熊本の地震で亡くなられた方々のご冥福を、

心よりお祈り申し上げます。

 

被災された方々が、できるだけ早く、

日常を取り戻せますように。

 

 

 

それから、勝手に師と仰いでいた山田五郎さん。

あまりにも早く、あちらへ行かれてしまいました。

美輪明宏さんや板東英二さんまで。

 

心から哀悼の意を表します。

 

 

心中穏やかではないけれど、

現実の世界はまわり続けます。

目の前のことを、一つひとつ丁寧に、

やってゆきます。

 

 

ブログを書くのもその一つかな。

毎年やっている、夏に聴きたい歌シリーズ。

今年もやりましょう。

 

 

 

 

子供の頃は、夏休みの大事な部分だったけれど、

最近はスルーする年も多くなっちゃった高校野球。

ほんまもんのジジイになって、

暇ができたら、またテレビに齧り付くのかな。

 

夏の甲子園といえば、これ。

2011年のファンモンの歌。

 

 

田中将大とコラボしたこの動画、

しばらくYouTubeから消えていた(たぶん)のを、

久々に見つけたので、載せました。

 

 

90年代の真ん中は、なんと言ってもスピッツ

かなりハマっていました。

ボーカルの草野さんが、ロビンソンデパートで、

この歌の発想を得たとかいう情報を仕入れたので、

バンコクに行った時に、ロビンソンデパートで、

この歌を口ずさんだのも、良き想い出です。

 

 

 

声の良さに歌い方の上手さが合わさって、

なんとも言えない心地よさが生まれますが、

これなんて、その極みのよう。

清水翔太のライブから「ナツノオワリ」

 

 

 

この歌は、1985年ですから、もう40年ですか。

作者の尾崎亜美さんが歌ってるのも素敵ですが、

やっぱり松田聖子の声がこの歌には似合います。

 

 

夏になると、頭の中でまわるんですよ。

 

 

 

モンパチのこの歌も、もう25年前。

オリジナルは、テンポが早すぎて。

ボーカルの清作さんも、

後年のライブでは、かなりゆっくり歌ってますね。

 

そう、ゆっくり朗々と歌ってこそ、

この歌の良さが伝わるように思います。

風呂に浸かりながら、ゆっくり歌うと、

気持ちいいですもん。

 

ということで、オリジナルではなく、

これはいいなと思うカバーを載せます。

 

 

 

40年以上昔の歌だけれど、

今聴いても新鮮な感じがしますね。

 

 

 

曲は気になるんだけれど、なんか相性が合わず、

食わず嫌いっぽい人っていますよね。

私にとって大塚愛は、そんな方のおひとり。

 

でも、このプラネタリウムって歌は好きで、

ファーストテイク版を聴いたときに、

これはめちゃいい、ってなりました。

 

 

 

お袋が亡くなった2008年は、

ほんといろんなことがあったけど、

この歌に出会えて救われた部分があったなと、

今でも時折り懐かしく聴いています。

 

「たしかなこと」と漢字を使わないのも、

なんか良いのです。

 

 

 

もうこれは、ほんと完璧な曲。

ここまで緻密に作り込まれ、

でもそれを感じさせない心地よさ。

 

1991年の山下達郎「さよなら夏の日」。

 

 

 

ここ5年ほど、京都の大文字の送り火には、

欠かさず行かせていただいています。

 

今年も、もうすぐお盆ですね。

最後は達郎の奥様、竹内まりやの「いのちの歌」。

 

 

まりやさんのご実家(出雲大社の参道にあります)の

近辺の景色が、素敵な歌に花を添えています。

 

 

 

今回も最後までお付き合いくださり、

ありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

このブログ、

書き始めて丸11年になりますが、
いつの間にか「てくてく(お散歩の記録)」と、
「歌に魂を込めて(さまざまな歌の話)」が、
ほとんどになってしまっています。
 
 
 
 
 
それではいかんと思ったわけでもないのですが、
久しぶりに、教育寄りの話題を書きたくなりました。
 
出てくる固有名詞をひとつ一つ説明すると、
文章量が膨大になるので、
あちこちにリンクを張りながら書きます。
 
ノーベル賞◯個分の業績、みたいな言い方をすれば、
フィールズ賞3個分か、それより大きな貢献を、
数学に対してなされた、日本が誇る数学の天才、
岡潔先生が話され書かれた言葉から、
いろんな影響を受けてきました。
 
