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元介護職員のかなちんです。
母の介護を通して、
娘としての気持ちと
介護の経験のあいだで
揺れながら綴っています![]()
同居嫁の顔を持ちながら、
がんばりすぎず、
ひとりで抱え込まないことを
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母との突然のお別れから、
10日ほどが過ぎました。
実家にいる間は
やることがたくさんあり、
気が張っていましたが、
自宅に戻ると、
何でもない時に
深い悲しみに
襲われることがあります。
自分の気持ちを整理するためにも、
これまでのことを
記録として残しておこうと思います。
母が入院してから一週間後、
病院から連絡がありました。
最初は看護師さん、
そして担当医に代わり、
本来は会ってお話ししたいところですがと、
電話で説明を受けました。
数日前から容態があまりよくないこと、
たまに意識が遠くなること。
「まだ意識があるうちに、
会っておいた方がいいです」
そう伝えられました。
詳しくは会ってお話ししたいので
金曜日にいらしてくださいとのことでした。
遠方のため、
夜間の面会を許可していただき、
連絡をいただいたその日の夜、
夫の帰宅を待って一緒に会いに行きました。
病院に到着後、
看護師さんからは、
ここ数日で状態が悪化し、
いつ急変してもおかしくないため
個室に移ったと説明がありました。
病室に入り、看護師さんが
「〇〇さん、娘さんが来ましたよ」
と声をかけてくれると、
母は目を開けて私を見て、涙を流しました。
手を握ると、一瞬だけ握り返してくれましたが、
その後、握り返すことはありませんでした。
いわゆる昏睡状態で、
あとは本人の生命力に
任せるしかないとのことでした。
耳は聞こえているので、
話しかけてあげてくださいと言われ、
20分ほど、そばで話をしました。
血圧と脈拍は安定しているとのことで
金曜日の約束をして、
その日は一度帰宅しました。
翌朝、再び病院から連絡がありました。
明け方急変して、
あと数時間もたないかもしれないとのこと。
「ご家族の方、どなたかいらっしゃれますか」と。
父にはすぐに病院へ向かってほしいと連絡しました。
起きたばかりなので、
支度をしてすぐに行くとのことでした。
私は、学級閉鎖中の孫を預かる予定があり、
娘の家へ向かっている途中でした。
病院から連絡があるたびに
路肩に車を停めながら、
やり取りをしました。
父が先に向かうことを伝えると、
「もしかすると、お父さんも臨終に間に合わないかもしれません」と伝えられました。
その後、あらためて連絡を入れると、
「先ほど、当直の医師により死亡が確認されました」と告げられました。
その言葉を、
ただ聞くことしかできませんでした。
病院からの一報を受けてから、
40分ほどの出来事でした。
娘の家に着き、
母が亡くなったことを伝えると、
本来は人手が足りず、
休みを取れる状況ではなかったのですが、
「一大事だから」と職場に連絡を入れ、
休みを調整してもらえました。
ありがたいことでした。
すでに登校していた長男以外を連れて
一緒に病院へ向かってくれることになりました。
病院へ連絡を入れ、
これから向かうことを伝えると、
「お着替えはどうされますか」
「お父さんはまだ到着されていませんが、一緒に帰られますか」
と確認がありました。
私は、
「私が到着するまで、父にも病院で待つように伝えてください」
とお願いしました。
移動中、
夫と弟、次女と三女には、
LINEで母の訃報と、
長女と一緒に
病院へ向かっていることを知らせました。
朝、病院から連絡をもらって、
約3時間後に到着しました。
母はすでに、
きれいに身支度が整えられていました。
まるで眠っているように、
とても穏やかな顔をしていました。
触れると、まだぬくもりが残っていました。
父は別室を用意していただき、
そこで待っていました。
子どもたちは面会のシステムで
病室に入れないため、
娘たちも別室で待ってもらい、
娘が会う間は、私と交代しました。
このあと、初めてのことばかりの
葬儀社とのやりとりが始まります。
3/25 アメトピに掲載していただきました。
ありがとうございます。
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