******研修医MASAYA****** -5ページ目

13) SUGAR DADDY

(1)


朝7時目覚ましの音で起床する。今日も暑い日になりそうだ。
産婦人科病棟でのBSTにも慣れてきて患者さんとも平気で会話が出来るようになってきた。
勉強会も順調に進み、後半は夏休みの話題で花が咲く。
私も行きたくない訳ではないが、予定がいろいろと入っていて皆にあわせることが出来ないだけなのだが、どうしても理由を話すわけにはいかない。
チラッと雨宮を見ると何食わぬ顔でいる、心なしかいつもより静かで生意気さが取れているようだ。
5時頃、バイトを理由に早めに帰ることにした。
今夜は千香さんと食事に行く約束になっている。
彼女にはボトルの売り上げに貢献して頂いているので、今夜は私が夕食を御馳走する約束をしていた。尤も、千香さんだけでなく他のお客様にも同じように自分の方から招待することは時々している。

店はテレビでも紹介されたことのある、裏参道駅近くの「アロラブッシュ」に予約を入れておいた。
白のチノパン、紺のポロシャツに麻の薄いジャケットを身につけ、お気に入りのアルマーニのサングラスをかけ彼女を迎えに行く。
彼女はシックな感じの薄紺ワンピースに白のハイヒールで待っていた。
「今夜は姫をお迎えに上がりました」と軽い冗談を言うと、彼女も嬉しそうに車に乗り込んできた。
その後は軽いお喋りをしながらSLKを走らせる。

彼女が勤めているのは佐東病院といい、ベッド数が220床もある総合病院。
そこの手術室に勤務し主に手術の器械出しをしているとのこと。
伊東院長は以前よりマンションを借り、女子大生のパトロンになっているそうだ。
あまり興味はないのだが、病院長ともなるとそんなこともできるのかと思った。

暫くしてエンデの作品を模した旗章が見え、レストランアロラブッシュに着く。
外観は、石積みの外壁に円錐形の屋根、半円状の車寄せなどもある古い洋館を改築して作られ、近くにレストラン「ルノワール・ディノン 」がある。

ウェイターに案内され窓際のテーブルに着く。
今日の彼女はこちらが招待したこともあり、少し緊張している感じである。
料理が順に運ばれ楽しく会話をしながら食事をしていると、中年のやや小太りの男性が娘くらいの女性と一緒に入ってきて、こちらからは一番離れた壁際のテーブルに座った。
親子だろうと思っていると、彼女も横目で見て、「あれが院長と例の彼女よ」と小声で教えてくれた。
こんなところで出会うとは、なんと世間は狭いものだ。
院長からはこちらが見えないが、彼女の顔はよく見える。
小柄ではあるがとても可愛い女性である。
彼女は笑顔で院長とお喋りをしている、端から見れば親子と思われても不思議ではない。
(彼女の顔は何処かで見たことがあるような気がするが、何処なのかどうしても思い出せない。少なくとも業界ではない。女子大生というのだから何処かの大学なのだろう。これまでにいくつかの大学祭に参加したことがあるので、その時かも知れない。佐東・・・サトウ・・・砂糖・・・シュガー・・・sugar-daddyか・・・)
などと独り言を呟いていると、千香さんの声で我に返る。
「どうしたの?」
「え?、いや、何でもありません」
「知ってるの?」
「全然知りません、あの方が院長先生なのですね。中年にしては割と格好良く見えますね」
「そうね、良い方だと思うわ」
この時、千香さんも院長と仕事以外に何らか関係があった、または有るのかも知れないと感じた。
6時半から8時半までゆっくりとフランス料理を楽しむことができた。
(味はまあまあというところか)
今夜は夜勤が有ると聞いていたので、寄り道をしないでまっすぐマンションまで送る。
車を降りる時、彼女がお休みのキスをしてきた。
「今夜はここまでにしてね、このまえは、体中の力が抜けてしまい、準夜勤務が普通にできなかったもの。今度は勤務のない日にお願いね、オ・ヤ・ス・ミ!」
「ええ、分かりました。おやすみなさい」
少し欲求不満な気持ちで自分の部屋に帰る。

