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砂場

本の感想と日記。些細なことを忘れないように記す。

痺れる
痺れる
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沼田 まほかる
光文社
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職場のバイト君のおすすめ本。初めて読んだが、恐るべし沼田まほかる。全9話どれもが暗い魅力に溢れている。奇妙な味ファンは必読。

現在と過去の記憶が混濁した老女が物置にしまったバックを延々と探す「林檎曼荼羅」と、略奪婚に成功した女性が彼氏が褒め称える前妻に怯える「エトワール」はどこの傑作短編アンソロジーに収録されても見劣りしない傑作。出入りの植木屋に自分の娘より大切にされる「沼毛虫」、偶然に一緒に暮らすことになった若い男に心惹れる孤独な女性を描く「やもり」、さらには「クモキリソウ」「レイピスト」「TAKO」など善と悪が反転するその鮮やかさに驚嘆し、そして困惑する。「テンガロンハット」「普通じゃない」はユーモア混じりだが、これは笑わせるための物語ではなく、笑いを凍りつかせる物語だった。

全編を通して語られるのは善と悪がいかに表裏一体であるかということ。人は愛するゆえに盲目となり、愛しすぎたゆえに闇に落ちる。人の善意によって悪が為され、悪意によって人が救わる。哀しみと喜びが入り交じり、苦しみと楽しさが同居する。この短編たちを読んでいると、善悪や喜怒哀楽の区別のない世界こそが現実の世界に思えてくる。僕達は本当はこんな言葉の意味に囚われ不自由になっているのではないのか。剥き出しになった人間の姿。それは、グロテスクであるがゆえの圧倒的な存在感で、読むものの脳裏に焼き付く。
ワーカーズ・ダイジェスト
津村 記久子
集英社
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改札に定期を突っ込まなければいけないのに、なぜか家の鍵を出そうとしたりして、本当に駄目だと思う。自宅の前で定期を出してしまうこともよくある。P12

スーツを着て、五年間同じものを着ているねずみ色のダッフルコートに腕を通す。今年もコートを買う気にならないのかおれは、と思いながら。P19


32歳の男女。仕事の打ち合わせで一度だけ会う。同じ苗字で同じ誕生日ということ知り、お互いなんとなく頭の片隅に残っていて、ときどきふと思いだす。二人とも20代の頃に比べて欲望が落ちている。仕事はきっちりとこなすけど、家事など家の生活はちょっと投げやり。自分が幸せになることなんて願ってもなくて、ただ目の前の仕事をしっかりとこなすことを大事にしてきた二人。夢とかそんな派手なものを求めているのではなく、ちょっとした安定が欲しいだけなのに。それは理不尽に奪われていく。

理不尽といっても、それはどこにでもある理不尽だ。イライラしてるとか、逆恨みとか、知る由もない理由で人は理不尽に傷つけてくる。それを正面から受け止めとめたり、なんとかして解決するのではなく、この二人は降りかかる理不尽な状況に怒ったり、逃げたり、開き直ったり、とにかく現状の関係性を変化させる。そのままま延々と続くというのがよくない気がする。悪いことも悪いこととして終わらせれば、明日は今日よりよくなるのかも知れない。好きなものを食べることだったり、友人との他愛のない会話だったり、そんな「不幸ではない」日常によって、人は生きていくことができる。

震災前に書かれたから、今となっては現実はこんな生ぬるい小さな問題ではない、とか。こんな日常に戻れるように復興をがんばろう、とか。そんな読み方もされそうな気がする。けれどこの物語の根底にあるのは「夢はきっとかなう」とか「自分を信じれば成功する」とか「愛によって生まれた美談」とか、そういった幸福を求める内容ではない。よく生きるのでなく、ただ生きていくための物語。震災によって僕たちは生きる意味を問い直されている。取り返しの付かない悲劇。乗り越えることがえきない壁。選択肢のない袋小路。正面から立ち向かうのではなく、受け流して立ち上がれる力が僕は欲しいと思う。この物語はその支えになる。
ふがいない僕は空を見た
窪 美澄
新潮社
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「本の雑誌が選ぶ2010年度ベスト10」第1位。「2011年本屋大賞」第2位。第24回山本周五郎賞受賞。第8回「女による女のためのRー18文学賞」大賞受賞とういことで、性描写など過激な部分が多々あるが、その剥き出しの「性」の存在が人が生きる「生」と絡みあい、物語の強靭ないテーマとして描かれていく。

