの流れをリセットしてあげる。

 

注目によって氣を注入してあげる。

 

イメージによって現実創造の手助けをしてあげる。

 

 

などなど、いろんなサポートが可能なのです。

 

子供というのは、それほどに親の氣=エネルギーを必要としているのです。

 

物も環境もお金も言葉も与えているけど、氣を与えていないという理由だけで子育てが上手く行っていないケースが多いので、意識してみてくださいね。

 

 

【全ては氣の運用である】

 

 

そして、更に言うと、

 

人間の意識=氣=エネルギーをどう運用することで、リターンを最大化していくか?

 

というのが、人生のゲームとしての側面の本質であり、家族の運営の鍵になります。

 

 

私たちは意識=氣=エネルギーを仕事にそそぐことで、それをお金に換えることもできますし、

 

テレビやスマホゲームに注ぎ楽しみを得ることもできます。

 

子供たちに注ぐこともできます。

 

 

誰もが意識していようとしていなかろうと、1日分の意識=氣=エネルギーをどこかに注ぎ、その結果、何かしらのリターンを得ています。

 

 

そして、大切なのは、

 

 

ある所に注ぐとエネルギーは拡大し、

 

ある所に注ぐとエネルギーは縮小する

 

 

ということです。

 

 

例えばスマホやテレビに注ぐのは気晴らしにはなれど、エネルギーを無駄にすることで縮小させるかもしれません。

 

その分を子供に注ぐと、子どもの力になりエネルギーは拡大していきます。

 

 

でも、そう思ってスマホの時間を減らすと、1日の仕事のストレスが解消されずに、親である私たちの心が不機嫌になってしまって、家庭に良くない氣を撒き散らしてしまうかもしれません。

 

 

「氣流」をスマホから子供に変えることで、逆に「氣質」が低下したということです。

 

エネルギーが縮小してしまいます。

 

 

気質を落とさずに、有益な所に意識を注げるバランス点を見出す必要があります。

 

 

また両親の意識を仕事に注ぎすぎ、換金しすぎなケースもあります。

 

 

お金にはなっていますが、その分子供に注ぐエネルギーが犠牲になっているので、子供の将来も含めて、長い目でみるとその損失は仕事で得ているリターンを上回っているかもしれません。

 

 

でも仕事が好きで、仕事をすることでご機嫌でいられる(氣質が向上する)ならば思う存分に仕事をして、子供の勉強などに意識を注ぐのは塾や家庭教師にアウトソーシングして、

 

子供に注ぐエネルギーは、愛情や承認などに絞るというのも良いかもしれません。

 

そうすると、家族全体としてのエネルギー量が拡大します。

 

 

そのように親である私達の性質、好き嫌い、子供たちの性質などを鑑みた上で、

 

有限のリソースである意識=氣=エネルギーをどこにどの分量を投下すると、エネルギー効率が上がりリターンが最大化するのか。

 

家族全体としてのエネルギー量が増えるのか。

 

 

その視点で、エネルギーの流れを設計することが大切です。

 

 

その結果、時間とともにエネルギーが拡大する流れであれば、その家庭は発展していくでしょうし、

 

縮小して行くようであれば、時間とともに必ず何かしらの症状を子供が表すようになります。

 

朝起きなくなったり、学校の成績が著しく下がったり、不機嫌な氣を発しだしたり、です。

 

 

それに腹を立てて、親である私達も不機嫌になると、更に家庭のエネルギーは衰退してしまいます。

 

 

症状として現実に何かが現れる前に、エネルギーの流れを見て、調節してあげる必要があります。

 

 

これは幸運なことでもあり、ある意味では恐ろしいことでもあるのですが、

 

その家庭の今のエネルギーの構造を見れば、家庭の未来が衰退するのか拡大するのかが分かるものです。

 

ということは、現実に現れる前に手を打つことはできるわけです。

 

 

 

そして、最後に取って付けたように追記しますが、

 

家庭の中で勝手にエネルギーを倍増させてくれる魔法の装置があるとすれば、

 

それは夫婦仲が良いということのようです。

 

 

夫婦がお互いを思いやったり感謝したりしながら生活していると、お互いのエネルギーが関係性の中で増幅され、それを子供たちに流してあげることができます。

 

 

家庭は愛情の氣で包まれ、子供たちはそのエネルギー場の結界の中で生活することとなります。

 

 

少々の苦労は喜びに変えてしまうような、氣質の変容も起こせる魔法の装置。

 

それが夫婦仲です。

 

ええ…。

 

分かってます。

 

なかなか難しいものですが…(笑)お互いがんばりましょう!

 

 

それでは、今日の要点をまとめておきましょう。

 

 

【今日のまとめ】

 

 

・親がモードを変えることで、氣によって子供をリードすることができる。

 

 

・ただ見守るというだけで、子供たちのエネルギーのサポートをすることができる。

 

 

・拭き掃除や掃き掃除は場に意識のエネルギーをかけることで空間をリセットできる1つの魔法である。

 

 

・家族が持っている意識=氣=エネルギーを、どこに注ぐかによって家族全体としてのエネルギーが増えたり減ったりする。

 

 

・今現在の氣が家族の中でどのように流れているのか、増えているか減っているのかを見ることで、家系の未来までも知ることができる。

 

 

・家庭のエネルギー量を増幅する最大の魔法は、夫婦仲が良いということ。

 

 

・良い夫婦仲によって増幅されたエネルギーを子供や仕事に注ぐことで、エネルギーを拡大していくのが家族経営のコツである。

 

 

・機嫌よく健やかな氣(氣質)で、凛とした在り方(氣形)で、拡大するべきところに注いでいれば(気流)、家系は必ず栄えていく。

 

 

以上です。

 

今日からは陰陽師の安倍晴明みたいな気分で、子育てに励んでくださいね(笑)

 

 

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皆さんこんにちは。

 

カウンセラーの佐原です。

 

夏ですねー。

 

暑くて空気もモワっとしていますが、皆様はいかがお過ごしでしょうか。

 

