BOOKMAN -6ページ目

その時は

いつもは渡らない横断歩道を渡り、公園へ。
真っ暗闇。人がいる気配は無い。足音が、いつもの倍大きく聞こえる。
この公園は、細長い形をしている。電車、四両分ぐらいの幅と長さ。遊具は鉄棒とすべり台。それのみ。
昼でも夜でも、平日でも休日でも、夏でも冬でも、人は少ない。
「あそこのベンチに座るか。」
この公園のだいたい真ん中、その両端、そこに一つずつベンチがある。
「う、うん。」
なにか渡辺の様子が少しおかしい。公園に入ってからずっと目をキョロキョロしている。
そしてなぜか、俺のカバンを掴んでいる。
「なに、渡辺。」
後ろを振り返り、渡辺を見る。
「えっ、なにが。」
何かを見透かされたような顔。
「だって、カバン掴んでる。」
「あっ、ごめん。」
手は離れたが、距離が近づいた。
やっぱり様子がおかしい。ベンチに腰掛けても、まわりを気にしている。
「どうかしたか。様子おかしいけど。」
渡辺の顔を覗き込む。目が中央に収まる気配は無い。
「優汰くんは怖くないの。」
そういって、顔を覗き込んだ。いくら渡辺でも、これほど近いと照れる。
「怖くないのって、なにが。」
「え、あの噂知らないの。」
渡辺の透き通る声が、すぐ耳元で聞こえる。
「この公園に幽霊が出るって噂か。」
「うん。」
「いや、知ってるけど。」
何ヶ月か前に、この公園に幽霊が出るという噂が流れた。鉄棒の真横に立って、笑みを浮かべる幽霊。
男子が話し、女子が騒ぐ。くだらない。噂なんかすぐに去る。そう思った。そして実際、すぐに去った。
だが一ヶ月ほど前、複数の女子バスケ部員が、この公園で幽霊を見たと言った。現実感のある話と、二度目の噂ということもあって、真実味が増し、噂は、噂で塗り固められた真実になった。幽霊公園という勝手な名前が付き、学校の生徒は誰も本当の名前では呼ばず、そして、その幽霊を二回見ると呪われるというオプションが、いつの間にか付いていた。
「怖くないの。」
驚いた口調だが、声は小さい。
「別に。」
「幽霊とか信じないの。」
「まぁ、興味ないし。渡辺は信じてるのか。」
と言って、幽霊がいると噂されている鉄棒の方向を見た。幽霊なんかどこにもいない。それより、この暗さでは鉄棒さえもはっきり見えない。
「信じてるわけじゃないけど、あんな噂あったらやっぱり怖いよ。夜の公園ってことでも怖いのに。優汰くんはすごいね。」
渡辺が、幽霊の噂を気にするとは思わなかった。マイペースでおとなしいが、割りとしっかりしている。意外にこういうことで騒ぐのは、佳代のほうだ。
「すごくはないけど。つーか、その幽霊ってあそこの鉄棒の横に立ってる人か。」
少しからかってみた。
「えっ。」
もの凄い速さで、首が鉄棒のほうを向いた。
「どこっ。居ないよ。」
「くくく、ごめん嘘。」
渡辺がこんな反応をするとは、
「もう、優汰くん。」
怒ってる中に安堵感が混じっている。

「くくく、ごめん。」
「はぁ。」
余程驚いたのか、かなり深い溜め息をついた。
少し沈黙が続いた。
「優汰くんはさ、好きな人いる。」
「えっ。い、いないけど。渡辺はいるの。」
唐突な質問に戸惑ってしまった。
「うん。今日はそのことで相談したかったんだ。」
意外な返事。渡辺から何度も相談を受けてきたが、恋愛の相談は、小三のときだけ。それっきり一度も受けたことはないし、恋愛の相談なんかもう一生受けないだろうなと思っていた。俺は、誰とも付き合ったことはないし、恋を知ったのは中学一年生。
もう一度聞きたくなる。何で俺に相談するの、と。

その時は

昇降口へ向かった。昇降口の扉を開け外へ出た。すぐ目の前にある短い階段に、誰かが座っている。肩をそっと叩く。
「あ、優汰くん。」
渡辺美紀。
「ごめん、少し遅くなった。」
「ううん、こっちこそ呼び出してごめん。」
「いや、別にいいけど。じゃあ帰るか。」
「うん、ありがとう。」」
すくっと立ち上がり、カバンを背負った。肩に少しかかる髪が、少しの風できれいになびく。
渡辺が、俺を呼び出すのは珍しいことではない。小学校の頃から、何度も相談を受けてきた。多分今日も、何か相談したいことがあるのだろう。

