目を覚ました田中は飼い犬の散歩に行く事にした。
天気はとてもよい。さんぽ日和だ。
機嫌よく、犬をつないでいる外に行くとそこには驚きの光景があった。
田中の犬が立って歩いているのだ。

「これはどうした事か?!」

こんな芸をしこんだ覚えは無い。
テレビで直立して歩く犬は何度か見たことはあったが…
見ると田中の犬はそういった類の犬とは違い、ひざを高く上げ両腕を振ってまるで人間のように歩いている。

「いったいどうしたんだ、お前?!」

犬に話しかけてみるが返事が返ってくるわけも無い。
するとどうした事か、
少し上に目をやると一匹の猫が二本足で立ち、両手を広げてバランスを取り、綱渡りのように塀の上を歩いているではないか。

「これはどうした事だ!?これは夢か?」

田中はほっぺをつねってみたが、やはり夢ではなかった。
怖くなった田中は家の門を出ると、道を歩きながら通りに面した家の庭を覗いてみた。
すると、どの家の犬も猫も人間のように二本足で立っているのだ。
田中は怖くなり夢中で道を駆け抜け、近くの公園の砂場に行くと、ふちに腰掛けて頭を抱えた。

「なにがどうなってしまったのだ。誰かのイタズラか?いや、こんなイタズラができるわけが無い。ではなぜ・・・」

田中が一人恐怖におびえていると、誰かが後ろから近づいてくる気配がする。
後ろからだけではない。
右からも、左からも…
やがて、田中は自分が囲まれている雰囲気を感じ取った。

…恐る恐る顔を上げてみると
…前には大きな犬、
後ろには三毛猫、
左右には濃い色をした犬が仁王立ちし、腰掛けている田中を見下ろしていた。

ああ、一体世界はどうなってしまったのだ…
俺はどうすればいい…



少し考えると田中は決意したようにあごを上げ、
直立した動物達の中でゆっくりと四つんばいになった。










彼らは空から突然現れた。
「我々は宇宙人だ。大人しく地球をよこせ。」
そう言うと見たことも無い武器を取り出し、人や家に攻撃を仕掛けた。
人々は恐怖のなかで逃げ惑った。
各国の軍隊は総力を挙げて応戦したが、かなう相手ではない事は目に見えていた。
たった数十人の地球侵略者によって多くの人や動物が死に、残った者は息を潜め隠れて生き延びた。

絶望と恐怖の日々。
そんな中、とある無人島に逃げようという案が持ち上がった。
生存しているのはほんの数十人。
逃げ回っていてもいつかはつかまってしまう。
彼らは気休めにしかならない武器をもてるだけ持つと一台の小さなボートに乗り込みその無人島に向かった。


そこには外からは見つかり難い大きな洞窟があった。
彼らはその洞窟を居住地にすることに決め、武器を握り締めながら恐る恐る奥へ進んでいった。
洞窟の中は意外と明るく、お互いの表情が分かるほどだ。
500mほど進んだころだろうか、少し進んだところがまるでスポットライトを当てられたように明るくなっている。
もしかしたら、すでに宇宙人たちにこの洞窟までものっとられているのか?
リーダー格の男が息を殺して忍び足でその光の元のほうを覗き込むとそこにいたのは宇宙人ではなく自分達よりもひとまわり小さな人間が生活していた。

「地底人だ」

誰かが言った。
すると地底人の一人がその声を聞き、彼らに気づいて叫んだ。
「なんだあいつらは?!見たことも無い武器を持っているぞ。」
その声を合図に他の地底人たちも騒ぎ出した。