 

毎年お盆が近付くこの時期になると、霊的な問題を抱えて来られるクライアントさんが多くなります。

 

とは言ってもご本人さんが「なんだか霊にやられてるみたいなんですけど…。」と訴えて来られるわけではありません。

 

 

なんか異様に肩が凝るんですけど、とか。

 

眠くて意識を保っていられないんです、とか。

 

調子が良い時と悪い時が1日おきとか数時間おきに変わるんです、とか。

 

身体が重くて無気力で何をするにも面倒臭いんです。夏バテですかね?というようなことをおっしゃいます。

 

 

こちらもよほどの信頼関係ができて無いと「あ。それ。霊さんですね。」とは言えません。

 

びっくりさせてしまいますからね。

 

そこで、いつもどう説明するべきかとても慎重になります。

 

 

そして、ひとまず、

 

「そうですよね。まあ、夏ですからね。最近は暑いですし夏バテとかねー。いろいろありますよね…。」と寄り添いつつ、

 

 

その「夏ですからね。」と「いろいろありますよね…。」に実は物凄く重い意味を乗っけています(笑)

 

 

で、ご理解頂いてお寺のお坊さんみたいなセッションをすることになります。

 

 

 

夏のこの時期に異様にしんどいなとか、異様に身体が重いな、と感じる方はひとまず、

 

 

「これは、もしかしたら私の重さじゃないかもしれない。」

 

 

と考えてみて下さい。

 

「何か自分以外のものがくっついてる?」と自分の症状に対して鋭い意識を送ってみてください。

 

 

その時に「やばい!バレた!」みたいな感じでざわついて症状が軽くなったり動いたりしたら、それは霊さんですね。

 

 

「私の身体は私だけが使います。」と宣言しておいてください。

 

 

自分の症状だと思っていると自分と同一化してしまうので、距離を取ることが難しくなります。まずは意識で切り離すことが大切です。

 

 

で、そんなことをしても特に何も反応が起こらず、しんどさが続く場合。

 

 

それは…、普通に夏バテですね(笑)

 

栄養のあるもの食べてこの夏を乗り切りましょうね。

 

 

さて、前フリはここまでに致しまして、今日は子育てについて少し変わった角度からお話ししたいと思います。

 

それは、

 

意識=氣=エネルギー

 

 

というものを理解して活用して行くと子育ても上手く行きますよ、というお話です。

 

 

日常で起こっていることを「エネルギー」として見て活用するようになると、子供たちがすくすく育つのみならず、家族全体が発展して栄えていきます。

 

豊かになっていきます。

 

今日はそんなお話です。

 

それでは以下本文です。

 

 

*******

 

 

カウンセラーとして人の相談を受けることを長くやっていると、クライアントさんと初めて会った瞬間や、玄関から歩いてくる姿を見るだけで、なんとなく扱うべきテーマが見えてくることがあります。

 

 

例えば、あ、足先に氣が通ってなくてフワフワしているな、何かしらのトラウマか恐怖体験を持っている可能性があるな、父親は恐い人だろうか、とか。

 

 

胸のあたりにつっかえがあるな。私との間にエネルギーのブロックを感じるな。母親との愛着の問題か、「人に近づいていはいけない」というビリーフを持っている可能性があるな、とか。

 

 

歩いている姿や身体の重心や人との距離感でなんとなくそういうことが分かるものです。

 

 

これは何をしているかというと、その人の身体ではなく、意識の動きやエネルギーを見ているということですね。

 

 

とは言っても実際にオーラが見えるわけではありませんが、なんとなくの雰囲気でその人の意識がどこを向いているのか、身体のエネルギーが流れているのか滞っているか、人間は意識すればそういうことが分かるものです。

 

 

 

で、そういう風に『意識=氣=エネルギー』を通じて人を観察していると、子育てについてもいろいろと見えてきます。

 

 

 

例えばこんなシーンです。

 

 

2歳くらいの子を持つママ友同士で家で子供達を遊ばせながら、ママ同士はお話しをしています。

 

その2歳のお子さんが、しばらく子供同士で遊んだ後に、

 

「ママ~。だっこ~。」

 

と言ってママに近づいて来ます。

 

 

そして、「抱っこ?はいはい。」と、ママは抱っこしてあげるわけですが、しばらくしても2歳児は、どこか不満そうにしています。

 

 

「ママ~。」と訴えています。

 

でも、「ん? どうしたの?」とママに言われても、なんとなく不満そうなだけで、それ以上は言葉になりません。

 

 

これは何が起こっているのかと言うと、その子に母の意識のエネルギーが入って行ってないんですね。

 

 

その子は確かに形としては抱っこしてもらっているのですが、エネルギー的には抱っこの機能を果たしていないわけです。

 

 

抱っことは、母の『意識=氣=エネルギー』を子供に充電する行為です。

 

 

子供は元々は母の体内に宿り10ヶ月以上の間、母と一体ですね。

 

氣のエネルギーの流れも母と1つです。

 

そこから生まれ出てきて胸に乗せられて、母とのつながりを感じます。

 

そして成長するにつれて、ハイハイしたり歩いたりして自分の意志で母から離れて活動することができるようになります。

 

 

ですが、しばらく母から離れていると、エネルギーが足りなくなって、心細くなってきます。

 

 

「心細い」とは、実際に身体の外側のエネルギーがやせ細っている状態です。

 

 

だから母の元に戻ってしばらく身体をくっつけたり、抱っこしてもらって充電してもらうことでまた心を太くし、

 

そうすることでまた母から離れて1人で遊ぶことができるようになるわけです。

 

 

お母さんとは子供の充電器のようなものなのですね。

 

くっついているとエネルギーが満たされて心が太くなり、そうやって安心を携えて、また外に出ていくことができるのです。

 

 

で、その充電の作業は身体をくっつけたりハグすることで行われるわけですが、その時に意識を子供に向けてあげる必要があります。

 

 

意識=エネルギー

 

 

だからです。

 

 

 