その代表が、「数学は情緒である。」
 
自然言語の曖昧さを、極限まで切り落とした、
数学という言語で書かれた論文や本の世界に、
どっぷり浸かり続けていたはずの大数学者が、
なぜ「数学は情緒である。」と仰るのか。
 
なぜ「数学は論理」ではないのか。
 
ほんの少し、数学の一端をかじっただけの私が、
それを完全に理解することはできないけれど、
高校数学を教えていて「情緒的なもの」を
感じることはあるので、納得はできるのです。
 
 
 

 

それとは反対に、自然言語の曖昧さを駆使して、
言葉を、頭の中や掌で転がしながら、
文学的な文章を書くことはできる。
 
でも、それが本当に「文学」と呼べるものなのか
そう問うと、曖昧さを削ぎ落とした、
赤裸々な言葉で紡がれた文章に、
人は「文学」を感じたりするので、
文学的な文章だが「文学」では無いものが、
巷には沢山、転がっていることになります。
 
 
 

 

 
大のつく物理学者であった、
思索に富む素晴らしい文章を
たくさん残されているように、
岡潔先生もまた、素晴らしい随筆を
多く残されていますが、
その一つ「春宵十話」の中で、
 
私は数学なんかをして人類にどういう
利益があるのだと問う人に対しては、
スミレはただスミレのように咲けば
よいのであって、そのことが春の野
にどのような影響があろうとなかろ
うと、スミレのあずかり知らないこ
とだと答えてきた
 
と書かれています。
 
数学者であるご自身を、
人知れず野に咲くスミレに例えるなど、
論理的探究を支える、人の心(情緒)の
奥深さを大切にされた先生の、
お人柄があらわれているなと思うのです。
 
ちなみに、湯川先生も朝永先生も、
京都大学時代に岡先生の数学の講義を
受けておられて、
「物理の授業よりもよほど刺激的だった」
と回想されています。
 
 

 

 
こういった文章を書くとき、
私の想い(情緒)だけで書くことはできず、
細かなことはAIにたずねたりしながら、
書くことになってしまいます。
細かなところまで、すべてを記憶しては
いませんから、書きたいこと(情緒)を
綴ってゆく中で、助けてもらうわけです。
 
その場合にAIは、ほぼ見事に、
様々なことの詳細を教えてくれます。
 
でも、画像作成となると、まだまだですね。
 
細かく言うと、写真風のものは、
かなり凄いなと思わされるレベルのもあるけれど、
絵になると、そうはいかない。
すぐれた写真家もまた芸術家であり、
その凄さは認識しているつもりですが、
絵画となると、まだまだ。
 
自分の写真などを絵にしてもらうと、
どうにもいただけない。
 
的確な表現を見つけるのは難しいけれど、
忌憚を恐れずに書いてみると、
どうも「薄ら笑いを浮かべている」ような、
気持ちの悪い絵になってしまう。
違う表現にすると、描かれている表情に、
それに伴うはずの「心」とは違う何かが、
宿っている。
 
AIにはまだ「人の心は分からない」。
「心」風のものは表現できても、
それは「心」とはかけ離れたもの。
 
AIは「文学的」なものは書けるが、
「文学」は作れないのと似ています。
 
だから私は、たぶんやらないですが、
宣伝のためにSNS上で何かするなら、
現状は「顔出しのYouTube配信」かな。
 
やりませんけどね。
 

 

 

美の追求もまた、人の情緒のなせる業。
 
ここ十年ほど、欧米のエリート達は、
MBAなどの資格を取るよりも、
そして最近ではさらに、
 
iPhoneがある意味、禅の美の追求の
結晶であるように、
美は人の情緒をくすぐり続けるのです。
 
 

 

 

最後に、冒頭の話に戻るのですが、
このブログは塾を経営する塾長のブログです。
 
「えっ!そうだったの?」と思って
いただければ、むしろうれしいのです。
 
プロですから、教育に関して語れと
頼まれれば、いくらでも語ります。
最近は月に一度、60分ほど講演して
いますが、語りつくせないほどです。
ブログの初期の頃は、そんな内容も
書いていたのですが、
 
岡先生に倣えば「教育は情緒」だと
思っているので、その情緒を表現する
となると、今のブログの形がしっくりくる。
 
教育の現場においても、
生徒さんの「論理的な理解」の先に、
もしくは同時並行で「情緒的な理解」
があるのだと確信して、
さまざまに指導させていただいています。
 
「腑に落ちる」という、
深い理解をあらわす表現がありますが、
それはまさに情緒的理解をあらわしている
のではないかと、思うのです。
 
 
そんなこんなで、お散歩と歌のブログが、
今後も続いてゆくと思います。
 
もちろん、教育に関することも、
時々は交えながら・・・。
 
 
 