(2)

この数日で、新しい事実を随分知ることができたことが収穫である。
明日はアカデミア出勤なので、今夜は少し勉強しておこうと思い、早速、机に向かい、「イヤーノート」をパラパラとめくりながら忘れている事柄の拾い読みをする。
この本の特徴は、要点が1冊によくまとめてあり、過去問題に関する事項はほぼ網羅されている点だ。特に少ない時間で勉強するには効率的な参考書である。

勉強をしながら院長と一緒にいた女子大生のことを思い出す。
(あれだけ可愛い子が中年の院長に囲われているとは信じられない。そんな事しなくても良いとは思うが、何か訳があるのだろう。尤も、自分も似たようなもだし、決して悪いことをしているとは思っていないし、他人のことをとやかく言う資格はないけど・・・。)
来週月曜日から雨宮に付き合って勉強する事も気になっている。
(彼女が自分に好意を持ってくれるのは判るが、それは、表の真面目な医学生としての自分に対してなので、自分の裏の姿を知ったらそんなことにはならないだろう。何せお嬢さんは・・。どうしようか、思い切って・・・)
(8月には、フランスへボディーガードとして吉岡様に同行することも考えておかないといけないし・・・。パスポートも準備しておかないと・・・)
時々、色々なことが頭をよぎる。
外科と小児科の去年の問題を解着終わったので寝ることにした。

いつもどおり目覚ましで起床。薄曇りでやや蒸し暑い。
ノーブランドのジーンズに綿のシャツ、ダサイ眼鏡にスニーカー、いつもの姿で、犬塚駅から環状線に乗り込む。
電車は相変わらず混雑している。
地味な背広を着た中年サラリーマンはうつむき加減で、朝から疲れたような顔をしている。それに反して若いOL女性達は元気そうに見える。
女子高生などは人前で化粧を念入りにしているし、携帯でメールを打つのに夢中である。
横目で電車内の人々の顔を観察するのは楽しい。その姿、行動からその人の私生活がどんなものかを想像する。患者さんの心理を読む練習にもなるし、お客様の気持ちをくみ取る練習にもなる。日常全てが勉強だ。
駅を降り、歩いて大学のキャンパスにはいる。
BSTで産婦人科病棟に行くにはまだ時間があるので、医学部生協の書籍部に立ち寄る。
生協の人が丁度来て入り口をあけたところだった。
「おはようございます」生協のお姉さんが挨拶をする。
「おはようございます、メジカルビュー社の国試画像ファイナルアタックあります?」
「入ってるわよ」
「ありがとう」そう言って中に入って立ち読みをする。
(判りやすいな、軽見沢に持って行こう、7千円弱もするのか)
支払いを済ませ、新しい本をバッグに入れて病棟に足を向けると、後ろから「おはよう」と雨宮の声が聞こえた。
「おはよう」少し元気な声で返事をする。
「何買ったの?」
「これさ」先ほど買った本を見せる。
「その本ね、分かりやすいって評判よ」
「持ってるの?」
「まだ買ってないわ」
「そう」ちょっと安心した。
「今度これ持って行こうと思ってさ」
「見せてね」
「勿論、そのつもりさ」(しまった、余計なことを言ってしまった)
「へー、やっぱり優しいんだ。思った通りね」
「よせよ、別に雨宮のために買ったんじゃないよ、自分が良いと思ったから買ったんだ」
「いいの、いいの気にしないから。でも楽しみだわ、眼鏡なしでちゃんと来てよ!」小声で囁いた。
「でも、お母さんにはなんて言うんだ?」
その時他のメンバーがやってきたので会話は中断した。

いつものようにBSTは終了。
明日はBSTも講義も休みになり、一日早い夏休みなった。
勉強会はいつものように生協の二階の小会議室で行われる。
いままで、遊んでいた連中もだんだん勉強に取り組み始めている。
まだそんなに真剣にならなくとも良いように思うのだが、やはり国家試験に落ちると、医学生は企業に就職もできず、「人間になれない、早く人間になりたい!」とあたかも妖怪人間みたいな立場になるので、どうしても力がはいるのだろう。
今夜はアカデミアの出勤日なので、雨宮に捕まらないよう早めに引き上げた。