先のお子さんは、お母さんがママ友達との会話に意識を向け過ぎていて、お腹の辺りの意識が子供に流れていない状態でした。

 

 

だから、子供はママに抱っこされていながらも期待するものが得られずに不満を感じたわけです。

 

 

「ほら。もう遊んで来なさい。◯◯ちゃん1人で遊んでるでしょ。」

 

 

「うー。でも~。」と子供は母から離れるだけの心強さを感じられず、グズグズしだします。

 

 

よく見る光景ですね。

 

 

十分な時間抱っこしてもらっていながら、充電不足に陥っているのです。

 

 

電車の中やショッピングモールなど、様々な場所で小さなお子さんとお母さんのやり取りを目にしますが、

 

この充電切れの子を目にすることがよくあります。

 

 

「ママ~。」とグズグズするような声を出し。

 

それにイライラしてママは「何よ!?」と語気を強める。

 

 

「だっこ~。」

 

 

「も~。」と、ママは不機嫌そうに子供を膝に乗せて抱っこの形を作り、スマホを見ています。

 

意識のエネルギーは子供にではなくスマホに流れています。

 

胸のエネルギーは閉じています。(怒りで閉じているのか、母親の中に愛情関係に対する心理ブロックがあるのか、いずれの可能性も考えられます)

 

 

その子は充電が常に不十分なので、常にグズグズと歯切れが悪く、もの欲しそうなエネルギーを発しています。

 

母親はそのグズグズしたエネルギーに対して常にイライラしています。

 

 

そういうやり取りを見ていると、「あー。エネルギーの運用が上手く行っていないな。もったいない」と思うのですが、流石に他所様の子育てに口出しする訳にも行かずグッと我慢して、

 

それをここに書いている訳です(笑)

 

 

 

あの子は、これからどうなっていくのでしょうか。

 

 

慢性的に充電不足な状態で幼稚園に行き、他の子たちの元気な圧力に対抗するだけの力を自分の内側に感じられず、周りから気圧され、

 

小学生になるとそれに加えて宿題など、やるべきことは求められ、でも常に何かが足りないという感覚がつきまとう。

 

心がやせ細っているような不足感を感じながらも、自分の中のエネルギーを振り絞りながら生きていくのでしょう。

 

それが自分の限界だと思いながら。

 

 

でも、そうじゃないんですね。

 

 

子供達がフル充電されて、愛と自己重要感と心強さで内側が満たされている時。

 

キラキラしたエネルギーが溢れ出している時。

 

そんな時に子供たちが発揮する傍若無人の行動力、創造性、潜在力は目を見張るものがあります。

 

そして我が子の表情にそのような溢れる生命力を見る時、親である私たちは何ものにも代えがたい深い喜びを感じるようです。

 

 

ということで、今日はひとまず覚えておいてください。

 

 

私達は

 

意識=氣=エネルギー

 

というものを意識して運用することで、子供たちから素晴らしい潜在力を引き出してあげることができるのです。

 

 

逆に言うと、『意識=氣=エネルギー』というものをつかめていないと先の抱っこと同じように、形としてやってあげているのに上手く機能していない、ということもありえます。

 

 

次回はもう少し『意識=氣=エネルギー』についての理解を深めて、

 

 

それを扱えるようになることで、子供たちにどのようなサポートができるのかをお話ししたいと思います。

 

 

エネルギーによるサポートのバリエーションを増やしていきましょう。

 

是非、エネルギーの運用を修得してくださいね。

 

 

******

 

 

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東京での仕事と学びを終えて、久しぶりに大阪に帰ってきました。

 

愛すべき日常。

 

自分のホームの感覚、生活者の時間の流れ、それを身体に馴染ませています。

 

やっぱり暮らしの営みとか、そこに季節を感じるのが好きなんですね。

 

金魚の世話をしたりベランダに日よけシェードを張ったり、子供と会話したりインコと遊んだり。

 

派手さは無いけどじんわりと心が満たされます。

 

 

それにしても暑いですね。

 

 

夏真っ只中のこの時期の暑さはほんと馬鹿げていて、それを皆で「暑い!暑い!」と言いながら乗り切る感じが、何かのお祭りみたいで良いですね。

 


今年の夏は仕事と学びのスケジュールでいっぱいで、夏らしい行事は全く参加できないなと諦めていたのですが、


昨日は夜のカウンセリングが1本キャンセルになり、急遽、近所の盆踊りに参加することができました。
 

 

 

かき氷を食べたり、娘の金魚すくいを見たり。

 

子供たちには、

 

「お金のことは心配するな! 祭りやからな。湯水のように使って良いからな!」

 

って、富豪のようなことを言うと、

 

おお〜(゚∀゚) ってなりまして、僕もたいへん気持ちがですが良かったのですが(笑)

 

まあ町内会の祭りですからね。

 

50円とか100円のものばかりなんですよね。安心感があります。

 

定番の金魚すくい。

 

 

っていうか、上手いな。

 

 

すくってもすくっても破れなくて、本人も若干飽きてきてる(笑)

 

 

ベランダには放置したままで、シュールな感じに育ったビオトープがあるので、

 

 

ここで飼うことになりました。

 

 

そしてインコのソラも元気にしています。

 

「ソラちゃんソラちゃん」って、時々喋るようになりました。

 

なぜか人の親指を友達だと思ってるみたいで、親指ばかり追いかけてきます。

 

で、顔をスリスリしてきたり、

 

時々、足を噛んで「痛っ!」て言ったら、「どう?」みたいな顔で見上げます。

 

どう?の顔↓

 

 

「どう?じゃねーよ。」

 

って思うけど、その見上げる時の表情が可愛いんやな〜。

 

っていうね(笑)

 

完全にツンデレの術中にハマっている日々です。

 

 

最近女友達に恋愛の相談されたら、「とりあえず彼氏噛んでみると良いんじゃない?」って言ってます(笑)

 

さあ、夏の盛りはお盆が終わるまでですね。

 

それまで、余すこと無く味わいましょう。

 

