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重度の顔面神経麻痺(ベル麻痺)を発症してから、8ヵ月が経ちました。

 

年明け前に解禁された車の運転にも慣れ、

陽気もよくなってきたので、
これまで家族の送迎で通っていた受診も、
4月からはひとりで運転して行くようになりました。

 

 

大学病院の午前中は混み合い、駐車場も広く、建物から遠いため、
駐車場のことや通勤ラッシュを考えて、早めに出発しました。

 

予約時間の1時間半前に到着したので、
比較的近い場所に停めることができました。

 

 

大学病院の受診は、3ヶ月ぶりですが、
主治医とはリハビリの病院で週単位でお会いしているので、
「お久しぶり」という感じはありません(笑)

 

診察では、顔の動きを写真と動画に記録しました。

 

「随分、動きが出てきましたね」と言っていただき、
少しホッとしました。

 

回復のペースはゆっくりですが、
スタートの状態によって、

同じ回復でも見え方が変わるそうです。

 

 

私の場合、ENog検査が0%からのスタートなので、
今は30%まで回復している状態です。

(実際の回復度合いは確認していないため、
パーセンテージは少なめにしてみました。)

 

もし、30%から始まっていたら、
同じ分だけ回復すると60%になる、

というイメージです。

 

そして、私の場合は重度のため、
共同運動が出ることは想定されていたようです。

共同運動は、一度出てしまうと、
改善は簡単ではないそうです。

 

もし、こわばりが強くなるようであれば、
「鍼灸の先生を紹介できますよ。」とのことでした。


「引き続き、リハビリで様子をみていきましょう。」とのこと。

 


次回の受診は4ヶ月後の8月です。
発症からちょうど1年になる頃です。

 

「その時の状態をみて、
これからのことを一緒に考えていきましょう。」と言われました。

 

「困ったことがあれば、リハビリの時に教えてくださいね」とも。

 

 

image

発症から8ヶ月目

ガイドラインを麻痺していない方に合わせて比較してみました。

 

今は後遺症の影響で、麻痺側の表情筋は緊張状態にあるようです。
そのため、麻痺がある右側は、
ほうれい線が深く、まばたきも遅れ、
眉・目頭・口角と、まだ全体的に下がっているため、
なかなか左右対称にはなりません。

 

 

でも、月に一度受診している、
かかりつけの脳神経内科の先生には、
「見るたびによくなっていますね」と言われるので、

 

自分ではあまり実感はないのですが、
発症直後と比べると、
随分ましになっているようです(^^;

 

image

発症直後。
この頃は麻痺していない方に力が入るため
正中もずれていました。

 

 

 

大学病院を受診した翌日は、リハビリの病院へ。
 

 

どちらも受診する曜日が決まっているので、
2ヶ所受診のときは、2日連続になります。


こちらは大学病院よりは遠く、
片道1時間の運転も休憩をはさみながら無事にできて、
4月は2回目ということもあり、達成感がありました。

 

 

 

 

前日も診ていただいているので、
診察はあっさりでした。

 

 

運動機能のリハビリについては、
顔全体に力が入りすぎてしまうようなら、
無理に続けず控えるように、とのことでした。

 

 

週に一度のリハビリですが、
翌週からは、

 

・先生の都合で休診
・その次は予約枠なし
・ゴールデンウィークは病院がお休み

 

という流れで、
次回の予約はゴールデンウィーク明けになりました。

 

 

そのため、この1カ月は
自主リハビリの期間になっています(^^;

 

 

運動機能のリハビリは、今は無理そうなので、
温めることや、教えていただいた
ピンポイントのマッサージを中心にしながら、

 

焦らず、今の状態に合わせて、
進めていこうと思います。

 

 

 

 

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母が亡くなり、

1ヶ月半が過ぎましたが、
何かとやることが続き、
片道1時間半の実家を

行ったり来たりしています。

 

 

