7) 謎の女性 須磨
入り口の前では空いている者が2,3人交代で来店されるお客様をお迎えすることになっている。
私のあとにはT大経済学部の峻が代わりに入った。
高橋由美は冷めた表情で、一緒に来た二人がヒロシ、峻と楽しそうに話しているのを見ている。(高橋はあの二人に誘われてきたようだな)
ちらっと高橋由美の方を見てから、私も入り口の外に出て吉岡様の来店を待つ。
通行人が時々こちらを見ている。興味ありそうな表情をした女性や、明らかに嫌悪感を持っている表情をしている人たちもいる。
興味あり気にこちらを見る女性があれば、軽く手を振り笑顔を見せる。
小走りに駆け抜ける若い女性もいれば、上から下まで舐めるように見ていく中年のご婦人もいる。通りには、喜びや悲しみを胸に秘め、いろいろな人たちがそれぞれの過去と現在の思いを引きずり歩いている。
ヒロシは次のお客様のお相手をしていたので高橋由美達3人のことは聞くことはできなかった。
吉岡様のおかげで予定の売り上げを軽く達成したので同僚のヘルプに入る。
店長からS大の裕哉のヘルプに入るように言われる。
ボックスでは、裕哉が一人で二人のお相手をしていた。
一人は裕哉を指名している常連の女性、一緒にいる女性は落ち着いた感じのする水商売風の女性である。光沢のある濃紺の半袖のワンピースに藤色のレースのカーディガンを羽織い、腕時計はブルガリ。
「雅哉と申します。なにかご希望がございましたら、ご遠慮なく仰ってください。できるだけご希望に添えるようお相手をさせていただきます。」
「あなた雅哉って言うのね。若いわりに言葉遣いもしっかりしているし、明るく爽やかな感じね。では、雅哉さん?何をして楽しませてくれるのかしら?」
「では、少しおしゃべりをさせてください。その前に、失礼ですが、何とお呼びしたらよろしいでしょうか」
「そうね・・・。あなた決めてくれない?」
心の中で(この人には少し注意しないといけないな)と思いつつ
「それでは、源氏物語に登場する名前や地名から、葵様、柏木様、明石様、須磨様は如何でしょう。この中から選んでいただけませんでしょうか?」と答える。
するとその女性は意外な面持ちで
「そうね、どれも素敵だと思うわ、貴方が私に合うと思う名前を選んでもらえないかしら」「そうですね、落ち着いて気品のある女性でいらっしゃいますので、私の好きな須磨を選ばせていただきます。須磨様でよろしいでしょうか」
「まあ、素敵な名前を選んでくださったのね。ありがとう。」
「どういたしまして、お気に召していただけ光栄です」
「大学生のアルバイトホストです」
「そう、貴方は大学生なのね」
「ここは、ほとんどがアルバイトホストです」
「常勤はいないの?」
「います、5人ほどですが」
「アルバイトは何人くらいいるの?」
(なんだ、どんどん詮索してくるな、調査されているみたいだ)さらに警戒しながら言葉を選んでいく。
「40人くらいはいると思いますが、曜日によって出勤が違いますので、正確には解りません」
「貴方はいつなの?」
「私は金曜日と土曜日です」
「じゃあ、他の曜日に貴方を指名したい場合はどうすればいいの?」
「アカデミアに御連絡いただければ、私の所に連絡が入ります。火曜日と日曜日でしたら開店からでも来ることができます。月曜日と水曜日の十時過ぎなら来ることはできます。
それと木曜日は定休日ですのでご了承下さい」
「良く分かったわ。雅哉さん、貴方、頭の回転早いわね、いったいどこの大学?」
「申し訳ありません、大学名は大学に迷惑がかかるので、店内では禁止されておりますので申し訳ありません。失礼ですが、須磨様のご趣味はなんでしょうか?」
「そうね、若くて素敵な男性を物色することかしら、なんて言ったら下品ね?」
「須磨様になら誰でもついていってしまいますよ。とてもお洒落で素敵な女性ですから 」「貴方、お世辞がお上手ね。あちらの方はどうなの?」
「え?あちらの方ですか・・・。あれに関しては、相性もありますので、なんとお答えして良いのでしょうか。いつも女性の気持ちを一番に考えていますので、出来るだけ満足して頂けるように心がけています、上手いかどうかは自分では判断しかねます」
笑いながら「ほんとうに貴方は上手く言葉を選んでいるのね」
「で?大学では何を専攻しているの?」