最後までお付き合いくださり、
ありがとうございます。
 
 
 
 
 
 
 

 

前回の続きです。

 

 

期待できそうなスコーンがやって来ました。

紅茶と一緒にいただきます。

 

 

とってもとても満足なひと時でした。

しっとり感のあるサクサクなので、

パサパサが嫌いな私としては、ちょうどの頃合い。

 

紅茶も美味しくて、素敵でした。

ごちそうさま。

 

 

 

お店を出て、また来ますねと振り返って、

パシャリ。

 

 

スマホなんで、パシャリという感じでもないか。

 

前日までの雨が影響しているのか、

いつもたっぷり流れている山からの湧き水が、

よりたっぷりになっています。

 

 

なんか、色んな要らないものを、

流してくれているような感じがしますね。

 

桧原神社への道との分岐点。

 

 

山の中へと入ってゆきます。

 

シダが活き活きしていますね。

 

 

 

あちこち、さりげなく美しい。

 

 

 

こんな風景の中をしばらく歩いて、

 

 

 

桧原神社に着きました。

 

 

 

一度、雨が強い中で日が暮れて真っ暗になり、

山の辺の道を先に進めなくなったことがあって、

この道を進んで、山を降りたことがあります。

 

 

その時の情景が、しばらくは夢の中に、

結構繰り返し現れていたので、

ここから眺めると、現実なのか夢なのか、

不思議な気持ちになります。

 

漱石の「夢十夜」が好きなのですが、

私にとっての「夢十夜」の情景の一つが、

この道を辿って山を降りてゆくシーンなのです。

 

 

さぁ、お詣りしましょう。

 

 

 

大神神社と同じ三ツ鳥居。

 

 

 

ありがとうございました。

また寄せていただきます。

 

 

 

そうそう、真っ暗でかなりの雨足だったので、

この辺りで断念して、桧原神社へと戻った、

ように思います。

 

 

道がよく見えないから、
足が木の根に引っ掛かりまくって、
怖かったなぁ。


しばらく行くと、
先日の雨が残っていました。

 

 

 

大神神社までは、まだそこそこありますね。

 

 

 

なだらかに下ってゆきます。

 

 

 

今回は八大竜王弁財天へは上らず、遥拝しました。

 

 

 

貴船神社にはお詣りさせていただき、

 

 

 

まだまだゆっくり下っていって、

 

 

 

さらに下ってゆきます。

 

 

 

そうそう、そもそも高校生の時に、

東海自然歩道が気になって、

近くでどこかいい場所が無いかなと調べていて、

「山の辺の道」にたどり着いたのでした。

 

 

 

狭井神社に着きました。

お詣りします。

 

 

御神水をたっぷりいただき、元気回復。

ありがとうございます。


狭井神社の鳥居の前の、この池が大好きで、

来るたびに写真を撮っています。

 

 

季節や時間によって、

様々な表情を見せてくれます。

 

大神神社へ向かう途中で、

磐座神社にお詣り。

 

 

 

そして、大神神社。

 

 

 

さらに、天皇社の鳥居をくぐって、

 

 

そこそこ長い階段を上がってゆくと、

 

崇神天皇をお祀りするお社があります。

 

 

ここだけ、空気が他とは違う感じがします。

いつもしばらく滞在して、

大切な何かを整えていただきます。

 

そしてもう一社外せないのが、神宝神社。

 

 

いつも、ありがとうございます。



普段は、狭井神社の池の近くから、

山を上って、上から下りてくる形で、

お詣りしている久延彦神社。

 

今回は下から、長い階段を上りました。

 

 

 

大鳥居、その向こうに耳成山。

 

 

夕焼けに二上山の黒いシルエット。

 

久延彦神社にお詣りします。

 

 

生徒さんたちの学力向上を祈願しました。

 

かなり暮れてきましたね。

 

 

 

桧原神社の茶屋で買ったおはぎを食べよう。

 

 

 

長い階段を、今度は下ります。

 

 

 

下りた所の自販機前で、いつも休憩してるなぁ。

 

ふと周りの山を見ると、

夕陽で黄金色に染まっていました。

 

 

 

桜井線の三輪駅から電車で帰ります。

 

 

 

 

今回は桜井駅で降りずに、

畝傍駅まで乗りました。

 

 

 

茜色に染まる空と、

黒に染まる電車の前面。

コントラストの美しさが際立つ時間帯。

 

 

 

歩いて5分ぐらいで、近鉄の八木駅。

 

