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葬儀の打ち合わせでは、
遺影の写真を選ぶ時間もありました。
 

緊張が張り詰める中で、
この時間だけは、なぜか心が穏やかになるひとときでした。

 

 

遺影の写真を選ぶポイント

生前、母が気に入っていた写真があり、
その写真を見てもらい決めました。
 

その時間は、娘や叔母、従妹たちも来ていて、
「ばーちゃんらしいね」
「〇〇ちゃんだね」と、

自然に笑顔がこぼれました。

 

 

ちなみに母のお気に入りは、

定年のお祝いをしたときのもので、
大好きな家族に囲まれて、

満面の笑顔の一枚でした。

 

 

ちょうど今の私と同じ年頃の写真で、
なんだか不思議な気持ちになりました(笑)


遺影は、少し若い頃の写真の方がよいそうです。

 

家族で準備したこと

 

葬儀費用には基本料金に含まれないものも多く、
葬儀社にお願いする場合と、家族で準備する場合、
それぞれのメリット・デメリットについても教えていただきました。

 

そうした説明を受ける中で、
家族として準備することも少しずつ見えてきました。

 

決められた日までに用意するものもあり、
毎日、やることリストを更新しながら進めていました。
 

枕花

枕花は、故人の枕元に飾るお花で、
自宅用と斎場用をそれぞれ準備しました。

 

斎場用は、母が移動する日の午後に合わせて注文しました。
 

プチお通夜

直葬ということで

宗教的な儀式は行いませんでしたが、
母が自宅で過ごす最後の夜、
親戚が集まり、思い出話をする時間を持ちました。

 

形式的なものではなく、
家族としての小さなお通夜のような時間でした。

 

火葬場での軽食

火葬の時間が昼時だったため、
待ち時間に食べられる軽食やお菓子を準備しました。

 

葬儀社のお弁当やオードブルではなく、
余っても持ち帰れるものがいい
という叔母のアドバイスもあり、
コンビニで事前に注文し、

当日の朝に受け取れるようにしました。


 

初めてのことで、わからないことばかりでしたが、
ひとつひとつ丁寧に説明していただき、
費用も明確で、疑問にもきちんと答えてくださり、
私たちの希望に寄り添っていただけているようで、

安心することができました。


 

私は、一晩中線香を絶やさない

「寝ずの番」があるものだと思っていました。

 

ですが担当の方から、
「今は寝ずの番は必要ないので、

ご家族もゆっくり休んでください」と言われました。

 

その代わりに、
8時間持続する巻き線香を

絶やさないようにとのことでした。
 

 

image


その夜は、寝ずの番がないことを知り、
私は着の身着のままで来ていたこともあり、
一度自宅に帰ることにしました。
 

娘は長男のお迎えに間に合うように戻り、
入れ替わるように

夫が仕事終わりに迎えに来てくれました。

 

継父も朝から慌ただしかったため、
夜は夫婦水入らずで過ごしてもらい、
「今夜はお互いにゆっくり休みましょう」と声をかけて、
実家を後にしました。
 

長かった一日が、ようやく終わりました。

 

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3月の初め、
発症から7か月になる頃から

これまでとは少し違う違和感を
感じ始めました。

 

静かに目を閉じると、
麻痺側の上唇が

引っ張られるような感覚があります。
 

まばたき自体はまだ完全ではありませんが、
これまでは特に気になることはありませんでした。
 

私は目を閉じているため、
外からどのように見えているのかわからず、
夫に確認してもらいました。

すると、ほんの少しだけ
口元が動いているとのことでした。

 

その後のリハビリの時に

違和感を担当医に伝え、

実際の動きを確認していただくと、
少し考えるような表情をされてから

「共同運動ですね」と言われました。

 

以前説明を受けていた、
「口を動かすと目も動いてしまう」現象と
同じ種類のものだそうです。

 

少し恐れていた後遺症でもあり、
正直、ショックな気持ちもありました。

 

ただ、担当医のお話では
動きとしてはごくわずかで、

季節の変化などをきっかけに
現れることもあるとのことでした。

 

