改札に定期を突っ込まなければいけないのに、なぜか家の鍵を出そうとしたりして、本当に駄目だと思う。自宅の前で定期を出してしまうこともよくある。P12
スーツを着て、五年間同じものを着ているねずみ色のダッフルコートに腕を通す。今年もコートを買う気にならないのかおれは、と思いながら。P19
32歳の男女。仕事の打ち合わせで一度だけ会う。同じ苗字で同じ誕生日ということ知り、お互いなんとなく頭の片隅に残っていて、ときどきふと思いだす。二人とも20代の頃に比べて欲望が落ちている。仕事はきっちりとこなすけど、家事など家の生活はちょっと投げやり。自分が幸せになることなんて願ってもなくて、ただ目の前の仕事をしっかりとこなすことを大事にしてきた二人。夢とかそんな派手なものを求めているのではなく、ちょっとした安定が欲しいだけなのに。それは理不尽に奪われていく。
理不尽といっても、それはどこにでもある理不尽だ。イライラしてるとか、逆恨みとか、知る由もない理由で人は理不尽に傷つけてくる。それを正面から受け止めとめたり、なんとかして解決するのではなく、この二人は降りかかる理不尽な状況に怒ったり、逃げたり、開き直ったり、とにかく現状の関係性を変化させる。そのままま延々と続くというのがよくない気がする。悪いことも悪いこととして終わらせれば、明日は今日よりよくなるのかも知れない。好きなものを食べることだったり、友人との他愛のない会話だったり、そんな「不幸ではない」日常によって、人は生きていくことができる。
震災前に書かれたから、今となっては現実はこんな生ぬるい小さな問題ではない、とか。こんな日常に戻れるように復興をがんばろう、とか。そんな読み方もされそうな気がする。けれどこの物語の根底にあるのは「夢はきっとかなう」とか「自分を信じれば成功する」とか「愛によって生まれた美談」とか、そういった幸福を求める内容ではない。よく生きるのでなく、ただ生きていくための物語。震災によって僕たちは生きる意味を問い直されている。取り返しの付かない悲劇。乗り越えることがえきない壁。選択肢のない袋小路。正面から立ち向かうのではなく、受け流して立ち上がれる力が僕は欲しいと思う。この物語はその支えになる。