駅のガード下の中華屋さんで、

まずは水餃子。

 


腹ごしらえが終わった頃に、

ちょうど「ひのとり」があったので、

鶴橋へ直行しました。

 

鶴橋駅のガード下。

 

 

ここまで来ると、地元って感じがします。

 

少し歩いて、

シャトレーゼで大量のアイスを買い込み、

帰宅して歩数を見ると28,000歩ぐらい。

 

なんか悔しいので、

夜のお散歩で、増量しました。

 

 

 
最後までお付き合いくださり、
ありがとうございます。
 

 

 

 

 

 
 
前回の続きです。
 
萱生環濠集落の近くまで歩いてきました。
西山塚古墳の周濠の一部。

 

 

ここ、風情があって、好きなところです。

 

最近の山の辺の道は、

適度な間隔でトイレがあって、ありがたいです。

ここは特に、お洒落な感じのトイレ。

 

 

 

結構歩いたけれど、まだ天理市。

歩いていて楽しい道が続きます。

 

 

 

初夏に歩くには、これぐらいの曇りの方が、

涼しくてありがたいですね。

 

 

 

道端の花が、心を癒してくれます。

 

 

 

代掻きが始まっているということは、

まもなく田植えですね。

 

 

 

もともとこういう車両があるのか、

改造されたものか、詳しくなくて分からないけど、

運転してみたいし、荷台に乗ってもみたい。

 

 

もう充分に大人なので、やらなかったけど。

 

更にてくてくを続けると、

崇神天皇陵が見えてきました。

 

 

 

天皇陵へ上ってゆく道。

石畳で整備されています。

 

 

 

天皇陵の木々と、周濠のコントラストが美しい。

 

 

 

色が明るいところが、どうなっているのか、

気になったので、望遠で撮ってみると、

どうやら満開の花たちのようです。

 

 

 

古墳の中には入れませんが、

周濠のふちも小高くなっていますので、

見晴らしが良いですね。

遠くに二上山が見えます。

 

 

 

高校生の時に家族で歩いた時には、

ガイドブックに付いていた地図頼りでした。

 

でも今は、あちこちに案内標識が立てられて、

ほとんど迷うことは無くなりましたね。

 

 

 

ここの休憩所も、藤が美しい。

 

 

 

石畳も悪くないけど、やっぱり土道がいい。

 

 

 

景行天皇陵が、行手右側に見えてきました。

 

 

 

ヤマトタチバナ発見。

 

 

 

後円側から見た、景行天皇陵。

 

 

 

ようやく桜井市に入ったところで、

ぼちぼち帰ろうかということになり。

この案内板のところで、

山の辺の道から離脱しました。

 

 

 

桜井線(万葉まほろば線)は、

結構乗っているけど、

この駅を使うのは、初めてです。

 

 

 

巻向駅に、2両編成の電車がやって来ました。

 

 

桜井駅で近鉄に乗り換えて、

大和八木駅からは「ひのとり」で上本町へ。

 

サイゼリヤでたらふく食べて、帰宅しました。

 

 

その5日後の朝、鶴橋駅。

久しぶりにビスタカーの2階席に乗りました。

 

 

いつもとは違う景色の流れ、楽しかったです。

 

そして、巻向駅に到着。

 

 

 

昼前の巻向駅。

のんびりとした感じが、よろしおます。

 

 

 

今日は、山の辺の道を歩く前に、

箸墓古墳に向かいます。

 

 

 

5分ほど歩くと、見えてきました。

 

 

 

もうしばらく歩いて、

箸墓古墳、ほぼ全景です。

 

 

 

立派なのが立っています。

 

 

 

初めてのお詣りです。

 

 

 

近くの石屋さんに、

石でできた風車のようなものがあって、

回っていました。

 

 

動画も撮ったけれど、載せるほどでもないので、

くるくる回っているだけだし、やめときます。

 

お腹が空いたので、そうめんを食べようかと、

少し歩き回ったのですが、

どこも行列ができていて、

まぁしょうないやん、と選んだお好み焼き屋さん。

 

 

正解でした。

大根おろしの入ったポン酢で食べるのを

選んだのですが、なんか癖になりそうでした。

 

山の辺の道へ向かう途中、

桜井線の線路を渡ります。

 

 

 

ホケノ山古墳に到着。

キトラ古墳とか、カタカナの名前、

なんか色んな想像が掻き立てられます。

 

 

 

上っても良さそうだったので、

頂上からの眺め。

 

 

 

その後は、こんな風景の中を、

しばらく歩き、

 