葬儀の翌日、

年金事務所に予約をし、
2週間後、初めて足を運びました。

 

 

気軽に行けるイメージがなかったので、
ドキドキしながら、ちょっとした潜入ルポ気分でした(笑)

 

 

当日は予約時間より少し早めに到着し、
番号札を取って、アンケートに答えながら待ちました。

 

 

image
 

予約制ということもあり、
思っていたほど混雑はしていませんでしたが、
ホワイトボードには2週間先までの予約がびっしり。

 

いろいろなケースがあるのだと思いますが、
改めて、手続きの多さを感じました。

私たちのような手続きだけでは

ないってことですよね(^_^;)


image


 

相談窓口はいくつかあり、
同じ時間帯に8組くらいは対応できそうでした。

 

ただし、予約優先なので、
予約なしの場合は、

空いていれば対応してもらえるとのことでした。

 

 

予約した時間になると、
担当の方のところへ案内されました。

 

 

電話予約の際に要件は伝えていたため、
必要な書類はあらかじめ一式準備してくださっていました。

 

 

 

私は、事前に市役所で案内されていた書類を、
ここで「店開き」(笑)



ちなみに、今回持参したものはこちらです。
 

・窓口に行く人のマイナンバーカード
・請求者(継父)のマイナンバーカード
・年金証書、または基礎年金番号がわかるもの
 ※母と継父の分
・請求者名義の預金通帳
・死亡診断書のコピー

 

意外と多く、漏れがないように何度も確認しました。

 

市役所であらかじめ委任状をいただいていましたが、
今回は継父に同行する形になったため、使用しませんでした。


image


今回行った手続きは、大きく2つです。

 

・母の死亡届と未支給年金の手続き
・遺族年金の手続き

 

 

未支給年金の手続き

 

まず、母の年金については、
亡くなった月の分まで支給されるとのことでした。

 

母は3月に亡くなったため、
4月に支給される2〜3月分を受け取れるそうです。

 

 

ただし、受け取り時期は
口座の状態によって変わるそうです。
 

◆口座がそのまま使える場合
→ これまで通り、偶数月に振り込み
 

◆口座が使えない場合(解約・凍結など)
→ 2〜3ヶ月後に、同一世帯の家族の口座へ振り込み
 

 

母の場合は配偶者がいるため、
継父が書類を記入しました。

 

 

image

 

 

 

この手続きを早めに行わないと、
本来より多く年金を受け取ってしまった場合は、
後から返金が必要になるため、
注意が必要とのことでした。

 

 

たまにニュースで聞く、
亡くなった方の年金の不正受給って、
こういうことなのかなと一瞬ドキッとしました。

 

テレビの見すぎですね(^_^;)

 



 

遺族年金について
 

夫婦それぞれの年金額をもとに計算され、
条件に応じて受け取れる仕組みとのことでした。

 

そのため、

・継父の年金の方が多い場合は、受け取れないこともある
現在受け取っている継父の年金は、そのまま続く

 

など、状況によって変わる部分があると教えていただきました。

 

書類はかなり多く、継父が大変そうだったため、
代筆も可能とのことで、途中から私が交代しました。

 

記入欄の文字が小さく、
老眼との格闘で正直くじけそうになりましたが、
担当の方がひとつひとつ丁寧に説明してくださり、
なんとか進めることができました。

 

 

私は理解するのに時間がかかるところもあり、
何度も質問してしまいましたが、
 

当事者の継父は「大丈夫だ」と、
意外と落ち着いた様子でした。
(本当に理解しているかは、ちょっと謎ですが…)
 

 

手続きは、約1時間半ほどで終了しました。
 

 

image

 

最後に担当の方が
「わからないこと、ご質問などはありませんか」
と、声をかけてくださいました。


自分の年金についても聞いたことがあるので、
それはまた別の記事でまとめたいと思います。

 

 

 

これで、母に関する役所関係の手続きは、
ひとまず一区切りです。

 

 