午後8時アカデミアに出勤すると、吉岡様から指名が入っていた。
同僚ホストのヘルプをして、吉岡様を待つ。
一時間ほどして、来店される。
早速用意してあったテーブルに御案内する。
いつものように「どう、勉強すすんでる?」と聞いてくる。
「ご心配なく、真面目にやっています」
「お店の売り上げは?」
「おかげさまで、クビにはならないようです」
「バイトにしては売り上げ良い方じゃないの?最近、マー君の指名が増えたって店長言ってたわよ。」
「吉岡様のおかげです」
「仕事以外の彼女出来た?」
「いいえ」
「ほんと?まあそれは良いとして、8月の15日から一週間私に付き合ってね」
「分かりました、準備しておきます」
その後はいろいろお喋りやダンスのお相手をする。
チークダンスをしていると耳元で
「これから、一緒に帰らない?リシャールを一本入れるから」と囁いた。
「はい、お供します」
店長に一言伝え、吉岡様と一緒に店を出て彼女のマンションに向かう。

12) 産婦人科病棟

アブラゼミの暑苦しい鳴き声で目が覚める。
夏休みも目前に迫っているので休講が多くなる。
BSTも今週で今期最後だ。
産婦人科病棟にて入院患者さんの病気の勉強をさせて頂く。
私が担当させていただいたのは卵巣腫瘍と習慣性流産の患者さん。

産婦人科病棟は気楽には入ることができない雰囲気がある。
パジャマやネグリジェ姿のご婦人が歩いてみえるので、どうしてもこちらの方が気恥ずかしくなる。しかし白衣を着ているので患者さんは全く気にしていない。
カルテを見せていただき、病歴や検査データ、治療方針、現在の経過などをノートにまとめていく。ここまでは患者さんの姿がないので気が楽であるが、主治医の先生について病室に入り診察させていただく時はやはり緊張する。
我々は各人担当する患者さんが異なるので、後からお互いに情報交換をして勉強する。

雨宮は子宮癌の患者さんと妊娠中毒症の患者さんを担当していた。
産婦人科は個人的には苦手な科である。健康な女性は平気なのだが、病気の女性に対しては、どうしても感情移入してしまう。
そのほか、苦手なのは泌尿器科である。というのも医者として引退するまで、一生人の股の間で仕事はしたくないからだ。

夜、自分の部屋で、仲間の為にまとめを作る
1.習慣性流産の原因としては、染色体の異常、子宮の解剖学的異常、内分泌疾患、自己免疫疾患などがある
2.染色体の相互転座や、逆位などの染色体異常についてはどうしようもない。
3.子宮の解剖学的異常としては、双角子宮、単角子宮、中隔子宮などの子宮奇形や子宮筋腫、子宮腺筋症)、子宮腔癒着症などがある。
治療は、外科手術で、子宮を正常な形に整復したり、癒着を剥離したりする。
4.次に黄体機能不全、高プロラクチン血症、甲状腺機能異常、糖尿病などがあると流産しやすい。黄体機能不全の治療は、ホルモン補充療法などがあり、高プロラクチン血症ではプロラクチンの産生を抑制する薬を使用する。
5.自己免疫異常では抗リン脂質抗体症候群が有名で、抗カルジオリピン抗体や、LA(ループスアンチコアグラント)などの抗リン脂質抗体が悪さをして、胎盤内の血管に血栓を作り、胎盤内の血液循環を引き起こし、流産や子宮内胎児発育不全をきたしたりする。
治療については、血栓形成の予防が中心で、抗凝固療法としてステロイド療法やアスピリンの内服療法、ヘパリンの点滴などがある。
6.その他が半分くらいある。
胎児を異物とみなし、母胎が異物と認識し拒絶反応をきたし排除してしまうなど言う説がある。(これは何となくあたっている気がする)
その治療として、夫のリンパ球を配偶者の皮内に注入する方法があり、1割には有効であるとの報告がある。

