11) クラブKEI | ******研修医MASAYA******

11) クラブKEI


{1}

タクシーは華芙貴町に向かっている。
「お元気そうでなによりです、お店は上手くいっていますか?」
「ええ、お客様には弁護士や会計士、お医者様が多いので割と順調にいっているわ。」
「そうでしょうね、昔からお綺麗だったし、経理もやってみえたのでその点は大丈夫ですね。他の女の子の面倒もよく見ていましたし。頭の良い方でしたから当然と言えば当然だと思います。」
「ずいぶん口がお上手になったものね。成長したわね。」
「そんなことありません、まだまだこれからだと思っています」

大通りでタクシーを降り、引かれるままに繁華街の中を進む。
(この華芙貴町に恵子さんのお店があるのか、どんな店だろう)
大衆キャバレー太丸の角を右に曲がり50mほど進んだ所で立ち止まり。
「ここが わ・た・し・の・お・み・せ」と少しふざけて教えてくれた。
「クラブKEI」
こぢんまりとはしているが、洒落た店構え。大衆的でもなく、かと言ってゴージャスな感じでもない。
上品な感じのする会員制クラブである。


店内にはいると、ママ(これから恵子さんをこう呼ぶ)はママの来るのを待っている客のテーブルに歩み寄り笑顔見せながら可愛らしい口調で
「遅れましてごめんなさい」と挨拶回りをした。
カウンターの中のバーテンダーに耳打ちしてから、私を紹介し一緒にカウンターの中で手伝いをしている素振りをするよう話した。
その後、恵子さんは着替えのため奥の更衣室に入っていった。


バーテンダーの見習いもしていたので、とくに緊張することもなく自然体で立つ事ができた。
店内はグリーンやブルーを基調とし、カウンターは10席、4人から8人掛けのボックスが5つある。店の女の子は6人いた。
暫くすると、ドアが開き、一人の割と綺麗な女性が入ってきた。
「いらっしゃいませ」と挨拶すると
その女性は、微笑みながらじっと私の顔を見る。
「マー君?」
「はい」思わず昔の愛称を呼ばれ返事をしてしまった。
懐かしい顔が思い出され「エリさんですか?」
「そうよ、驚いた?今ね恵子ママから連絡があったの。思わず店から出てきたわ」
「すみません」
「何緊張してるの?、心配しなくて良いわ。今お店持ってるし、結婚して子供もいるの」
「そうですか・・・」
「マー君大学合格してたのね、医学部だって?すごいわ。私の秘密の宝ものだわ」
「ありがとうございます。その節は本当にお世話になりました」
「まあ、ほんとに立派になったのね。しかもホストもやってるなんて嬉しくなっちゃうわ」
「この世界が忘れられなくて、エリさんのことが心の隅に残っていたように思います」
「嬉しいこと言ってくれるわね、口も上手になってるし、きっとあっちも上手になってるでしょう?直ぐ上手になったもの、ふふふ・・・」
「まあ、早かったのね」後ろからママの声が聞こえた。
「驚いたでしょう?エリちゃん貴方のこと心配してたもの、確認できたから直ぐ連絡したの」
「ありがとう、本当に驚いたしとっても嬉しいわ。」
「エリさん?もうお店へ戻らないといけないでしょ?また別の日にゆっくりとお話して頂戴。今夜は暫くここに居て貰うから」
「ママありがとう、じゃあ失礼します」
「マー君、そこまで送って行って?」
「わかりました」
二人でドアの外に出るとエリさんは私の首に手を回して顔を近づけてきた。
自然と昔と同じ濃厚なキスをした。彼女も応えるように昔と同じようにした。
「昔より、やっぱり上手になってるわ。ここでお別れね」
彼女は表通りに向かって小走りに去っていく。
ぼんやりと彼女の後ろ姿を眺めていると、見覚えのある中年の二人組が近づいてくるのが見える。
急いで店内に戻り、カウンターの中に入ると同時にドアが開きその中年二人組が入ってきた。



{2}


二人の中年男性は良く知っている泌尿器科の石黒教授と皮膚科の伊自良教授だ。
二人ともすでにアルコールがまわっていて上機嫌な様子で、店に入るや否や「ママはいるか?!」と声を上げる。
ママは直ぐに二人のところに走り寄りより、隅の方のテーブルに案内した。
女の子も二人がそのテーブルについた。

二人の教授は上機嫌で女の子の肩に手を回している。
大学では威張り散らし、学生には厳しいことで有名な二人の教授は、ヘラヘラしながら自分の娘くらいの女の子の肩を抱き膝をさすり、時々膝の中に手を入れる。
「やだー、先生そんな事したらおかしくなっちゃう」
女の子が黄色い声を出すのを楽しんでいる。
女の子も大事な常連客なのである程度までは我慢しているが、それ程嫌がる風でもなく、声だけは厭がる素振りを見せている。
泌尿器科教授の石黒がニタニタしながら
「ママ、俺の彼女にならないか?これからもずっと通うし、何なら面倒も見るぞ」
「ご冗談ばかり、大学教授の先生が私みたいなおばちゃん女を口説くなんて可笑しいわ」
「ははは・・冗談だよ。でもたまには付き合ってくれよ」
(なに馬鹿なこと言ってるんだ。俺達学生には品性だとか医師としての誇りと医療に対しての敬虔な気持ちを持てと説教しているくせに・・・)
カウンター越しにグラスを磨きながら素知らぬ振りで、教授達の会話に耳を傾ける。