あとは、納骨を残すのみとなりました。

 

 

気持ちはまだどこかで止まったままなのに、
時間だけは着実に進んでいるのを感じています。


 

飛行機雲がたくさんの夕暮れ♡

 

 

 

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母が亡くなり、3年ぶりに弟夫婦に会いました。

私は2人姉弟で、弟とは2歳違いです。
両親が共働きだったこともあり、
比較的仲が良かったと思います。

 

 

弟の奥さんは、中学時代の同級生。
私にとっては中学・高校の後輩にあたりますが、
弟に紹介してもらうまで、存在を知りませんでした。

 

 

弟が結婚してからは、
妹ができたことが嬉しくて、
弟というより義妹を大切にしながら、
何かあれば先に相談するようにしていました。


 

姪たちと娘たちは年齢も近く、
お互いに3人姉妹で2歳違い。
少し入り混じった並びですが、
小さい頃は、集まるとにぎやかでした。
 

 

夫と弟は仕事柄転勤があるため、
お互いに子育て中は引っ越しが多かったのですが、

子どもたちが中学生になる頃、
姉弟そろって、実家から遠く、
知り合いのいない土地に居を構えることになりました。
 

弟は年を重ねるごとに北へ北へと向かい、
今は青森(八戸市)に住んでいますりんご

 

実は、昔こんなことがありました。

夫とささいなことで喧嘩をして、
勢いのまま弟夫婦のいる八戸まで行ったことがあります。
 

駅で「八戸まで」と新幹線の切符を買ったとき、
同じ東北なのに、東京に行くより高くて思わずびっくりあんぐり
一瞬、行くのをやめようかと思ったくらいです。


青森新幹線がまだ全線開通していなかった頃で、
各駅停車で仙台駅での乗り換えもあり、
時間も倍くらいかかりました泣き笑い

 

 

そんな突然のことでも、
何も聞かずに迎え入れてくれました。

 

私が携帯の電源を切っていたので、
弟がこっそり夫に連絡してくれていたようで、
その後、弟の家に夫から電話がありました。

 

夫は前日のことを謝り、
「しばらくゆっくりしておいで」と言ってくれました。

 

お言葉に甘え、3日ほどお世話になりました。

 

あとから義妹に、
「よほどのことがあったのかと思った」と言われたのも、
今では笑い話です泣き笑い

 

 

お互いに子どもたちが大きくなると、
お盆やお正月に合わせて、
家族全員で帰省することも少なくなりました。

 

母はよく、
「たよりのないのがいい知らせ」と言っていて、
それぞれの家庭が回っていることに、
安心しているようでした。

 

それでも、一度は弟のところへ行ってみたいので、
連れて行ってほしいと夫にお願いしていました。

母と一緒に弟のところへ行ったのは、2回。
 

最初は、シルバーウィークができた年なので、17年前です。

 

二家族で車を2台連ねて観光地を巡り、
弟家族の新居に泊めてもらい、
6人の孫たちに囲まれて、
母もとても嬉しそうでした。

 

娘たちも、このときのことはよく覚えているようですが、
それ以来会っていないこともあり、
お互いに母親になった今でも、
記憶の中の従姉妹たちは中高生のまま、
時間が止まっているようです(笑)

 

 

2回目は、8年前の弟の長女の結婚式。
このときは、私たち夫婦と母で出席しました。

 

前に会ったときは高校生だった孫が、
大学を卒業し社会人となり、
ご縁に恵まれ花嫁となった姿に、感無量の母。

 

そして、久しぶりに義妹のご両親にも会うことができ、
懐かしそうにしていました。

 

 

 

4年前、母が病に倒れ、

 

介護が必要になってからは、
その都度、弟に状況を伝え、
情報は共有していました。
 

弟はいつも、
「何もできなくてごめん。
〇〇くん(夫)にもよろしく伝えてください」と。
 

 