ただ、一度再生の途中でつながった神経は、
元に戻すことは難しいため、
今後はこの共同運動を
どう軽減していくかが大切になるそうです。

 

治療法はいくつかあるようですが、
私の場合は

鍼治療が合うかもしれないとのこと。

 

現時点では動きも小さいため、
引き続きリハビリで

様子を見ていくことになりました。

 

image

 

そんな中で、母が亡くなり、

3月は、気づけば一気に過ぎてしまい、
北国にも桜のたよりが届き始め

どこかワープしたような感覚でした。

 

その間、3週間リハビリに通えていません。

 

間が空いてしまったことへの不安もありますが、
4月からは一人でリハビリに通う予定です。

 

今は無理をせず、
自分のペースで、

また整えていけたらと思っています。

 

 

 

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母を自宅に安置して、ほっとする間もなく、
今回、葬儀を担当してくださる
3人のスタッフの方と
打ち合わせをすることになりました。

決めることがあまりにも多く、
脳みそがパンパンになりましたもやもや

 

打ち合わせで決めたこと

 

死亡届と火葬許可申請書の記入

まずは、死亡届を一緒に記入しました。
次に、火葬許可申請書を記入しました。
 

どちらも書き損じができないため緊張しましたが、
一つひとつの項目を確認しながら書き進めていきました。

 

2つの書類は葬儀社の方が代行して

役所に提出してくださいました。

 

 

 

葬儀の日程と火葬日を決める

母が亡くなってから4日目以降であれば、
斎場や火葬の日時も、
希望に合わせて選べるとのことでした。

 

葬儀の開始時間を決めて

大まかな流れが見えてくると、
火葬は昼過ぎがよいのではとアドバイスを受け、
同じ日に行えるように

週明けの昼過ぎにお願いしました。

午前中に納棺・出棺、
昼過ぎに火葬、その後現地解散と、
全体で4時間程度の段取りが組めました。
 

長女や次女は遠方から家族で参列するため、
開始時間も早すぎず、
無理のない時間帯に決まってよかったと感じました。
 

葬儀のプランを決める

年末に入ったというチラシを継父が見せてくれました。

例のキャンペーンの話にもなり、
担当の方が最新のチラシを見せてくださいました。

基本のプラン
①直葬(火葬のみ):82,000円~

②一日葬(告別式のみ):273,000円~
③家族葬(通夜、告別式):395,000円~

※チラシにも記載されていた金額です。

 

 

母は生前、
「お葬式にお金はかけなくていい。戒名もいらない」
と話していました。
 

そのため、宗教的な儀式を行わない

直葬のプランを選びました。


お坊さんは呼ばないため、
お布施や読経供養、戒名もありません。
位牌には俗名(母の名前)が記されるとのことでした。

 

直葬の場合、
納棺を家族や親族で一緒に行いながら、
旅立つ準備をしていくのだそうです。

 

 

参列予定者の確認と返礼品

覚え書き程度で参列予定者を書き出し、
葬儀の規模と返礼品の数の目安を決めました。

書き出してみると意外と人数がいたので
家族葬専用の斎場ではなく
大きな方の斎場を使わせてもらえることになりました。

 

母に近しい親族のみの参列となるため、
人数のわりに世帯数は少ない見込みでした。

返礼品は半返しが一般的とされていますが、
わが家の場合は、金額に関係なく、
同じものを準備することにしました。

返礼品は増減が可能とのことだったので、

見積の段階では少なめにし、
足りなければ別途追加することにしました。

 

また、お世話になった葬儀社では、
四十九日を過ぎて残ったものは
引き取っていただけるとのことでした。
 

 

見積りと費用

その場で見積書を作成していただき、
おおよその費用がわかりました。

 

基本プランの料金に加えて、
供花代、返礼品、会食費用などは別途料金となるため、
どこにどれだけかけるかで、

全体の葬儀費用が変わるようです。

 