こんなことをしていると、免疫学的な相性も子孫を残すためには必要であり、結婚前に子供ができてから結婚・入籍するのが良いのではないかと考えてしまう。
さらに「性格の不一致が無い」ことだけでなく、「性の不一致が無い」ことも婚姻継続のためにはには重要な要素だなどと不謹慎なことをついつい思ってしまう。

BSTの間、雨宮は来週のことは一言も言わずにいる。
勉強会の帰りに携帯に雨宮から連絡が入った。
歩きながら話を聞く。
「ねえねえ、来週は眼鏡なしで来てね。そうすれば誰かに見られても赤城君と思われないでしょ?」
勝手なこと言ってきたなと思ったが、素顔を知られているので断る理由もないので了承するしかなかった。
(ほんとにお嬢様は自分の都合で相手を動かすのだからしょうがないなぁ、嫌いなタイプじゃないのだがお嬢様だからなぁ。心に残っている女性がほかにもいるしこまったな)
などと帰る道すがら一人思いにふける。

今日は水曜日、美登里ちゃんの家庭教師の日。
いつものように犬塚駅近くのコンビニでおにぎりとお茶を買い部屋に帰る。
家庭教師用の服装に着替えて歩いて美登里ちゃんのマンションに行く。
いつものように夕食をいただき美登里ちゃんの勉強をみる。
夏休みも近く彼女も勉強に身が入ってきた。
数学と生物と化学の質問を受け解説と解法のテクニックを伝授する。
彼女は明るく真面目な性格なので教え甲斐がある。
8月12日は彼女の18才の誕生日、何かプレゼントを用意しておかないと思っている。 勉強が済んでから、彼女の母親に来週の月曜日と火曜日は大学の勉強会で軽見沢に出かけるのでお休みをいただきたいと申し出ると、美登里ちゃんが
「いいなあ、私も軽見沢で先生に勉強教えて貰いたいなぁ。ママ、軽見沢に行こうよ。いいでしょ?」
「何言ってるのよ、先生だってお忙しいのだから我が儘言わないこと!先生のご都合が良ければパパの会社が持ってる別荘が近くにあるから何とかなると思うけど、先生、やっぱり無理でしょ?」
「大学の勉強合宿があるのでなかなか日程が取れません、今は保留と言うことにしていただけませんか?申し訳ありません」
「じゃあ、全然駄目と言う事じゃないのね?」
「美登里ちゃん、日程が取れたら教えるからそれまで一生懸命勉強しようね」
少しすねた表情をしたが、会社の別荘が近くにあると聞いてホッとした表情を見せた。
なんとか美登里ちゃんとお母さんの攻撃を失礼の無いようにお断りできて一安心して帰る。



自分のマンションに帰る道すがら午後10時になると言うのにまだセミの鳴き声が聞こえる。
蒸し暑い夜だ、月は南東の空に満月に近いので夜道もそれほど暗くない。
時々、笑い声を発しながら通り過ぎていくアベックとすれ違う。
人目の付かない暗いベンチに座ったアベックが抱き合いキスをしているのを横目で見ながら早足で通り過ぎる。早足はいつもの癖でゆっくり歩くことはほとんどない。
時間に追われる生活を続けてきた哀しい習性である。

明日は木曜日、午前はギネのBST、午後3時から勉強会の予定。
内科の過去問、特に腎疾患のところをが担当になっていたことを思い出し、急いで部屋に戻りシャワーを浴びる。
ダイエットコーラを大きめのグラスに注ぎ机の上に置き、ノートパソコンを立ち上げ、ワープロソフト医事太朗を開き、問題集の解説に出てくる疾患を腎臓病の専門書を参考にしながら、急性糸球体腎炎、慢性糸球体腎炎、間質性腎炎、急性腎不全、慢性腎不全の原因、病態、症状、検査所見、治療法について簡潔にまとめていく。