「人に関することを専門にしています」
「それで、いつも目を見ながら服装や仕草にも気遣いながらお話しするのね」
「まだまだです、人の心は簡単には解りません、それぞれ素顔があり仮面の顔があり、仮面も一つではなく幾つも持っている人もいます。人は素顔だけでは過ごせません、TPOに合わせ仮面を選ばないと時にはひどい目に遭います・・・。あ!失礼勝手に話を進めて申し訳ありません」
「いいわよ、貴方って若いけれど本当はもっと年をとっているように見えてしまうわ、私と同世代かひょっとすると一瞬年上のような錯覚に陥ってしまうわ。いったいどんな過去を背負っているの?」
「お目にかかったばかりですので、今は勘弁してください、もし又お会いすることがあれば話の中で出てくると思います。」
(いったい、この人は何者なのだろう、迂闊なことは言わない方がいいだろう)
「そうね、ホストの過去を詮索するのはホステスの過去を詮索するのと同じですもの、してはならないことでしたわ。ごめんなさいね」
「いえ、そんなことありません。まだまだ未熟で教わることばかりです。これからもよろしくお願い致します」
もう一人の女性にも挨拶はしたが、お気に入りの裕哉との会話に水を差してはいけないので、時々頷いては微笑むだけにしていた。
一時間半くらいで、二人は帰っていった。
私の面倒を見てくださる吉岡様であった。
急いで彼女に駆け寄り
「お待ちしていました、ありがとうございます」と挨拶をして、彼女が手腕をかけやすいように腕を差し出し店内へエスコートした。
彼女はボックスにゆっくりと腰を下ろしながら
「元気そうね、仕事も板に付いているようね、格好も良くなってきたわよ。」
「ありがとうございます、吉岡様のおかげです」
「どう、指名は増えてるの?無理しなくてもいいのよ。困ったらいつでも相談して」
「少しは増えていますが、今はあまり忙しいと自分のことができなくなりますのでそこそこでいいと思っています」
「で、大学の方は大丈夫なの?」
「ええ、そちらの方はご心配なく、上手くやってます」
「そう、それなら安心だわ」
「今日はいつものでよろしいですか?それとも何かほかのものをご用意しましょうか?」「そうね、ヘネシー XOにして頂戴」
「承知しました」早速ウェイターにヘネシーを用意して貰う。
グラス、氷の入ったアイスペール(氷入れ)、アイストング(氷を挟んでとる)、マドラー(かき混ぜ棒)ピッチャー(水入れ)がテーブルの上に並んだ。
「8月に、仕事でパリへ行くのだけれどボディーガードを兼ねて一緒に来てくれない?旅費は持つから。それにご褒美も考えてるから、どう?」
「パリですか、素敵ですね。飛行機に乗ったこともないし、勿論外国にも行ったことがないので喜んでお供します。急いでパスポートを準備します」
「良かった!今回は無理かと思ったけれど、私の我が儘をいつも聞いてくれるので本当に嬉しいわ。」
「とんでもございません、一人で苦労していた私をかわいがって頂き、いろいろ面倒をみて下さる吉岡様の仰ることでしたら何でも致します、ご恩返しにもならないくらいです。」
その後はチークダンスをしたり、ファッションなどについて意見を求められたりした。
その後一時間くらいして吉岡様が帰られることになったので、いつものようにタクシー乗り場まで同伴し、タクシーが見えなくなるまでお見送りした。
直ぐに高橋由美のことを思い出し、急いでアカデミアに戻ると、すでに3人は帰った後だった。
すこし遅れて、ご挨拶
アメーバブログを知り、早速ブログを開設しました。
正直言って、まだ使い方がよく分かりません。
有名人のブログもたくさんあり、小説を載せている方も大勢いらっしゃることにも、驚いています。
よろしくお願いします。
6) 高橋由美現れる
もう三年もやっているのでそれなりに収入も増え、マンション住まいもできるようになった。
大学の単位も落とすことなく真面目な医学生を続け、今は国家試験に向けて勉強中。
そろそろ夏休みも近づいたある日、グループ勉強会の前に、「夏休みの勉強会をどこでするか」という話題になった。
例年、先輩たちは軽見沢、立科、志科高原、那豆高原など涼しいところで勉強合宿をしている。
私たちのグループは志科高原を合宿場所にすることに決まったが、私はアルバイトを理由に参加を断った。
