******研修医MASAYA****** -3ページ目

33) 現実と夢の狭間に・・・・

メモに書かれた数字をぼんやりと見ていると
「おい雅哉」
突然、背後でヒロシの声がした。
「何をボーとしている?」
「あ、いや、別に」
「あの3人、良い客だな。俺も指名が増えた。おまえ、シャンパンのプレゼントであの可愛い子に指名されたんだよな。上手いな」
「そんなことないよ。あのときはああするしかないと思っただけだよ。それよりヒロシの話術には誰も勝てないよ。お前こそ笑わせるの上手いもんな。ルックスも良いし芸能界でもやっていけるんじゃないか?」
「まあな、他のボックスのヘルプに入るけど、お前どうする?」
「足りてるか?」
「今のところ、足りてるみたいだ」
「じゃあ、俺入り口で立ってるよ」
そう言うとヒロシと峻はまた奥のボックスに向かっていった。


周りに誰もいないことを確認し、携帯を取り出し電話番号を入力した。
入り口に立ちながら、いつものように通りをながめる。
時間もそれほど遅くないので、まだ人通りも多い。
サラリーマン風の酔っぱらいが、くだを巻きながら歩いている。
若い女性は酔っぱらいを避けるように、少し遠巻きに足早に通り過ぎる。
その後は、指名客もなくヘルプの声もかからないので、午後11時に上がらせてもらった。


自分の部屋に戻りシャワーを浴びる。
腰にバスタオルを巻いたままベッドに仰向けに寝る。
携帯を手に取りアドレス帳を開き高橋由美の電話番号を見る。
(何故、彼女は教えてくれたのだろうか?俺はもう外観は当時とは全く異なるし、話し方も違うし、歳もサバよんでおいたからなあ・・どうしようか、かけるべきか、やめるべきか・・・やはり止そう)
決心して携帯を閉じた。


翌日は明日は美登里ちゃんの家庭教師がないので、パスポートの申請に行くことにした。
その後はこれいったこともなく8月に入る。
美登里ちゃんも医学部目指して真剣に勉強モードにはいり、我が儘も言わずよく勉強している。
休憩の合間に美登里ちゃんとの他愛もない雑談が、表と裏の生活を使い分けている自分の複雑な心境を安らげてくれる。


真面目な学生の自分が本当の姿なのか、アルバイトではあるがホストとしての自分が本当なのか・・・。
どちらも本当の自分であるはずなのだが、生き生きと伝わってくるような実体感・現実感がない。どちらも夢の中のような気がする。
人はこの世に生きていることが真実だと信じ込んでいるに過ぎないような気がする。
全てが夢の中・・・・・。

雪山遭難 (小説部屋投稿短編 その3)

いつの間にか、俺は雪山で遭難している。
あたりは真っ白でなにも見えない。
ただ冷たい風と雪が頬を突き刺し、もはや頬には痛みの感覚がない。
足を深い雪に捕らわれながら、ただひたすら足を前に踏み出す。

日頃から家内が口うるさく俺を貶していたので、やけになり昨日家を飛び出したのだ。
列車に乗り、昔懐かしい山に軽装で向かった。山を見れば気も落ち着くだろうと・・・。
山を歩きながら、日頃のことを思いだすと、さらに気が滅入ってきた。
生きることのなんと面倒くさいことか。
俺の人生はいったいなんだろう・・・。
ひたすら家族のために働き、厭な上司の言葉にも耐え・・・。

