12) 産婦人科病棟 | ******研修医MASAYA******

12) 産婦人科病棟

アブラゼミの暑苦しい鳴き声で目が覚める。
夏休みも目前に迫っているので休講が多くなる。
BSTも今週で今期最後だ。
産婦人科病棟にて入院患者さんの病気の勉強をさせて頂く。
私が担当させていただいたのは卵巣腫瘍と習慣性流産の患者さん。

産婦人科病棟は気楽には入ることができない雰囲気がある。
パジャマやネグリジェ姿のご婦人が歩いてみえるので、どうしてもこちらの方が気恥ずかしくなる。しかし白衣を着ているので患者さんは全く気にしていない。
カルテを見せていただき、病歴や検査データ、治療方針、現在の経過などをノートにまとめていく。ここまでは患者さんの姿がないので気が楽であるが、主治医の先生について病室に入り診察させていただく時はやはり緊張する。
我々は各人担当する患者さんが異なるので、後からお互いに情報交換をして勉強する。

雨宮は子宮癌の患者さんと妊娠中毒症の患者さんを担当していた。
産婦人科は個人的には苦手な科である。健康な女性は平気なのだが、病気の女性に対しては、どうしても感情移入してしまう。
そのほか、苦手なのは泌尿器科である。というのも医者として引退するまで、一生人の股の間で仕事はしたくないからだ。

夜、自分の部屋で、仲間の為にまとめを作る
1.習慣性流産の原因としては、染色体の異常、子宮の解剖学的異常、内分泌疾患、自己免疫疾患などがある
2.染色体の相互転座や、逆位などの染色体異常についてはどうしようもない。
3.子宮の解剖学的異常としては、双角子宮、単角子宮、中隔子宮などの子宮奇形や子宮筋腫、子宮腺筋症)、子宮腔癒着症などがある。
治療は、外科手術で、子宮を正常な形に整復したり、癒着を剥離したりする。
4.次に黄体機能不全、高プロラクチン血症、甲状腺機能異常、糖尿病などがあると流産しやすい。黄体機能不全の治療は、ホルモン補充療法などがあり、高プロラクチン血症ではプロラクチンの産生を抑制する薬を使用する。
5.自己免疫異常では抗リン脂質抗体症候群が有名で、抗カルジオリピン抗体や、LA(ループスアンチコアグラント)などの抗リン脂質抗体が悪さをして、胎盤内の血管に血栓を作り、胎盤内の血液循環を引き起こし、流産や子宮内胎児発育不全をきたしたりする。
治療については、血栓形成の予防が中心で、抗凝固療法としてステロイド療法やアスピリンの内服療法、ヘパリンの点滴などがある。
6.その他が半分くらいある。
胎児を異物とみなし、母胎が異物と認識し拒絶反応をきたし排除してしまうなど言う説がある。(これは何となくあたっている気がする)
その治療として、夫のリンパ球を配偶者の皮内に注入する方法があり、1割には有効であるとの報告がある。

こんなことをしていると、免疫学的な相性も子孫を残すためには必要であり、結婚前に子供ができてから結婚・入籍するのが良いのではないかと考えてしまう。
さらに「性格の不一致が無い」ことだけでなく、「性の不一致が無い」ことも婚姻継続のためにはには重要な要素だなどと不謹慎なことをついつい思ってしまう。

BSTの間、雨宮は来週のことは一言も言わずにいる。
勉強会の帰りに携帯に雨宮から連絡が入った。
歩きながら話を聞く。
「ねえねえ、来週は眼鏡なしで来てね。そうすれば誰かに見られても赤城君と思われないでしょ?」
勝手なこと言ってきたなと思ったが、素顔を知られているので断る理由もないので了承するしかなかった。
(ほんとにお嬢様は自分の都合で相手を動かすのだからしょうがないなぁ、嫌いなタイプじゃないのだがお嬢様だからなぁ。心に残っている女性がほかにもいるしこまったな)
などと帰る道すがら一人思いにふける。