「赤城君、合宿参加しなくても良いの?私は今のところ参加しようと思ってるけど、女性は私一人だけだから本当は迷ってるの。」
「そうだね、女性のいる他のグループと合同ならいいと思うよ、一度提案してみようか?」「いいわよ、赤城君は参加できないのだもの、私が他のグループに声をかけてみるわ」
「そう・・・、それがいいよ」
(内心ホッとした。雨宮の我が儘が始まるのではないかと警戒していた)
「ねえ、時間ある?」
「なんだよ、改まって。バイトまではまだ時間があるから、少しくらいなら。」
「じゃあ、裏門のところで待っていて」そう言って車を取りに小走りに駆けていった。
(なんだろう、変だな)
暫くすると赤のアルファロメオ156が目の前に止まった。
誘われるまま助手席に座る。彼女の車に乗せて貰うのはこれで二回目だ。
「用ってなんだよ」
「黙ってついてきて頂戴」
(まあいいか)半分諦めて、黙って雨宮の横顔を眺めていた。
車は裏道を選ぶように走り、「雨宮眼科クリニック」の看板がでている駐車場に車を止めた。
「さあ、上がって頂戴」
(困ったな、なんで親に会わないといけないのか?)そう思いつつ、笑顔で「失礼します」と少し大きめの声で挨拶して玄関に入った。
20畳もある立派な応接室に案内されると、雨宮のお母さんがお茶を持って出てきた。
「ママ、こちらがいつも話してる赤城君よ」
「いつも、うちの美鈴がご迷惑おかけているそうで、お噂はかねがね伺っております」
「はじめまして。こちらこそ美鈴さんにはいつもお世話になっています」
「赤城さんは勉強がよくおできになるそうでよろしいですわ。うちの美鈴ったら勉強が好きではないので困りますわ。国家試験に落ちたら恥ずかしいですもの」
「いえ美鈴さんはお母様が言われるほどのことはありません。勉強もされているし、よくできますよ」
「そう言っていただけると嬉しいですわ」
「ママ、止めてよ!そんなこと言わないで!これから部屋で勉強の解らないところを教えて貰うからじゃましないで!」
そう言いながら、階段を上がって雨宮の部屋に案内された。
やはり若い女性の部屋らしくきちんと整頓されよい香りが充満している。薄いピンクの壁に白いレースのカーテンと少しオレンジ色の厚手のカーテンが落ち着いた感じである。
本箱には医学書がたくさん並べてあり、ネルソン、セシル、ハリソンなどの原著もある。
感心していると、雨宮はベッドに腰をかけ、私を椅子に座るように勧めた。
「失礼な母親でごめんなさい。ところで、赤城君卒業したら何科に行くの?」
「なんだよいきなり、まだ決めていないよ。強いて言えば外科系がいいなと思ってる程度さ」
「ふーん、そうなの、まだ決めてないんだ。私なんか跡継ぎにしたいものだから眼科になさいと言われてるし、自分でもそれでいいかって思ってるの」
「うらやましいよ、将来のこと心配しなくていいんだもの」
「私なんか、かごの鳥みたいなものよ。ずっと親の言うとおりにやってきたし、どこへ行ってもいい子でいないといけないもの、いいかげんに疲れてくるわよ!」
「あと少しのことだろ?、国家試験済むまでの辛抱だろ?」
「国試済んだらみんなで遊びに行こうよ、今度の夏休みには、涼しいところで勉強したりテニスしたりして過ごしたら?」
「赤城くん来ないでしょ?」
「仕方ないよ、バイトをサボるわけにはいかないから、一人で勉強するよ」
「ねえ、うちの別荘が軽見沢にあるの。夏休みに2、3日来ない?」
「ごめん、予定を見ないと分からないし、これからどんな予定が入るか分からないよ」
「いいわよ、あとからで。予定があいたら連絡頂戴?」
「わかったよ、連絡するよ」
「連絡無かったら、こっちから連絡するわよ!いい? それから、美鈴のお願い一つ聞いて?」
「なんだよ、またお願いかよ。できることとできないことがあるよ、できることならいいけど」
「やっぱり優しいんだ。じゃあ眼鏡外して?!」
「またかよ!」
「いいじゃない、誰もいないから」と口をとがらせ少しすねた感じで言った。
「厭だよ、変な顔だから」
雨宮はじっと私の顔を見つめて黙っている。
暫く無言の時が流れる。
「分かったよ、ちょっとだけだよ」
そう言って眼鏡を外して下を見る。
雨宮が近寄り私の髪を持ち上げ、顔をのぞき込んだ。