もはや携帯電話は通じない。
今日は一日天候が良いという天気予報はみごとに外れていた。
指先もだんだん感覚が無くなり、痛くもない。
さすがにやばいと思うようになった。
自暴自棄の気持ちも吹雪とともに、何処かへ吹き飛んでしまった。
吹雪を避ける場所は無いかとあたりを見回すが見あたらない。
必死で目をこらして探していると、斜め右下の少し離れたところに明かりが見える。
こんなところに家があるとは信じられなかったが、藁をもつかむ思いで膝まで沈む雪の中をゆっくりと明かりをめざして足を運ぶ。
ようやく家の前にたどり着き、必死で入り口を叩いた。
「どなたですか?」
「助けてください、雪がひどくなり道が判らなくなりました。吹雪が止むまで中で休ませてください。」
そう言うとドアが開き、目の前には一人の色白の美しい女性が立っている。
「おかえりなさい」
そう言って微笑みながら俺を中に入れた。
(えっ?)
そう言われ、じっとその女性の顔を見る。
俺は懐かしい気持ちになったが、誰だか判らない。
どこかで逢ったような気がするのだがどうしても判らない。
「そうね、随分前のことだから判らないでしょ」
「すみません、どなたかと勘違いされているようですが、たいへん助かりました。吹雪が止みましたら失礼します。」
「そのうちに判りますわ」
そう言って、その女性は暖かい飲み物をさしだした。
感謝しながら 一口飲むと、何故か懐かしい味がする。
突然、誰かが頭の奥の方から話しかけた。
(何を寝ぼけているのだ、お前の妻だろ・・・!)
「え?俺の?」
そう言われてもまだピンと来ない。
(300年前、お前は人間の世界を見てくると言って出て行ったではないか・・・)
だんだんそんな気がしてきた。
もう一口飲んだ。
頭の中で白く煙るようにかかっていた靄がだんだんうすれてきた。
(ああ、俺には確かに妻がいた、しかも美しく優しい妻がいた。)
(娘が一人いて、名前は雪といったような気がする・・・・)
さらにもう一口飲むと、急に眠くなり意識が無くなった。
どれほど眠ったのだろう・・・。
遠くで誰かが俺の名を呼んでいる。
ゆっくりと目を開けると、娘の美登里が心配そうにのぞき込んでいる。
大きな声で「ママー!パパが目を覚ましたよ!」

 氷女(ヒメ)伝説 (小説部屋投稿短編 その2)

将軍様がお犬さまを大切にされた頃。

信州の山奥、平家の落人が隠れ住む小さな山里に、名を丈太という若い木こりが住んでいた、。
丈太は木こりの仕事の合間に、炭を焼いていた。

山深い里で遊郭などもなく、ましてや結婚適齢期の女もいない。

楽しみといえば、唯一谷川でイワナを釣ることしかなかった。

今日も丈太はイワナを求め、いつもの谷川を上流に向かって清流の中をあるいている。
今年の夏はは例年になく暑い日が続き雨が少ない。

水かさも少なく水温も上昇しているのでイワナは全く釣れなかった。

丈太は冷たい水を求めて上流に向かって上り続けている。
どれほど上流に来たのだろうか、周りは見慣れない景色に変わっていた。
大きな岩壁を右に曲がると、突然、目の前に滝が現れた。
高さは7,8間ほどあるが、水かさが少ないので滝は元気がない。

滝壺なら魚がいるに違いないと、水音をたてないよう静かに近づく。

そっと釣り糸を滝壺にたらし、ふと滝をみると、後ろに小さな洞窟がある。
不思議に思いつつ近づいてみると、入り口の岩肌には、苔が生え所々読めないが
「氷女・交・・・生・・・永・乃命・・」と刻まれている。

(なんだろう?)
丈太は、その意味が判らないまま中に入った。
洞窟の中は、外の暑さを忘れさせるほどに涼しい。

(この奥には何があるのだろう?)
丈太は濡れた足下に注意しながらゆっくりと奥に向かって足を進めた。
洞窟内の壁は不思議な光を発し、ぼんやりと洞窟内を照らしている。
目を懲らせば明かりなしでも中の様子を見ることができる。
どれほど進んだろうか、もはや滝の音は聞こえない。
頭の上からは冷たい水がしたたり落ち、側面の岩壁を濡らす水は手が切れるくらいに冷たい。
吐く息も白くなり、思わず体が震えた。