小さなお葬式の予定でしたが、
別途料金だけでも軽く30万円ほどかかりました。
 

チラシの「基本プラン〇万円〜」という表示も、
実際には別途料金がかかるため、
最終的な金額は大きく変わることがわかりました。
 

一般的な通夜・告別式のプランは

約40万円ほどでしたが、
別途料金を含めると、

最終的には100万円近くになる計算で、
想像していたよりも費用がかかる印象でした。

 

 

夫が、子ども一同・孫一同として
供花を準備しようと提案してくれました。
 

カタログを見て同じものを2つ

用意することを考えていると、
担当の方から提案がありました。
 

供花や枕花は納棺の最後に
故人の顔まわりに手向けるとのことでした。

 

夫が選んだものは見栄えはするものの、
すべてを摘み取れるわけではないそうです。
一方で、すべて摘み取れるタイプは
質の良いお花が使われているため、
その分お値段もかかるとのことでした。
 

 

そこで、担当さんのアドバイスを受け、

家族一同として
すべて摘み取れるタイプの大きなお花を

1つだけ準備することにしました。
こちらは夫が負担してくれました。
 

また、枕花もカタログにありましたが、
こちらは花屋さんにお願いしました。
5,000円ほどのアレンジメントでも、
それなりのボリュームがあり、

十分に気持ちが伝わると思いました。



担当の方はとても良心的でしたが、

打ち合わせを進める中で、
お金を抑えたいというよりも、
葬儀社にすべてをお任せすると、
かなりの金額になると感じました。
 

安置について確認したこと

病院からフリーダイヤルで連絡をしたとき、
コールセンターの方から、
「無料安置の場合は、葬儀当日まで会えない」と説明を受けていました。
 

 

そのことも含めて改めて確認したところ、
実際には無料安置でも対面は可能とのことでした。
オペレーターの説明不足だったとのことで、謝罪がありました。

 

無料の安置室は24時間出入り自由とのことでしたが、
お世話になる斎場では、安置できるのが土曜日からとのことでした。

他の斎場であれば翌日からでも可能とのことでしたが、
実家から近い斎場を希望していたため、そのまま待つことにしました。

また、一度自宅に安置したあとでも移動は可能とのことでした。

 

 

斎場での安置室については、
なかなかイメージがつかめず、
理解できるまで何度も確認をしました。
 

斎場が近かったこともあり、
担当の方が見積書の印刷のために

事務所に戻られるとのことだったので、
一緒に移動しながら

安置室を見せてもらうことにしました。

 

 

私が想像していたような
大型の冷蔵庫のような場所ではなく、
同じ空間に多くの方が
安置されているということもありませんでした。


最終的には、葬儀まで4日ほどあったため、
自宅に2日間、斎場に2日間と、

半々に安置してもらうことにしました。
土曜日の午後に斎場へ移動することになりました。

 

ただ、安置のみの場合は、
家族が常に付き添えるわけではありません。
 

誰も来ない時間は、母だけがその場にいることになります。
そう考えると、少し気がかりな部分もありました。



初めてのことばかりで戸惑いもありましたが、
ひとつひとつ確認しながら決めていくしかありませんでした。

 


 

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病院での手続きを終え、
母と一緒に帰宅しました。
 

病院から自宅までは10分ほど。
初めて乗る寝台車の中で、
すっぽりと布に包まれた母が隣にいるという、

不思議な感覚のまま、
静かに時間が流れていきました。
 

途中、希望していた斎場の前を通りかかると、
「あちらが新しくできた家族葬専用の斎場です」と、
葬儀社の方が教えてくださいました。

 

道路を挟んで、

右に大きな斎場、左に家族葬専用の斎場。

こんなところにできていたなんて、
これまでまったく気づきませんでした。

 

母のことがなければ、
きっとこれからも気づかずに

通り過ぎていたと思います。


何度も通っていたはずの道なのに、
関係がないと意識に入らないものなのだと感じました。

 

 

 

 

自宅に着いて最初にしたのは、
母を安置する場所を決めて、

お布団を敷くことでした。

 