二人は、校門を出てからずっと無言。相談をされる素振りはない。相談されるときはいつも数分、沈黙が続く。
俺からは話しかけず、渡辺から何か話すまで待つのが鉄則。
だが今日は、十分経っても、二十分経っても何も話さない。これでは家についてしまう。鉄則も何もあるか。空気を変えようと、今まで気になっていたことを質問してみた。
「あのさ、渡辺。」
「えっ、なに。」
「お前ってさ、いつも俺に相談するじゃん。」
「うん。」
「どんなことでも。」
「うん。」
「何で。」
「えっ、何でって。」
「だって、相談するなら良樹とかのほういいんじゃない。あいつなら真面目だし、ちゃんと相談に乗ってくれそうだし。」
「確かにりょうちゃんなら、ちゃんと相談乗ってくれそうだね。」
「じゃあなんで。」
「小学校四年生ぐらいのときに、優汰くん、私を保健室に連れて行ってくれたことあるでしょ。」
「うーん。そんなことあったっけ。」
思い出せない。
「ごめん、優汰くんの性格じゃ覚えてないよね。」
悪気は無いようだが、たまに少し腹が立つことを言う。
「それ、今の話と関係ある。」
「うん。長くなるから話さないけど、りょうちゃんに相談すると空回りしてしまいそうなんだ。」
「空回りか。」
確かにそういう部分もあるかもしれない。それより、どんな話しなのかが気になる。
「あとからりょうちゃんに聞いてみて。」
「あ、あぁ。」
そう言われたら、あとから良樹に聞くしかない。
「じゃあ、佳代とか結子さんは。」
「二人に話すのは少し恥ずかしいんだよね。普通は女子同士で恋愛のこととか話すと思うけど。」
「ふーん、そうか。」
何も言うことが無くなった。
「優汰くんだったら仲いいし、誰にも言わないでしょ。」
「誰かに言う必要あるか。」
「フフッ、そうだね。優汰くんに相談するのは、そういうところだよ。」
「えっ、そういうところってどういうところ。」
「フフッ、それを聞くところ。」
渡辺の言っている意味はよく分からないが、空気は良くなった気がした。
「あ、どうしよう。」
「ん、なにが。」
渡辺が前を指差した。指の方向に、顔を向けた。その先には交差点があった。。
渡辺は、横断歩道を渡った先に、俺は、そのまま道なりに進んだところに家がある。だが今日話さないと、渡辺も話しづらいだろう。
「じゃあ、あそこの公園で話すか。時間大丈夫なら。」
交差点のすぐ側にある、公園を指差した。あそこなら、人通りも少ないだろう。
「私は大丈夫だけど。優汰くんは大丈夫なの。」
「どうせ家に居たってすることないし。」
「ごめん、ありがとう。」
「あぁ、別に。」
ごめんとありがとう。渡辺は口癖のように、この二つの言葉を使う。

感謝すること
それは、自分のこころを相手に見せることである
感謝せよ
それが、正直に生きることである

これは誰の言葉だっただろうか。
思い出せそうもない。

その時は

職員室に向かった。ドアを開けると、いつも通り目の前にニコニコしている先生。
比良に聞いたら、三年四組の担任で、今年転勤してきたようだ。名前は、南考治郎。一部の生徒からは、こうちゃんと呼ばれている。
比良は、
「同じ学年の先生だってのに、半年間知らなかったのか。何回か会ってるはずだろ。お前らしいっちゃらしいけど。」
と言って笑った。
俺は今まで、他人を見ようと、知ろうとしなかったみたいだ。一部を除いて。これからは、周りに目をやることにしよう。
「三浦先生なら進路室にいますよ。」
俺が聞く前に、聞こうとした答えが返ってきた。これで、七度目なのだから、当たり前か。
お礼を言って、進路室に向かった。
ドアを開けると、三浦先生がプリントを束ねている。
「先生、終わりました。これ生徒会室の鍵です。」
先生に、鍵を差し出した。
「はい、ご苦労様。」
と言いながら、プリントの束を机に置き、鍵を受け取った。
プリントのほうに目をやると、進路のことについて書いてある。来月に三年の為の進路講話があるみたいだ。もうそんな時期なのか。
「ちゃんと戸締まりしたね。」
「はい。」
「じゃあ、帰っていいよ。」
「はい。さようなら。」
「あ、それと。」
後ろを振り向き歩いた瞬間に、呼び止められた。
まだ何かあるのか。
「何ですか。」
「他の先生方が言ってたけど、三組テキパキやってくれてるって言ってたぞ。雰囲気も良いみたいだし。先生たちも助かってるよ。これからも頑張れよ。」
「はぁ、ありがとうございます。」
「うん、じゃ、ご苦労さん。」
「はい。失礼します。」
遠慮がちな返事をしたが、そんなことは当たり前だ。
他のクラスとはやる気が違う。喋ったり、寝ていたり、ふざけたりしながらも、やることはやっている。一番、手伝ってくれる人数が多かった四組も、今は七人になっている。一人が辞めると、一緒にやっていた友達も辞めた。そのせいで、大変な仕事が三組に来たのは確かだが、その分やりがいがある。皆も一度も休まず来てくれる。 手伝ってくれた九人と良樹に心の中で感謝した。みんなありがとう。