大雑把に言えば腎臓は全身を巡る血液がここで、不要な物を捨て、必要な物を再吸収する臓器なのだが、生命維持に必要な体液の酸塩基平衡を肺と共に調節しあう重要な役割を果たしたり造血ホルモン産生にも関与している。
腎臓は尿細管の役割を理解しないと混乱する臓器であり、近位尿細管、ヘンレループ、遠位尿細管では役割がぜんぜん違う。
糸球体では基底膜の荷電状態がタンパクの透過性に関わっている・・・・
などと、小難しいことをどんどんまとめていく。

ふと時計を見ると午前3時近い、急いでベッドに潜り込み眠ることにした。
勉強した後は妙に頭が冴えてくる。
寝つけないので、雨宮のことをどうしようかと考えていると急に下腹部が痛いくらいに硬くなってきた。(そういえばこの数日間はご無沙汰だった)と思いつつ急いで処理をする。
急に睡魔が襲い心地良い眠りに落ちていった。

11) クラブKEI


{1}

タクシーは華芙貴町に向かっている。
「お元気そうでなによりです、お店は上手くいっていますか?」
「ええ、お客様には弁護士や会計士、お医者様が多いので割と順調にいっているわ。」
「そうでしょうね、昔からお綺麗だったし、経理もやってみえたのでその点は大丈夫ですね。他の女の子の面倒もよく見ていましたし。頭の良い方でしたから当然と言えば当然だと思います。」
「ずいぶん口がお上手になったものね。成長したわね。」
「そんなことありません、まだまだこれからだと思っています」

大通りでタクシーを降り、引かれるままに繁華街の中を進む。
(この華芙貴町に恵子さんのお店があるのか、どんな店だろう)
大衆キャバレー太丸の角を右に曲がり50mほど進んだ所で立ち止まり。
「ここが わ・た・し・の・お・み・せ」と少しふざけて教えてくれた。
「クラブKEI」
こぢんまりとはしているが、洒落た店構え。大衆的でもなく、かと言ってゴージャスな感じでもない。
上品な感じのする会員制クラブである。


店内にはいると、ママ(これから恵子さんをこう呼ぶ)はママの来るのを待っている客のテーブルに歩み寄り笑顔見せながら可愛らしい口調で
「遅れましてごめんなさい」と挨拶回りをした。
カウンターの中のバーテンダーに耳打ちしてから、私を紹介し一緒にカウンターの中で手伝いをしている素振りをするよう話した。
その後、恵子さんは着替えのため奥の更衣室に入っていった。


バーテンダーの見習いもしていたので、とくに緊張することもなく自然体で立つ事ができた。
店内はグリーンやブルーを基調とし、カウンターは10席、4人から8人掛けのボックスが5つある。店の女の子は6人いた。
暫くすると、ドアが開き、一人の割と綺麗な女性が入ってきた。
「いらっしゃいませ」と挨拶すると
その女性は、微笑みながらじっと私の顔を見る。
「マー君?」
「はい」思わず昔の愛称を呼ばれ返事をしてしまった。
懐かしい顔が思い出され「エリさんですか?」
「そうよ、驚いた?今ね恵子ママから連絡があったの。思わず店から出てきたわ」
「すみません」
「何緊張してるの?、心配しなくて良いわ。今お店持ってるし、結婚して子供もいるの」
「そうですか・・・」
「マー君大学合格してたのね、医学部だって?すごいわ。私の秘密の宝ものだわ」
「ありがとうございます。その節は本当にお世話になりました」
「まあ、ほんとに立派になったのね。しかもホストもやってるなんて嬉しくなっちゃうわ」
「この世界が忘れられなくて、エリさんのことが心の隅に残っていたように思います」
「嬉しいこと言ってくれるわね、口も上手になってるし、きっとあっちも上手になってるでしょう?直ぐ上手になったもの、ふふふ・・・」
「まあ、早かったのね」後ろからママの声が聞こえた。
「驚いたでしょう?エリちゃん貴方のこと心配してたもの、確認できたから直ぐ連絡したの」
「ありがとう、本当に驚いたしとっても嬉しいわ。」
「エリさん?もうお店へ戻らないといけないでしょ?また別の日にゆっくりとお話して頂戴。今夜は暫くここに居て貰うから」
「ママありがとう、じゃあ失礼します」
「マー君、そこまで送って行って?」
「わかりました」
二人でドアの外に出るとエリさんは私の首に手を回して顔を近づけてきた。
自然と昔と同じ濃厚なキスをした。彼女も応えるように昔と同じようにした。
「昔より、やっぱり上手になってるわ。ここでお別れね」
彼女は表通りに向かって小走りに去っていく。
ぼんやりと彼女の後ろ姿を眺めていると、見覚えのある中年の二人組が近づいてくるのが見える。
急いで店内に戻り、カウンターの中に入ると同時にドアが開きその中年二人組が入ってきた。