家に帰るなり女のでかいあえぎ声が聞こえた。おれのおふくろは助産師で、自宅でお産の介助をしている。つまり、俺の家は助産院でもあるわけだ。たいして防音設備が整ってない普通の民家だから、産婦さんの苦しむ声はこの家のどこにいても聞こえる。ちんこを入れたときも、その結果としてできた子どもを出すときも、同じ声っていうのが不思議。お産の、って言われなきゃ、まんまAVの声だもの。そんな声を聞きながら、おれはこの家で大きくなった。
P11


連作短編集ということで短編ごとに主人公が変わり、その誰もが幸福とは程遠い場所にいる。どこかで道を間違えたのか、そもそも始めから道は行き止まりしかなかったのか。グルグルと迷いながら袋小路を彷徨う人たち。人を傷つけ人に傷つけられ生きていく彼ら彼女たちの姿がそこにある。その苦しみを自己責任だと非難することはあまりにも容易い。けれど、ひとりの人間の意思では避けられないことがある。それは生まれながらの環境であったり、誰かをどうしようもなく好きだということだったり。

読み終えると「ふがいない僕は空を見た」というタイトルが胸に深く残る。読み終えたのはもう半年も前なのに、今でもしっかり残っているのがわかる。落ち込んだ時とか、このタイトルを見ると、なんだか心が暖かくなる。こんな風に思える本はあまりない。
マウス (講談社文庫)
マウス (講談社文庫)
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村田 沙耶香
講談社 (2011-03-15)
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人間関係を怖がる少女と、人間を怖がる少女が、それぞれ仮面をかぶりながら生きていく。村田沙耶香らしく、いつも通りのゆがんだ世界でゆがんだ人間模様が繰り広げられるかと息を潜めて読んでいたら、中盤以降から僕の予想もしなかった展開になって驚く。よく考えたらこういう流れのほうが王道なわけだが、ここまで極端な人物設定で、こんなウェルメイドな物語になるとは思いもよらなかった。

学校というのはスーパーのようなもので、私達は陳列されているのだと、私はようやく気づき始めていた。私達を評価するのは大人たちだと、私はずっと思っていて、いい子であるようにつとめていた。けれど、本当の買い手は生徒たちの方だったのだ。
P32-P33


他人に嫌われないようイジメられないよう「人畜無害」という仮面をかぶり、友人の話題に置いて行かれないように細心の注意をはらって日々を過ごす小五の少女・律。ちょっとした事で大泣きして教室を飛びだしていく同級生・瀬里奈。律は瀬里奈のことがずっと気になっている。それは友人もいなくてクラス中から嫌われている瀬里奈が可哀想だとかではなく、律にとっては瀬里奈が「自由」にみえるから。「ありのままの自分」とは何か。「自由」とは何か。「臆病」とは「勇気」とは何か。二人の視線が重なり合うことで、それぞれの新たな道がみえてくる。

ネタバレになるからあまり書かないけど、ラストシーンがとても好きだ。
ペンギン・ハイウェイ
森見 登美彦
角川書店(角川グループパブリッシング)
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自分の子供時代を久しぶりに思いだす。この少年のように研究ノートはつけていなかったけど、「〇〇探検隊」と名づけて色々なことを友人たちと調べ歩いていた。校区内の道がどう繋がっているか隈なく歩きまわったこと。どこか抜け道がないかあらゆる家と家の隙間に突入してみたこと。近所の川を行けるところまで遡り、線路に沿って延々と歩き続けたこと。雨の降った翌日、どの泥で団子をつくったら一番固いのか、いろいろな場所の泥を集めたこと。なぜか校区内のどこに苔がたくさんあるか探し回ったこと。当時僕の家で飼っていた猫が外に行く時どこに行っているのか追跡し、どうしても突き止められなかったこと。

これらの出来事は「なんだかくだらないことばかりしていた子供時代」と僕のなかに位置づけられていたけど、案外そうでもなかったのかなと、この本を読んで思った。できることなら、この少年のように街角でペンギンに出会ったり、美人のおねえさんの知りあいが欲しかったけど。