逃げてきた人間達は顔を見合わせたが、そこには同じ意思が生まれていた。彼らは持っていた武器で手近にいる地底人を打つと大声で叫んだ。

「静かにしろ!!我々は地上人だ!!大人しく地底をよこせ!!」




田中は病気だった。
余命半年。
医者にも見離され、身寄りの無い田中は一人小さな一軒家で貯金を崩しながら迎えが来るのを待っているのであった。
そんなある日、田中の家に一人の男が訪ねてきた。
「私、こういうものです。」
名刺を見ると、名前の横に鏡治療専門家という肩書きが書かれていた。
「なんだ、鏡治療とは?宗教の類だったらけっこうだ。私は残された人生を静かにすごしたいのだよ。」
男を追い返そうとすると
「いえいえ、宗教なんてとんでもない。私は言ってみれば医者なのです。聞くところによるとあなたはもって半年だとか。そこでこうして参上したしだいです。」
と男は言った。
「医者にはとっくに見離されてるよ。今さらあなたのような人が来ても何も変わらない。」
「では、お話だけでも。」
男は自信たっぷりな様子で田中に詰め寄った。
「よし、わかった。話だけでも聞こうではないか。」
全国の医者を回っても治らなかった病気がこんな胡散臭い男に治せるとは田中には思えなかったが、退屈しのぎにこの男の話を聞いてやろうと思った。
「ありがとうございます。では簡単に説明させてもらいます。こちらの鏡をご覧下さい。」
そういうと男は懐から小さな手鏡を取り出した。
「これがなんだ?」
「この鏡には今あなたの顔が映っています。」
「それがどうした?」
「はい。チョット失礼します。」
そういうと男は田中のほっぺたにマジックで丸をかいた。
「なにをする!?」
「少しご辛抱ください。今、私はあなたの顔に丸を描きました。鏡の中のあなたの顔はどうなっていますか?」
「無論鏡の俺の顔にも同じ丸が描いてある。それがなんだと言うのだ!」
「はい、失礼しました。」
そういうと男はポケットからハンカチを取り出し、鏡を覗き込んだかと思うと田中のホッペが写っているあたりをキュッキュと拭いて見せた。するとどうだ。田中のホッペに描かれていた丸もきれいに消えたではないか。
「これはどういうことだ!?」
田中は驚いた。鏡の面に映った自分のほっぺを拭いただけで現実の世界の自分のほっぺに描かれた丸まで消えたからだ。
「驚かれましたか?つまりこういうことです。鏡に映ったものは現実世界のものと一心同体。現実の世界の自分が右手を上げれば鏡の自分も右手を上げる。では鏡の中の自分に何らかの方法で右手を上げさせたらどうなるか?答えは明快。現実の世界の自分も右手を上げざるを得ないのです。今私が見せたのはまさに鏡の中のあなたへのアプローチが現実世界のあなたに影響を与えた瞬間だったのです。」
「これは驚いた事だ。」
田中は狐につままれたような気分だった。
そんな事が現実に起こりえるのだろうか?
「この技術はわが社が発見した特殊な鏡を用いたもので、まだ世に出てはいません。わが社ではこの特殊な鏡を使う事でさまざまな社会的貢献を果たしていこうと考えています。その一つとして医療への応用があります。鏡の中の人物に手術を施して、現実世界にいる本人を治そうというのです。」
「そんな事ができるというのか!?」
「はい、もう実験済みで、効果は100%。しかも安全です。」
「そうか、それなら是非手術してもらいたいものだ。しかし、高くつくのだろう?」
男はにっこり微笑んで続けた。
「実はあなたが初め不思議がったように皆さんこの技術を疑われる。そこでわが社では重病の患者さんをこの技術で治して宣伝する事にしたのです。調べさせていただいたところあなたは大変な重病を患っていらっしゃる。今手術をお受けになってくだされば手術代は無料にしましょう。あなたに生きる広告になってもらいその広告料で治療しようと言うのです。」
「生きる広告…」
生きると言う言葉に田中は反応した。
「わかった。是非お願いする。」
「そうですかそうですか。では、すぐに準備に取り掛かりますので。」
「今から手術するのか?」
「はい、もちろんです。準備は10分ほどで済みますし、手術にも何の危険もありません。先延ばしにする必要は無いでしょう。」
男はそういうとどこかに電話し、車を呼んだ。
そのくるまに乗って30分もすると着いた先はホテルの一室だった。
「こんなところで手術するのか?」
「はい。必要なものは手術用の特別な鏡とちょっとした工具だけです。鏡手術の一番の特徴はなんと言ってもこの手軽さ。患者さんはあくまでじっとしてリラックスしていただくだけでいいのです。」
「そうなのか。」
部屋に入るとベッドの横に全身が映る大きな鏡が置かれていた。その角度は数人の男達によって微妙に調節され、ベッドの上に人が寝ると全身が映るようになっている。
「ではココに寝てください。」
男はベッドに寝るように促した。
田中がベッドに寝ると、決して動かぬように言われ、早速手術が始まった。
一体どんな手術なのだろうかと思ってみていると、鏡に映った田中の体の輪郭を鏡の面にマジックでとっていき、その輪郭線に沿ってカッターのような道具で鏡の面を切り取っていっている。どうやらこの鏡は紙の様にうすっぺらいモノのようで大変スムーズに作業が進んだ。やがて輪郭がきり終わると、田中の体の輪郭に切り取られた鏡の面を周りにいた男達全員で静かに剥がしていった。そして全部剥がし終わると、今度は新しい鏡の面が運び込まれ田中の体の輪郭に切り取られた鏡の上にぺたっと貼り付けられた。
「よし!成功です。これであなたの病気は治りました。病気どころか体中新しいものに取り替えたので悪いところは何処も無いはずです。」
「そうなのか?たった20分の出来事だった。手術された実感もないな・・・」
「まだ信じられないのでしょうね。何日かたてば体が軽くなった事に気づかれるでしょう。
今日はもうお帰りになって結構ですよ。今からあなたの新しい人生の始まりです!」
「そうかそうか!いや、本当にありがとう。命拾いさせてもらった!」
「いえいえ、こちらもあなたに宣伝していただけば大きな儲けにつながりますから。また後日経過を伺いにあがります。」
男はそういうとさっさと片付けをすまし、帰って行った。
田中はのままホテルの部屋を出、タクシーを捕まえて家に帰った。
「俺はなんてついているんだ!こんな形で病気が治ってしまうとは!
それにしても、すばらしい技術だ!」
田中は生き返ったような気持ちで家のドアを開けた。
するとそこには、
何も無かった。
たんすも、テレビも、冷蔵庫も。
もちろん通帳や印鑑も。