{2}


二人の中年男性は良く知っている泌尿器科の石黒教授と皮膚科の伊自良教授だ。
二人ともすでにアルコールがまわっていて上機嫌な様子で、店に入るや否や「ママはいるか?!」と声を上げる。
ママは直ぐに二人のところに走り寄りより、隅の方のテーブルに案内した。
女の子も二人がそのテーブルについた。

二人の教授は上機嫌で女の子の肩に手を回している。
大学では威張り散らし、学生には厳しいことで有名な二人の教授は、ヘラヘラしながら自分の娘くらいの女の子の肩を抱き膝をさすり、時々膝の中に手を入れる。
「やだー、先生そんな事したらおかしくなっちゃう」
女の子が黄色い声を出すのを楽しんでいる。
女の子も大事な常連客なのである程度までは我慢しているが、それ程嫌がる風でもなく、声だけは厭がる素振りを見せている。
泌尿器科教授の石黒がニタニタしながら
「ママ、俺の彼女にならないか?これからもずっと通うし、何なら面倒も見るぞ」
「ご冗談ばかり、大学教授の先生が私みたいなおばちゃん女を口説くなんて可笑しいわ」
「ははは・・冗談だよ。でもたまには付き合ってくれよ」
(なに馬鹿なこと言ってるんだ。俺達学生には品性だとか医師としての誇りと医療に対しての敬虔な気持ちを持てと説教しているくせに・・・)
カウンター越しにグラスを磨きながら素知らぬ振りで、教授達の会話に耳を傾ける。

皮膚科教授の伊自良が
「先生、今度の第二内科の教授選考で用宗助教授が立候補しているがどう思う?」
「ああ、彼か。彼は実力はあると思うが今ひとつ我々に協力的でないし、留学といっても3ヶ月の短期だろ。海外論文も移植病理という最先端ではあるが今ひとつ内容がマイナーだ、まあ無理だろう」
「やはり、同じ意見だね、学生には人気はあるが、ちょっと生意気なところがある。人気取りのようなパフォーマンスが鼻につく。実家も蕎麦屋のようだし、一族に医者は一人も居ない。一匹狼では教授にはなれないだろう」
と石黒教授がニタニタしながら講釈をぶっている。
石黒教授は隣の女の子の胸を触りながら耳元で何か囁いている。
女の子も少し嫌がる様子をしながら笑顔を作って頷いている。
回りに見えないように手をスカートの中に入れ動かしているようだ。
俺はムッとしながら(なんて奴だ、ここはお触りバーじゃないぞ!)
恵子さんの方を見ると半分諦めた様子でいたが、思い直したように、教授の横に座り
「先生、そんなこと若い子には毒よ」と言って、スカートの中の手を引っ張って自分の胸に持ってきた。
俺は思わず咳払いをした。
石黒教授は俺の方を見て、「ママ、若いバーテンダーを雇ったのか?」
「ええ、ちょっと頼まれて見習いに入ってもらったの。気の利く子よ」
「ママのツバメじゃないのか?」
「そんなこと無いわよ、知り合いに頼まれただけよ」
「おい!君」
「はい」
「君は若いのだから、そんな仕事をしないでもっと役に立つ仕事をしろよ。」
「はい」真面目な顔をして少し微笑み返事だけする。
「だいたい、今の若い奴は苦労を知らない。楽に稼げる仕事ばかりしたがる!君も勉強して何でも良いから資格を取ってみろよ!ははは・・・まあカスには無理か」
「先生そんなこと言っても無駄よ、彼は・・・」
俺は焦って「ママ、このグラス何処にしまったらいいですか?」と口を開き、ママがそれ以上俺のことを喋るのをとめた。
目配せしてそれ以上言わないで欲しいと伝えると、ママもすぐに判ってくれたのでその場はそれで収まった。
石黒教授は恵子さんの胸を触りながらまた伊自良教授とぼそぼそと話し始めた。
一時間ほどして二人の教授は上機嫌で帰っていった。
見送った後恵子さんは俺の所に来て
「ごめんなさい、あんまり非道いこと言い始めたので・・・」
「いいです,判ってます。でも俺なんかのことかばうこと無いです。今はバーテンダーでしかありません。それでいいです。恵子さんこそ女の子をさりげなく救っていたでしょ?いいなぁ。恵子さんは、ほんとにいい人ですね。いい勉強になりました。」