皮膚科教授の伊自良が
「先生、今度の第二内科の教授選考で用宗助教授が立候補しているがどう思う?」
「ああ、彼か。彼は実力はあると思うが今ひとつ我々に協力的でないし、留学といっても3ヶ月の短期だろ。海外論文も移植病理という最先端ではあるが今ひとつ内容がマイナーだ、まあ無理だろう」
「やはり、同じ意見だね、学生には人気はあるが、ちょっと生意気なところがある。人気取りのようなパフォーマンスが鼻につく。実家も蕎麦屋のようだし、一族に医者は一人も居ない。一匹狼では教授にはなれないだろう」
と石黒教授がニタニタしながら講釈をぶっている。
石黒教授は隣の女の子の胸を触りながら耳元で何か囁いている。
女の子も少し嫌がる様子をしながら笑顔を作って頷いている。
回りに見えないように手をスカートの中に入れ動かしているようだ。
俺はムッとしながら(なんて奴だ、ここはお触りバーじゃないぞ!)
恵子さんの方を見ると半分諦めた様子でいたが、思い直したように、教授の横に座り
「先生、そんなこと若い子には毒よ」と言って、スカートの中の手を引っ張って自分の胸に持ってきた。
俺は思わず咳払いをした。
石黒教授は俺の方を見て、「ママ、若いバーテンダーを雇ったのか?」
「ええ、ちょっと頼まれて見習いに入ってもらったの。気の利く子よ」
「ママのツバメじゃないのか?」
「そんなこと無いわよ、知り合いに頼まれただけよ」
「おい!君」
「はい」
「君は若いのだから、そんな仕事をしないでもっと役に立つ仕事をしろよ。」
「はい」真面目な顔をして少し微笑み返事だけする。
「だいたい、今の若い奴は苦労を知らない。楽に稼げる仕事ばかりしたがる!君も勉強して何でも良いから資格を取ってみろよ!ははは・・・まあカスには無理か」
「先生そんなこと言っても無駄よ、彼は・・・」
俺は焦って「ママ、このグラス何処にしまったらいいですか?」と口を開き、ママがそれ以上俺のことを喋るのをとめた。
目配せしてそれ以上言わないで欲しいと伝えると、ママもすぐに判ってくれたのでその場はそれで収まった。
石黒教授は恵子さんの胸を触りながらまた伊自良教授とぼそぼそと話し始めた。
一時間ほどして二人の教授は上機嫌で帰っていった。
見送った後恵子さんは俺の所に来て
「ごめんなさい、あんまり非道いこと言い始めたので・・・」
「いいです,判ってます。でも俺なんかのことかばうこと無いです。今はバーテンダーでしかありません。それでいいです。恵子さんこそ女の子をさりげなく救っていたでしょ?いいなぁ。恵子さんは、ほんとにいい人ですね。いい勉強になりました。」

触られていた女の子も俺の所に来て
「医者ってほんとに変なのが多いでしょ?あれで教授なんだって!何様だと思ってるのかしら。」
「そうだね、変なのが多いと思うよ」
「ねえ、ママが言いかけたけど、貴方何か他に仕事してるの?」
「いや、この業界の仕事だよ」
「ふーん、客あしらい慣れてるみたいね」
するとママが「この子はね、学生アルバイトホストなのよ」
俺はすぐ、ママに医学生であることは喋らないように耳元でお願いした。
「へー、学生のホストなの、バイトでやってるのね。何処のお店?」
「アカデミアって言うんだ。知らないと思うけど」
「聞いたことあるわ。料金もそんなに高くないし。頭が良くって割と格好いいのが揃ってるって評判のお店でしょ?」
「ありがとうございます、もし興味があったら指名して下さい。雅哉と言います。」俺は名刺を差し出した。
「ママ、宣伝して申し訳ありません。つい癖でやってしまうので」
「いいわよ、私も時々顔を出して指名してあげる、この子も連れて行ってあげるから」
「そんなことして頂かなくても十分です、私の方こそ時々こちらへ遊びに来させて貰います。卒業したら仲間を連れて来ます」
「ありがとう、楽しみにしてるわ」
「ママ、エリさんに宜しく伝えておいて下さい。エリさんもお忙しそうですのでまた今度ゆっくりとお話ししたいと思います。お店も判ったので今度連絡します」
「そうね、伝えておくわ」
俺は急いで店を出てタクシーを拾いアカデミア近くの駐車場に戻り、今日のことを思い出しながらSLKを走らせる。
威張り散らしている教授二人が陰では馬鹿なことをしている事を知り、これからが楽しみになった。

部屋に戻りいつものようにシャワーを浴びてのんびりしていると、携帯が鳴った。
雨宮の声がする
「赤城君、予定通り来週の月曜日いいわね」
「ああ」
「なによ、気のない返事して!女性の誘いよ嬉しそうな返事をしなさいよ!」
「ごめん、初めてのことだからどんな返事がいいのか分からない。雨宮はお嬢様だから俺みたいなものと一緒にいる所を見られるとまずくないか?」
「そんなことないわ、同級生だもの。ママも赤城君のこと気に入ったみたいだし」
「おいおい、そんなこと勝手に決めるなよ。分かったから何処で待てばいい?」
「赤城君は?」
「いつもの犬塚駅がいいな」
「また?」
「分かりやすいだろ?僕の所には車では入って来れない」
「じゃあ約束よ。朝9時に迎えに行くわ」
「うん、分かった」
俺はホッとして携帯をたたんだ。
ベッドに入ってからも、雨宮をどうしようかあれこれ考えているうちに眠りについた。