 

・8月のカウンセリングは大阪は満席、東京は残り2枠です。

 

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みなさん、こんにちは。

 

カウンセラーの佐原です。

 

7月に入り、すっかり蒸し暑くなって来ましたが皆さんいかがお過ごしでしょうか。

 

気づけばこの子育てブログも久しぶりの更新になってしまいました。

 

子供たちが面白いネタを提供してくれる度に書いてきたこのブログですが、早いものでウチの子も中1と小5です。

 

ここまで大きくなると自立してしっかりして来ますね。

 

「とと、一緒に寝よー」とかも言わなくなってきましたよ。

 

 

でも、そんな中、久しぶりにこれは良い教育になったなと思う対話ができたので皆さんにシェアしたいと思います。

 

 

子供の自己重要感を育むための対話です。

 

 

自己重要感とは、自分にどれほどの価値があるものと設定しているか。

 

自分がどれほど尊重されるべきものと捉えているのか。

 

肯定的なセルフイメージの分量のことです。

 

 

これは心理療法の世界では非常に重要視される考え方で、

 

一般的には、収入にしろパートナーにしろ、その人の自己重要感の大きさに応じたものしか手に入れられないと言われています。

 

つまり

 

 

収入の大きさ=自己重要感の大きさ

 

 

恋人に選ぶ相手=自分の自己重要感に釣り合う人

 

 

というわけです。

 

 

人は憧れの人とはなぜか結婚せず、自分の自己重要感に見合う相手(空気のように一緒にいて居心地の良い人)を選び勝ちですよね。

 

憧れの相手というのは、自分の自己重要感と釣り合わない相手なので、一緒にいると気後れするような居心地の悪さが生まれて、離れたくなるものなのです。

 

つまり、人はどんなチャンスに巡り会おうとも、どんな才能があろうとも、収入があろうとも、自分の自己重要感以上のものは受け取れないということです。

 

 

それほどダイレクトに人生で得るものを決定付けてしまうもの。

 

 

それが自己重要感です。

 

 

ですので私は娘の教育の中でも特にこの「自己重要感を育てる」ということに重きを置いています。

 

 

少々勉強が出来なくても今はそれほど細かいことは言いませんが、自己重要感が健全に育まれているかは、目を光らせて見ています。

 

 

そして先日、娘の自己重要感を育てる上でとてもセラピー的な対話をすることができましたので、

 

皆さんとシェアしたいと思います。

 

以下は5年生の娘との間で実際に行われたやり取りです。

 

例によって関西弁ですみません!

 

 

**********

 

 

娘が私の書斎に来て言います。

 

 

「とと。このホワイトボード何に使うん?」

 

 

そうなのでした。最近ネットで中サイズのホワイトボードを買ったのでした。

 

 

 

 

「ああ。これか。のんとひなに何か教えてやろうと思ってな。買ったんや。」本当は頭の中のアイデア出しに使うのですが、まあ半分は嘘ではないのでそう答えました。

 

 

「そうなんやー! 今から教えて!」

 

 

「いや。今は別に教えることないわ。まだひな子供やもん。はやく大きくなりーや。」

 

 

「え~。なんか教えてよー。あれは? 家族のつながりのやつは?」

 

 

「ああ。家系図?」なぜ家系図の話が出たのかわからないけど、これはチャンスだと思いました。

 

教えたいことがあったのです。

 

 

「そやな。じゃあ。教えたるわ。とと(私)とちゃーちゃん(妻)との間にのんとひながおるやろ。

 

ととの上にはじいじとばあばがおるやろ。ちゃーちゃんの上にもじいじとばあばがおるやろ。

 

その上にも曽じいじと曽ばあばがおるやろ。」そうやって家系図を遡って書いていきます。

 

 

「凄いな。めっちゃ広がるやん。どこまでおるん?」とひな。

 

 

「そやで。ひなの曽じいじと曽ばあばはな。8人もおるんやで。さらにその上の曽曽じいじと曽曽ばあばは16人や。」

 

 

「めっちゃおるやん。」

 

 

「そうや。みんなの血がひなに流れてるんやで。凄いやろ?」

 

 

「うん。」

 

 

「でな。ひなは会ったこと無いけどこの曽ばあばが凄い人でな。

 

農家の家やったんやけど。農家は朝早いから嫌やー言うて、1人で都会に出て行って自分の生きる道を切り開いた人やねん。」

 

 

「凄いなー。」

 

 

「そうやで。それで曽じいじと広島で出会って結婚して、じいじが生まれたんや。自分の意志で人生を変えたんや。凄いやろ。」

 

 

「うん。」

 

 

「それでな。この曽ばあばの自分で望む人生を切り開く力がな。

 

じいじを伝って〜

 

ととを伝って~。」そうやって家系図を線で辿っていきます。

 

 

「ほら、ひなに流れて来てるねん!」

 

 

「おお~!!(゚∀゚)」

 

 

「すごいやろ。ひな。ひなの中には曽ばあばの自由に生きる力が宿ってるねんで。」

 

 

「うん!」

 

 

「ほんでな。この曽じいじはととも会ったことないんやけどな。凄い器用な人で技術の仕事しててな。なんでも自分で作ってたんやって。」

 

 

「へー。」

 

 

「その曽じいじの器用さがな。

 

じいじを伝って~

 

ととを伝って~

 

たららららら……。

 

 

ひなに流れてるねん!」

 

 

「おお~~!!(゚∀゚)」

 

 

キラキラした顔でものすごく嬉しそうです。

 

 

「ほんでこっちの曽じいじはな。バイクに乗っけてくれてセミ捕りに連れて行ってくれたりな。

 

あと当時やと珍しいんやけど、バイオリン持ってたりギター持ってたり、芸術的な感覚を持ってた人やねん。

 

そういう芸術的な能力がな。

 

ばあばを伝って…、

 

ととを伝って…。

 

だらららららららら……。 

 

 

ひなに流れてるねん!」

 

 

 

「おお~~!!(゚∀゚)」

 