母を安置したあと、
葬儀社の方が手際よく

枕飾りを整えてくださるのを眺めながら、

ようやく、
母が安心できる場所に帰ってきたんだと、
少しだけホッとしたのを覚えています。

 

 

焼香をし、末期の水をとるために、
母の唇をそっと湿らせて、
「ママ、お帰り」と声をかけた瞬間、

それまで堪えていたものが一気に溢れ出し、
涙が止まりませんでした。

 

 

運転手さんは焼香を済ませると戻られ、
入れ替わるように

女性スタッフの方が2人いらしゃいました。
 

名刺をいただくと、
1級・2級葬祭ディレクター、

グリーフケア士、終活コーディネーターなど、

さまざまな資格が並んでいました。

 

初めて知る資格ばかりで、
人の最期に関わる仕事は、
奥深く、そして尊いものなのだと感じました。

 

 

その後、担当の方3人と私で、
葬儀の打ち合わせへと進みました。

 

 



3/29 アメトピに掲載していただきました。

ありがとうございます。


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私は物心がついた頃には、
父方・母方ともに祖父はすでに他界しており、
身内を亡くした経験は多くありません。

 

30代で父と母方の祖母を見送りましたが、
どちらも主となって関わったわけではないため、
今回は初めてのことばかりでした。

 

母が亡くなった当日の、

病院から自宅へ戻るまでの流れです。

 

image

 

まず行ったこと(病院での手続き)


病院に到着後、
看護師さんに案内され、

前の日と同じ部屋で
母と対面をしました。

 

最後に会ったときは
経鼻チューブで苦しそうな様子だったので、
まだぬくもりがあり、安らかな表情の母を見て、
少し安堵した気持ちもありました。
 

その後、母の荷物を確認し、
死亡診断書と死亡届を預かりました。
 

そして
「この書類を持っている方が、お母さまと一緒に同乗してください」
と説明を受けました。
 

葬儀社の運転手さんに渡すか、
書類を持った家族が同乗する必要があるようで、
遺体を搬送するために必要な書類とのことでした。

 

寝台車(遺体を搬送するための車)で搬送するためには、

死亡診断書の携帯が必要なことを、初めて知りました。

 

 

最初に必要なのは「葬儀社を決めること」

 

母の場合、すでにきれいに身支度が整えられていたため、
次にやることは、母を連れて帰るために葬儀社を決めることでした。
 

別室にいた継父に、決めているところはあるかたずねると、
「うちにチラシはあるんだけど…」と、
どうしていいのかわからない様子でした。


葬儀社が決まらなければ、
母を連れて帰ることも含めて、何も始まらないことがわかりました。


 

葬儀社選びと「キャンペーン」の落とし穴

 

今回は、私が葬儀社を比較して選ぶことはしませんでした。
継父なりに考えているようだったため、
その意向を尊重しながらサポートすることにしました。

 

母が元気な頃は、
2人で実家の近くにあった斎場を考えていたようですが、
その斎場が移転してしまい、
できれば近くのところがいいと考えていたようです。

 

年末にチラシが入っていた

葬儀社の無料会員になっていたとのことだったので、

その葬儀社のフリーダイヤルに電話をしてみました。

 

継父は

「葬儀の日まで無料で安置してもらえるんだ」と言っていましたが、
確認してみると、そのキャンペーン期間はすでに終了しており、
現在は有料とのことでした。

 

葬儀社にも「キャンペーン」というものがあること自体、
このとき初めて知りました。
正直、「キャンペーンって何?」という感覚でした。
 

 

葬儀社は地域によって内容や料金もさまざまで、

全国展開のところもあれば地域に根差したところもあるようです。

 

安置方法で変わる?対面のしかた

 

オペレーターの説明では、
斎場で預かるだけの安置であれば無料で可能ですが、
その場合は葬儀当日まで対面はできないとのことでした。

 

一方で、部屋を借りての安置は1日2万円から。
(継父が言っていたのは、このことでした)

