安心安全である必要。坂口恭平さんのLiveによせて。
小さなギャラリーで、坂口恭平さんのアコースティックLiveに行ってきた。坂口さんは、躁鬱病をもちながらも社会にとらわれることなく、自分の心に正直に、とても自由に生きているように見える。彼の詩は、小さな小さな日常の一つの風景であったり、百済からの古文書をものすごい角度から意訳して日常の話に落としてアコースティックに歌いあげる。面白いよ。この人のトークは。その目線がたまらなく面白い。生きる素晴らしさを知っていて、優しく柔らかい。その優しさに安心し私の石のような心も血が通いだす✨ゆっくり自分に温度が戻る。精神の回復は、割れてる心を一つにしていく力は、こんなところにあるんだ。🌈安心、安全であることだ!これすごく大事。『攻められない 責められない 追い詰められない。』私の意見や私の心が自然とでてこれる環境。今は、それが必要。複雑骨折した所が、やっと少しづつ繋がってきている。そこの弱さを突かれるのは、今は、無理なんだ。また簡単に壊れるから。もう壊れるわけには、いかない。私は今は立とうとしている。まだ走れない。走りたいけど、また、ボロボロに崩れてしまうのが、わかってる。今は優しく安全に。確実に。自分をひっぱろう。基礎をしっかりしないとね。立てているようにみえるかもしれないけど、体の芯部が、ぐちゃぐちゃなの。人からは、わからないだろうけど。だから、人と噛み合わない。。噛み合うふりをして齟齬が、おきる。それが辛いのか。、バラバラになった 解離した神経と心と肉体の接続には、安心、安全であることを前提にしないと、そこに不安と恐れが出てくると、いっきに胸が苦しくなる。。心が張ちきれんばかりになった記憶が蘇って怖くなる。また、壊れるのは、、もう嫌ー!!!⚡️あの恐怖が体の中で、再生される。たいしたことじゃなくても、ハートが脆いとダメね。些細なことでも震える。自分が生きてることに、震えるんだ。また、何か言われるかも、怒られるかも、イライラさせている。。そんな相手の顔色でリスカしたい衝動にかられることもある。。人に見せれない姿。自分の中味を立て直さないといけない。今までの、離人症の鎧ではなくて。自分の足でしっかり立てるように、なるために。人の影響をうけず恐れなく私が本当の私で生きていけるように。。それを体の体感として、しっかり定着できるようなことができたらいい。坂口さんの周りには、彼を理解してくれる人達がたくさんいる。なんでも話せて、鬱の時も人がいる。ドタキャンや情緒不安定でも、仲直りできる人達が羨ましいよ。話出すと止まらないのを一生懸命ブレーキをかけつつ、爆発しそうなエネルギーをコントロールして自己の省エネを目指し鬱をコントロールしている。彼は自分の取り扱い説明書を作っているような気がした。そんな中で、いのちの電話で自分の携帯番号をさらけ出している。繊細な神経そのままに、どうやったらそんなに大胆に生きていけるのだろうと不思議だよ。どこでバランスをとっているのだろう。いやバランスはいらないのか、自分が自分でいれる力があれば。