 

って、このテンションいつまで保つんやろ…(笑)とか思いつつも、

 

これはとても良いチャンスだと思ったので、私が知りうる限りのご先祖の生き方を良きものとして定義し、才能に名前を付け、それを娘につなげました。

 

 

「我慢強さ」「人を愛する力」「長生きする力」「平凡さの力」「経営者の自由さ」「優しさ」「逆境を乗り越える力」「芸術性」

 

 

それらご先祖の持つリソースを様々なエピソードと共に語り、誇りに思ってもらえるように再定義し、

 

それが流れている娘の命がいかに尊いものであるかを伝えました。

 

 

「だからひなの中にはな。自分で人生を切り開く自由さも手先の器用さも、芸術性も、我慢強さも、経営者のリーダーシップも、人としての優しさも全部備わってるねん。凄いやろ?」

 

 

「うん!めっちゃ凄いな。(・∀・)」

 

 

「でもな。まだその多くはな。スイッチが入ってないねん…。

 

残念ながらオフのままやねん…。」

 

 

「そうなん?」

 

 

「うん。そうなんや。そのスイッチを入れるにはな。

 

ひな自身が頑張ることや。

 

ひなが図工を頑張って工作してたらな。手先の器用な曽じいじの力が開いてな。スイッチが入るねん。急に上手くなるねん。」

 

 

「へ〜!」

 

 

「そうやで。勉強を一生懸命頑張ってたらばあばの継続する力がな、ピカーって輝きだしてな。使えるようになるんや。

 

それだけじゃないんやぞ。曽じいじや曽ばあばの上には更に沢山のご先祖さまがいるやろ。

 

知らないだけでいろんな才能を持ってるんやで。それが全部ひなに流れてるんや。

 

ひなが努力するとそれが開くんや。凄いやろ。」

 

 

「うん。」

 

 

こうしてご先祖を讃え、それが流れている自分の命がいかに尊いものであるかを伝えました。

 

 

 

 

心理療法を通じて人を見てきた中で得た、非常に大切な真理の1つに、

 

どれほどご先祖を誇りに思えるかが、

 

どれほど自分自身を誇りに思えるかを決定づけている。

 

というものがあります。

 

 

人はいくら自分の容姿が良くても、学歴が優れていても、偉業を成していても、親やその先のご先祖を誇りに思えていないと、その血が流れている自分自身も誇りに思えないのです。

 

これは驚くべき発見でした。

 

 

自分を誇りに思えるように自分の長所や自分が成したことを数えるよりも、

 

自分の両親や祖父母やご先祖を誇りに思えるように捉え直した方が(人によっては恨みを癒やして和解した方が)ゆるぎない自尊心を得ることができるのです。

 

 

自分に流れている血に対する誇りこそが、ゆるぎない自己重要感の土台となるのです。

 

 

成した偉業も手に入れた学歴も、ことさらに持ち出す必要がないほどにナチュラルな自己重要感。

 

 

それは無意識に持っているご先祖への敬意と誇り、そしてその血統につながっている安心感から来るものなのです。

 

 

ですので、褒めて育てる子育て術も大切ですが、もう一方で親である私達がご先祖を真っ直ぐに讃え、

 

子供達もまたご先祖を尊敬できるようにつないであげることも大切なのです。

 

 

逆に親である私達が、その親(子供にとっての祖父母)や家系を恥じていたり、恨んだでいたり軽蔑していたりすると、

 

それは親である私達自身の自尊心を損なうと同時に、子供たちの自尊心をも損ないます。

 

 

これが心理療法が明らかにしてくれた法則の1つです。

 

 

学歴もあり実績も容姿も素晴らしいクライアントが、会社のプレゼンテーションの場で緊張でガタガタ震えてしまって、どうしても慣れていかない。

 

その緊張の改善のためにセラピーを進めていくと見えてきたのは、

 

クライアントは自分自身を恥じているのではなく、

 

アル中でだらしなかった父のことを恥じており、

 

その結果、父の血が半分流れている自分の存在を恥じており、

 

それによって「自分は人前に立つような立派な人間ではない」と、無意識に判断していたのでした。

 

 

彼がしなければならなかったことは自分を信じることではなく、自分の素晴らしさを探すことでもなく、

 

アル中にならざるを得なかったほどの重い運命を背負った父の心に寄り添い、それでも自分に命を繋いでくれたという一点において父への敬意とつながりを取り戻すことでした。(そのためには様々な感情を通過する必要がありました)

 

 

今回の対話で私がご先祖を褒め称えた時に見せてくれた、娘の真っ直ぐな喜び。くつろいだ表情。命のきらめき。

 

 

私たちはご先祖を祝福することを通じて、子供たちに揺るぎない自己重要感をプレゼントしてあげることができるのです。

 

 

これはパワフルなセラピーです。

 

 

皆さまも是非タイミングを見て、子供たちにご先祖のお話しをしてあげてくださいね。

 

 

【ポイントは以下です】

 

 

・ご先祖の生きた物語を聞かせてあげて、そこにある良き力を定義してラベリングする。(優しさ。自由さ。継続する力。耐える力。遊び心。明るさ。など)

 

・もしもとんでもないご先祖の場合は、リフレーミング(再解釈)を行う。(アル中で女遊びがすごかった=自由に自分の欲求に従う力、など)

 

・それがお前にも流れてるんだよ。備わってるんだよ。と言って祝福したご先祖の力と子供をつないであげる。

 

・努力して磨けば、その備わった才能がどんどん開いて行くと伝えてあげる。

 

 

以上です。

 

こうやって伝えてあげることで、

 

子供たちは自分の中から出てくる才能を楽しみに思いながら、自分の可能性を信じて健全な努力を積めるようになりますね。

 

 

そして、自分の中から出てくる新しい力を実感する度に、会ったこともない曽祖父ちゃんとの絆を感じたりするんです。

 

そのための種を植えたわけです。

 

 

なかなか素敵なプレゼントだと思いませんか。

 

 

******

 

 