さらに、親族が宿泊する場合は1日3万円とのことでした。

 

部屋を借りての安置は何となくイメージがつきましたが、
預かるだけの安置については、まったくイメージがわきませんでした。

 

大型の冷蔵庫のような場所なのか、
それとも複数の方が安置されているのか…。
想像は膨らみますが、詳しいことはわからないままでした。

 

安置方法によって、料金や対面できるかどうかが変わることも、このとき知りました。

 

自宅へ連れて帰るという選択

 

まだお葬式の日程も決まっておらず、
母は「家に帰りたい」と話していたこともあり、
自宅へ戻ることにしました。
 

斎場で安置する場合は1日3万円かかることが頭にあり、
そのことも判断の一つになっていました。
 

市内には系列の斎場がいくつかあるため、
希望する場所を伝えると、折り返し連絡をもらえることになり、
この葬儀社にお願いすることにしました。
 

 

お迎えまでの流れ


その後、折り返しの連絡で

母の身支度について確認があり、
すでに整っていることを伝えると、
1時間後に迎えに来ていただけることになりました。
 

その旨を病院にも伝え、
お昼の時間と重なってしまうことを確認すると、
「お見送りを優先にするので大丈夫です」とのお返事をいただきました。

父には一足先に帰宅してもらい、
家の片付けをして待っていてもらうことに。

孫たちはまだ状況を十分に理解できないにしても、
感覚として何かを感じ取っているようにも思い、
朝から付き合わせていたこともあり、
少しでも息抜きになる時間も必要だと感じました。

 

娘たちはお昼を済ませてから、
頃合いを見て実家へ来ることになりました。
 

私はタクシーで戻ることも考えましたが、
葬儀社に私も同乗できるか確認すると、
「お1人なら大丈夫です」とのことで、
寝台車で母と一緒に帰ることにしました。

 


 

病院での見送り

 

病院を出るときには、
担当医と病棟の看護師さんたちが見送りに出てくださり、

担当医からは
「こんなに短時間で急変するとは思わず、力及ばず申し訳ありません」
と声をかけていただきました。

 

入院してから10日目、
母は永遠の眠りにつき、
そのまま一緒に病院を後にすることとなりました。
 

 

自宅へ戻るまでにかかった時間

 

亡くなってから病院や施設を出るまでに、
どのくらい時間がかかるのかはわかりません。
 

葬儀社の方から
「お支度は済んでいますか」と聞かれたので、
これが済んでいない場合は、
また違った流れになるのかもしれません。
 

母の場合は、私が病院に到着してから
約3時間で自宅へ戻ることができました。
私には早いように感じましたが、
これが早いのかどうかも、正直なところわかりません。

 

想像していたよりも短い時間で、
次々と判断していく必要がありました。

 

 

さらに、決めることが多かった、
バタバタな一日の後半戦へと続きます。


  


3/28 アメトピに掲載していただきました。

ありがとうございます。


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300人待ちだった特養からの連絡

母の特養入所までの流れ


食欲が落ち2か月で体重が5㎏減少の母
食事がとれなくなってきた母のこれからについて、担当医と面談をしました。

夫の寝息から解放された夜の睡眠
顔面神経麻痺(ベル麻痺)発症から6ヶ月経過【前編】


顔面神経麻痺で延期になった手術
白内障手術から15年。4回目の後発性白内障

顔面神経麻痺で許可された車の運転
重度の顔面神経麻痺(ベル麻痺)の日常。運転再開という小さな一歩

顔面神経麻痺で夫に言われた一言
重度の顔面神経麻痺(ベル麻痺)になってできなくなったこと②食べること


施設に行った母が印象に残っていた事

母、初めてのデイサービスの感想は「カレーんめがったぁ~」
 

9か月ぶりに帰宅した母の介護

母の在宅介護がスタート
 

在宅介護準備で実家往復3時間

在宅介護が始まるまでは意外とやることがいっぱい
 

母に現れていた脳梗塞の堅調な症状

脳梗塞は時間との闘い

 

 

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