今日は水曜日、美登里ちゃんの家庭教師の日。
いつものように犬塚駅近くのコンビニでおにぎりとお茶を買い部屋に帰る。
家庭教師用の服装に着替えて歩いて美登里ちゃんのマンションに行く。
いつものように夕食をいただき美登里ちゃんの勉強をみる。
夏休みも近く彼女も勉強に身が入ってきた。
数学と生物と化学の質問を受け解説と解法のテクニックを伝授する。
彼女は明るく真面目な性格なので教え甲斐がある。
8月12日は彼女の18才の誕生日、何かプレゼントを用意しておかないと思っている。 勉強が済んでから、彼女の母親に来週の月曜日と火曜日は大学の勉強会で軽見沢に出かけるのでお休みをいただきたいと申し出ると、美登里ちゃんが
「いいなあ、私も軽見沢で先生に勉強教えて貰いたいなぁ。ママ、軽見沢に行こうよ。いいでしょ?」
「何言ってるのよ、先生だってお忙しいのだから我が儘言わないこと!先生のご都合が良ければパパの会社が持ってる別荘が近くにあるから何とかなると思うけど、先生、やっぱり無理でしょ?」
「大学の勉強合宿があるのでなかなか日程が取れません、今は保留と言うことにしていただけませんか?申し訳ありません」
「じゃあ、全然駄目と言う事じゃないのね?」
「美登里ちゃん、日程が取れたら教えるからそれまで一生懸命勉強しようね」
少しすねた表情をしたが、会社の別荘が近くにあると聞いてホッとした表情を見せた。
なんとか美登里ちゃんとお母さんの攻撃を失礼の無いようにお断りできて一安心して帰る。



自分のマンションに帰る道すがら午後10時になると言うのにまだセミの鳴き声が聞こえる。
蒸し暑い夜だ、月は南東の空に満月に近いので夜道もそれほど暗くない。
時々、笑い声を発しながら通り過ぎていくアベックとすれ違う。
人目の付かない暗いベンチに座ったアベックが抱き合いキスをしているのを横目で見ながら早足で通り過ぎる。早足はいつもの癖でゆっくり歩くことはほとんどない。
時間に追われる生活を続けてきた哀しい習性である。

明日は木曜日、午前はギネのBST、午後3時から勉強会の予定。
内科の過去問、特に腎疾患のところをが担当になっていたことを思い出し、急いで部屋に戻りシャワーを浴びる。
ダイエットコーラを大きめのグラスに注ぎ机の上に置き、ノートパソコンを立ち上げ、ワープロソフト医事太朗を開き、問題集の解説に出てくる疾患を腎臓病の専門書を参考にしながら、急性糸球体腎炎、慢性糸球体腎炎、間質性腎炎、急性腎不全、慢性腎不全の原因、病態、症状、検査所見、治療法について簡潔にまとめていく。

大雑把に言えば腎臓は全身を巡る血液がここで、不要な物を捨て、必要な物を再吸収する臓器なのだが、生命維持に必要な体液の酸塩基平衡を肺と共に調節しあう重要な役割を果たしたり造血ホルモン産生にも関与している。
腎臓は尿細管の役割を理解しないと混乱する臓器であり、近位尿細管、ヘンレループ、遠位尿細管では役割がぜんぜん違う。
糸球体では基底膜の荷電状態がタンパクの透過性に関わっている・・・・
などと、小難しいことをどんどんまとめていく。

ふと時計を見ると午前3時近い、急いでベッドに潜り込み眠ることにした。
勉強した後は妙に頭が冴えてくる。
寝つけないので、雨宮のことをどうしようかと考えていると急に下腹部が痛いくらいに硬くなってきた。(そういえばこの数日間はご無沙汰だった)と思いつつ急いで処理をする。
急に睡魔が襲い心地良い眠りに落ちていった。