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皆さん、こんにちは。

 

5月になりすっかり暖かくなってきましたね。

 

いかがお過ごしでしょうか。

 

私の方ではこの春、上の娘が中学生になりました。

 

ほんと早いですね。

 

クライアントさんの言うところでは、「中高校生になるともっと早く感じるよ」とのこと。

 

そう思うと、子育てなんてほんとあっという間に終わるんですね。

 

子供たちの瞬間瞬間の表情を取りこぼすこと無く、味わって行こうと思います。

 

 

上の娘は中学生になっただけあって、最近はもうすっかり反応が大人でテレビの恋愛ドラマなんかを好んで見ています。

 

 

「のん。のんも中学生になったな…。」

 

 

「うん。」

 

 

「ととな。のんが中学生になったら伝授しようと思ってたことがあるねん。」

 

 

「うん。」

 

 

「のんが中学生になる日を待ってたんや。やっと伝授できる日が来たわ。」

 

 

「うん。 なに?」

 

 

「ムーンウォークや。」

 

 

 

「うん…。ええわ…。」

 

 

って、「なんやねん! ツレナイ子か!」

 

みたいな感じで、

 

父からの絶妙なボールも打ち返さないという、冷たい感じになってます。

 

 

まあいいです。

 

 

僕にはぴーちゃん(ソラ)がいますからね。

 

 

 

最近、クライアントさんの何人かがセッションを終えた後に、

 

「先生、ぴーちゃん元気ですか?」って言ってくださって(笑)なんだか嬉しかったです。

 

 

元気にしてますよ。

 

肩に乗っけて書き仕事なんかしていると、時々手を伝って下りてきます。

 

 

で、「こらこら〜」とか言いながら肩に戻すときに幸せを感じるんです(笑)

 

まあ、なぜか僕はよく噛まれてますけどね…。

 

そんな日々です。

 

 

子供達も順調に大人になっていき、それぞれの友人関係や部活動に忙しくなっていっていますが、

 

でも、大人になって寝る時間が遅くなっているので、逆に会う時間は増えているかもしれません。

 

 

これまでは僕が仕事を終えて帰ってくると寝ていることが多かったのですが、今はまだ起きています。

 

大人同士として話ができるのも楽しいものですね。

 

 

昨日は初めての中間テストの勉強をするということだったので、

 

僕の仕事部屋にテーブルを持ってこさせて、一緒に勉強しました。

 

娘も僕と同じでLEDの光が苦手なので、その日はローソクをつけてあげました。

 

 

薄暗い火の元にいると精神的な空気感になります。

 

 

僕はPCで書き仕事をしていて、娘は理科の勉強をしていて、

 

タイマーをセットして一緒に15分集中しては休憩して、どうでもいい話しをして、また15分集中する。

 

それがなかなか良い時間で、

 

また人生にお気に入りの時間が増えた気がしました。

 

 

みなさん、こんにちは。

カウンセラーの佐原です。

 

今日は子供の教育と将来の幸福度について、カウンセリングを通して私が見てきたことをお伝えしますね。

 

努力するということが、ニュアンスを間違えると人生上のリスクにもなりかねないという、

 

ある意味で怖いお話です。

 

 

お子さんの将来をリスクに晒さないために、努力ということに対するこの微妙な勘所を掴んでいただけたらと思います。

 

それでは以下、どうぞ。

 

*****

 

 

「アリとキリギリス」という有名な童話がありますね。

http://hukumusume.com/douwa/betu/aesop/03/31.htm

 

夏の間にせっせと働くアリと、歌って遊んで今を楽しむキリギリスのお話です。

 

 

冬になると食料が無くなり、夏の間に働いて食料を保存していたアリさんはめでたしめでたしだけど、

 

夏の間遊んでいたキリギリスは食べ物が無くなって困り果ててしまうというお話です。

 

 

そして最後は「今、楽をしているなまけ者は、そのうち痛い目にあうというお話しです。」と結ばれています。

 

 

確かに教育の現場ではどちらかと言うと、アリさんのように生きることを良しとする傾向がありますね。

 

遊ばずに我慢して将来のために勉強するんだよ、と。

 

 

でも果たして本当にアリさんのように生きることは良いことなのでしょうか?

 

 

というのも、カウンセラーである私のところには、アリさんのように生きた人達こそが、「苦しい。助けて。」と訴えて来られるのです。

 

決してキリギリスではなく、です。

 

 

長い「うつ」から抜け出せずに助けを求めてこられるのは、アリさんのように生きた人達が多いのです。

 

そしてお話を聞いていくと、

 

ある種の「うつ」や人生の苦しみは、アリさん特有のこじれから来ていることに気づきます。

 

【アリさんの無意識の叫び】

 

アリさんのように生きた彼ら(彼女ら)の無意識の叫びを拾い上げるとすれば、それは次のようになります。

 

 

『私はこれまでずっと親や先生が言う通りにやってきた。

 

周りの友達が恋愛したり遊んでいる間も我慢して勉強して努力してきた。いつか私達の方が報われるんだ!って自分に言い聞かせながら。

 

良い大学に行き。良いところに就職して、あいつらを見返してやるんだって。

 

遊んでばかりいる子達を内心バカにしてすらいた。

 

でも大人になってみたら、高校生の頃に何も考えずに遊んでた子たちが、何も考えずに結婚して子供を産んで楽しそうに人生を謳歌している。

 

それに引き換え私は大した仕事にも就けず、自分のキャリアに納得がいかないから友人にも会う気になれず、恋愛もする気になれず低空飛行で。

 

そうこうしていたら30代になって、両親は「結婚は?」って…。

 

ふざけるな! お前たちがやれって言うから私は輝かしい青春を犠牲にして、お前たちが喜ぶから勉強して来たんじゃないか…。今さら結婚?

 

何言ってるの?

 

今のこの程度の仕事で満足して、結婚して普通に生きろって?

 

ふざけるな!

 

じゃあ、私の捧げた青春は? できたはずの友達とのショッピングは? 青春時代の恋愛は? どこに行ったの? 

