シングルマザーのサニーは、

お金のメンタルブロック解除をして

子どもの不登校・離婚を乗り越えて

パソコン1台で自宅起業を果たしました🌟

 

不登校児の母親は

家庭にも社会にも居場所がない

 

という経験をしまして笑い泣き

子どもが学校を休み自宅にいても

自宅リビングで仕事ができる環境

「自宅起業」という形で作って、

 

経済的に自立→離婚

 

で、今は福岡で子どもたち2人と一緒に

平和な生活をおかげさまで

手に入れましたちゅー

 

そんな私の自己紹介、ぜひ

ちょっと読んでみてくださいね♪

 

先日初めてアップした

サニーの自己紹介にも

たくさんのいいねや

温かいコメントをいただき

本当にありがとうございます。

 

嬉しかったです*^^*

 

実は以前、実名を出して、

不登校の娘と3歳下の息子と

そして私が、日々どんな風に

生活をしているのか、

 

不登校日記(ホームスクール日記)みたく

FC2ブログの方で、少しだけ

書いていた時期があったのです。

 

時期的には確か、

娘が不登校3年目、

小学校1年生の頃だったと

記憶しています。

 

しかし、その頃が

一番私のメンタルに来ていて

ブログを書くのが続けられなくなって

一旦は非公開にしていたんですよね^^;;;

 

でも、おかげさまで

あれからだぶん時間が経過して

子どもたちを連れて離婚もできて

新しい生活が始まっていました。

 

だから、以前と比較しますと

ちょっとは落ち着いてきた(?)ので

それをリメイクしまして、

 

 

「シングルマザー、自宅起業をする」~不登校・離婚を乗り越えて歩んだ11年間の記録~

 

 

と題しまして、

過去のサニー家の経験を

こちらのアメブロで少し

書いてみようと思います。

 

どうぞよろしくお願いします*^^*

 

※連載本編は、改行の雰囲気がちょっと変わります

 

 

 

  連載「シングルマザー、自宅起業をする」~不登校・離婚を乗り越えて歩んだ11年間の記録~

【第1話】自宅起業の序章、それは娘が新生児の頃の夫婦関係の悪化から

 

 

冒頭は、まだ結婚する前の、私サニーの学生時代の話から始めようと思います。

 

大学1年生になったサニーは、まだ「起業する」という意識は全然なくて、学生にありがちだと思うのですが、時給単価が良い仕事を意識して選んでいました。

 

なので、大学生最初のアルバイトは、当時の時給でも2,000円以上だったという理由で塾講師の仕事に就くことになります。

 

そのため、サニーさんは18歳の頃から、子どもを持つ親御さんとの接触機会というのが、自分の同級生たちと比較するとちょっぴり多かった気がします。

 

塾講師という立場で、様々な親御さんや子どもさんと接して来て肌身で感じていたのが、子どもさんが嫌がることを無理にやらせようとしても、嫌なものは嫌だから、克服とかいう次元ではないんだな・・・ということです。

 

具体的には、子どもさんご本人は全く勉強する気がないにも関わらず、親御さんがせめて勉強だけはできるようになってほしいという気持ちになっていると、子どもさんを引きずってでも(?)塾に連れてくるなどして、「え、そこまでやるの?」というような状態で子どもさんだけ超嫌々な状態で、塾に取り残されるわけです。

 

一応仕事なので、塾内で授業はしますが、何をやっても子どもさんは嫌がりますから、お互いに時間の無駄、労力の無駄だったりします。

 

でもそういう状態では、塾講師のプロとしていけないと思い立ち、『どうやったら生徒が楽しく塾に滞在してもらえるだろうか?』と一生懸命考えた結果、私は、

 

 

(塾に来るのがめっちゃ嫌な子どもさんに対して)あのね、今日は先生からお願いがあるんだけど」

 

 

と、ある時、授業の始まりに一声かけてみることにしました。

 

 

「んー?」

「せんせぇ、トイレ行きたーい」

「先週の○○ってドラマ観た~?」

 

 

などと、生徒たちは、"どうせまた宿題やってないとか言われるんだろうな" みたいな、テキトーな返事をするわけですw

 

なので、

 

 

「○○くんたちさ、今日はね、"先生に" テストを作ってくれない?」

 

 

と提案してみました。

 

 

「テストぉ?テストって、先生が出すものでしょ」

「そうだよ~」

 

 

生徒たちは、口々に言います。

 

 

「ううん、違う違う、今日のお願いはね、立場を逆にするというか、、、○○くんたちの出した問題に先生が答えるから、テスト用紙を作ってくれない?」

 

 

という風に、先生と生徒の立場が逆になるような提案を生徒たちに言ってみました。

 

すると・・・

 

 

「え?ええ???マジで?いいの?」

 

 

普段、塾に来ても全然勉強もしない、宿題もやらない、一番やる気のないSくんが目を輝かせているんです。

 