「やっぱり、全然感じが違うじゃない!こっちの方が格好いいよ、どうしていつも地味な格好しているの?」
「そんなこと好きずきだよ。この方が落ち着けるから。」
「でもありがと誰にも言わないから、一つ秘密を見つけた!」
嬉しそうに微笑む雨宮の顔を見て(これからは機嫌を損ねないように上手く扱わないといけない)と考えた。
「雨宮さん、質問てなんだ?」
「もういいの、解決したから」
「我が儘だな」
スポ-ツショップで買った安物の腕時計を見る。
(今日は金曜日、8時にはアカデミアに行かなければならない)
「じゃあ帰るよ。バイトがあるので」
「送っていくわよ、着替えるから応接室で待ってて」
そう言われ、先ほどの応接室で待っていると雨宮の母親がまた顔を出した。
「あら、美鈴は?」そう言いながら向かい側に座った。
「今、着替えているところです」
「そうなの?珍しいわね、あの子が男友達を連れてくるなんて」
「そうですか、今まで無かったことことですか。私みたいな者がおじゃまして申し訳ありません。ましてやお母様に紹介していただけるなんて光栄です。」
「ほほ・・ 光栄だなんて、赤城さんおじょうずね」と嬉しそうに笑った。
「なに笑ってるの?」と雨宮が入ってきた。彼女はジーンズの上下に着替えていた。
「赤城君、行きましょう。ママ、送って来るから」
「急いでバイトに行かないといけないので此処でいいよ、今日は、ありがとう。」
「どうして?近くまで遅らせてよ。」
「いや、コンビニで夕食を買っていきたいので此処の方が都合がいいんだ、ごめんね」
そう言って車から降りる。
いつものコンビニに入る前に雨宮に向かって手を振ると、彼女も手を振ったあと車を走らせた。
雨宮がいなくなるのを確認してからコンビニで夕食を買い、急いで自分の部屋に戻ると、時計は6時25分を指している。
お握り2個とハムと牛乳を口に流し込んだあと、急いでシャワーを浴び、シャワーフレッシュアクアムスクを体につける。スーツはモスグリーンのシルクのアルマーニ、腕時計はローレックスのブルーサブマリーナーを選ぶ。
急いで愛車のSLKに乗りアカデミア近くの駐車場に止め、なんとか10分前に店に入ることができた。
この方には随分と贔屓にしてもらい、ローレックスを頂いたり、今のマンションを借りる時の保証人になって頂いたりしているので、私としては格別に失礼の無いようにしている。
店内はすでに満席状態に近いが、店長が吉岡様の席だけは空けておいてくれた。
私も吉岡様が見えるまでの間、同僚のヒロシのヘルプをすることにした。
ヒロシのテーブルには若い女性が3人座っていた。3人とも初めての来店のようだ。
いつものように跪き名刺を差し出す。
「はじめまして雅哉と申します、今夜はごゆっくりと楽しんでください」
そう言って三人の真ん中の女性の顔を見た瞬間、思わず自分の目を疑った。
(高橋由美!忘れもしないあの高橋由美だ!もう彼女は医学部を卒業して2年目だ)
私が高校の同級生であることには全く気づかない様子なので、私も知らぬふりをしながら応対した。高橋由美はもともとは可愛い子だったのだが、今では見違えるほどの美人になっていた、後の二人はおまけかボディーガードを思わせる感じだ。
「雅哉さん」と突然彼女が話しかけてきた。
「はい、何でしょうか?」
「此処は一流大学の学生がアルバイトでホストをしていると聞いているのだけれど、あなたはどこの大学なの?」
「申し訳ありません、具体的にお答えしてはならないことになっています、学部や専門までは良いのですけれど」
「じゃあ、なに学部なの?」
「すぐにお答えしては面白くありませんので、いろいろお話しているうちに見事当てて頂けたましたらシャンパンを一本サービス致します」
「そんなの嘘ついても言えるでしょ?」
「決して嘘は申しません、約束致します、信じてください」真剣な眼差しで彼女の目を見つめると、彼女は怪訝な表情を一瞬見せたが、次の瞬間にはにっこり微笑み
「解ったわ、あなたの目は嘘をついているようには見えないから、取り敢えず信じておきましょう」
「ありがとうございます」と笑顔で返事をした。
高橋由美に「ごゆっくりお楽しみください、シャンパンは後日正解されたこととして先にプレゼントさせて頂きます」そう言い残して入り口に向かった。