母が亡くなったことを知らせると、
翌日からお葬式が終わるまでの5日間、
ずっとそばにいてくれました。
 

弟とこんなに長く一緒に過ごしたのは、
本当に久しぶりのことでした。


 

弟夫婦はホテルに宿泊していたので、
毎日、母の顔を見に来てくれました。
 

母を実家から斎場に安置した夜は、
私たちも同じホテルに泊まり、
近くの居酒屋で夕飯をとりました。


そして、近況報告、
それぞれの家族のことなどいろいろな話をしました。

お互いにアラカンで、すっかりジジババです(笑)
 

image

献杯

 

13年前の長女の結婚式の夜は、
弟夫婦と母、母方の叔父、従弟も同じホテルに泊まり、
駅前の温泉施設でみんなで集まれて、
楽しかったと話していました。

 

ところどころ記憶の曖昧さもあり、
みんなでアップデートしました(笑)

 

 

弟夫婦が生前の母に会ったのは、3年前の春。
在宅介護が始まり、ちょうどショートステイを利用していた時でした。

 

施設で面会をすることになり、
弟の長女の結婚式以来、8年ぶりの再会でした。


ところが、弟は構音障害になった母の言葉は、
ほとんど聞き取れなかったと…
 

それでも、母はショートステイから戻ると、
嬉しそうに弟夫婦のことを話していたと伝えました。


 

そのとき弟は、
母と会うのはこれが最後になるかもしれないと、
覚悟していたそうです。

 

 

言葉は届かなくても、心はちゃんと通じ合っていたよ。 

弟の話を聞きながら、そんなふうに思いました。

 

 

 

ホテルに戻り、
義妹とは一緒にお風呂に入りながら、
女子トークも楽しみました♪
 

義妹は、
「〇〇ちゃん(母の名前)の豪快なところが好きでした」
「孫たちやひ孫たちに、なかなか会わせてあげられなかったことが悔やまれます」
「元気なうちに、もっと電話で話しておけばよかった」と。

 

それでも、母は義妹に感謝していたことを伝えました。

 

 

こうして、時間を気にせずゆっくり話せたのは、
3年ぶりくらいだったと思います。

 

image

翌朝、ホテルからの風景
 

 

母のことがあってから、
会いたい人には、
「いつか」ではなく、

会えるときに会っておこうと、
より強く思うようになりました。

 

 

青森は遠いけれど、

行けない距離ではないし、
姪や義妹のご両親にも、

会えるときに会っておきたいと思っています。

 

 

フットワークの軽い夫が、

暑さが苦手な私の体調を気遣い、
さっそく夏前の計画を立ててくれています♡
 

種差海岸 母も一緒に訪れた思い出の場所です。


 

実は弟もお婿さんで、 

自分の建てた家に義両親を呼び寄せて同居しています。

 

姉弟で転勤族。
自分たちは経験したことのない

「転校」を子どもたちにさせてしまったこと。 

 

そして、義妹と私、
どちらも40歳目前で「介護福祉士」になったこと……


結婚したワーママ長女が近くにいて、
サポート要員であることひらめき

大きな病気を経験したこと…

 

驚くほど境遇が似ていて、

離れていても、どこか同じような道を通ってきたんだな、と。

 

 

両親が亡くなった今、
私たち姉弟は、それぞれの家族を大切にして、
離れていても姉弟なかよくやっていくことが、
親孝行なのだと思っています。

 

次に弟夫婦に会うときは、
姪の家族や義妹のご両親も交え、
もっとたくさんの思い出話をしたいと思っています。

 

あの夜、久しぶりにゆっくり話せた時間は、
今の私にとって、やさしい記憶として残っています。

 

 


 

 

 


4/28 アメトピに掲載していただきました。

ありがとうございます。





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母の葬儀が終わり、一段落。
……と思いきや、
その後の手続きなど、やることがたくさんありました。

 

 

葬儀の打ち合わせの際、担当の方から
市で発行している

「おくやみハンドブック」という冊子をいただきました。

 