なので、

 

 

「先生、一生懸命テストの勉強するからさ、チョーーー難しい問題作ってほしいなぁ・・・」

 

 

と "お願い" をしたわけです。

 

 

そんな話を塾講師の私から聞かされると思ってもいなかった生徒たちは、もうキラッキラで楽しそうに、

 

 

「わかった!絶対先生が解けない問題、俺作るから!!」

「いいの?マジで、先生の点数悪かったら罰ゲームだよ?」

「何の教科でもいいんだよね?」

 

 

と、それはそれは嬉しそうで、もう次の瞬間に生徒たちはテストにどんな問題を出そうかと、教科書を開き、ドリルを開き、一回自分で回答を書き出したり、問題文を書き出したりと、

 

 

メッチャ勉強を始めた

 

 

わけですw

 

どうせやるなら、嫌々やるんじゃなくて、意識高く楽しく取り組めるこういうキラキラ感を待っていたんだよ~💕って思いました*^^*

 

この塾講師時代の経験から、サニー自身思ったことは、もし将来自分の子どもが生まれたら、好きなことをさせよう、やる気が出るような声かけを、なるべく心がけて楽しもうということでした。

 

 

そんな風に時給単価の高い塾講師のアルバイトは、稼げるし楽しいという気持ちが強かったのですが、大学卒業後の進路は塾業界から離れて、東京都内にある会社に就職することになります。

 

理由は、塾業界というのは仕事の始まりは比較的遅いものの、夜の仕事終わりが深夜12時近くなる仕事のスタイルだと、大学時代の友達と遊べる時間が合わなくなると思ったからなんです。

 

そんなわけで、一端の社会人として社会の中で鍛えられている中で、社会人4年目になった時に、夫となる人と結婚することになりました。

 

結婚生活の基盤となった場所を選択する際に、「夫の地元の方がいいよね」という話になり(あの当時は、夫とも仲がよかったw)、私が社会人生活をしていた場所には通えない距離だったので、一旦は専業主婦状態になりました。

 

やがて、娘が生まれるのですが・・・"夫の豹変" は娘が生まれたばかりで5日間程の産科での入院を終えて、自宅に戻った直後からでした。

 

新生児って、ほにゃほにゃとかわいく泣くじゃないですか。

 

オムツが気持ち悪いとか、おっぱいが欲しいとか、いろいろな欲求をかわいく泣くことで親に伝えてくれる感じで。

 

ところが、夫は娘がかわいくほにゃほにゃ泣いているのを見て、

 

 

「コイツ、またインチキで泣いてる」

 

 

と言い出すわけです。

 

 

私は聞いたこともない、ギョッとする言葉に驚いて、

 

 

「え、あのさ、娘ちゃんは何か伝えたくて、泣いてるんだから、インチキって言葉はちょっと違うよ。娘ちゃんはインチキしてないよ」

 

 

とすぐに言い返しました。

 

しかし、

 

 

「インチキはインチキだよ?・・・それに、本当に俺の子か?

 

 

と、夫は急にトンデモナイことを言い出して来るではないですか。

 

私が夫に意見したことで、今度は私の浮気を疑うような言動まで出て、話し合うとか会話の中で何かを改善するという手段が、この人(夫)にはないんだな、とその時に思いました。。

 

結婚してしばらくの新婚時代は、そういう夫の変な言動もなかったので、夫婦喧嘩をすることもほとんどなくて、結婚生活は比較的円満な方だと認識していました。

 

しかし、娘が生まれて来てくれて、ようやく親子3人で仲良く暮らして、これから楽しんで人生を作っていこうと思っていた矢先に、夫が急に変わってしまったのです。

 

・・・というか、結婚を決断した私の見立てがそもそも間違っていて、『最初からトンデモナイことを言う人だった』というのが正しかったかもしれません^^;;;

 

なぜなら、人生何度か詰んだと思って、酸いも甘いも経験していく中で、「結婚相手に、一番相性の悪い人を選ぶ」な~んて話をよく聞くようになったからです💦

 

 

マジか~、サニーの人生の青写真、結構若い頃に試練多くない?(;´Д`)

 

 

と、心の中で何度もつぶやいてしまったものですorz

 

前向きに言い換えるとすれば、大器晩成型だよな♪と離婚が決まったあたりでそう思い直せるようになり、そこから家庭にも平和を取り戻せたのは、娘が新生児の頃から数えて11年後の話になります^^;;;

 

不登校の親の特徴として、子どもに不安感を与える言動を繰り返していると、子どものメンタルが弱って、生命エネルギーを奪われて、学校という外的環境に行けなくなるという話もよく聞きます。

 

それは、子どもから見て、父親と母親のいわば夫婦喧嘩だったり、夫婦関係の悪化も少なからず影響すると思います。

 

あの頃の私は、夫婦関係を修復すれば、娘と3人でしあわせな家族として再構築できる道はないかと、まだすぐに離婚決断というところまでは意識は向いていませんでした。

 