 

お父さん、お母さん、私はあなたたちの言う通り我慢したよ? どうしてこうなったの?

 

私の中にぽっかりと空た喪失感。それを埋めるまでは前に進めそうにないよ。お父さん、お母さん、いったいどうして?

 

なんとか言ってよ…。』

 

 

彼ら(彼女ら)は、努力した分を返してくれない現実に納得が行かず、自分の現状を受け入れることができません。

 

それが、自分を正当に評価してくれない社会に対する恨みとなることもあれば、不甲斐ない自分への自己攻撃や後悔に向かうこともあれば、

 

勉強を強制した両親への怒りとなることもあります。

 

 

そして、これは全体的な傾向としてあるものらしく、次のような声も聞きます。

 

 

「大人になって周りを見てもみんなそう。

 

私と同じで高校時代に優等生で勉強を頑張って先生に気に入られていた良い子ほど、今、人生の迷子になっている。

 

努力したほどのものは手に入ってないし、親の期待には応えられていないし、だからと言って男の子とも上手く恋愛できないし。

 

どっちにも進めなくなってる。

 

どうしてですか? 真面目に頑張った私達がどうしてこんな目に会ってるんですか?」

 

 

本当に…。

 

いったい何が起こっているのでしょうか。

 

 

【教育を評価することの難しさ】

 

 

一般に、教育の成果を見るための時間軸はとても短く、

 

例えば、中学校の先生は生徒が良い高校に行けたら、ひとまずその教育は成功とするのでしょう。

 

高校教育では、生徒が良い大学に行けたらそれで教師としては評価されます。

 

ですが、私達カウンセラーが見るのは、もう少し長い時間軸であり、もっと包括的な人生の幸福度の方です。

 

 

30代になり、人生で何を手に入れて何を手に入れられなかったのか、ひとまずの結果が出て、

 

その結果に対して自分自身はどのように評価して、どのような不満を持っているのか、それを見せて頂くことになります。

 

 

更に、そのメンタルモデルが、どのような家庭環境や教育や理念によって作られたのかを見せて頂きます。

 

 

そうすると「良し」とされているアリさん的な生き方は、とても大きなリスクを孕んでいることに気付かざるを得ません。

 

 

それはつまり、

 

今を犠牲にして、未来のために頑張るというのは、

 

 

未来に「期待という大きな負債」を積み上げているとも言えるということです。

 

 

望む結果が得られればそれで良いのですが、それだけの犠牲を払ったならば、それなりの結果を手に入れなければ無意識は納得しません。

 

 

輝かしい今を犠牲にすればするほど、未来への期待は大きく膨らみ、それに応えなければならないプレッシャーは強くなります。

 

 

「これなら満足できる」というラインはどんどん高まり、

 

 

その子の未来は、その大きなハードルを超えなければならないという、重い期待によって汚染されていきます。

 

 

やがて月日は流れ、その子が「輝かしいはず」の未来に実際に足を踏み出した時、自分の得た職が非正規雇用であったならどうでしょうか。

 

 

キリギリスのように生きた人達であれば軽いものです。

 

「9時5時の仕事でこれだけお金もらえるの? 大人って凄いなぁ。頑張ろう。」

 

そして、まだ努力することに対して萎えていないために、そこから仕事面での努力を積んで前向きでいられます。

 

 

社会に出てつらいことがあっても、学生時代の輝かしい思い出の数々が今の自分を支えてくれます。

 

 

ですが、アリさんのように大きな犠牲を払った人達は、自分が非正規雇用しか得られなかった現実が受け入れられず、プライドが許さず、くすぶります。

 

 

ここまで努力した結果がこれなのかと失望し、

 

「返して!」「私の払った努力の分を評価して!」と無意識に社会に要求し、不満を抱き続けます。

 

あるいは自分の職業を恥じます。

 

 

その結果、違う職を探すことや、別の資格を取ることや、正当に評価してくれる職を探すことに意識が向かい、意識も行動も「ここではないどこか」に向かって彷徨い続けます。

 

ここでもまた今を取り逃がすのです。

 

 

そして「返して!」という思いは人に対しても同じで、「私の努力を見て!」「学歴を見て!」「私を評価して!」と無意識に自分の払った犠牲の分の評価を他者に求めてしまい、

 

その分だけ「重い人」となって逆に評価を落としてしまったり、簡単に言うと、嫌われるのです。

 

 

社会も周りも私を評価しない。

 

今になって親や周りは「過去のことは流して、地に足をつけて今の職場で頑張りなさい」と言う。

 

でも、そうしようと思っても、過去に払った私の犠牲が、「ありえたかもしれない輝かしい青春」が、今も私の後ろ髪を引っ張り続けている。

 

 

【リスクを理解することの大切さ】

 

 

以上、少し極端に書きましたが、これがアリさん的な犠牲的努力の結果として一定数の人達(全てではない)が経験している精神的な危機です。

 

 

でも、どうか勘違いしないでくださいね。

 

勉強せずに遊べということを言っているのではないのです。

 

努力をすることが危険だということでもないのです。

 

沢山勉強して沢山努力してください。

 

 

でもそれによって、

 

今を犠牲にし過ぎてはいけない。

 

ということです。

 

場合によっては今の全てを犠牲しなければ得られないような、高い目標に挑みたい人もいるでしょう。

 

それも1つの人生です。

 

ですが、そのような努力の払い方をすることは、未来に『期待という負債』を積み上げ、人生のリスクを高めているということは知っておく必要があります。

 

ハイリスク・ハイリターンの勝負をしているということです。

 

 

私達大人はそれを理解した上で、その子の適性を見て、犠牲だけに終わりそうな無理な博打を打っていないかを見てあげる必要があります。

 

 

元々勉強が好きな子であれば、勉強は犠牲ではなく、未来に負債を残しません。

 

そういう子にはたくさん勉強させてあげてください。

 

 

ですが、そうではない適性の子に、勉強の楽しさを教えることなく、ただ強制したり、

 