 

お葬式の準備もまだ途中の段階で、
「その後の手続き」についての案内を受け、
思っていた以上にやることが多いことに驚きました。

 

 

打ち合わせが一段落ついたところで、
母にどの手続きが該当するのかを
葬儀社の担当さんと一緒に確認しました。

 

一人ではわからなかった部分もありましたが、
アドバイスをいただきながら整理することができ、
全体像が見えたことで、必要なものを揃える段階に進みました。

 

 

「すみやかに行う手続き」に必要な
健康保険証、介護保険証、障がい者手帳などは
施設に預けていたため、
葬儀の翌日に受け取りに伺いたい旨を連絡しました。

 

その際に「おくやみハンドブック」の話をすると、
これは亡くなった方のご家族に渡されるもののため、
お世話になった施設では看取りを行っていないこともあり、
相談員さんでもその存在をほとんどご存じないようでした。


image

 

葬儀の翌朝、施設へ受け取りに伺い、
その足で市役所へ。

 

 

昨年完成したばかりの新庁舎に、初めて入りました。

 

image

裏通りのイメージだけど、駐車場なども整備されてました。
 

敷地内には、以前の庁舎の玄関がそのまま残されていて、
文化財として保存されていました。

 

子どもの頃から見慣れていた建物でしたが、
新旧がうまく馴染んでいるように感じました。

 

旧庁舎。こちらからも入れました。
 

 

コンシェルジュのような制服の案内の方に要件を伝えると、
丁寧に誘導していただき、
順番に各課を回りながら手続きを進めました。

 

image

 

途中、配偶者が記入する欄もあり、
委任状でも可能とのことでしたが、
どちらにしても継父のサインが必要とのことで、
一度実家に戻り、出直すことに。

 

 

また、納骨の手続きについては、

市の納骨堂を利用するため、

別庁舎へ行く必要がありました。
 

午後、出直して市役所に行った足で回ったのですが、
その際に火葬許可証が必要だとわかりました。

 

火葬場で、

「大切な書類なので骨壺と一緒に保管してください」
「納骨の際はお寺の方へ渡してください」と説明を受けていたこともあり、
母の場合は納骨堂に提出するものだと勘違いしていました。

 

そのため、こちらも出直しに…。

 

実家に戻り、
母の骨壺が入った骨箱をそっと開けて取り出しました。


image

 

 

母は世帯主ではなく、不動産も所有していなかったため、
役所での手続き自体は半日もかかりませんでしたが、

実家と役所、別庁舎を行ったり来たりすることになり、
気がつけば、終わったのは夕方。


結局、一日がかりでした(^^;

 

帰路の風景 春分が近く夕方5時を過ぎてもまだ明るく感じました。

 

 

年金の手続きについては、
年金事務所で行うよう案内されました。

 

葬儀社の方から
「年金事務所の電話は、なかなかつながらない」と聞いていたため、
当初は直接伺うつもりでいました。

 

しかし、役所の担当の方によると、
「直接行っても、フリーダイヤルを案内されての予約になりますよ」とのこと。
 

受給者が亡くなった場合の手続きは、
フリーダイヤルからの予約で統一されているとのことでした。

 

そのため、フリーダイヤルに連絡して
予約を取ることにしました。

 

「つながりにくい」と聞いていたものの、
意外とスムーズにつながりました。

 

管轄の年金事務所を伝えると、
予約可能な日程と時間帯を案内していただき、
一番早くて2週間後とのことだったため、
その日程でお願いしました。

 

 

本来であれば、

配偶者である継父が行う手続きもありますが、
任せきりにするのは少し不安な部分もあり、
また足を運ぶことになりそうです。

 

image

 

 

いただいた「おくやみハンドブック」には、
どのタイミングで何をすればいいのかが、
項目ごとにわかりやすくまとめられていて、
手続きを進めるうえでとても参考になりました。
 