娘はというと、すくすくと育ち、9か月頃には歩けるようになり、話し始めるのも早くて、1歳後半のあたりで公民館で手を繋いで娘と歩いていた際に、近所のおばあちゃんから声をかけられまして、

 

 

「娘ちゃん、何歳になったの?」

 

 

と、母親である私に聞いて来てくれました。

 

ところが、その返事を私がしたのではなく、先に娘の方が、

 

 

「1歳!」

 

 

と元気よく返事をしまして、赤ちゃん言葉ではなく1歳の子と会話が成立することに、近所のおばあちゃんはビックリしていたのが印象的で、今でも覚えています。

 

夫の言動は、インチキ発言以外にも娘に対して心ない言葉があちこちで出ていて、家庭崩壊までのカウントダウンが始まりつつある時期でした。

 

それだけじゃなく、一時的に専業主婦になる道を選んでしまったのですが、生活費としてもらえる額が少なくて、「え、これで食費を賄えっていうの?」という状態だった上に、夫婦で生活のことを話し合える状態ではすでになかったために、自分自身の独身時代の預貯金を切り崩して生活をしていました。

 

 

「早く仕事に復帰しよう」

 

 

そんな風に思い、いろいろ仕事の手段を探し始めていました。

 

まだこの頃は、自宅でひとりで起業するというところまで、思考がたどり着いていなかったものの、

 

  1. 子育て中のママでもできるお仕事のスタイルであること
  2. 時間に拘束されないお仕事の分野であること

 

というのを、意識して探し始めていました。

 

例えば、あの頃は、週末に新聞の折り込み広告に混ざって入って来ていた求人広告、誌の中で、上記のような条件にぴったり合う仕事がなくて、すぐに具体的な仕事に就くことはできませんでした。

 

ですが、娘の成長はありがたいことに順調だったので、夫が仕事で家にいない時は、娘と2人でおうちでの生活を楽しめた貴重な時期でした。

 

娘と2人で、ディズニーランドに行ったり、当時結婚生活をしていた埼玉県から山梨県まで遊びに行ったりと、娘との時間が多くて楽しかったのは、このブログを書いていて改めて思い出した次第です。

 

 

子育ての貴重な体験を娘を通してさせてもらえたこと、これは改めて感謝だなと思いました*^^*

 

しかし、ひとり起業の道にぐっと進むことになる、"次なる事件" がこの頃に起きるんです。。

 

 

 

つづく

 

 

 

  あとがき

 

本記事を最後までお読みくださり、ありがとうございました。

 

娘はもうすぐ16歳になりますので、新生児の頃を思い出して当時を書いてみましたが、いやぁ・・・懐かしい、でも、元夫とは離婚フラグがすでに立っていましたね^^;;;

 

そして、ひとり起業の道を選ぶ流れも、うっすらと見えてきている時期だったと思います。

 

娘が不登校になった原因って、母親である私にもあったなというのは、当事者として感じていますから、何も元夫にすべての責任を押し付けているわけではないんです。

 

未熟な私サニーさんにもホント原因がありますorz

 

でも、この先、不登校の原因のすべてが私サニーにあると、周囲からいろいろ言われるようになり、そこで思ったことは、ちょっと極端な話であり、極論ではあるのですが、

 

 

世の中、お金だな

 

 

ということなんです^^;;;

 

なぜかというと、この先の連載の第2話以降で出て来るのですが、娘の不登校を発端に私のことを「母親失格」と言って来た人たち、という登場人物が出て来ます。

 

そういう人たちは、私が専業主婦でラクしているというような見方をする、距離の近い義理の親族たちだったからです。

 

もう、許す許さないの境地は通り過ぎているので、その出来事に私自身何かマイナスな感情が動くわけではなく、むしろ自分を成長させてくれた経験だったと感謝できる境地に今はなっています。

 

でも、もう二度と同じ経験を繰り返さないために、「何を変えたらいいのか」というのを自分自身に問いかけてみた時に、子育てしていても、母親の立場でワンオペ育児状態だったとしても、

 

  • どんなカタチでも仕事の手段を確保しておくこと
  • 現金収入が自分名義の銀行口座にダイレクトに入って来るルートを確保しておくこと

 

で、自由の幅を広げておけるとつくづくったんですよね^^;;;

 

次話以降、そんな私自身の奮闘も書いていこうと思っています。

 

が、まず第2話は・・・なんと色々決断して下の子が生まれる描写が入る予定です。

 

えー、なんで?夫婦関係悪化してたんじゃないの?と思われそうなので、その背景も書いていきますね。

 

 

「【第2話】義家族の兄弟差別がひどい!3歳下の弟が生まれた直後の事件」

 

 

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⇒サニーの連載「【第1話】ひとり起業の序章、それは娘が新生児の頃の夫婦関係悪化から」

 

 

 

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