全てが嘘だったのだ。田中は気づいた。
なんということだ。一人暮らしの家主をおびき寄せてその間に空き巣に入っていたのだ。
はじめに見せたほっぺの落書きを消すデモンストレーションもトリックだったに違いない。
がっくりしてリビングに行くと、そこには鏡だけが残されていた。その鏡には生気をうしなった自分の姿が映されていた。
犯人は黒い服に身を包んで逃走中だと夜のテレビニュースは伝えた。

洋子は仕事を済ませ帰路につく途中、電気屋のテレビでこのニュースを目にし立ち止まっていた。
レポーターは被害者の女性の名前をつげ、南町の周辺にいる人は犯人が逃走中だから気をつけるようにと報じた。

南町。今自分がいるのは南町ではないか。
早くココを離れなくては。
洋子は再び早足で歩き出した。
仕事でへまをしてしまいこんな時間までかかってしまったことを洋子は悔やんだ。

繁華街を抜けると人気の無い細い道になる。
街灯はあるのだが、やはり暗い。
このあたりはもう南町ではないが、やはり早く帰宅するのに越した事は無い。
洋子はいつの間にか小走りになっていた。

あと100メートルもすれば家というところで街灯の下に黒い服を着た男が立っているのが見えた。男は明らかに洋子を目で追っている。
そしてその男は洋子が目の前を通り過ぎようとするところで洋子に飛び掛った。
「きゃっ!」
「おとなしくしろ!!」
男はそうどすの利いた声で言うと、洋子を羽交い絞めにし胸ポケットから何か取り出そうとした。
洋子はそれに気づくと必至で抵抗した。
激しいもつれ合いのなかで洋子のハイヒールが男の足に刺さると男は
「あっ!」
と声をあげよろめいた。
洋子はその隙に男を突き飛ばし、持っていたハンドバッグで思いっきり男を殴った。
男は洋子の黒いコートの裾をなぞるようによろよろと地面に倒れた。



テレビではいまだ事件の報道をしている。
「犯人はプロの殺し屋の女のもよう。南町から東町へ逃走中。
今入った情報によりますと、追跡中の警官が手錠をかけようとしたところ、隙を見て持っていた鈍器で殴り、いまだ逃走中です。」












田中の前には大きな壁が立ちはだかっていた。
田中には自分の力では越える事ができないように思えた。
「やっぱりあきらめよう」
あきらめて引き下がろうとすると田中のふた周りは年上であろう初老の男に声をかけられた。
「この壁を越えないとお前のしたいことは何もできないぞ。」
男は言った。
「それは分かっているのだが、やっぱり俺には無理そうだ。」
田中は答えた。
「私も何度となく壁にぶつかったよ。そしてその度に逃げ、立ち向かおうとしなかった。いまの私が君にはどう見える?成功して優雅な人生を送っているように見えるかね?」
男はそう言うと田中の肩をぽんと叩いた。
「逃げてばかりいては前に進めないか。」
田中はつぶやくように言った。
そして決意したように空を仰ぐと夢中で目の前の大きな壁に上りだした。やはりこの壁は大きすぎる。上ってはずり落ち、上ってはまたずり落ちた。手足は擦れ血がにじみ出てきた。だがいままでこんなに必至に何かに取り組んだ事があっただろうか?
田中はすがすがしい気分にさえなった。

パンという大きな音と同時に田中の挑戦は終わった。
銃で撃たれたのだ。

刑務官がかけよる。
「全く、真昼間から脱走とは、何てヤツだ。」
田中がとある繁華街から少し外れた静かな道を歩いていると

大盛りランチ、30分以内に完食できたら賞金10万円

という看板を出している定食屋が目に入った。
「ちょうど腹が空いてしかたがなかったところだ。ちょうどいい」
田中はその店に入ると看板にあった大盛りランチを注文した。
「本当に30分以内に食べきったら10万円もらえるのだね?」
「はい、本当です。ただし、刺身一切れでも残したら大盛りランチの正規の料金、5000円いただくことになっております」
「よしわかった。私はいまたいそう腹が減っている。どんな料理でももってこい」
運ばれてきた大盛りランチなるものを見ると、なるほど、大盛りのご飯に大きなコロッケ、五人前はあろうかと思える刺身の盛り合わせが並んでいる。
はじめは軽快に食べすすんでいた田中だったが、さすがに賞金10万円と言う事だけある。
結局田中は半分食べたところで腹に違和感を持ちながらギブアップしてしまった。


閉店の時間を迎え、客の食べ残した残飯を食べられそうなものと捨てるものに分けながら定食屋の店主はつぶやく。
「どうせ捨てなきゃならない残飯をかき集めて客に出すとは、全くいい商売だ。量が多いだけでなく、古いものを使っているから食べきる客は滅多にいないしな。例え古いモノにあたって腹を壊しても客は食べ過ぎたのだと反省はしても恨まれはしない。全くいい商売だ。」