触られていた女の子も俺の所に来て
「医者ってほんとに変なのが多いでしょ?あれで教授なんだって!何様だと思ってるのかしら。」
「そうだね、変なのが多いと思うよ」
「ねえ、ママが言いかけたけど、貴方何か他に仕事してるの?」
「いや、この業界の仕事だよ」
「ふーん、客あしらい慣れてるみたいね」
するとママが「この子はね、学生アルバイトホストなのよ」
俺はすぐ、ママに医学生であることは喋らないように耳元でお願いした。
「へー、学生のホストなの、バイトでやってるのね。何処のお店?」
「アカデミアって言うんだ。知らないと思うけど」
「聞いたことあるわ。料金もそんなに高くないし。頭が良くって割と格好いいのが揃ってるって評判のお店でしょ?」
「ありがとうございます、もし興味があったら指名して下さい。雅哉と言います。」俺は名刺を差し出した。
「ママ、宣伝して申し訳ありません。つい癖でやってしまうので」
「いいわよ、私も時々顔を出して指名してあげる、この子も連れて行ってあげるから」
「そんなことして頂かなくても十分です、私の方こそ時々こちらへ遊びに来させて貰います。卒業したら仲間を連れて来ます」
「ありがとう、楽しみにしてるわ」
「ママ、エリさんに宜しく伝えておいて下さい。エリさんもお忙しそうですのでまた今度ゆっくりとお話ししたいと思います。お店も判ったので今度連絡します」
「そうね、伝えておくわ」
俺は急いで店を出てタクシーを拾いアカデミア近くの駐車場に戻り、今日のことを思い出しながらSLKを走らせる。
威張り散らしている教授二人が陰では馬鹿なことをしている事を知り、これからが楽しみになった。

部屋に戻りいつものようにシャワーを浴びてのんびりしていると、携帯が鳴った。
雨宮の声がする
「赤城君、予定通り来週の月曜日いいわね」
「ああ」
「なによ、気のない返事して!女性の誘いよ嬉しそうな返事をしなさいよ!」
「ごめん、初めてのことだからどんな返事がいいのか分からない。雨宮はお嬢様だから俺みたいなものと一緒にいる所を見られるとまずくないか?」
「そんなことないわ、同級生だもの。ママも赤城君のこと気に入ったみたいだし」
「おいおい、そんなこと勝手に決めるなよ。分かったから何処で待てばいい?」
「赤城君は?」
「いつもの犬塚駅がいいな」
「また?」
「分かりやすいだろ?僕の所には車では入って来れない」
「じゃあ約束よ。朝9時に迎えに行くわ」
「うん、分かった」
俺はホッとして携帯をたたんだ。
ベッドに入ってからも、雨宮をどうしようかあれこれ考えているうちに眠りについた。