 

 

やっぱり、そうめんも食べたかったなぁ。。。

 

 

 

はい、前回のところに到着。

 

 

ここから、山の辺の道を進みます。

 

のはずが、一つ手前で曲がってしまったため、

しばらく、違う道を進みます。

 

おいしそうなので、一ついただきました。

 

 

 

ほどなくして山の辺の道へ復帰し、

少し山あいへ、坂を上ってゆき、

檜原神社の参道へ向かうところに、

前から気になっていた喫茶店があって、

ついに、訪れてみることにしました。

 

 

 

中は、予想とは違い、古民家改造風。

窓から見える緑が美しく、

落ち着いた時間が流れています。

 

 

 
次回が最終回になります。
 
 
最後までお付き合いくださり、
ありがとうございます。
 
 

 

 

 

教室内には、観葉植物がいろいろと、あるのですが、

増量計画を最近発動したので、

新しい観葉植物が、少しずつ増えています。

 

もともといた子の鉢を大きくする時に、

2色のポトスを寄せ植えしてみました。

 

 

生徒さんたちが出入りする方の入り口の雰囲気が、

さらに良くなった感じがします。

 

 

さて、前回の山の辺の道の続きは次回にまわして、

今日は歌魂にします。

 

犬(特に小型犬)を飼っている人は、

あるあるだと思うのですが、

ほんと、せっかく洗ったのに、

あちこちに身体をこすりつけて、

乾かそうと暴れまくるので困ります。

 

 

ショート動画はあまり観ないのですが、

これは観ずにはいられなかったのです。

動画の内容は「そう!ほんま、そう。」って感じ。


繰り返し観ている間に、BGMとして使われている、
Vaundyの「おもかげ」が頭の中で回り始めました。

なら、オリジナルの方もちゃんと聴かなければ。
 

 

ほんとのオリジナルではなく、

FIRST TAKE バージョンですが、

一発撮りでこのクオリティ、さすがです。

 

のりのりで歌ってるカバーも、どうぞ。

 

 

同じ歌なのに、心を震わせる場所が違うのは、

ヒトという楽器が奏でる「歌声」の響きの

バリエーションが、とてもとても幅広く、

奥深いということなのでしょう。

 

先ほどは、エメさん・りらさんと一緒に歌っていた、

ミレイさん。

葬送のフリーレンのエンディング曲を聴いてからの、

日の浅いファンですが、次は彼女ひとりの歌を。

「Ordinary days」という素晴らしい歌を、

なんと、かてぃんさんの伴奏で。

 

 

本当に上手い人が弾くと、

ピアノってこんなにも、様々な音を奏でるんだ、

人の声のバリエーションには敵わないけれど、

やっぱり楽器の王様なんだと、改めて思いますね。

 

前回の歌魂でもとりあげた、

ジョージ・ベンソンの「変わらぬ想い」。

こちらもまた、素晴らしいカバーです。

 

 

 

一昨年の記事でも、

宇多田ヒカルの「First Love」のカバーを、

載せましたけれど、

大好きなこの歌の素晴らしいカバーを、もう一つ。

 

 

 

桜の季節が、もう遠い昔のように感じられますが、

たくさんある「桜の歌」の中でも一番好きなのが、

河口恭吾の「桜」。

そのカバーの中でも、素晴らしいこれを。

 

 

 

MONGOL800の「小さな恋の歌」も、

大好きな歌の一つです。

湯船に浸かりながら、サビのところをゆっくり歌う、

それはもう、至福のひと時なんですが、

それを路上で超素晴らしくやっているのを聴いて以来、

気になっていたTENSONGのたか坊の、

夏の終わりのハーモニーのカバー。

 

 

Maveruck Mom のボーカル、南出さんも凄い。

オリジナルは、なんといっても、超絶上手いボーカル、

井上陽水と玉置浩二のお二人ですから、

カバーが見事に成立しているだけで、

実力が分かるってもんです。

 

 

この人たちも、めちゃ上手ですね。

川崎鷹也のオリジナル曲を、

二人で歌うシリーズがあるのですが、

その中でも、めっちゃ好きなこれを。

 

 

 

今回は、何のコンセプトもなく、

ただ、好きな歌を並べてみましたが、

最後は「Ordinary days」をオリジナルで。

 

ヘッドフォンで聴くと、至福の時間になるので、

先日、湯船の中でもヘッドフォンで聴いてみましたが、

とっても至福な時間になりました。

 

 

 

 

今回も、最後までお付き合いくださり、

ありがとうございます。