今を犠牲にして未来に負債を積むような極端な努力を強いてはいけません。

 

 

【キリギリスの生き方にある可能性】

 

 

今を取り逃がさずに社会から与えられたものを受け取り、楽しみ尽くすと人は自然に大人になり、それを卒業して、やがては得たものを社会に返す側の人間になります。

 

 

受け取ったものを借りとして背負い、その恩の重さからやがては返す側に回りたくなるような力動を『返報性の原理』と言います。

 

これこそが私達の社会を突き動かしている原動力です。

 

 

「私は社会からたくさんもらったから、お返ししたい。」

 

 

この返報性の原理が適正に機能している人を私たちは「大人」といいます。

 

そして、その受け取っては返す返報の流れが太く大きな人ほど、社会的な影響力が大きくなるので、

 

結果的に経済的にも豊かになる可能性が高まります。

 

 

つまり、今を取り逃がさずに受け取り楽しむキリギリス的な生き方は、その返報性の力を高める効果があるとも言えるのです。

 

適切に受け取り自分を満たせば、やがては社会に恩を感じ、与える側に回り、豊かになる可能性があるのです。

 

 

『たくさん楽しんだし、たくさん貰ったから私も社会にお返ししたい。』

 

というメンタリティーと。

 

 

『たくさん我慢したし、たくさん注いだから私に返して欲しい。』

 

というメンタリティと。

 

 

子供たちは日々の活動や勉強を通して、どちらのマインドセットを獲得して行っているのか。

 

そこは見てあげる必要がありそうです。

 

 

 

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家で書き仕事をしているとピンポーンとチャイムが鳴って、 

誰かと思ったら「◯◯と申します」と、近所のおじさん。 

「これ、のんちゃんの1年生から6年生までの。」と、写真を収めたCDを渡してくださった。 



近所の子供の名前を一人ひとり覚えて、いつも学校行事があると大きな一眼レフカメラで写真を撮ってくださってプレゼントしてくださるおじさん。 


ちゃんとCDの盤面にも娘の写真と名前がプリントしてある。 

「一度パソコンに取り込んでから見て下さいね。データが大きいので」と説明してくださり、 

「あ。◯◯ちゃんに会うことありますか? さっき行ったら留守だったので」と言われ、お友達の分も預かる。 


そしてお礼を言うと、丁寧に頭を下げてから次の人の子の所へと自転車をこいで去って行かれた。 


仏様や…。 


生き仏様じゃ…。 


あのおじさんは何人の子供たちの名前を覚えて自分の心に住まわせているのだろうか。 

おじさんのような温かく見守る意識が結界のようになってこの地域を守っている。 

この土地に感じるそういう朗らかな雰囲気が好きなんですよね。 

ありがたや~。ありがたや~。 

いつか僕らもあちら側にまわれたら良いですね。 
 

 

 

ここ2ヶ月は気持ちを新しくしようとひたすらに家とオフィスの断捨離を進めていたわけですが、

 

でも吐き出すばかりだとバランスしないもので、途中から何かを買いたくなるんですね。

 

より豊かな何かを取り入れたくなる。

 

吐き出した分のバランスを取ろうとする内側の力を感じます。

 

 

でも、断捨離を通して所有しないことの気持ちよさを知ってしまうと、新しく何かを買うのって勇気がいりますね。

 

以前より物を買うことに慎重になっているような気がします。

 

 

「本当にそれが必要なのか?」

 

 

「所有する心の重さという代償を払ってまで欲しいものなのか?」

 

 

そうやって厳しく吟味するようになった気がします。

 

そして、

 

そんな風に吟味に吟味を重ねた結果、

 

これは間違いなく人生を豊かにしてくれるだろうとの結論が出て、

 

ホームセンターコーナンで2480円で買ったのが…。

 

 

この子。

 

 

 

 

前々からものすごくインコに惹かれていて、仕事に疲れた時はYouTubeでインコの動画を見て癒やされていたのですが、

 

やっぱり飼いたいなと。

 

 

僕は言葉をしゃべらない、意思疎通が微妙な小動物とのコミュニケーションが好きなんですね。

 

ベランダで飼ってる金魚とか。

 

 

朝起きて、金魚に向かって「おまえさん達、おはよー」って声をかけて餌をやるのですが、なんかその感じとても好きなんです。

 

 

言葉が通じない相手に「おはよう」って言って一日を始める感じ。

 

これ、とても豊かな気持ちになるんです。

 

で、この子。

 

 

 

セキセイインコです。

 

触らせてもらって「買います」と伝えるとこんな箱に入れられて、

 

 

 

 

レジで「ぴ!」って(笑)

 

なんか凄いですね。

 

 

僕は「ピーちゃん」というベタな名前を付けたかったのですが、この子の青空のような色合いを見た娘が、「ソラ」というオシャレで散文的な名前を付けまして、

 

でも昭和育ちの僕と妻はついつい「ピーちゃん」と呼んでしまいます(笑)

 

 

 

ベタベタに馴れているわけでもなく、こっちに向かってくるわけでもなく大人しくて、でも触ってあげるとちょっと気持ちよさそうな顔をする。

 

しれーっとしているのに、時々ピヨピヨ言ってカゴから出して~っておねだりする。

 

このツンデレ感がたまりません。

 

 

家族みんながピーちゃんに夢中です。あ…ソラです。

 

 

 

リビングに行くと、小4の娘が言う。

 

 

「とと。あんな。ブルゾンちえみがな。こうしてな。こうしてな。ぷぷぷぷっ。

ほんでこうしてな。ぷぷっ。ほんでからこうしてな。」

 

 

って…、説明めっちゃ下手やな!(笑)

 

 

びっくりするくらいグダグダな上に自分で笑ってもうてるやん…、って思ったら可笑しくて、こっちも笑ってしまったのだけど、

 

 

お前のブルゾンちえみが面白い訳ちゃうからな!

 

うーん。

 

このニュアンス、日記で表現するの限界がありますね…(笑)