娘に、お葬式の後も手続きがいろいろあることを伝えると、
私が準備で忙しいと思ったのか、
ネットで調べてURLを送ってくれました。

 

 

その気遣いが、ありがたく感じました。

 

検索すれば情報は得られると思いますが、
冊子を持って市役所に行くと、とてもスムーズでした。

 

順番に各課を回っていく流れは、
ちょっとしたスタンプラリーのような感覚でした。

 

 

このような冊子は、

自治体によって内容や有無が異なるようですが、
あると手続きの全体像が把握しやすく、
とても助かりました。

 

 

しばらくは、行ったり来たりが続きそうです。

 

 


4/24 アメトピに掲載していただきました。

ありがとうございます。


 

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顔面神経麻痺で延期になった手術
白内障手術から15年。4回目の後発性白内障
顔面神経麻痺で許可された車の運転
重度の顔面神経麻痺(ベル麻痺)の日常。運転再開という小さな一歩
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最後までお読みくださりありがとうございます。

 

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元介護職員のかなちんです。
 

母の介護を通して、
娘としての気持ちと
介護の経験のあいだで
揺れながら綴っていますニコニコ

同居嫁の顔を持ちながら、
がんばりすぎず、
ひとりで抱え込まないことを
大切にしていますぽってりフラワー



ハート自己紹介

 

先日、母の初めての月命日を迎えました。

 

母のことでやることはたくさんあり、
実家を行き来しながら過ごしています。

 

日々は確かに進んでいるのに、
気持ちの方は、まだそこに追いついていないような感覚です。

 

お別れして、まだ1ヶ月なんですね……

 

火葬して、骨を拾ったはずなのに、

遺影を寝室に置いて、
毎日話しかけているせいか、

まだ生きているような感覚と、
ふと現実に引き戻される感覚が、
今も交錯しています。

 

 

今から30年ほど前、
末娘が小学校3年生の頃から5年ほど、
写真屋さんでアルバイトをしていました。

 

研修を受ければ、

私でも現像やプリントができてしまうくらいで(笑)

 

当時は、バイトリーダーも任せていただき、
写真の知識も少しずつ増えていきました。

 

意外にも、お葬式の写真を持って来られるお客さんが多かったんです。

フィルムが5〜6本ということもありました。

 

プリントをしていると、
通夜や告別式、精進揚げの様子の中に、
ご遺体が写っていることもあり、最初は驚いてしまいました。

 

私にとって「死」は、まだ身近なものではなかったので、
なおさらだったのだと思います。

 

 

でも、お渡しの際に確認していただくと、
皆さん「大丈夫です」と、

静かに受け取っていかれました。

 

それが確かに「お葬式の写真」なのだと、
そのとき初めて実感したように思います。
 

実は、会社の規定でプリントできない写真もあったのですが、
お葬式の写真は、その対象には含まれていませんでした。

 

 

母が亡くなり、
自宅で安置されている姿や、斎場での様子を、
私もスマホで少しだけ写真に残しました。

 

本当に、ただ眠っているようでした。
 

式が始まる前の斎場の様子は残したものの、
お葬式の写真をきちんと撮ってもらえばよかったと、
今になって少し思います。
 

従妹が出棺の様子を動画に残してくれていたことが、
唯一の記録で、とてもありがたかったです。


 

亡くなった姿を残すことは、他人から見れば、
思わず目をそらしてしまうようなものかもしれません。

 

大切な人は、亡くなってもなお、
愛おしい存在なんだと…

 

今、そう感じています。

 

 

私自身が残す側になって、
アルバイトをしていたあの頃のことを、
ふと、思い出しました。

 

そして、あの写真は、
ご家族にとって

大切な人を残した一枚だったのだと、
今ならわかります。

 

 

 

 

 

4/20 アメトピに掲載していただきました。

ありがとうございます。

 

 

 

 

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介護福祉士が届ける 心と人間関係を整える 星と香りの処方ブログ



 

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