急に広い場所に出た。
(何か居るのか?宝物でも隠してあるのか?)
丈太は目を懲らしてその広い洞窟内を見回すと、奥に誰かが横たわっているようにみえた。
息を殺し恐る恐るゆっくり近づいてみると、真っ白な着物を着た長い髪の女がて横たわっている。
(死んでいるのか?)
黒髪は膝に届くくらいの長さで、目は閉じ長い睫毛をいっそう際だたせている。
肌の色は透けるように白く、恐ろしいほどの美しさである。
しかし血の気は無く、唇も青白く精気はない。
これまで若い女とのつきあいもなかった丈太は一目で女を好きになり、立ちすくんだままその美しい姿に見入っていた。

ふと我に返って、息があるか確かめるようと女の口元に顔を近づけた。
かすかに息をしている。
すると、女は弱々しいため息のような声を発した。
「もし、どうしました?」
かすかに瞼を開き、息絶え絶えに「あ・つ・い・・・・・、く・る・し・い・・・」と応えた。
「どうしたらいい?おいらはどうしたらいい?」
できるだけ優しい声で呼びかけると
「奥の氷の部屋まで運んでください」と弱々しく返事をする。
そう言われ、丈太はその女を抱えることにした。

(何と軽く冷たい体なんだろう)
間近に見る女の顔はますます丈太の心を虜にした。
あまりの軽さに驚きつつ、抱えたままゆっくりと奥に進む。
しばらくすると壁一面が氷に覆われた部屋にでた。
「ここでいいか?」
女も少し元気が出てきたようで「ええ」と答えた。

奥の平らな岩の上に、そっと女を横たえた。
しばらくすると女の顔つきが良くなったような気がした。
しかも不思議なことに、黒かった髪の色がだんだん白くなってくる。
それでも丈太は女の事が心配でじっと見つめていた。

突然、女は目を大きく開いて丈太の顔を見た。
その目を見た瞬間、丈太は金縛りにあったように体が動かなくなり、言葉も出なくなってしまった。
すると女は音もなく立ち上がった。
真っ白になった髪は膝のあたりまで伸びている。

「わらわの姿を見た者は命が無いのだが、そなたはわらわの命の恩人じゃ。一つだけ望みを叶えてやろう、何なりと申してみよ」
丈太は女が元気になったのを見て、心から嬉しくなり、相手が何者かも考えず、思わず「おらの、嫁さんになってほしい!」と答えてしまった。
女はそれを聞き驚いたように
「え!?」
「おら、あんたに惚れた!嫁になってくれたら死んだっていい!」

しばらくの間、女はじっと丈太の目を見ていた。
「そなたの望みは叶えてやることはできない、わらわと交われば命を失う。もし万が一そなたが命を失わなければ 、そなたは永遠の命を得ることになる。それでもいいか?」
「おら、死んだって構わない」
だんだん丈太は自分の心と体が燃えるように熱くなるのを感じた。

すると女の表情は穏やかになり 顔を丈太の顔に近づけてきた。
丈太も思わず顔を近づけると、女は丈太に口づけをした。
ぞっとするほど冷たい唇であったが丈太にとっては自分の思いが伝わったと感じ、両腕で女の体を抱きしめると、女は抵抗することもなく、丈太に体をあずけた。

寒さも冷たさも丈太には全く感じない、ただひたすら女を愛し続ける。
交わった瞬間、女は「あ・・・あつい!・・・くるしい!」と声を上げた。
それでも丈太は無我夢中で激しい動きを続け、果てた瞬間、意識が無くなった。

丈太は永い間美しい夢の世界をさまよっていた。
体は軽く空中を漂っている。
(おいらは、死んだのか?)
そう思うと、体が急に落ちていく。
静かに静かに落ちていく。

ふと目を開けてみると、自分の左腕の中で女が自分の顔を心配そうに見つめていた。